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貧乏サイクリスト、ラシュトに到着 

4月18日 ラシュトに到着しました。

 イランの国土は、猫の形をしています。背中を丸めて、座っている猫。地図帳を広げて、イランを探してみて下さい。

 ほら、ね?猫でしょう?? その猫の首根っこあたりにラシュトはあります。

 マシャド出発以降、今日までの移動について、ざっと説明しましょう。マシャドの位置は、イラン北東部の端っこ。猫の背中というか、腰のあたり。そこから、北西に向け走り始めたのが、4月2日のこと。イラン4大詩人のひとり・フェルドーシーの霊廟があるトゥスという小さな町を訪れた後、ラドカーンという田舎町にある不思議な塔を訪れ・・・、進路を西に取り、ボジュノールドを経て、ゴルガーンに到着したのが、4月6日。
 ゴルガーンは、特に町並みが素敵!という訳でもないのですが、なんとなく3泊もしてしまいました。ゴルガーンから、西に1日走り、サーリー到着が4月9日のこと。サーリーは、古い町並みがいくらか残っていて、心地よい町の大きさだったので、ここでも3泊してしまいました。
 4月12日にサーリーを発ち、北西へ進路を取りました。北には、世界最大の湖・カスピ海!どんよりした空の下、初めて間近に見たカスピ海の・・・、汚いかったこと、汚かったこと・・・。ここ数日、雨続きだったので、泥水が大量に流れ込み、波打ち際はドロドロと泥色をしていました・・・。晴れた日が続けば、いくらか青い湖にはなるんですけどね・・・。

 カスピ海沿岸地方は、イラン人の高級リゾート地。リゾートホテルやペンションが建ち並ぶ海岸線(?)を2日走り、チャールースという街に到着したのが、4月14日。チャールースでは、英語の達者なイラン人のおじさん(ファルハドさん)に出会い、自宅の近くのスィート(長期滞在用の貸し部屋)を無料で提供してもらいまいした☆ チャールースでは、情け深いファルハドさんの厚意に甘え、2泊しました。

 あっ、そう、そう・・・、ちょっと言っておかなければならないことが・・・。実は、この2週間程、お金が無くて困ってるんです。イランを旅する外国人は、米ドルかユーロの現金を持ち歩くのが常識です。イランでは、クレジットカードもトラベラーズチェック(T/C)も使えませんから。私は、現金を400ドル用意してイランに入ったのですが・・・、マシャドを発った4月2日までに、270ドルを使ってしまっていました・・・。気がつくと、手元の米ドルは、100ドル札1枚!?その100ドル札も、4月7日にゴルガーンで両替してしまい・・・。4月15日時点での所持金は、55万イランリアルになっていました。60米ドル程度、つまり、日本円で7000円程度。
 この先、トルコに入るまで、クレジットカードもT/Cも使えません。この7000円で、駆け足でイランを横断することも考えましたが、それでは面白くない・・・。あれこれ手を尽くし、なんとか希望の通り、イランの旅を続ける方法を見つけました。これについては、また今度お話しましょう。

 で、4月16日、チョールースから、一旦進路を南に取り、エルブールズ山脈の山奥にあるケラルダシュトという町へ。山々に抱かれた美しい町は、“イランの楽園”とまで称されているんだとか。その楽園で、イラン国営放送のインタビューを受けたり、イラン人の青年を蹴飛ばして捻挫したり、素敵な楽園を満喫した後、再びカスピ海沿岸へと下りました。

 4月17日と18日で、更に西に走り、ラシュトに到着した訳です。ラシュトには、2泊のつもりですが・・・、宿代が7万リアル(約1000円)と高く、1泊しかできないかも知れません・・・。

あぁ・・・、困ったなぁ・・・。
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