スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

三十里営房 

10月30日 なるほど・・・、こりゃぁ相当な規模だ・・・。

 海抜4100mの朝はそれほどの冷え込みではありませんでした。乾ききった砂地の上にテントを張った為か、テントの結露も少ない。テキパキと出発準備を整え、11時前に走行開始!今日の目標は、『三十里営房』という町。この数日、集落の名前が間違っていたり、集落と思っていたところが基地だったり、村と思っていたところが廃墟だったり、毎日、走行資料と地図に騙されています。が、この三十里営房というところには、間違いなく食堂や宿があります。

 アクサイチン周辺の地図や資料が不正確なのは、仕方がないことだと思います。以前、中国製の地図を3冊見比べたことがありますが、アクサイチンの道や地名は、どれも違っていました。それだけ、情報が薄い地域だということです。中国政府が意図的に、情報を出さないようにしているのかも?軍事的にも秘密にしてた方が良いのでは? いずれにせよ、私は「この地図間違ってるよ!」とか「この資料おかしいじゃないか!」などとは言いません。保守的で、かつ変化の著しいこの中国で、何だかんだと言ってても仕方ないですし、旅とはそういうものだとも思います。正確で供給多寡な情報は、旅の冒険味を薄める効果がありますから・・・。情報とは上手に付き合わないとね☆ 

 さて、走り始めると、すぐに上り開始!標高差300mほどの小さな峠カンシワール・ラ。カンシワールの廃墟から、真っ直ぐ真西に伸びる緩やかな上り。一度もカーブすることなく、真っ直ぐ300m登ります。軽いギアでボチボチ進みますが、これが結構シンドイ・・・。なんというか、気を抜くタイミングが取りずらいんです。九十九折の上りだと、登ってきた道や周囲の景色を楽しめますが、ここは前方に続く長い坂しか目に入らない・・・。地面の凸凹だけを見つめて、ペダルを踏み続ける・・・

20061218012030.jpg
写真1)カンシワール峠の上り。中ほどで振り返る。

 たった5kmの上り坂に1時間半かかりました。疲れが溜まってきているのでしょうか・・・?こんなにキツイとは・・・。峠の反対側は、いくらか傾斜のある下り坂。勢い良く下り、登りでかけた時間を取り戻します。アリ以降、10日間、食料の補給なしで走っています。左右それぞれ10kg以上の食料が入っていたフロントのサイドバッグも、半分ぐらいの重さまで、中身が減りました。ハンドリングも快適!一気に峠の下りを下り終えました。
 下り終えると、平らな谷間の道に。左手に昨日から並走している川。その更に左に山。右手にも山。路面は砂利が深いところや波打ってるところがあって、あまり走りやすいものではない・・・。でも、海抜4000m前後なので、多少オーバーペースで走っても疲れないかな?

20061218013105.jpg
写真2)峠の向こうはこんな風景

20061218012639.jpg
写真3)この路面は嫌い! ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ

 黙々と悪路を走り続けていると、驚きのものを発見!  いや、驚くようなものではないのですが、心ときめくモノ! 人家です。チベット最後の村スムシ出発後、全く見なかった定住民の家が3つ!!! 川の向こうの小さな草原に建っていました。チベットで見ていた家々と同じ土造りの平屋ですが、チベット人の家屋とはちょっと違います。タジク人の家かな?確かめるには、家を訪ねるしかないでしょうけど、向こう岸に渡る橋はどこにもありません。人が出てきやしないかと、道路脇で昼食のチャパティを食べながら観察しますが、結局人影は確認できず。残念ですが、通過。
 新疆ウイグル自治区に入って初めて見た人家を過ぎ、5kmほど進むと、前方から馬が一頭やってきます馬上の人は、どうみてもチベット人ではない。すれ違いざま、「アッサラーム・アレイコム!!」と大きく挨拶すると、今まで見たこともない謎の乗り物にビクビクしていた馬が、驚いて飛び上がり、走り出してしまいました。乗ってたおじさんは大慌てで馬を治めようとします・・・。 『あぁ・・・、悪いことしちゃったなぁ・・・』

20061218013945.jpg
写真4)人家だ!人家がある!!

20061218020222.jpg
写真5)落ち着きを取り戻した馬とおじさんは、東に向かって行ってしまった。さっきの人家の住人だろうか?

