タシケント観光
タシケントには、2月5日から8日までの3泊4日、2月18日から20日までの2泊3日、更に2月26日から27日と合計で7泊もしましたが、あまり観光らしい観光はしていません。
この中央アジア最大の街には、他のウズベキスタンの有名な都市(例えばサマルカンドやブハラ)のような古いイスラーム建築は少なく、ヨーロッパ的・ロシア的な街が延々と広がっています。
目に留まるのは、100年ぐらい前の帝政ロシア時代の建物や、50年ぐらい前のソ連時代の建物が多いかな?ウズベキスタンで、最もウズベキスタンらしくない、近代的な街です。 あまり観光してませんので、訪れた数少ないタシケントの町並みや観光名所をご紹介しましょう。

写真1)タシケントには、緑が多い。
ソ連時代の計画都市設計のおかげ?公園や並木道の木々は、全て葉が落ちてますけど。この写真は、本の露店街。ロシア語、ウズベク語の本に混じって、英語の本も目にしました。

写真2)チョロスーバザール
大都市タシケントで一番大きなバザール。旧市街にあり、タシケントでは比較的“ウズベキスタンらしい”ところ。イスラーム帽を被ったおじさんや、ショールを纏った女性が目に付く。巨大なバザールには、衣料品、食料品を中心に、何でも売ってる!

写真3)独立広場の『変な玉』
旧レーニン広場の真ん中、かつてレーニン像が立っていた台座に、巨大な金属製の玉が乗っています。表面には、ウズベキスタンの国土が描かれてるけど・・・、何を表しているんだろう・・・?市民にも不人気なタシケントの名物の1つ。

写真4)ウズベキスタン民族歴史博物館のガンダーラ仏
歴史的建造物は少ない街ですが、歴史的価値の高い遺物は沢山あります。歴史民族博物館で、私が最も見入ってしまった展示品です。ウズベキスタン南部のテルメズという街の遺跡から出土した仏像。中央が仏陀で、両サイドが修行僧。仏教は、中央アジアでも2世紀頃に栄え、アラブの侵入以降も、細々と信仰されていたようです。今では、完全に消え去ってしまっていますが・・・、地面の下には、まだ仏像が沢山埋まってるんです。

写真5)ナヴォーイー記念オペラ・バレエ劇場
中心部にある劇場。タシケント市内には、他にも数箇所このような立派な劇場がありますが、ここが有名なのは、日本人が建設に参加しているから。建物の北側の外壁に、以下のような碑文があります。
*****************
1945年から1946年にかけて
極東から強制移送された
数百名の日本国民が、
このアリシェル・ナヴォーイ名称劇場の
建設に参加し、その完成に貢献した。
*****************
ということなんです。この劇場の建設の為に、シベリア抑留中の旧日本軍兵士が、数百名動員されたとのこと。日本人が造ったからか?1966年の大地震でも、ビクともしなかったんだとか。
写真はありませんが・・・。地上を歩いても見えないところに、人気の観光地があります。それは、地下鉄!!中央アジア唯一のタシケントの地下鉄。今、3路線あるのかな?それぞれの駅ホームは、とても凝った装飾が施されていて、宮殿のようなものから、現代アート美術館のようなものも。清掃も行き届いているので、ピカピカです。
残念なことに・・・、地下鉄ホーム内は、写真撮影禁止。ホームにいる警察官が、かな〜りストイックに、写真を撮りそうな観光客を監視しています。なぜかというと、旧ソ連圏の地下鉄は、どこもそうですが、地下鉄構内が、『核シェルター』として使えるように建設されているから。軍事機密って訳です。しかし、ウズベキスタンを核攻撃するような国がどこにあるんでしょう?あの将軍様も、ウズベクを攻撃しようとは思わんでしょう??
大都会タシケントには、大都会ならではの楽しみ方があります。芸術に関しては、中央アジア一の中心!!沢山ある劇場では、週末を中心にオペラやバレエが絶えず上演されています。私も1回ぐらいバレエを見に行こうと思ってたんですけど・・・、公演日にことごとく合わず、結局見に行けませんでした。残念!!
1週間〜1ヶ月ぐらいの短期でウズベキスタンを訪れる人の中には、「タシケントは見る価値なし」なんて言う人もいますが、時間が許すなら、数日滞在する価値はありますよ。サマルカンド、ブハラ、ヒヴァとは違う魅力がある街なのです★
この中央アジア最大の街には、他のウズベキスタンの有名な都市(例えばサマルカンドやブハラ)のような古いイスラーム建築は少なく、ヨーロッパ的・ロシア的な街が延々と広がっています。
目に留まるのは、100年ぐらい前の帝政ロシア時代の建物や、50年ぐらい前のソ連時代の建物が多いかな?ウズベキスタンで、最もウズベキスタンらしくない、近代的な街です。 あまり観光してませんので、訪れた数少ないタシケントの町並みや観光名所をご紹介しましょう。

