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キルギス~ウズベキスタン国境越え 

2月2日 ビシュケクを出発し、この旅8カ国目の訪問国・ウズベキスタンへ。

 ビシュケクから国境までは、僅か15kmほど。ゆっくり出発しても、午前中にウズベキスタン入国を果たすのは簡単です。なんだかんだで5泊したオシュでしたが、出発の朝に、町のシンボルであるソロモン王の玉座に上りました。自転車の装備を整えた上で、1時間ほど外出した為、サラ・ホテルのニィエットおばちゃんは、ご機嫌斜め\\\ お互いに大した言葉も交わさず、午前10時宿を出発!

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写真1)サラホテルの前で、静かに私を観察していた子供たち。

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写真2)オシュで4回食事したチャイハナで、キルギス最後の食事。マントウとナンとチャイ。

 国境ゲートは、ドストークというところにあるらしい。地図を頼りに、北西へと走り出しました。キルギス第二の都市オシュですが、オシュそのものの市街地は小さなもの。でも・・・、周辺には小さな町が沢山あって、どうも道が解りにくい・・・。大きな道路が交わる度に、警官や通りすがりの車に助けられ、なんとか国境へと向かう道路に乗りました。

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写真3)迷いはしましたが、ちょうど20km走ったところで国境に到着。

 時計は11時半。正午からお昼休みで国境が閉ざされる可能性もあるので、早いとこ国境を越えてしまいましょう。ゲートをくぐる前に、まず、手元のキルギスソムを両替しました。1月下旬のキルギス南部山岳地帯リベンジランの5日間で、ほとんどお金を使わなかったので、手元に60ドル相当ものキルギスソムが残っていたのです。2200ソム(500ソム札4枚、100ソム札2枚)を持って、国境手前の両替所に行きました。窓口のおばちゃんはニッコリ、笑顔と一緒に返ってきたのは・・・!?

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写真4)ウズベク・ソムの札束!! これで60ドルです。 『あっちゃ~・・・』

 忘れてました!ウズベキスタンは、札束の国でした! 両替レートは、1ドル=1250ウズベク・ソムです。1円=約10ソムなので計算が簡単です。流通している最高額紙幣は、1000ソム札です(多分、もっと大きな額面もあるでしょうけど)。100ドルを全て1000ソム札で貰ったとしても、125枚になります。
 私が受け取った60ドルは、200ソム札で30ドル分、残りは500ソム札と1000ソム札でした。全部1000ソム札にしてくれ!と頼みましたが、「無い」と一言。ないわけないでしょうに・・・、まぁ、いいや。60ドルだったら、4~5日で無くなるでしょう。手元に残っていた35キルギスソムで、コーラとガムを購入。ウズベクソムの札束を懐に入れ、いざ国境ゲートへ。

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写真5)フェンスの向こうが国境施設。

 往来の多い国境なので、時間がかかりやしないかと心配しましたが、キルギスの出国手続きは至って簡単&スムースでした。まず、ゲートを越えてすぐに、警備の兵士にパスポートをチェックされ、その後、税関の手続きは、係員が自転車の荷物をパンパンと叩いただけ。カウンターで出国スタンプを押してもらい、『キルギスよ、さよぉ~なら☆』
 100mほどの緩衝地帯には、道路脇に免税店(?)と両替商が数軒並んでいます。特に用もないので通過。ウズベキスタン側の施設に着くと、まずパスポートチェック。数人の兵士が私を囲んで色々と質問をしてきましたが、自転車にぴったりと寄り添ってそれらに応えます。キルギス入国時のようなヘマはもうしません!
 ウズベキスタンの入国手続きは、ちょっと面倒・・・。まず、税関申告書2枚を詳細に記入しなければなりません。私は旅行会社勤務時代、このウズベキスタンの税関申告書を年に数百枚記入していました。ツアーに参加するお客さんのものです。おかげで、サラサラっと書類を書き上げ、税関の役人のところへ。ヤル気のなさそうな役人は、私の傍らにある自転車を見て、「銃はあるか?」と一言だけ質問してきました。「もちろん無い!銃や爆弾を運んでたら、重たくって自転車を漕げないよ!」と答えましたが、ウケなかった・・・。ヤル気のないおじさんのおかげで、荷物チェックはありませんでした。まぁ、「荷物を解いて中身を見せろ!」なんて言われても、拒否しますが。銃を持ってるからではなくて、面倒くさいから。

