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カイラース・コルラ1周目/2日目前半 

9月29日 カイラースコルラ1周目の2日目。カイラース北面のディラプク・ゴンパから、タルチェンまで戻ります。

 8時、日の出の30分前に目が覚めました。宿坊の大きなガラス窓の向こうには、静かに聳えるカイラース。宿坊には他に5人の外国人観光客が泊まっていて、彼らを起こさないよう忍び足で外へ。僧院正面入り口の部屋には、20人近いチベタン巡礼者が雑魚寝していましたが、もう姿はありません。夜明け前、ガヤガヤ声が聞こえていましたが、その時に出発したのでしょう。多分、日の出の1時間半ぐらい前、7時頃だと思います。
 僧院正面の険しい階段に腰掛け、夜明けのカイラースを眺めます。カイラース北面は、標高差1000m以上の巨大な壁。その面は、僅かに東寄りに傾いているようで(多分)、朝日が北面全体に当たり、オレンジ色に輝くらしい・・・。冷たい石の階段に座っていられず、立ち上がってその時を待ちます。

 標高の高いカイラース周辺、朝の光は予想よりも早くやってきました。カイラース山頂の雪をオレンジ色に染めた光は、徐々に力強さを増しながら、北面全体へと広がっていきます。未明の氷点下の空気の中、その光景に見とれていました。不思議なことに、カイラース北面全体に光が広がるまで、手前の金剛手と観音の山々には全く光が射さないのです。つまり、カイラース北面の根元まで光が当たると、金剛手と観音の頭に光が当たり始める。自然が作り出した偶然にしても、神秘的な現象だと思いませんか?

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写真1)北面全体に朝日を浴びたカイラース山。手前の金剛手(右)、観音(左)の山頂にも光が当たり始める。

 朝食は、持参したラーメン2袋。しかし、これでは足りません。すでにこの宿坊に6泊している古林さんに案内され、僧院の食堂へ。カイラースの巡礼路にある僧院の宿坊は、食事つきなのです。宿泊料は40元もしますが、巡礼ということであれば、外国人でも割引があります。3周する私は、1泊30元。13周の古林さんは、6周目の今回から無料に。ツァンパとバター茶を頂いた後、出発の準備に取り掛かります。ぐずぐずしていたつもりはないのですが、出発は10時半を回っていました。

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写真2)冷え込んだ朝。僧院の正面を流れる川には氷が張っていた。

 古林さんと一緒に出発しましたが、歩くルートは別々。私は、凍った川を渡り、川向こうにテントを張った野口君を訪ねました。昨晩貸したライトを回収する為です。テントの撤収作業中だった野口君は、開口一番「いやぁ~、寒かったですよ!!」そうでしょう。おそらく未明の気温は、氷点下5℃前後。昨日、お目当てのタムディン・ドンカンなる修行場(?)が見つからなかった彼は、一旦タルチェンに戻るとのこと。戻るといっても、巡礼路を逆走して戻ることはしません。歩く方向は、常に時計回り。カイラースを一周して戻ります。
 野口君とは、タルチェンで会うことを約束して、独りで歩き始めました。昨日より少し軽くなったバックパックを背負って、カイラースを右手に歩きます。昨日は、20kmほど歩きましたが、幸い足の疲れはありません。私のように、数ヶ月走り続けているサイクリストは、ペダルを踏む為の筋肉ばかりが発達して、歩くことが苦手になるのですが・・・、『案外、大丈夫やね!』

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写真3)五体投地(キンチャ)で巡礼を進めるチベット人巡礼者。

五体投地の説明はこちら→http://whereiskokoro.blog34.fc2.com/blog-date-200608.html#entry386

 歩き始めてすぐ、前方を進む五体投地の巡礼者に遭遇。その一連の動作を観察していると、私が30~35歩進む間に、彼らは1回進んでいました。私の歩幅が30cm(山道ですから)として、×35回で10m程度。彼らはその間、身長分の1.5mほどしか進みません。聞いたところによると、五体投地の巡礼者は、2~3週間かけて、52kmの巡礼路を回るのだそうです。私の前を進むタフな巡礼者たちは7人。中には12~13歳に見える少年も!敬虔な少年に飴玉を寄進し、彼らの前に出ました。さぁ、海抜5660mマユム・ラ峠へと続く、長い登りの始まりです。

