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終戦記念日に考えた 

2010年08月15日 65年ですか…

 8月15日、聖母被昇天祭だったコロンビアで、日本の終戦記念日について色々と考えました。

 終戦記念日、言わずもがな、日本の最後の戦争『太平洋戦争』が終わった日。1945年8月15日、昭和天皇の玉音放送で告げられた終戦…。それから65年後、私はコロンビアでその日を迎えたわけです。
 海外で8月15日を迎えるのは、もちろん初めてではありません。すでにこの旅も5年目ですし。過去を振り返ってみると、1995年は英国で。99年はモロッコで。2000年はシリア(だったかな?)、03年と04年はリビアで。06年は中国で。07年はギリシアで。08年はフランスで。09年はカナダで。で、10年はコロンビアか。

 さて、ここから長くなりそうです…



 “終戦”記念日と言うのは、日本だけ。第二次世界大戦で連合国側であった国々では、“日本に勝った日”。上述の国々で言うと、英国やフランスや中国。日本の植民地であった韓国や台湾では、“日本から解放された日”となるでしょう。

 今年は、民主党に政権交代しましたから、首相の靖国参拝が云々なんてニュースはありませんでしたよね? まぁ、あれは小泉首相のときだけだったかしら。上述の通り、06年は私中国にいましたから、そりゃぁ現地でも大きな取り扱い方をされていましたよ。あれはね、私、外国にとやかく言われることじゃないと思うんですよ。靖国参拝、先の戦争で犠牲になった人々を弔い、恒久平和を願うための祈りであるのであれば、それを止める権利はないでしょう、誰にも。


 1978年生まれの私、一番古い終戦記念日の記憶は、『戦後40年』。つまり、私が小学校1年生の年。7年しか生きていない私には、40年前なんて大昔の話でした。

 でも、当時の私たちの周りには、その40年前の戦争を知る人々が沢山いました。夏休みの2度目の登校日、日付はいつだか忘れましたが…。8月10日だったかしら、或いは、夏休み前後のいつかまた別の日だったかしら…。毎年『平和教育』として、戦争体験を持つ人の話を聞いていた記憶があります。
 長崎での被爆体験をお持ちの方。小倉の大空襲を体験された方。南洋の激戦地を転戦していた方。学徒動員で特攻隊の訓練生だった方。そういう方々から、直接お話を伺う機会がありました。

 当時は、“ほんの40年ほど前”のことだったのです…。

 今は65年以上前の話です…。終戦当時20歳だったとしたら、その人は現在85歳。15歳だったとしたら、その人は80歳。まだまだ戦争体験を語れる人は沢山います。私の母方の祖父はもう80台後半ですが、たまにビルマやラオスの山岳地を転戦(敗走)していたときのことを語ってくれます。


 戦争体験を語れる人って、身近にいますか…?

 今の子供たちは、直接、戦争体験を耳にする機会ってあるのでしょうか? 80~90台のご老体にお願いして、学年集会や全校集会でお話を聞く機会はあるかも知れませんけども…。


 きっと、私たちの頃よりも少ないと思います。きっと、私たちの頃よりも、印象は薄いと思います。


 『戦争が終わって、僕らは生まれたぁ~♪』なんて、昔の若者が唄った歌がありますが、今の日本人、大半が戦争を知らない子供たち。もちろん、私もそうですし、私の両親もそう。私に子供はいませんが、私の子供たちの世代もそう。知らない人ばっかりなんです。

 で、何が言いたいのかって? 8月15日ですよ! 終戦記念日☆ この日は、これからもずっとあり続けるわけです。2045年の8月15日も終戦記念日。戦後100年が経っても、終戦記念日なんです。


 戦争の記憶ってのは、それがない人には、想像する他ありません。体験した人から聞く。当時の映像を見る、聴く。当時の資料や物語を読む。感じる。想像する。そして、理解したつもりになる。それだけしかできません。
 想像する他ない。結構ではないですか。知らなくて済んでるのは、良いことです。戦争を知らずに生きていける人は幸せでしょう。


 でもね、知らないからって、想像することを怠ってはいけないと思うんです。知らないからって、感じることを忘れてはいけないと思うんです。理解した“つもり”くらいにはならなきゃいかんと思うんです。


 私は、戦争を知らない子供たちの、そのまた子供です。戦争なんてものは、身近になかった。

 それでも、同世代の日本人の若者の中では、“比較的”戦場とか戦争とかに近い場所にいたこともあります。IRA解体前の北アイルランドだとか…。コソボ紛争直後のユーゴだとか…。インティファーダ前夜のパレスチナとか…。世界の無関心に晒されていたタリバン政権下のアフガンとか…。
 戦争に追われて難民となった人々とも沢山接してきました。アルバニア、コソボ、アブハジア、オセチア、カラバフ、クルド、アフガン、パレスチナ、ダルフール、タイ、ベトナム、カンボジア、などなど。20歳前後の頃の私の旅には、『難民』とか『紛争』とか、そういうものに触れ・感じ・考えるという、ひとつのテーマがありました。もちろん、年がら年中そういう場所に行ってたわけではありません。時折、足を運んで、ちょっとだけ体験して来るんです。

 でも、戦争体験はありません。よって、私は戦争と言うものを想像する他ない、普通のそこらへんにいる若者と同じです。


 繰り返しになりますが・・・。戦争というものへの想像力は妥協したくありません。失いたくはありません。きれいごとに聞こえるかも知れませんが、65年以上前に起こった現実を、ひとつでも多く、少しでも多く知り、想像し、理解することが、私には大事なんです。“終戦記念日”とは、そういう気持ちを忘れさせないようにしてくれる、私にとってある種の:“記念日”なんです。おそらく、多くの日本人にとっても、同様の意味をもつものだと思いますが…。


 日本が行った戦争はいかん! なんてヒステリックに全否定することはしません。過ぎた過去を一生懸命に否定しても仕方ない。大事なのは、過去から何を学んで、未来に何をつなげるか。

 私も、その“つなげる”役目を果たしたい…。だから、想像と理解だけは、妥協したくない…。


 そんな気持ちに、今年もなりました。8月15日…。今、日本はもう8月16日なんですけどね(笑)



 長ぁ~くなりました・・・。以上、8月15日の呟きでした。

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