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トルコはヨーロッパか?? 

2007年05月某日 トルコに来る度に考えるんです・・・。ここはヨーロッパなのか? アジアなのか?? って・・・。

 トルコ入国後、初めの滞在地となったドウバヤジットや、続くヴァンで、トルコ人(クルド人)青年に、おかしな質問を何度かされました。

青年A 「どこから来たんだい?アジア?
心 「アジア?うん、まぁ、アジアだね。先日イランからトルコに来たんだが・・・。ここもアジアじゃないの?

青年B 「君は・・・、何ジン?アジア人?
心 「アジア人・・・、うん、まぁ、アジア人だね。日本人だよ。やたらと大きく捉えるねぇ・・・、となると、君もアジア人だよね?

青年C 「ヨーロッパへようこそ!
心 「ん?まだ、ヨーロッパにゃ着いてないよ。


 とまぁ、こんな感じの会話をすることがあります。何が“おかしい”のか?ピンとこない人もいるでしょう。私がいつも引っかかるのは、彼らの『トルコ=ヨーロッパ』という認識です。




 トルコは、その国土の大半(97%)をアジア大陸に置いています。また、彼らトルコ人の言語・トルコ語は、ウラル・アルタイ語族に属し、アジアの言語です。さらには、トルコ人のルーツは、中央アジアにあります。過去何度もトルコに来ている私ですが、毎回、『トルコはヨーロッパか?』という疑問を抱いてしまいます。



 ご存知の通り、トルコは、EU加盟を目指し奮闘中。ヨーロッパの主要国は、トルコのEU加盟に否定的なようですが、トルコ政府は、めげずに頑張ってます。では、トルコはヨーロッパなのか? うぅ~ん・・・・
 トルコ人の少なからぬ人々は、トルコはヨーロッパの国であり、自分たちはヨーロッパ人だというアイデンティティを持っています。特に、若い世代はヨーロッパ人を自称する人が多い。本人たちが、そう思ってるんだから、私が「違うんじゃないの?」なんて言うのは、見当違いでしょう・・・。しかし、言いたい! ちょっと違うんじゃないの??

 トルコ入国後に出会ったヨーロッパ人、例えば、オランダ人やスイス人、フランス人旅行者に、聞いてみました。「ヨーロッパ人は、トルコ人をヨーロッパ人だと思うかい?」 答えは、「ヨーロッパ人というのは違和感あるなぁ・・・、トルコは、大きく捉えると、中東やアジアに属するんじゃないの?」という人が多い・・・。


 そもそも、アジア人、ヨーロッパ人というのは、何なのでしょう?『国家』だったら、簡単に線が引けるけど、『民族』は線引きが難しい。『ヨーロッパ人・アジア人』なんてモノの線引きは、意外に難しいのです。遺伝子で分けるのか?言語で分けるのか?居住地域で分けるのか?歴史で分けるのか?宗教で分けるのか? ・・・どの分け方も、完璧ではなさそうです。トルコ人は、ヨーロッパ人なんだろうか・・・?


 人種的特長、つまり遺伝子で分ける??…って言ったって、大陸の民族は、長い歴史の間に、混血が進んでおり、特定の遺伝的特性を持ったグループで分けることなんて不可能でしょう。金髪だったら、ヨーロッパ人?そんなまさか。目が切れ長だったら、アジア人?んなわけない。

 ならば、言語はどうか?上述の通り、トルコ語は、ウラル・アルタイ語族に属し、今回私が旅してきた地域でいうと、ウイグル語やカザフ語、キルギス語、ウズベク語、トルクメン語と同じ系統の言語です。言語学的な線引きでは、トルコ人はアジアの民族ということになる。なんて言うと、また問題が出てくる。ヨーロッパの諸言語は、インド・ヨーロッパ語族というグループに含まれますが、このグループには、インド亜大陸の諸語や、ペルシャ語も含まれます。この○○語族って分類は、あまりに大雑把・・・。う~ん・・・、やはり、言語学による線引きは無理ですな。

 居住地域で分けるとすると・・・。トルコの国土の一部(3%ぐらい)は、ヨーロッパにあります。イスタンブールの周辺がそうです。でも、国土の大半がボスポラス海峡、マルマラ海、ダーダネルス海峡の東側、つまりアジアにあります。マルマラ海に支点を置き、トルコの国土でシーソーを作ったら、間違いなくアジア側に傾き、ヨーロッパ側に傾く可能性はゼロです。
 でも、それなら、ロシアも同じこと・・・。地勢学上の境目であるウラル山脈で、ヨーロッパとアジアを分けるなら、ロシアはアジアに大半の国土を持っていることになります。だったら、トルコとロシア、合わせてアジアにしちゃいますか?