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写真4)カイラースの北東方向へ進む

 登り始めて10分ほどで、先を歩いていた古林さんに追いつきました。もともと体力自慢で、まだコルラ初回の私はハイペースで歩けます。が、古林さんはこれが6周目のコルラ、すでに足を痛めているのです。1周52km、平均海抜5000mを越す、岩と砂利と土の巡礼路です。5周と半分を歩き終えている彼は、すでに300km近く、このような過酷な環境を歩いているのです。 一緒になりましたが、お互いのペースを保った方が得策でしょう。私はハイペースで歩いては、しばらく立ち止まり周囲を眺め、再び歩いては止まる。後ろを歩く古林さんは、タルチェンで買ったという竹製の杖を突きながら、黙々と歩き続けています。症状から察するに、足の裏の骨を痛めているようです。疲労骨折か何かではないでしょうか。
 険しい道は、大量の衣類が残された急坂を越えたところで、比較的緩やかな上りに少し平らになりました。平らといっても、大きな岩がゴロゴロとする足場の悪いところ・・・。向こうには、さっきの登りよりも更に険しい急坂が見えています。あれが、最大の難所、ドルマ・ラか・・・。

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写真5)ドルマ・ラの麓から、カイラースを振り返る。

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写真6)ドルマ・ラの登りはこんなとこ!!写っているのは、全体の半分ほど。(この写真は、コルラ3周目に撮影したもの)

 カイラースを訪れた人々から、「ドルマ・ラはキツかったよぉ~!!」という話を必ず(と言って良い程)聞きます。「死ぬかと思った」だの、「地獄」だの、「二度と登りたくない」だのともしかし、私は大丈夫でしょう。すでに海抜5000mの世界に完全に順応してますからね。自信満々で、ドルマ・ラの登りスタート!険しい坂を快調に登ります。足元はそれほど悪くありません。数百年の間に、踏み固められた巡礼道は、幅1m程のトレイルとなって、峠の上へと伸びています。100mほど登ったでしょうか、巡礼のチベット人も追い抜くハイペースで来ました。息は切れてるけど、この程度なら、楽に登れそう・・・
 更に登り、登り、登り・・・、腕時計の高度計は5400mを越えました。ガイドブックによると、ドルマ・ラ頂上は5660mぐらいとのこと。しかし、前方を見ても、あと250mも標高差があるようには見えない。まぁ、腕時計の標高表示は100mぐらいの標高差はすぐに出てしまうので、これも誤差の許容範囲かな。

 峠の頂上付近には、おびただしい数のタルチョがはためいていました。いや、はためいてはいないか。何百本何千本ものタルチョが、連なり重なり壁のようになったタルチョ群です。時計の標高は5480m、まぁ誤差でしょう。山頂付近には、昨晩、ディラプク・ゴンパ周辺でキャンプをしていた欧米人グループ10人ほどが休んでいました。皆、疲労困憊の様子。私はまだまだ元気ですが、お腹が空いてる。腰を下ろし、お菓子とお茶の休憩と相成りました。

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写真7)ドルマ・ラ山頂のタルチョ群と、外国人グループの荷役のヤクと、チベット人巡礼者。

 ドルマ・ラ頂上付近には、何かしら云われのありそうな岩が2箇所あり、チベタン巡礼者はその岩にバターを縫ったり、額を付けたりして、祈りを捧げていました。タルチョ群の前で五体投地(礼)をする人も。のんびり周囲の人々を観察していると、「ラー・ギャローォ!」と知っているフレーズが耳に入りました。 『あっ、忘れてた!』

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写真8)「ラー・ギャロー!!」 神に勝利あれ!! 写っているのは私ですよ。

 チベットの古い慣習です。「ラー・ギャロー!」と叫びながら、ルンタ(『風の馬』の意)と呼ばれる、馬の絵とお経が印刷された4~5色の紙の束を、空に向かってばら撒きます。山の神に対する信仰のようで、言葉の意味は、『神に勝利あれ』。チベット仏教ではなく、チベット古来の宗教・ボン教に由来する慣習でしょう。山の安全を願う“おまじない”と思って下さい
 チベタン巡礼者たちは、「ラー・ギャロー」の後にも、短いフレーズを叫んでいましたが、聞き取れませんでした・・・。私がルンタを撒いている写真を撮ったのは、追いついてきた古林さん。2人で休憩していると、ドルマ・ラの反対側から、2人のお坊さんがやってきました。反時計回りにコルラをするのはボン教徒です。古林さんは、この2人のボン教のお坊さんと顔馴染みだそうで、立ち上がって抱擁を交わしていました。このお坊さんたち、毎日1周回っていて、今日でコルラ100周目なんだそうです。目指す108周の究極の巡礼達成までは、あと8周です。40歳前後(に見える)お坊さんと、25歳前後(に見える)若いお坊さん。とても感じの良い人々でした。

 後半(次のエントリー)に続く・・・
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