 更に走り続けると、今度はちょっと警戒してしまうモノと遭遇・・・。人民解放軍の軍用トラックが10台ぐらい前に停まっています。停まっているのは、演習所のような場所の傍。トラックの荷台には、それぞれ10数人の兵士が乗っています。別に私がここを走っていても彼らには何の問題にはなりませんが、あんなに沢山の人に囲まれたり、質問されたりするのは、ちょっと・・・、嫌です。長らく、複数の漢民族と一同に接するということがなかったので、気が引けてしまう。
 そ知らぬ顔して、軍用トラックの列を通り過ぎます。口笛を吹いたり、声をかけて、私の注意を引こうとしている兵士もいますが、無視!ごめんね、今日は話したくないんだよ。漢民族のパワーに慣れるよう、徐々にリハビリが必要です(笑) 車列を通り過ぎた後も前方から、10台ほどのトラックがやってきました。すれ違う時は、砂煙を浴びないように風上へ退避。あまり風が強くなかったので、風上といっても砂煙を浴びてしまいました。
 軍用車の列が過ぎたところで、前方からロバ車に乗った一家とすれ違いました。ロバは我慢強い動物なので、私の自転車を見てオドオドしてるんでしょうけど、逃げ出したりはしません。「アッサラーム・アレイコム!」イスラームの挨拶です。「ワ・アレイコム・サラーム」荷台のおばあさんが返してくれました。「タジク?」と聞くと、イエスなんだかノーなんだか、何か返してくれましたが、良く解かりませんでした・・・。
 青い瞳の彼らは、おそらくタジク人。しかし、このタジク人という呼び方は中国政府がつけた呼び名で、実際に彼らがタジク人と自認しているかは不明。ここらの山岳地帯に住む人々は、パミール系の民族のワハン人かサリコーリー人とのこと。どういうことか解からないでしょ?つまり、アフガンとタジキスタンに跨るワハン回廊から、西に連なるカラコロム山脈北部一帯(中国・パキスタン)に昔から住んでる人々のグループです。

20061218015301.jpg
写真6)標高に注目!

 また地元の人とすれ違わないかなぁ~と走っていると・・・、ふと。 「あっ!富士山まだあと少し!!」 腕時計の高度表示を見ると、3805mまで標高が下がっていました。富士山山頂はすぐそこです。更に5kmほど走ると、標高が3770mを切りました。こんなに低い場所に下りてきたのは、8月末以降2ヶ月ぶりです。いやぁ~、空気が濃いはずだ☆

 ボチボチ走ってきましたが、走行距離は65kmを超えていました。そんなに走ったつもりもないんですけどね、やはり、標高が低いから?更に12kmを走り、午後7時半、三十里営房に到着しました。三十里営房は、大きな人民解放軍の基地です。国境線から30里離れたところに設けられた軍営地なので、三十里営房なのでしょう。これまで見てきたどの解放軍基地よりも巨大で、1万人ぐらい兵士が居てもおかしくない規模です。おそらく、ここに常駐している部隊はそれ程多くないと思いますが、演習や訓練でここを訪れる兵士は多いのではないでしょうか。

20061218015458.jpg
写真7)三十里営房。手前の黄色いのは、新しい基地施設。現在建設中。

 基地があれば、それに付随する飲食店街がある。チベットで学んだ知識。これだけ大きな基地ですから・・・、あっ、やっぱり!基地の向こう側には、30軒ほどの商店が並んでいました。食堂宿、商店、床屋さん、土産屋(訓練で訪れた兵士向けでしょう、扱ってるのはチベット土産)、などなど。
 食堂宿にチェックインし、自転車は部屋の中まで入れてしまいました。食堂に置いとくと、食事に来た兵士たちにヤンヤヤンヤと騒いで、色々聞いてきますから。漢民族のリハビリ中の私には、まだハードルが高い。私が食堂の主人とポツポツ話しながら食事を済ませた後、10数人の大きな団体(もちろん兵士)がやってきて、大宴会が始まりました。

 チベット人の土地を遠く離れ、ウイグル人・タジク人の土地にやってきたウキウキワクワク感はありますが、初めに出会った大量の人民解放軍兵士たちには、ちょっと気が引けてしまいました。まぁ、ここは国境地帯だから、仕方ないのかも知れませんが・・・。 アクサイチン脱出後、現時点で出会ったのは・・・、タジク人5人、漢族の商店主20人ぐらい、人民解放軍兵士500人ぐらい。

 ウイグル自治区、シルクロードの世界に来たぞ!という感覚よりも、国境地帯を旅してるんだ・・・、という感覚の方が強いです。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://whereiskokoro.blog34.fc2.com/tb.php/544-8fa74f91

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。