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カシュガルで出会った冒険仲間 

 3人のサイクリストと1人のトレッカー。4人の共通点は、『冒険者であること』そして
、『チベットに魅了されていること』


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写真1)左から、ステファン、バート、グレン、私。

 ステファンは、フランス人トレッカー。トレッカーというのは、歩き(トレッキング)を主体に旅をしている旅人のこと。陸路でフランスから中国までやって来た彼。普段は公共交通機関を使って移動していますが、時折、山に分け入り、自分の足で数十km~数百kmを歩いて旅をしているんだそうです。
 彼のような旅行者、山国ではたまに出会います。バックパッカーと何が違うのかと言うと・・・、私の勝手な解釈ですが、『より冒険色が強い』という点で違います。数十kgの装備品を背負って歩き回る、行動的な旅人です。
 ステファンとは、色満ホテルでの初めの1週間が同室、その後の1週間がお隣さんでした。クレジットカードの紛失し、フランスから送ってもらった新しいカードを受け取る為、カシュガルで4週間も足止めを食らった彼。私と会った時点で、すでに2週間が滞在2週間が経過していたようで、いつも退屈そうに部屋に篭っていました・・・。そんな彼の目に輝きが戻ったきっかけが私の『チベット情報』。ほんの数日前までチベット高原を走っていた私の荒々しい風貌と、充実の表情を見て、彼のチベットへの情熱が再燃!!

ス 「この街は素敵なところだけど、こんなに足止めされちゃって・・・。もうチベットは間に合わないと諦めてたんだ。でも、君の話を聞いてたら、是が非でも行きたくなってきたよ!!」


 グレンは、英国人サイクリスト。イギリスから陸路でオーストラリアへ向かっています。ある日、ホテルの中庭に停めていた私の自転車に小さなメモが貼り付けてありました。『私もサイクリストなんだけど、君はどちらに向かうのかな?ぜひとも情報交換をしよう!英国からオーストラリアへ向かうサイクリスト。グレン。100号室。』って書いてました。10月のアリ以降、長らくサイクリストと出会っていなかった私は、喜んで彼を訪ねました。
 初めて彼と対面した時、「ほんとにこの人、イギリスから走ってきたんだろうか?」と思ってしまいました。小奇麗で物腰の柔らかな人。私もよくそういう印象で捉えられることがありますが(本当ですよ!)、彼はもっとサッパリした雰囲気の持ち主。聞くと、長い旅はこれが初めてで、自転車のことも全く解らないような状態で旅立ってきたんだとか。この8ヶ月ほどで、すっかりサイクリストに変身した彼が目指すのも、やはりチベット!!

グ 「チベットから下りて来たばっかりの君に出会えたのは、奇跡的な出会いだよ!これはチベットに行けってことさ!」


 バートは、フランス人サイクリスト。フランスから、インドを目指して走っています。色満ホテルで、たまたま彼が滞在している6人ドミトリーを訪れた際に、出会いました。自己紹介をして、間近で彼の顔を見ると、透き通るブルーの瞳・・・。一度見つめると、視線を外せなくなるような、深く透明な、キレイな目をしています。チベットの青い空を思い出させる瞳を持つ彼が、目指すのも、チベットです。
 しかし、他の2人に比べると、彼はあまり積極的ではありませんでした。11月という時期は、チベットに入るには少々遅い・・・。私が氷点下10数度の雪原を越えてきたことを話すと、溜め息交じりで首を大きく左右に振りました。

バ 「3週間前で氷点下15℃だろう?だったら、今は氷点下20℃だろうね。
   そんな中サイクリングができるわけないよ・・・。」
心 「確かに、時期的には相当に厳しいね・・・。」
バ 「アリまでは3週間はかかるんだろう?そんな厳しい世界を独りで走るのは、
   危険だ。リスクが高すぎる。」
心 「でも、別の部屋に泊まってる英国人サイクリストは、行く気でいるよ?
   一緒に走ったらどうだろう??」
バ 「何!?他にもチベットへ向かうサイクリストがいるのか!?2人だと
   心強い!行けるかも?チベット行けるかも!?」


 というわけで、3人とも、チベットへ向かう事になった訳です。前述の通り、11月というのは、チベットを旅するには遅すぎるぐらいの時期。すでに厳しい冬が始まっています。町々を車で結んで旅するバックパッカーならまだしも、歩きや自転車では、少々リスクが高い・・・。そこで、彼らがチベット行きを決断して以降1週間、厳冬期対応の装備品補充に駆け回りました。4~5リットルの水を運ぶ為の魔法瓶(普通のボトルでは水は運べません。全て凍るから…)、氷点下20℃まで対応の寝袋、防寒着、大量の食料、等々…。
 夜は、ビールを飲みながら、私のチベット&中国レクチャーです。地図を広げ、宿泊可能な村や、食料補給が可能な場所を示します。真剣に耳を傾ける彼らは、氷点下20℃・海抜4千~5千mの世界に恐怖を抱きつつも、興奮の色が隠せない様子。一番、消極的だったバートが、一番テンションが高いのも面白い。

バ 「ここから、ここまで100km誰もいない無人の高原なんだろう?
   で、気温は氷点下20℃!海抜は5100m!!信じられるかい?
   俺たちゃ、こんな凄い世界を走るんだぜ!?

 11月19日、準備万端整った彼らが出発する日です。ホテル出発前に、彼ら全員にカタを渡しました。カタは、チベット人が平安を祈って捧げる純白の布です。私がラサを出発する時に、顔なじみのチベタンたちから貰った8枚の最後の1枚でした。他の7枚は、チベット各地で峠や僧院に残してきました。
 まず、ステファンがバスでチベット入りの出発点となるカールギリック(イエチョン)へと出発。イエチョンから、アリ方面のトラックをヒッチハイクし、アクサイチン高原で途中下車、5000mnの無人の高原を100km歩いて越えるつもりだそうです。
 グレンとバルトーは、その1時間後に出発。初めてサイクルパートナーを持つという彼らは、妙に興奮気味。お互いの走行スタイルを確認しあった後、意気揚々とカシュガルの街から南へと走り出しました。

 仲間たちよ!気をつけてな!!

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写真2)バルトー。彼の自転車は、マウンテンバイクより一回り大きなクロスバイク(タイヤサイズ700cc)。

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写真3)グレン。彼も同じくクロスバイク。ちょっと荷物多過ぎるけど・・・、重量は私の自転車と同じでしたから、大丈夫!!
■□■ 追記 ■□■ 12月20日付 ■□■
 彼らのチベット行きを決定付けた存在である私ですが、持っている知識・スキルは全て伝えたつもりです。それだけに、彼らの安全な旅を祈らずにはいられません。出発から4週間近くが経っても、彼らからのメールは届かず、心配な日々を送っていました・・・。
 5週目に入ったある日、グレン&バート・ペアからメールが届きました!無事に崑崙山脈・アクサイチン高原を越え、ラサを目指しているとのこと!!更に数日後には、ステファンからも!彼は歩いて崑崙山脈を越えようとしていたところ、途中で、警官(軍隊?)に行く手を遮られ、一旦退いた後トラックをヒッチハイクして西チベットへ入ったとのこと。今後、ラサを経て、香港に向かい、6ヶ月の中国長期滞在ビザを取得した後、再びチベットへ戻る予定だそうです。いずれのメールからも、充実と高揚感が伝わってきました。

 情熱と、ちょっと常識外れな行動力が、厳しい旅を充実の日々に変えているのです。素敵な冒険者たちです☆

 いいなぁ~・・・、私も極寒のチベットに帰りたくなってきた・・・
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