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自分の名前について考える 

心/こころ/ココロ/KOKORO
 → どの書き方が好きかというと、やっぱり漢字、『心』ですね。

「伊東心と申します。心と書いて、こころ!本名ですよ。」
 → 社会人として真っ当に仕事をしている頃のお決まりの自己紹介です。

「伊東心です。ココロ君でも、ココロさんでも、ココロでも良いんで適当に呼んで下さい。」
 → 旅行中、日本人に名乗る時は、こんな感じ。伊東と呼べとは言いませんね。

「My name is KOKORO. The meaning is “Heart” in Japanese. If it is difficult to say “KOKORO”, please call me COCO.」(私の名前は、ココロです。意味は心“ハート”です。もしも、ココロと言うのが難しかったら、ココと呼んで下さい。) 」
 → 英語で名乗る時は、こんな具合。COCOは、私の幼少のニックネームであり、英語のニックネームでもあります。こんな回りくどい言い方せずに、初めから「My name is COCO. (私の名前はココです)」と名乗れば?と思うでしょうけど、これは譲れません。もちろん、シュチエーションによっては、簡単に「I am coco.(ココです)」と名乗ることもありますが、大抵は上述のように長々と名乗ります。
 相手が日本人であれば、一度「ココロ」と名乗ると、絶対に忘れられることはありません。しかし外国人の場合、『KOKORO』の音を聞き取れなかったり、聞き取ってもすぐに忘れてしまうことがある・・・。『COCO』だったら、聞き取りも簡単だし、忘れられることも殆どないのです。でも・・・、できることなら、「ココロ」と呼んで欲しい。特別な意味を持つことを強調して、わざわざ「意味はハートですと言っています。欧米人の場合、「へぇ~、素敵な名前だねぇ~」と言ってくれる人も多い。

 そう、素敵な名前なんです。私、自分の名前が大好きです。

 『名前、それは燃える命 ひとつの地球に、ひとりずつひとつ』 とはゴダイゴの唱『What A Beautiful Name』の歌詞。若い子らは知らないでしょうけど・・・。(私も若いけど、知ってるのだ→http://whereiskokoro.blog34.fc2.com/blog-date-200608.html#entry395

 地球上の全ての人が持つ名前。自分が自分であることを認識する、もっとも重要な“記号”であり“音”である名前。名前って、大事なものですよね。

 いまさらですが、私の名前は『心』。 命名は父です。命名の理由は、心のある人になって欲しいだとか、心豊かであって欲しいだとか、心のわかる人であって欲しいだとか、心を大事にして欲しいだとか、確かそんなことを言っていた気がします。

 自分の名前がちょっと珍しいと気がついたのは、6~7歳の頃。周囲の大人たちが「珍しい名前だねぇ。」「良い名前だねぇ。」と言うので、幼い私は『珍しい良い名前なんだ。』と思うようになったわけです。しかし、どう良いのか?解かってはいませんでした。何が良いのか解からない私には、逆に嫌に思うことも・・・。「こころちゃ~ん!こころちゃ~ん!あっ!?僕が心ちゃん?女の子かと思ってた。」風邪をひいて憂鬱な気持ちで診察の順番を待つ病院で、看護婦さんは“女の子の心ちゃん”を探しています。「こころって言うの?女の子みたいな名前だねぇ。」幼い子どもの心を傷つける、大人の何気ない言葉。『僕は女の子じゃないもん・・・』 良い意味を持つ名前であることは、知っていましたが・・・、“珍しい”ということと“女の子っぽい”響きが、幼い私には嬉しくなかった。

 小学校の頃の私のニックネームは、“ココ”、もしくは“コッコ”。コッコが転化して“ポッポ”と呼ぶ友人もいました。『ココでも、ポッポでも、友達が呼ぶんだからそれで良いや。』特に嫌ではありませんでした。心と名乗り、心と呼ばれるようになったのは、小学校6年生から。6年の夏に、北九州市から福岡市に引越しをしたんです。福岡で私のニックネームがコッコであることを知る人がいるはずはありません。新しい友人たちは、すぐに私を心と呼び始めました。それ以降、大人になるまで、私はニックネームを持たず、自分自身も心と呼ばれることを欲しました。

 名前の持つ意味を意識し始めたのは、思春期、高校生ぐらいからでしょうか。幼少期の“女の子みたい”というコンプレックスは、10歳を過ぎたくらいでとっくに無くなっていました。良い名前であることは、常に意識していましたが、心という単語の意味と、命名に込められた親の気持ちを意識し始めたのが、15~16歳という訳です。名前の持つ意味と気持ちを理解すると同時に、自分の名前とどう付き合うか?名前がどう自分に作用しているか?ということも考えるようになりました。その考えは、ひとりで旅を始めた18歳の頃には、人生の指針としてまとまりました。

 心を大事にできる優しい人になろう。心の豊かな、敏感な感受性を身に着けよう。心の挫けない強い人間になろう。心を自由に表現できる人になろう。心の~・・・、言い方を変えれば、いくらでもそれらしい文章が挙がりますが、要は、出会った人々に『名前の通りの人だな。』と思ってもらえるような、名前そのままの人間性を欲しているわけです。
 更に踏み込むならば、名前を傷つけるような行いはしたくありません。例えば、銀行強盗でもして捕まって、新聞に“住所不定無職の伊東心(こころ)容疑者28歳”なんて書かれた日にゃ・・・、日本中の同じ“心”の名前を持つ人々に申し訳ないでしょう?


 私の周囲に同じ名前の友人知人はいません。28年前は、斬新過ぎるほどの名前だったのですが、最近ではそうでもないようです。平成生まれの子どもたちには、心という名の子が多くいます。やはり女の子に多い名前ですけどね。街中で、「こころぉ~!」と親しげに私を呼ぶ声、「えっ?誰?なに!?」と自分の名を呼ぶ女性を探したことが何度かありました。声の主は、小さな娘を連れた若いお母さん(笑)。「こんにちは。お嬢さん心っていうんですか?私も心なんですよ。」
 年の近い人では、以前ひとりだけ同じ名前の女性にあったことがあります。 何年か前に、NHKの朝の連ドラで、“こころ”ってあったでしょう?あの舞台は、東京浅草なんですけど、私は当時、浅草の川向こう、やはり下町情緒漂う向島に住んでいました。滅多にテレビ見ない私ですが、あの連ドラは良く見てましたね。

 さて、結びますか。 名前、誰もが持ってる大事な名前。人によっては、自分の名前が大嫌い!という人もいますが、私は大大大好き!です。 名前が自分の人生の指針になることもあります。
 思春期の少年少女へ。 一度は名前について、深く考えて見てください。深く考えるって言ったって、悪い方向には持っていかないように!勝手が良い方向に、都合が良い方向に持っていきましょう!!
 親御さんへ。娘・息子が名前の由来を知りたがったら、温かく答えてあげて下さい。幼い頃に「お前の名前は、昔好きだった芸能人の名前だ。」とか、「適当に決めた」などと言われて、自分の名前を好きになれなくなってしまった人を沢山知っています。例え本当にそうだったとしても、うまく濁す術を知っているでしょう?大人なんだし。 逆に、深い意味を込めていたとしても、それをあまり強調したり強要したりしないほうが良いとも思います。私の場合、もしも親に「心の大きな人間になってくれ!」「何でお前は、名前のような良い子になれないんだ!?」なんて言われてたら、名前の持つ意味に押し潰されていたかもしれませんし。


 以上、極寒銀世界のチベット高原で振り返った自分の名前と、名前の哲学でした。
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