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どこか泊まるところはありませんか? 

2010年06月16日 ホンジュラスを去り、ニカラグアへ。

 早朝のワールドカップ、ホンジュラス対チリ戦、残念な結果となりました…。まぁ、それでもホンジュラスでホンジュラス戦をホンジュラス人と一緒にテレビ観戦できたのは貴重な体験となりました。

 さて、今日はもう、そのホンジュラスを去る日です。ホンジュラスは南部をちょこっと横切るだけでしたから…。2泊3日の滞在で、東隣のニカラグアへ抜けます。

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写真1/左上)国境までは40kmほど。緩やかぁ~な丘陵地を走ります。
写真2/右上)前を走るヨランデが立ち止まってました。何かと思ったら、「橋!」って。日本の援助で作られた橋でした。エルサルバドルやホンジュラスでは、あちこちで日本の援助で作られた道路や橋を目にします。
写真3/左下)お昼を前に国境に到着。残ったホンジュラス通貨(レンピラ)はふたり合わせても300円分くらい。昼食にフライドポテトを食べた後、残った小銭を握り締め、露店でフルーツなどを物色…。
写真4/右下)「これっぽっちじゃ、コレしか買えないわよ!」露店のおばさんたち、商売っ気ありません…。というか、私が迷惑な客か…? 結局、マンゴーひとつ購入して、レンピラ全部使い果たしました。


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写真5/左)さぁ!国境を越えます! 前を走るヨランデ。彼女とはこの先、コスタリカに入るくらいまで一緒に走ることになりそう。ニカラグア、エルサルバドルと並んで治安がよろしくない土地ですので…。
写真6/右)ニカラグア側の入国手続き。あっ!入管のパソコンまで日本の援助品ではないですか!?

 入国手続きには、7ドルの手数料がかかりました。ビザ代ではありません。手続きの“手数料”…。聞くとこによると、出国時にも手数料を取られるそうで…。たいした額ではありませんが、ニカラグア…、お金にシビアなお国柄なんでしょうか…?

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写真7/左上)国境の向こうは…、“大して変わらない風景”が広がってました。そりゃぁそうです。人為的に引かれた線(国境線)を越えただけですもの。植生や気候がガラリと変わることはありません。
写真8/右上)あっ…、変わったこともありました。道路の両脇、ずぅ~っと有刺鉄線の柵で区切られているんです。ここらは大きな牧場が延々と続いています。
写真9/左下)日没まであと2時間ほど、そろそろ今夜のお宿を探さねばなりませんが…、どこまでも牧場が続きます。宿がありそうな町はあの火山の反対側です…
写真10/右下)日没まで1時間を切りました。「今日は宿は諦めて、ガソリンスタンドの裏手とかでキャンプにしよう」ということになり、道行く地元民にガソリンスタンドの場所を聞きました。「あと5kmも行けばあるよ」とのこと。



 で…、5km走ったところで見たものは…!




 道路脇にあるドラム缶と『ガソリン』の表示…。



 もしかして、これがおじさんが言ってた“ガソリンスタンド”でしょうか・・・。こりゃぁ、ここで野宿するのは、つまり、国道脇の掘っ立て小屋で野宿するも同じですね…。なし!なしなし!ここはなし!



 しかたなく、夕暮れの一本道を走り続ける私たち。道路脇に降りて草原にでも入れれば、テントを張れるのですが・・・。途中小さな村を通過しましたが、まぁなんというか・・・、何もない!寂しい村でした。食堂でもあれば、夕食を食べたついでに「ごめぇ~ん、お店の裏手にテント張らせてくれないかしら?」と頼めるのですが・・・。食堂もない!
 寂しい村を出ると、またどこまでも有刺鉄線の柵が続きます。どこか切れ目でもあれば、勝手に牧草地へ入ってしまうか・・・?と、目を凝らし走っていると、飼葉を満載した馬車が目に飛び込んできました

ヨランデ 「すみません。ここらへんに、宿はありませんか?」
少年A 「ないよ」
ヨランデ 「じゃぁ、ガソリンスタンドとか? 食堂とか?」
少年B 「うぅ~ん・・・、ないよ」
ヨランデ 「ないって・・・」
(私に通訳)

 諦めムードの私たち。間もなく、道路に枯れた小川らしきものを発見。その砂の浮いた川床を少し進めば、道路から見つかることもないだろう・・・と、私が偵察に行きました。幸い、有刺鉄線はありませんでしたが…、乾いてるように見える川床は、実はまだ湿ってて、所々ぬかるんでいました・・・。ここは無理かなぁ~・・・?厳しいな・・・。

こころ 「ちょっと厳しいね・・・。もうちょっと走ってみようか・・・?」
ヨランデ 「ねぇ!ココロ!さっきの子らがね、家に来ないか?ってよ!」
こころ 「えっ!ほんと!?」


 道路に戻ると、ヨランデの隣に先ほどの馬車の少年たちがいました。何やら困っている私たちを気にして、戻ってきてくれたようです。で、彼らの家に招待してくれました! 


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写真11)お世話になります! この写真は翌朝撮影。


 夕暮れ迫る田舎道、少年たちの馬車について行くと…、小さな村に入っていきました。何と言う村かも解りません。ガタガタの未舗装路、家々の間の細い道を5分も進み・・・、少年たちの家に着きました。
 出迎えてくれたのは、おかあちゃん(写真11の右から2人目)。息子たちからの簡単な説明を聞いた途端、笑顔で私たちをもてなしてくれました。一家は、おかあちゃんとおとうちゃん、その子供5人のたち、そして長女の旦那とその子供が2人。10人が母屋と2つの小屋に住んでいます。誰が誰やら・・(笑) 説明は受けましたが、なんせ裸電球ひとつの薄暗い庭での自己紹介でしたから・・・、翌朝明るくなって顔を見ても、誰が誰らや・・・です。

 夕食は、ご馳走になってしまいました。“MARUCHAN”、つまりインスタントラーメンです。メキシコを含む中米諸国では、最初に市場を開拓した『マルチャン』(日本の会社ですよ)が、そのままインスタントラーメンの呼び名となっています。
 暗い夜に、賑やかな声が響きます。主に話をしているのは、おかあちゃんとヨランデ。その周りに、私と既婚の娘たちが座り、たまに会話に入ります。やはり、スペイン語が堪能なヨランデがいると、交流がぐぅ~んと!深まりますね。私も勉強頑張らねば…

 夕食が住むと、早めの就寝です。一家は農業と漁業を営んでおり、朝が早く夜も早いのでしょう。寝床は、ハンモックを借りました。私は庭の大きな東屋(農機具置き場)で、息子たちと一緒に。ヨランデは、母屋のベッドで寝たようです。

 思いがけず、充実の交流から始まったニカラグア! エルサルバドルやホンジュラス同様、小さな国ですので、10日間程度で駆け抜けてしまいます。短い滞在・・・、こういう交流があると、それだけで国の印象がグッと良くなりますよね☆

 明日からのニカラグア走行、気持ち良く楽しめそうです☆
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