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テオティワカンへ行こう! 

2010年03月15日 メキシコ・シティの北に、巨大なピラミッドがあるんです!

 メキシコの代表的な遺跡『テオティワカン』、紀元前2世紀~6世紀に栄えた、テオティワカン文明の大遺跡です。メキシコ・シティに来たからには、絶対足を運びたい場所です。

 3月15日(月) 8:00~
 テオティワカンへ行こう!
 詳しくは、ドミトリー2の 心まで


 宿のダイニングテーブルに掲示を張りました。参加希望者は6名集まりました。私が仕切っての団体観光。私、添乗員ですから☆

 って言っても…、メソアメリカ文明の知識は無いに等しいんですけどね…。ガイドブックの巻末に載ってる程度の知識しか有してません…

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写真1)地下鉄とバスを乗り継いで、1時間少々の移動。
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写真2/左上)入場料51ペソ(約380円)。バスを降りて歩くこと10分、土産屋と小さな博物館を抜けると、見えてきました!テオティワカン遺跡!
写真3/右上)目玉は後回し、まずは、小ぶりな(と言っても広大な)『ケツァルコトルの神殿』から!
写真4/左下)見よ!この急な階段! メソアメリカの遺跡が概して、階段が急です。
写真5/右下)足の悪い人は上り下りが大変そう…。

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写真6/左)小さなピラミッド(神殿)を登りきると、その正面にもうひとつピラミッドが。こちらが本殿でしょうか。階段や各段にケツァルコトル(?)の石像が首を出しています。
写真7/右)北を見ると、巨大なピラミッドが2つ! 手前が『太陽のピラミッド』。奥に小さく見えるのが『月のピラミッド』。この遺跡の目玉たちです!


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写真8/左上)ケツァルコトル神殿から、太陽のピラミッドを経て、月のピラミッドまで続く長い回廊『死者の大通り』。途中、ところどころに水道(?)の後がチラホラ。メキシコ人の子供たちに混じって、我がチームから、サイトウ隊員が水道跡に突入! さすがは、春から消防隊員☆
写真9/右上)さぁ!太陽のピラミッドです! 高さ65m、底辺222m×225mは、南北アメリカ大陸で最大の遺構です!
写真10/左下)今日はメキシコの祝日。平日に来たつもりが、メキシコ人観光客でごった返していました。急なピラミッドの階段が、渋滞してる・・・。
写真11/右下)険しい階段を駆け上り、振り返って1枚。

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写真12/左上)中ほどまで登って来ると、小さな人だかりが。その中心に居たのがコイツ! どうやら神殿の主のようです。
写真13/右上)ピラミッド上段に到着。普段は、天辺まで登れるそうですが、今日はあまりの混雑で…、頂には立てず…。上段の縁に6人並んで腰掛けて、早いお昼ご飯(パン)を頂きました。
写真14/左下)食後、太陽のピラミッドの上段縁をぐるりと一周。向こうに見えるのは、月のピラミッド。
写真15/右下)登りも混雑してましたが、下りはもっと混んでます・・・。そりゃぁ、あの傾斜ですもの。足が竦んでる人もチラホラ見受けられます。

 足腰に自信のある私は、下りも「ホッ!ホッ!ホッ!ホッ!」と軽快なステップで駆け下ります。

 すると、そんな私を視ていた外国人ツアーグループのガイド氏が、私を指差しながらお客さんに・・・

ガイド氏 「皆さん、彼のような降り方をすると、膝を痛めますからね。亜rは、悪い例です。真似しないように!」

心の心の声 『はい!はい!はい!!悪い例ですよぉ~!自転車で1日10時間漕ぎ続ける体力と筋力がない人は真似しないようにねぇ~☆』



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写真16/左上)太陽のピラミッドを降りて1枚。登って見下ろしても、下から見上げても、やはり大きいですねぇ~! ちなみに、底辺はエジプト最大のピラミッド『クフ王のピラミッド』とほぼ同じ。高さは半分くらい。エジプトのピラミッドとの違いは、メソアメリカ文明のピラミッドは、最上段に神殿が設けられていました。
写真17/右上)『死者の大通り』を北へ。すぐそこに月のピラミッドが見えてるんですが…、意外と遠い…。通りには、「ガォガオー!」と鳴るジャガーの頭の形をした笛や、ピラミッドの置物など、各種土産を扱う土産屋がウロチョロうろちょろ。
写真18/左下)月のピラミッドも駆け上る! 「誰だ!?登りたくないとか弱音吐くのは!?登らずに帰れると思うな~!!(笑)」
写真19/右下)7人で集合写真☆ ん?1人増えてるって?? そう、月のピラミッドの下で、同宿の女の子と遭遇したのです。

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写真20)月のピラミッドも頂には立てませんでした。が、ここからの眺めはナカナカでした☆ 振り返ると、長さ4km、幅45mの死者の大通りがドォ~ン!!と延びています。



 いやぁ~、なかなかの見応えでしたよ☆ テオティワカン!

 ちょっと、いや、ずいぶん混雑してて…、少々、いや、ずいぶんとキレイに整備されてましたが…


 あの大きさ、登り応えには、大満足でした☆


 最後に、なぜ?『死者の大通り』か??をご紹介しときましょうか。学びたての知識です(笑)この名前は、後の時代に付けられたものなのですが、どうやらアステカの神話に関係がありそうです。
 テオティワカンが滅びたのは6世紀頃、その数百年後にこの地に生まれたアステカ帝国の創世神話です。


 自分たちの身体を犠牲にして、地上の人間と植物を創ったアステカの神々は、次は太陽を創りだそうとテオティワカンに集まりました。2人の神を選び、選ばれた神たちは苦しい修行を行います。他の神々は2人の修行のために、それぞれに大きなピラミッドを建てました。
 修行を終え2人の神は太陽となるために、燃え盛る炎に身を投じます。1人の神は潔く飛び込みましたが、もう1人の神は怖がってなかなか飛び込みません・・・。後ずさりしたあと、結局火の中に飛び込みました。
 暗闇の中、神々たちは、どの方角から太陽が昇るのか?と今か今かと待っていました。まもなく、最初の太陽が東から姿を見せたました。
 ところがしばらくしてもう1つの太陽も東から姿を現したすではないですか。火にすぐに飛び込まなかった神の太陽です。同じ方角から2つの太陽が昇ってしまい「これは困った…」と神々は話し合います。そのうちに、ある神が「火の中になかなか入らなかったのは実にけしからん!」と言って、後から昇った太陽に向かってウサギを投げつけた。その時からその太陽は光が薄れてしまって表面にウサギの“アザ”が残った…。(これが今日の月となる)
 太陽と月ができたのは良かったのだが…、両方とも一向に動く気配を見せません…。両方の神とも、死んでしまったのです。神々は考え…、自分たちも犠牲となり太陽と月を生き返らせることにしました。神々の犠牲により、太陽は動き出し、しばらくすると、別の道をたどって月も動き出しました。
 こうして大要と月は別々に現れるようになり、2人の神が修行に使ったピラミッドは、『太陽のピラミッド』と『月のピラミッド』として残りました。
 アステカの人々は、神々の犠牲によって生まれた「動く太陽」を永遠に動か続けるためには、人間も神々のように犠牲にならなければならないと考え、生け贄の祭りを行い続けました。


 …とさ。アステカの生け贄の儀式は、生きた人間の心臓を神に捧げるというもの…。こう書くと残酷極まりませんが、当のアステカの人々にとっては大事な儀式だったんですよね。だって、太陽を動かし続けなければならないんですから…。
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