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チベット自治区・新疆ウイグル自治区境界越え 

10月26日 チベットを去る日

 薄暗い物置のような宿(というか物置)で目覚めると、室内の気温は5℃もありました。これを暖かいと感じれるようになった私、随分寒さにも慣れてきましたね。
 オートミールでお腹を膨らせて、のぉ~んびり出発の準備をしていたら、宿のおじさんがやってきました。 「ドマル!ドマル!」って・・・?

 心 「ドマルから来たんですよ?今日は、ティエロンタンに行くんです。」

 「ドマル!」と自分を指差すおじさん。あっ!なるほど、おじさんがドマルに行くのね。どうやら、私が出発したら、奥さんとドマルに行くようです。昨日絞めた羊の肉や毛皮を売りに行くのでしょう。おじさんたちが早く出発できるように、準備を急ぎます。午後10時半、スムシの村を出発!

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写真1)ドマルの村を出発。

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写真2)今日も寒いなぁ~・・・

 今日の目標は、ティエロンタンという村らしきところ。走行資料や英国製の地図には、その名が記してあります。距離は53kmぐらい。スムシを出ると10kmほどで、チベット自治区と新疆ウイグル自治区の境界があり、その先が無人の荒野・アクサイチンです。無人って言われてるのに・・・、村があるのだろうか?このティエロンタンって、なんなんだろう・・・?まぁ、行けば解かります!氷点下7℃の晴れた朝、元気に走行開始!
 スムシを出ると緩やかぁ~な上りが続きました。走行開始10kmほどで、なだらかな峠の頂に到着。一旦、下り、再び同じ高さまで登ると、見えてきました!噂の『区界碑』!! 何が噂かっていうと、その碑文の文字です。

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写真3)やったぁ~!!海抜6700mまで自転車で登ったぞぉ~!!スゲェー!!俺!!

 凄いでしょう!?6700mって言ったら、富士山(3,776m)はもちろんのこと、アフリカ最高峰・キリマンジャロ山(5,895m)よりも、北米最高峰・マッキンリー山(6194m)よりも高く、カイラース山(6,656m)を僅かに上回り、南米最高峰・アコンカグア山(6960m)に迫る海抜ですよ!?私の鍛え上げられた心臓と脚力があってこそ登ってこれる極限の世界です!!


 なんて・・・、これ、嘘っぱちです。

 これだから中国ってのは・・・・。実際の標高は、5050~5100mぐらい。こんな立派な石碑を作っておいて、1600mも過剰表示をするなんて・・・、そんなにしてまで世界一高い場所を走る国道にしたいのでしょうか? しかし・・・、ここまで堂々と・・・、しかも、1600mもの上乗せをしてしまえる中国人の思考って、ある意味『偉大だなぁ~』と思ってしまうのは私だけでしょうか。

 笑うどころか呆れてしまう『西蔵自治区(チベット自治区)・新疆ウイグル自治区の区界碑』を過ぎると、地理的にも実質的にも、無人のアクサイチン高原突入です。このアクサイチンは、1960年の中印国境紛争の発端となった場所だそうで、国境線が未画定の間に、中国人民解放軍が軍用道路を張り巡らせ、実質的に中国領にしてしまった場所。今でも、インドはこのアクサイチンの領有を主張しています。もともと住民もいないような厳しい土地です、軍事的に緊張した場所なので、現在では定住民はいません。もしかしたら、夏場には遊牧民が住んでるかも知れませんが。

 さぁ、行きますか。「ありがとう!チベットの大地よ!!」

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写真4)チベットにお別れを告げ、新疆ウイグル自治区へ!初めに現れたのは美しい湖。

 夏秋にアクサイチンを訪れたサイクリストたちは皆、自然の美しさと動植物の豊富さに感嘆していました。彼らがこの地を訪れてから2~3ヶ月後の現在、すでに季節は厳冬。植物は枯れていますし、動物は・・・見れないだろうな・・・。なんて思った途端!野生動物に遭遇!!西チベットで何度もみた鹿です。私に驚いて草原を駆けるその姿は、『美しい』の一言。
 湖を右手に見ながら、北に進むと、急に雪が多くなりました。白銀の雪原に照り付ける太陽が、視界を真っ白にします。サングラスを着けていても眩しい・・・。目を細めて走っていると、雪原に動くものを見つけました。キツネです。ぴょこんぴょこんと進んでは、立ち止まり私を見ています。キツネを見たのはこの旅始めてですね。かわいぃ~なぁ~☆ 

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写真5)この雪原でキツネと遭遇。写真には収められませんでした。

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写真6)雪原を抜けるとサツム・ラ峠(5250m)の登り開始!

