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渤海の海水を・・・ 

 11月11日 ユーラシア大陸横断を終えた翌々日、大事な儀式を行いました。

 あれはもう1年11ヶ月も前の出来事・・・。旅立ちから18日目の2005年12月21日、中国の秦皇島(島じゃないよ、町の名前です)に上陸した翌日、万里の長城が海に接する場所『老龍頭』というところまで日帰りサイクリングをしました。そこで、渤海(ぼっ海)の海水をフィルムケースに入れてきたんです。

 詳しいことは、その時のエピソードを読んでもらいましょう → 幻の最東端

 あの渤海の海水、その後もずっと、ずぅ~っと!持ち運んでいました。酷暑のインドシナででも、海抜5000m超のチベット高原ででも、氷点下のキルギス南部山岳地帯ででも、トルクメニスタンのカラグム砂漠ででも、沈没地イスタンブールででも、真っ青なアドリア海沿いの港町ででも、アルプス最高峰モンブランの麓の村ででも、スペインの巡礼路ででも・・・、ずっとサイドバッグの奥底に入れていました。

 何で渤海の海水なぞを運んでいたかというと、『いつか大西洋に達したら、この渤海の海水を大西洋に撒いてやろう!』と思っていたからです。特に理由はありません。そういうことがしたかったのです。

 11月4日にスペイン北部で少しだけ大西洋岸の道路を走りました。しかし、そこは単なる通過点。渤海の水を撒くべき場所ではありません。

 11月9日にユーラシア大陸最西端の岬、ロカ岬に到達しました。そう!このロカ岬こそが撒くべき場所です!! 頭の片隅で『渤海の水を撒かなきゃ』と思いながら、ロカ岬でのユーラシア大陸横断完了の瞬間を迎えました。目の前に広がる大西洋は、あの海水を汲んできた渤海から、約2万8800kmの旅路の末に行き着いた海・・・。
 でも、結局、ロカ岬では撒きませんでした。ロカ岬は、海面から140mの断崖の突端にあります。崖の真下は海ではなく、岩だらけの狭い海岸になっています。この崖の上から撒いても、大西洋には届きません。海風も強いし、きっと、そこらへんの崖や岩に飛び散るだけで終わってしまうでしょう・・・。ここじゃダメだ・・・。


 ロカ岬からリスボン市内に向かう途中に、エンリケ航海王子のモニュメントを訪れました。海岸の公園にある船のモニュメントは、今から大洋へと漕ぎ出さんばかりに、海にせり出しています。でも、痛い事に気がつきました。フィルムケース、バッグの底に入れっぱなしだ・・・!!
 もう日没間際、今からこの公園で自転車の荷を解いて、カバンの底からフィルムケースを探し出すのは面倒な作業です・・・。まぁ、いいか、ここでは撒くのは止めよう。


 11月11日、結局リスボン中心部の海岸で撒くことにしました。午後10時、ひとけの少ない海岸の公園へ。リスボン大橋を遠めに見ながら、潮の引いた砂浜へ降りました。周囲には夜釣りの地元民が数名。釣りの邪魔にはならないでしょう、ただ海水を撒くだけですから。慎重にフィルムケースの蓋を開け、大きく振りかぶって・・・、フゥッ!!

 パチャ・・・小さい文字

 微かに!微かに!!ですが、フィルム1杯の渤海の水が、大西洋の海面に着水する音が聞こえました。小波の音でかき消されそうな小さな音でしたが、確かに、確かに聞こえました。


 ただそれだけです。何の意味もありません。ただ、こういうことがしたかったんです。

 厳かな儀式を終えた後、なんだか可笑しくなってきました。『で?・・・なんだったんだろう?』 自分でも良く解りません。でも、とても楽しい儀式でした。暗い日曜の晩のリスボン市街、宿へと戻る私はニコニコと変な笑顔を浮かべていました。

 ユーラシア大陸の東の果ての海で汲んで来た、ほんの僅かな海水を、ユーラシア大陸の西の果ての海に撒いた。ただそれだけなんです。

IMGP3305.jpg
写真1)これが、フィルムケース1杯の渤海の水。

IMGP3319.jpg
写真2)こんな海岸で、“儀式”をしました。
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コメント

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祝!海水撒きまき儀式!
いや~感慨深いですねぇ。よかったよかった。無事に旅が続けられてて何よりです。遠くからですがいつも見守っております。日本は師走に入り慌しくなってますよ。
はや

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