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写真6)この右手の建物がパスポートコントロール&税関。ウズベキスタンは国境施設などの写真撮影を禁止しているので、これは隠し撮り。恒例の国境線を跨いだ写真も取れませんでした。

 税関申告書1枚は返され、出国時まで保管しておかねばなりません。30分ほどで、ウズベキスタンの入国手続きが完了しました。自転車に跨り、ゲートの外へ出ようとすると・・・、あれ!?雨!? 顔に当たった小さな雨粒・・・。あらららら・・・。ウズベキスタンは、雨のスタートになりました。レインコートを取り出し、オレンジの派手なサイクリストが国境の町を走り抜けます。目指すは、フェルガナ地方(盆地)の中心都市・フェルガナ!!

 オシュ~フェルガナの距離は、160kmほど。ハイペースで走り続けねばなりません。ちなみに、フェルガナ地方は、日本の外務省から渡航の注意が出ている地域で、ビシュケクの大使館では、「絶対に行かないで下さい!」と何度も念を押されたような場所です。が!私は走ります。今回の旅は、危ない場所は避けるよう努めていますが、ここは大丈夫と判断したから、走るんです。
 フェルガナ盆地一帯は、イスラーム原理主義的傾向のある宗派が勢力を持っており、その宗派の過激派とウズベキスタン中央政府の間でなにやら色々と問題があってるのです。詳しいことは述べませんが、日本人が巻き込まれた事件もあります。んが!!私は、大丈夫だと自信を持って言えるので、走ります。政治的に不安定な地域が、必ずしも旅行者にとって危険な場所であるとは言い切れません。場所によりけりです。私は、諸々の背景などを認知した上で、走行してるので、お叱りのメールは不要です☆ 

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写真7)空はどぉ~んより・・・。時折、小さな雨が顔を打ちます。

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写真8)午後1時半。ホジャアバードという小さな町のバザールのチャイハナで昼食。金曜日とあって、チャイハナも賑わってました。伝統的な外套を纏ったおじさんばかりで、雰囲気最高☆

 美味しいポロフ(60円)で満たされ、どんより空の下、走行再開。路面は悪くはありません。時速20kmほどで快調に走ります。小さな町を抜けると、広大な畑が広がる田園風景になります。冬場で何も植わってませんが、何の畑であるかは一目瞭然! 綿花です。フェルガナ盆地は、ソ連時代からの大綿花地帯。道路脇の木々に風で飛んだ綿花がくっ付いてるので、すぐに解ります。
 盆地の底には、いくらか起伏があって、ところどころで建ち漕ぎをしながら、ハイスピードをキープ。走行距離が90kmを超えたところで、アンディジャンという大きな街をかすめました。町の中心を迂回するルートを取り、とにかくフェルガナを目指します。

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写真9)走行110kmで後輪がパンク! こんな金属片が刺さってました。丈夫なフェミスファー(タイヤの名前)でも、これは踏み抜いても仕方ないか。

 パンク修理が終わった頃、いよいよ空は重たくなり、しとしとと雨が降る中の走行になりました。フェルガナ盆地の走行は、ある意味で、日本を走っているかのようです。小さな町が連続して続いていました。それもそのはず、フェルガナ盆地は、ウズベキスタンの人口過密地帯。日本並みの人口密度があります。広い綿花畑やリンゴ畑の脇には、小さな集落が点在し、数キロごとに小さな町、数十kmごとに大きな町があります。雨が降ってなければねぇ・・・、いくらか楽しめるんでしょうけど・・・。

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写真10)雨は止まず・・・、道路脇の光景は特に変化もなく・・・、遠くに見えるはずの山々は雲の中・・・。

 最後の50kmは、とにかく無心で走り続け、日没間際になんとかフェルガナに到着しました。走行距離は168kmでした。10時の出発で、かつ、国境越えもあったのに、これだけ走れたのには驚きました。
 取った宿は、町の中心にある1泊12ドルの立派なホテル。テレビも冷蔵庫もバスルームも着いてる素敵な部屋に、泥をかぶったバッグを運び込み、冷えた体をシャワーで温め、汚れた装備を洗い、ノートパソコンを開いたところで、エナジー切れ。パソコンを枕元に置いたまま、眠りに落ちていました・・・zzzzZZZZ
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