 海抜5000m超のアクサイチン高原の最高所サツム・ラ峠に差し掛かります。上り始めてすぐの日当たりの良い場所(写真5)で、ラーメンの昼食。調理と食事の30分ほどの間に、ランクル2台とトラック2台が通りました。結構交通量あるなぁ・・・、この先のティエロンタンは期待できるかも(?)
 食後サツム・ラの登りに挑みます。海抜5250mというと、自転車で訪れた最高所タイ記録です。もうひとつは、ラツェ~新定日間のラクパ・ラ峠。もっとも、チベットの標高は、先ほどの『区界碑』のように正確でないこともあるので、もしかしたら、この峠ももう少し低かったり高かったりするかも知れません。

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写真7)午後6時半。サツム・ラの頂上に到着。

 峠の向こうは当然下り!資料によると、峠の頂上からティエロンタンまでは16km。下りが何kmかあるので、8時までには到着できるでしょう! 上着の裾や襟元を正し、冷たい風が入らないようにして、ダウンヒル開始。急な坂ではありませんが、時速20km近くで走れます。下りは4kmほどで終わってしまい、再び平坦な道を走ります。
 スムースに走ってきましたが、1日の最後にちょっと苦労しました。小さな川が横切る道路では、凍った路面の為、走ることができず、自転車を押して越えるのにも一苦労。蟹股になりながら、なんとか踏ん張って、自転車を氷の小川の向こうに渡します。『こりゃ、アイゼン用意しとくべきだったな・・・。まぁ、アリでは手に入らなかっただろうけど・・・。』アイゼンというのは、登山靴の底に装着する金属製の爪です。厳冬期登山の必需品。

 西日を受けながら、最後の数キロを走り、スムシから55kmほどのところに集落を発見!!これは村ではなく、トラックストップですね。長距離トラックドライバー向けの食堂宿や修理屋が7~8軒並んでいるだけの場所。一番大きな食堂を覗き込むと、中から中国人(漢族)の女性が出てきました。
 招き入れられるままに、ここに停まる事に。宿泊料15元なり。暖かい石炭ストーブの前に腰掛け、暖をとりながら回鍋肉と山盛りご飯の夕食。食堂のおかみさんは、多くを聞いてこなくて、程よい距離感。たまに思い出したように質問をしてきますが、「あぁ、そうかい。」といった具合で納得して会話は終わり。食後、ロウソクの明りで自転車の修理をしていると、大きなエンジン音の後、トラックドライバーが2人やってきました。ウイグル人のドライバーです。ウイグル語で漢族のおかみさんに話しかけてますが・・・、『通じないっしょ?』と思っていたら、ウイグル語で返事してる!? 『えっ!?おばさんウイグル人!?』
 驚いた事に、違いました。彼女が漢族であることに驚いたのではなく、彼女の旦那さんがウイグル人だったことに。どうやらトラックの予備タイヤのパンク修理をしたかったらしく、ドライバーたちが外に出て行きました。それを追っかけたのが、ウイグル人の男性。彼女の夫です。

心 「あなたは漢族ですよね?旦那さんはウイグル人ですか?」
おばさん「そうだよ。」
心 「あなたは、ウイグル語を話すんですか?漢族とウイグル人の結婚はよくあるんですか?」
おばさん「私はウイグル生まれの漢族だからね。」

 へぇ~・・・、当たり前といえば当たり前ですが、ちょっと意外。チベット自治区やウイグル自治区では、漢族は先住の民族に嫌われていることが多く、夫婦や恋人同士になることは稀に思われます。が、案外沢山いるのかも知れませんね。

 夜は、暖炉の部屋から2つ離れた寒い部屋の冷たいベッドで就寝。それでも、室温は氷点下1℃もありました☆ 外気温は、氷点下10℃以下でしょうから・・・

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写真8)ティエロンタンの食堂宿。(翌朝に撮影)

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