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小さな出会い小話・米国① 

2009年11月1日、ワイオミング州イエローストーン国立公園で出会った80代のおじいさんの話。

おじいさん「自転車で旅行かい?日本はどこから来たんだい?」
こころ 「知らないでしょうけども、福岡市と言って、九州の町です。」
おじいさん「ほぉ、九州!わしはね、ずいぶん昔に小倉に居たことがあるんだよ。」
こころ 小倉!私、小倉にも住んでたんですよ、11年間。昔って、大戦後ですね?」
おじさん「そう。小倉の基地におった。そういえば、あの海、海峡。今は橋が掛かってるんだってねぇ?」
こころ 「関門海峡ですね。高速道路用の橋が1本。在来線鉄道用のトンネルが1本。新幹線用のトンネルが1本。自動車一般道のトンネルが1本ありますよ。」
おじさん「へぇ~!当時は海の底を列車が通るってだけで驚いたがね・・・。」
こころ 「ちなみに、小倉市ってのはもうなくて、周辺都市と合併して北九州市になってます。100万人くらいの都市ですよ。」
おじさん「はぁ~!日本が発展するわけだね。あの小倉がねぇ~・・・。懐かしいねぇ~・・・。」

 東部の州から旅行でイエローストーンに来たというおじいさんは、戦後、GHQ(進駐軍)の軍人として、米国が接収した小倉の基地に居たんだそうです。

 関門海峡に鉄道用のトンネルができたのは、1942年のこと。おじいさんが小倉にいた時からもうありました。世界初の海底トンネルで、戦時中、米国軍は空襲でこれを破壊しようと試みていますが、さすがに海の底のトンネルは破壊できなかったそうです。


 私が幼少期を過ごした小倉北区の小文字山のふもとには、『メモリアルクロス』という20mほどの大きな十字架が立っています。これは朝鮮戦争で命を落とした国際連合軍将兵の鎮魂のための十字架で、当時、小倉の米軍基地の人々によって建てられました。

 あのおじさん、メモリアルクロスを立てた時にも居たかも知れません。メモリアルクロスの話、あとから思い出しました。「あの時、聞いてみたら良かったなぁ~・・・」とちょっと後悔。
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コメント

メモリアルクロス、懐かしい。あったねー。白くてでっかい十字架。

ジェンネにも、植民地支配でジェンネを侵攻してきたときに亡くなったフランス兵を埋葬している墓地があるよ。増水期には水没するし、墓標もなにもないけど、いちおう住民は、「あそこらへんはフランス人のお墓」って知っとる。

お母さんに聞いたけど、小倉の社宅、もうすぐ取り壊しって。

妹みく

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