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2007年大晦日/前編 

2007年12月31日 ドタバタの大晦日は、鼻水から始まりました・・・。

 あれ?朝起きると鼻水が・・・。なんてことでしょう、昨晩、寝袋無しで寝てしまいました。寝袋用の薄いシルクのシーツだけで、荒野の夜を過ごしてしまいました。朝方、寒さに耐えかねて、寝袋を取り出しましたが、その時点でもう5時を回っていました。うぅ~ん・・・、こりゃぁ、風邪を引いたかな・・・?
 もともと、ちょっと良くない気配がありました。ここ数日、夜中に寒さを覚えることが多くて、すでに風邪気味だったのかも知れません。だって、寝る時は、何も羽織らなくて良いぐらい温かいのです。それが夜中にドンドン気温が下がっていくのですから・・・。疲れて爆睡してしまうと、体を冷やしてしまいますよね・・・。

 朝食は、この7日移動で初めて、自分で作りました。昨夜のインスタント・フォーのスープの素が1つ残っていたので、それを使ってスパゲッティを食べました。温かいものを食べたら、鼻水も止まりました。今日の走行は、40~50km程度です。のんびり朝の身支度をして、9時半に走り出しました。

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写真1)走り出してすぐ、道路脇の池で日干し煉瓦を作っていた少年たち。日干し煉瓦とは、練った泥を箱型でレンガ上にし、それを太陽光でカッチンカッチンに乾燥させた建材です。マリの田舎の建物は、ほとんどこの日干し煉瓦でできています。

IMGP4419.jpg
写真2)日干し煉瓦を作っていた少年たち。

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写真3)国道を走り続けるとモプティへ。ジェンネは国道から30kmほど西にあります。分岐点の検問所で『ジェンネの観光チケット』なるものを1000フランで購入しました。ジェンネまでの道の両脇は、低地になっていて、川の水が入り込むのか?水田がどこまでもどこまでも続いていました。今は、稲の刈り入れシーズンのようで、多くの人々が田んぼで作業をしています。

IMGP4425.jpg
写真4)道は一本道。両脇には水が浮いた低地と田んぼだけ。途中で追い抜いた彼らは、私を抜き返してきました。私もムキになり、時速35kmでギュン!ギュン!飛ばします。いくら重たい荷物を積んでいても、3万kmを走って来た私に叶うはずもありません!!300mほど引き離したところで、自転車を止め、息を切らしながら、追いついてきた彼らを撮影! 「ふふ・・・、勝った☆」

IMGP4428.jpg
写真5)道が尽きると、渡し舟がありました。ここはニジェール川中流デルタ地帯。支流が複雑に分岐していて、その支流を渡らねばなりません。今日は、ジェンネの町に市が立つ月曜日。渡船場は、町へモノを売りに行く人々、買いに行く人々、月曜市目当ての外国人観光客などなどでひしめいていました。2つの船が交互に行き来していましたが、ひとつは外国人&自動車用、もうひとつは、地元民&馬車用になっていました。この写真の船は、地元民用。

IMGP4429.jpg
写真6)渡し舟は、公営の大きな船と、個人がやってる小さな木造船があります。木造船の船頭曰く「自転車とバイクは、こっちだ!あのデカイのは車だけしか乗せないよ!」とのこと。確かに、バイクや自転車がたくさん乗っています。試しに、船頭に運賃を聞くと2000フラン(500円)とのこと。そんなに高いわけはありません!地元民は、せいぜい200フランぐらいで乗ってるはずです・・・。この船頭は信用できないので、大きな船で渡る事にしました。

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写真7)待つこと50分、ようやく外国人&自動車用の渡し舟に乗船できました。乗船するとすぐに、船頭が運賃の回収に来ましたが、言い値はナント!4000フラン!?聞くと、それは自動車の運賃とのこと。 「だったら、俺は200フラン(50円)ぐらいじゃないの?」と交渉しますが、結局750フランもとられました。まぁ、良いです。それくらい。

IMGP4438.jpg
写真8)向こう岸では浅瀬の為、船は岸に接岸できませんでした。四駆が水の中を走って上陸したのを見ていると、水位はせいぜいふくらはぎくらい。私は靴を脱いで、自転車を押して上陸しました。そういえば、こういう風に水に入るのはチベット以来、久しぶりです。ふと振り向くと、ワゴン車が水の中でスタックしてました。この車に乗っていたお上品な感じの欧米人観光客数名は、運転手におんぶされて陸に上がってました。空になった車は、なんとかかんとか陸に上がることができてました。

 さぁて、ジェンネまではあと5kmほどです。道は再び細い舗装道路になり、ラストランは快調そのもの!あっという間にジェンネの町に到着しました。川の中州に広がるジェンネ。手前の橋を渡り、未舗装の道を進むと、急に周囲が賑やかになってきました。月曜市ですから。町の中心部は人でごった返しています!人々の視線を浴びながら、町の中心に聳える大モスクの方へ走っていたら、男が飛び出してきました。

男 「ハロー! 君は、ミチュのお兄さんかい?」
心 「ん?ミチュ?あぁ!ミクね、ミク!あ、お前さんが俺の案内をしてくれるガイド?」
男 「ミチュから、お兄ちゃんが来たら、部屋に案内するように言われてる。こっち、こっち!」

 片言の英語を話すガイド君に連れて行かれたのは、大モスクから僅か1分の長屋の一角。ここに妹が暮らしているのです。敷地内に入ると、長屋の住人たちが寄って来ました。「ミクのお兄ちゃんだ!」「部屋はこっち!こっち!」「ミクは今いないよ?」「ミクは、水曜日に帰ってくるよ!」 ガイド君は、仕事があるのか?私を長屋の住人たちに渡し、早々に帰ってゆきました。
 さぁて、さて、鍵は排水溝の中だったよな。自転車を片隅に止め、妹の部屋の前に立つと、ドアにメモが張ってありました。日本語で『鍵は、ドアの下の排水溝みたいな穴の中です』。足元を見ると、ドアの真下に縦横5cmぐらいの小さな横穴が開いてました。部屋の内側の水を外に出す為の排水溝のようです。隣人たちが見守る中、穴に指を突っ込み、鍵を取り出します。

 んが!? ない・・・・!? あれ? ない・・・、 よ??  

 私の行動から、ココに鍵があると察した隣人たちが、「俺が取ってあげるよ!」と交代で指を入れますが、何も出てきません。私の自転車に付けている旗棒を引き抜いて、穴の奥まで穿り返しますが、出てきたのはゴミや埃ばかり・・・

 あれ? カギ・・・ ないじゃん!? どうしたらいいの?俺?
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コメント

まったく。。。

>お上品な感じの欧米人観光客数名は、運転手におんぶされて陸に上がってました。

植民地経営ながい国の人間はさすがですね。

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