写真1)タシケントには、緑が多い。
ソ連時代の計画都市設計のおかげ?公園や並木道の木々は、全て葉が落ちてますけど。この写真は、本の露店街。ロシア語、ウズベク語の本に混じって、英語の本も目にしました。

写真2)チョロスーバザール
大都市タシケントで一番大きなバザール。旧市街にあり、タシケントでは比較的“ウズベキスタンらしい”ところ。イスラーム帽を被ったおじさんや、ショールを纏った女性が目に付く。巨大なバザールには、衣料品、食料品を中心に、何でも売ってる!

写真3)独立広場の『変な玉』
旧レーニン広場の真ん中、かつてレーニン像が立っていた台座に、巨大な金属製の玉が乗っています。表面には、ウズベキスタンの国土が描かれてるけど・・・、何を表しているんだろう・・・?市民にも不人気なタシケントの名物の1つ。

写真4)ウズベキスタン民族歴史博物館のガンダーラ仏
歴史的建造物は少ない街ですが、歴史的価値の高い遺物は沢山あります。歴史民族博物館で、私が最も見入ってしまった展示品です。ウズベキスタン南部のテルメズという街の遺跡から出土した仏像。中央が仏陀で、両サイドが修行僧。仏教は、中央アジアでも2世紀頃に栄え、アラブの侵入以降も、細々と信仰されていたようです。今では、完全に消え去ってしまっていますが・・・、地面の下には、まだ仏像が沢山埋まってるんです。

写真5)ナヴォーイー記念オペラ・バレエ劇場
中心部にある劇場。タシケント市内には、他にも数箇所このような立派な劇場がありますが、ここが有名なのは、日本人が建設に参加しているから。建物の北側の外壁に、以下のような碑文があります。
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1945年から1946年にかけて
極東から強制移送された
数百名の日本国民が、
このアリシェル・ナヴォーイ名称劇場の
建設に参加し、その完成に貢献した。
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ということなんです。この劇場の建設の為に、シベリア抑留中の旧日本軍兵士が、数百名動員されたとのこと。日本人が造ったからか?1966年の大地震でも、ビクともしなかったんだとか。
写真はありませんが・・・。地上を歩いても見えないところに、人気の観光地があります。それは、地下鉄!!中央アジア唯一のタシケントの地下鉄。今、3路線あるのかな?それぞれの駅ホームは、とても凝った装飾が施されていて、宮殿のようなものから、現代アート美術館のようなものも。清掃も行き届いているので、ピカピカです。
残念なことに・・・、地下鉄ホーム内は、写真撮影禁止。ホームにいる警察官が、かな〜りストイックに、写真を撮りそうな観光客を監視しています。なぜかというと、旧ソ連圏の地下鉄は、どこもそうですが、地下鉄構内が、『核シェルター』として使えるように建設されているから。軍事機密って訳です。しかし、ウズベキスタンを核攻撃するような国がどこにあるんでしょう?あの将軍様も、ウズベクを攻撃しようとは思わんでしょう??
大都会タシケントには、大都会ならではの楽しみ方があります。芸術に関しては、中央アジア一の中心!!沢山ある劇場では、週末を中心にオペラやバレエが絶えず上演されています。私も1回ぐらいバレエを見に行こうと思ってたんですけど・・・、公演日にことごとく合わず、結局見に行けませんでした。残念!!
1週間〜1ヶ月ぐらいの短期でウズベキスタンを訪れる人の中には、「タシケントは見る価値なし」なんて言う人もいますが、時間が許すなら、数日滞在する価値はありますよ。サマルカンド、ブハラ、ヒヴァとは違う魅力がある街なのです★
- [2007/02/28 16:26]
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