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モロッコ2度目なんです 

 2008年5月1日 私のパスポートにモロッコ入国のスタンプが押されました。

 ここはモロッコか?モーリタニアのすぐ北にある土地。国際的には『西サハラ』と呼ばれ、『サハラ・アラブ民主共和国』なる政府も存在しますが・・・。まぁ、モロッコと呼びましょう。長くモロッコが領有していて、モロッコの軍隊と警察と行政機構が管理していて、モロッコ国旗がはためいていて、モロッコの通貨・ディラハムが流通している土地ですから。

 さて、モロッコ。私、これが2度目の訪問となります。

 初めて訪れたのは1999年の夏。大学を2年休学した初めの1年目のことです。1ヶ月の英国滞在の後、ポルトガルからユーラシア大陸横断の旅をスタートしました。ポルトガルで10日間ほど過ごした後、スペインへ。そして・・・、気がつくとモロッコに居ました。
 モロッコへは、スペイン南部の都市からバスとフェリーで数時間で行けてしまいます。スペイン南西部のセビージャ(セビリヤ)で夏祭りを楽しんだ私が、夜行バスで向かったのは、モロッコの古都・フェスでした。早朝のフェズのバスターミナルに到着すると、あっという間にホテルの客引きたちに囲まれました。「なんじゃこりゃぁ~!?」です。

 この初めてのモロッコ旅は、初めての『ノーガイドブックの旅』でした。つまり、何のガイドブックもなしに、何の情報もなしに、何の計画もなしに、ただ行ったのです。4度目の海外一人旅、20歳の若き私は、ちょっとした冒険を期待していました。

 結果・・・、散々なスタートでした。徐々に、モロッコという土地を解ってきましたが・・・、観光をするにも地図ひとつない(見ようとしない)ので、いつまでたっても右・左が解りませんでした。

 おまけに、モロッコの人々が話す外国語はフランス語。英語話者は観光業関係者ぐらいなもので、その観光業関係者には悪い輩が多い・・・。悪徳ガイドや悪徳土産物商と、戦いを繰り広げながらの旅でした。騙されかけては、激しい口論になり・・・。仲良くなっては、乱闘寸前になり・・・。

 ハチャメチャ連続の私の隣には、メキシコ人旅行者のエドアルドがいました。彼もフランス語は話さず、ガイドブックは持たず、計画もなく、おまけに所持金尽きかけという、私の上を行く男です。フェズまでのバスの中で一緒だったのですが、その後も2週間、スペインに戻るまでずっと一緒に行動していました。ずっと一緒と言っても、それは移動と宿だけのこと。一緒に移動して、宿に入ると、昼間は大体別行動。夜に一緒に食事しながら、一日の出来事を語り合う、といった具合でした。近すぎず、遠すぎず、とても良い旅のパートナーでした。エドアルドの話は、また別にしましょうか。


 で、モロッコ。1回目のモロッコは、酷いもんでした。特に大きなトラブルがあった訳ではありません。が、強烈なインパクトと面白い話はたっぷり残っているのに、観光や食事の記憶がほとんどありません・・・。 なんというか、連休とかで混雑しているアミューズメントパークに行った後みたいな感じなんですよね。『モロッコ人に疲れたけど、やはり楽しかった!』という感覚だけが深く心に刻まれています。
 
 この初めてのモロッコ旅(=ノーガイドブックの旅)では、「やはり、ある程度の前知識を持って旅をするべきだな」と学びました。同時に、「ガイドブックがなくても、そこそこ楽しめるんだな」とも学びました。
 このときの旅の日記は、1999年秋に喪失(盗難被害)していますので、9年前の旅の記録はもはやありません・・・。 どこに行ったのか?何をしたのか?なんとなくしか覚えていませんが、またモロッコの空気を吸えば、忘れかけていた記憶が蘇ってくるかも知れません。

 5月末には、モロッコ(本土)に到達します。忘れかけてるとはいえ、前回訪れているマラケシュとラバとには行きません。フェズにはまた行きたいと思います。きっと、9年前の記憶が蘇るに違いありません。

 2度目のモロッコ。楽しみたいと思います★ 

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