 歴史で分けるってのは? 現在のトルコは、第一次大戦後に建国されたトルコ共和国です。それ以前は、オスマン・トルコ帝国。更に以前は、セルジューク・トルコ帝国。以上の3つが、トルコです。これらのうち、オスマン朝は特に強大で、ヨーロッパに多大の影響を及ぼした大国でした。ヨーロッパキリスト教世界と接するイスラームの大国であり、バルカン半島を支配してた時代も数世紀に及びました。
 セルジューク朝とオスマン朝の2つのトルコ帝国の以前は?これまた大きな国がありました。ビザンチン帝国です。ローマ帝国の東西分裂後、1000年も生き延びた、ヨーロッパ・キリスト教世界の中心のひとつです。しかし、このビザンチン帝国は、オスマン・トルコ帝国に滅ぼされています。イスタンブールの金角湾を巨大な鎖で封鎖したビザンチン軍に対して、スルタン・アフメッドⅡ世率いるオスマン軍は軍艦を陸に上げ、引っ張って山を越え、湾内に入ったなんて・・・、とんでもない軍隊ですよね。弱体化していたビザンチン帝国を滅ぼした、この強大な国家は、勢いに乗って、バルカン半島にまで勢力を伸ばしたわけです。(そこらへん詳しいことは知りませんが)
 現在のトルコが、ビザンチン帝国の末裔であるならば、ヨーロッパの一部であると胸を張って言えるでしょう。しかし、そうではない。ビザンチンを滅ぼしたんですから・・・。歴史的に見てもトルコは、ヨーロッパ・キリスト教世界を脅かす、アジア・イスラームの大国という時代が長かったようです。

 最後に宗教から見てみましょうか。トルコ人の99%がイスラーム教徒だと言われています。政教分離してから80年も経つので、今では信仰心の薄い人々も多くいますが、そんな人々もやはりムスリムです。イスラームが、非ヨーロッパ的だとする意見の人も多いでしょう。トルコのEU加盟に否定的なヨーロッパ人の多くが、宗教の違いを理由にします。まぁ・・・、確かに、それは解りやすい線引きだとは思いますが・・・。しかし・・・、バルカン半島南部の小さな国・アルバニアは人口の大半がイスラーム教徒と言われていますが、アルバニアはヨーロッパの国だというのは、誰もが認めること。アルバニアが地勢学上のヨーロッパに位置しているからか?


 さぁて・・・、どうしたものか・・・。色々と書いてみましたが、やはり、私の結論は変わりません。トルコは、ヨーロッパではない!でも、トルコ人が自分たちをヨーロッパ人だと思ってるんだったら、それはそれで結構。私がとやかく言う問題ではない。

 あなたは、どう思いますか?


 そういえば・・・、トルコ国内での、EU加盟を目指す政策に対する評価は、年々低くなっているそうです。諦めムードか?それとも、別のアイデンティティに目覚めたか??9・11以降、トルコ人の多くは、自分たちムスリムであることを再認識し始めています。ヨーロッパで肩身の狭い厄介者になるか?イスラーム・アジアの大国に戻るか?ということではないでしょうか・・・?
 しかしその反面、EU加盟に向けた国家システムの改善により、トルコの経済水準、生活水準は着実に良くなってきているようです。その変化は歓迎されているようで、その歓迎ムードがEU加盟を目指す人々には追い風になっているようです。


 まぁ・・・、いろいろと論じてみましたが、トルコさん・・・。EU加盟のハードルをクリアする努力を続けていれば、例えEUに加盟できなくとも、国は発展するはずです。頑張って下さいまし。でも、あなたたちの祖先が中央アジアから、この地にやってきた民族であり、イスラームの大国として世界に君臨した国であったということは、忘れないで下さい。



 そんなトルコをテーマに、西日本新聞で連載中の私の旅行記『地球みちばた見聞録』で、ひとつ話を描いてみました。ご覧下さいまし☆
 →第39話『アジア人か、欧州人か』
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