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リトル・トウキョウの上田さん 

2009年12月29日 リトル・トウキョウに行ってきました。

 LA滞在12泊目にして、初めてダウンタウンまで行きました。まだ自転車のパーツは届いてませんが、そろそろ届くはず・・・。年明けには出発できることになりそうです。
 『そろそろ観光なども済ませねば・・・』と思っていたら、昨晩、同宿の日本人青年・直人くんに「リトルトウキョウ行きませんか?」と誘われました。これは良い機会☆ 行きます、行きます。

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写真1)お出かけはバスで。運賃は75セントなり。
 ひとりだったら、自転車で行ってました。が、ふたりなのでバス。バスはベニス通りを走り続け、1時間ほどで、LAダウンタウンに到着。高層ビルがが聳えるダウンタンの外れに、リトルトウキョウはあります。日本から米国に渡った移民たちが作り上げた、日系人街です。

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写真2)昼食はダウンタウンのファーストフード店で。

 小腹が満たされたところで、リトルトウキョウへ歩き出します。地図を持たずにやってきた私たち。駐車場の管理人に道を聞いたり、警官に道を聞いたり。少しずつリトルトウキョウへ近づいてゆきます。ほどなく、『LITTLE TOKYO』の文字が記された道路標識が目に入りました。

心 「ところでさ、直人くん。苗字なんだっけ?」
直人「上田です。」
心 「上田?そうか。俺ね、日系人のイトウさんに会いたいんだよね。イトウはよくある名前だから、結構いるんじゃないかと思って。」
直人「いるんじゃないですか?」
心 「あと、福岡県出身の人とか。ブラジルの日系人社会には、○○県人会みたいなのがあるらしいから、ブラジル行くなら、福岡県人会を訪ねたいねぇ~・・・。LAにもそういうのないのかねぇ~?」



 なぁ~んて会話をしていたら、リトルトウキョウに到着しました。




 で!!



 いきなり!?



 まさかの・・・


 

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写真3)初めに目にしたお店が、『S.K. UYEDA STORE』。店先に立つのは、上田直人くん。

 驚く私たちは、ドキドキしながら店内へ。店内には、日系2世と思われるおばさん・おばあさんが4人。日本語で会話しながら、商品の陳列・整理などの作業をしていました。売り物は、暖簾や和服、草履など、伝統的な日本の衣料品・生活雑貨です。浅草や京都の外国人向けお土産屋さん、と言った感じ…。でも、ここがLAであることは間違いありません。

心 「こんにちは。あの、お店の名前なんですけど。ウエダと読むのでしょうか?」
おばさんA 「A-ha、そう、ウヱダ。」
直人 「UYEDAで、ウエダですか?」
おばさんA 「A-ha、ウヱダ。昔はね、『ゑ』って平仮名があったのよ。だから、YEと書くの。」
心 「あ~!はい!『ウヱダ』ですね。あの、彼も上田なんです!」
直人 「上田です。U、E、D、A、でウエダ。」
おばさんB 「U、E、D、A・・・、ウエダ。へぇ~。」


 おばさん方と私たちの会話、日本語で行われます。違和感というか、不思議というか、当たり前のことなのかも知れませんがが・・・。おばさんが相槌を打つ時、英語で「Aha」とおっしゃるのに、こちらで生まれ育った方々であることを感じさせてくれます。
 買い物客ではない私たちと会話しつつ、おばさん方はテキパキと商品整理。しみじみとなってしまっている私たち2人。カウンターの奥には、白髪のおばあさんの姿がありました。英語を話す、やはり日系2世(3世?)と思われる店員さん(おばさんC。失礼な書き方だとは思いますが、解り易くA・B・Cと表記させて頂きます)が、私たちのことをそのおばあさんに説明しています。


おばさんC 「彼女がウヱダさんです」(英語)
心 「こんにちは。ほんの数分前、私たち、自分と同じ名字の人と会いたい、って話してたところなんです。そしたら、このお店を見つけまして…。驚きました。」
おばさんC 「彼女は耳が遠いから、大きな声で話してあげて」(英語)
直人 「あっ!こんにちは。僕も、ウエダなんです。」
ウヱダさん 「A-ha、ウエダさん?」


 ウヱダのおばあさん、70代後半~80代と思われますが、とてもお上品なおばあさんでした。カリフォルニア生まれの日系2世だそうで、戦時中は日系移民強制収容所で3年を過ごしたそうです。「リトルトウキョウ、戦前は、日系の商店と住民でに賑わってましたが、強制収容所から戻った時には、黒人街になってて…。またお店も増えましたが、今は昔と随分違います。あの通りの向こうに新しい警察署が建って、こっちの通りもキレイになって…。」と・・・。昔を懐かしむように、辛い記憶を噛みしめるように、ゆっくりとお話してくれました。

 上田直人君とリトルトウキョウに来て、初めに出会った日系人がウヱダさん。教科書や資料やドキュメンタリー番組から得た知識でしかなかった『太平洋戦争中の日系移民強制収容所』の記憶を語る、ウヱダさん。偶然にしては大き過ぎるこの出会いと、ウヱダのおあばあさんの言葉の重さに、異様な興奮と緊張を覚える私。隣に立つ直人くんも同じ・・・。もっとお話を聞きたい!という衝動をグッと抑えて、貴重なお話を聞かせて頂いたお礼を告げ、お店を後にしました。

 米国には、100万人の日系人がいるそうですから、同じ名字の人に会う可能性も低くはないはず。でも、可能性云々で説明できない、奇跡のような出会いでした。


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写真4/左)ファミリーマート
写真5/右)お祭り用の櫓

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写真6)リトルトウキョウ中心部の小さな小さなショッピングモール。スーパー『NIJIYA』で、日本食材を買い込みました。花カツオ、カツオだし粉末、乾燥ワカメ、干し椎茸、ほうじ茶、玄米茶、蕎麦、など。この先の中南米、醤油は手に入りそうですが、こういう日本ならではのものは入手できないですからね。

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写真7/左)東京タワーというマンション(正確には、リトル・トウキョウ・タワーズ)
写真8/右)妙にリアルな二宮金治郎さん。ちょっとピンぼけ。

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写真9/左)強制収容と日系人社会の歴史を展示する博物館の玄関前。

写真10/右)敷石に刻まれた『ITO』さんたちの名前を見つけました。ここに並ぶ数千の名前が、博物館建設の出資者たちなのか?強制収容中に命を落とした人たちなのか?なんなのか??博物館が閉まっていたので、解りませんでした。LA滞在中、もう一度ここに来て、しっかりと博物館を見学せねば!


 私、移民の歴史に、物凄ぉ~く!!興味があります。リトルトウキョウ、もっともっと掘り下げて感じてみたいです!!
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