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素晴らしき☆ イラン人の厚い歓待精神 

4月28日 フーマン滞在6日目になりました。

 フーマン?ご存知ないでしょう。小さな町ですから。なぜ私がこの町に5泊もしているかというと・・・

 4月22日、4泊もしてしまったラシュトを出発し、少ない所持金での厳しい移動に突入しました。ラシュトで立てた移動プランは、4月29日に到着予定のタブリーズまで、7日泊のうち、ホテル泊が2泊、残り5泊がテント! 1日の食費は2ドル未満!というものでした。

 とにかく、ケチケチの厳しい生活をして、タブリーズまで頑張る覚悟でした。

 が!そんな私に救いの手が!

 旅人に優しいのがイラン人の素晴らしいところ。ラシュトを出発して僅か25kmほどのフーマンというに差し掛かったところで、道路脇のレストランから、おじさんが飛び出してきました。開口一番・・・!?

 「おはようございます!」日本語で!

 イランには沢山いますが、久しぶりに出会いました。一昔前に日本で働いていたというイラン人男性です。フーマン市の町外れでレストランを経営するこの男性は、ホセインさん(54歳)。

ホ 「朝ごはん食べましたか?どうぞどうぞ、私のところで食べながら、お話しましょう!」
心 「朝は食べましたが、そろそろお昼ごはんの時間ですし・・・、甘えさせて頂きます。」


 というわけで、食事をお世話になっているうちに・・・、話はどんどん広がり、私はホセインさんの家&お店にお世話になることになりました。

 22日は、フーマン市から35km離れた山奥にあるマースレー村という観光地でキャンプしましたが、23日には再びフーマン市に戻り、その晩から、ホセインさんの家で寝泊りしています。

 ホセインさんと彼の素敵なお店、楽しい仲間たちの話は、追ってご紹介することにします。

 とりあえず、極貧旅は脱しました。4月30日には、ここフーマンから、バスでテヘランへ向かい、日本から届く物資やお金を受け取ります。5月3日にはフーマンに戻り、自転車旅を再開です。

 イランの人々の温かいもてなしのおかげで、なんとか無事に、楽しい旅を続けています★
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貧乏サイクリスト、ラシュトに到着 

4月18日 ラシュトに到着しました。

 イランの国土は、猫の形をしています。背中を丸めて、座っている猫。地図帳を広げて、イランを探してみて下さい。

 ほら、ね?猫でしょう?? その猫の首根っこあたりにラシュトはあります。

 マシャド出発以降、今日までの移動について、ざっと説明しましょう。マシャドの位置は、イラン北東部の端っこ。猫の背中というか、腰のあたり。そこから、北西に向け走り始めたのが、4月2日のこと。イラン4大詩人のひとり・フェルドーシーの霊廟があるトゥスという小さな町を訪れた後、ラドカーンという田舎町にある不思議な塔を訪れ・・・、進路を西に取り、ボジュノールドを経て、ゴルガーンに到着したのが、4月6日。
 ゴルガーンは、特に町並みが素敵!という訳でもないのですが、なんとなく3泊もしてしまいました。ゴルガーンから、西に1日走り、サーリー到着が4月9日のこと。サーリーは、古い町並みがいくらか残っていて、心地よい町の大きさだったので、ここでも3泊してしまいました。
 4月12日にサーリーを発ち、北西へ進路を取りました。北には、世界最大の湖・カスピ海!どんよりした空の下、初めて間近に見たカスピ海の・・・、汚いかったこと、汚かったこと・・・。ここ数日、雨続きだったので、泥水が大量に流れ込み、波打ち際はドロドロと泥色をしていました・・・。晴れた日が続けば、いくらか青い湖にはなるんですけどね・・・。

 カスピ海沿岸地方は、イラン人の高級リゾート地。リゾートホテルやペンションが建ち並ぶ海岸線(?)を2日走り、チャールースという街に到着したのが、4月14日。チャールースでは、英語の達者なイラン人のおじさん(ファルハドさん)に出会い、自宅の近くのスィート(長期滞在用の貸し部屋)を無料で提供してもらいまいした☆ チャールースでは、情け深いファルハドさんの厚意に甘え、2泊しました。

 あっ、そう、そう・・・、ちょっと言っておかなければならないことが・・・。実は、この2週間程、お金が無くて困ってるんです。イランを旅する外国人は、米ドルかユーロの現金を持ち歩くのが常識です。イランでは、クレジットカードもトラベラーズチェック(T/C)も使えませんから。私は、現金を400ドル用意してイランに入ったのですが・・・、マシャドを発った4月2日までに、270ドルを使ってしまっていました・・・。気がつくと、手元の米ドルは、100ドル札1枚!?その100ドル札も、4月7日にゴルガーンで両替してしまい・・・。4月15日時点での所持金は、55万イランリアルになっていました。60米ドル程度、つまり、日本円で7000円程度。
 この先、トルコに入るまで、クレジットカードもT/Cも使えません。この7000円で、駆け足でイランを横断することも考えましたが、それでは面白くない・・・。あれこれ手を尽くし、なんとか希望の通り、イランの旅を続ける方法を見つけました。これについては、また今度お話しましょう。

 で、4月16日、チョールースから、一旦進路を南に取り、エルブールズ山脈の山奥にあるケラルダシュトという町へ。山々に抱かれた美しい町は、“イランの楽園”とまで称されているんだとか。その楽園で、イラン国営放送のインタビューを受けたり、イラン人の青年を蹴飛ばして捻挫したり、素敵な楽園を満喫した後、再びカスピ海沿岸へと下りました。

 4月17日と18日で、更に西に走り、ラシュトに到着した訳です。ラシュトには、2泊のつもりですが・・・、宿代が7万リアル(約1000円)と高く、1泊しかできないかも知れません・・・。

あぁ・・・、困ったなぁ・・・。

お知らせ 

ブログの書き込みの時系列があべこべになりつつありますが・・・

 まず、12月23日のことを紹介したエピソードに、写真を加えましたというお知らせ。


 続いて、1月にキルギス・ビシュケクで起こった、酔っ払い警察官による騒動の詳細な報告を、ずらっと6件エントリーします。文章が長いので、4月12日~16日にかけて、もったいぶりながら、順次公開していきます。

ゴルガーン 

4月7日 マシャドから走ること、6日間・・・。ゴルガーンという街に到着しました。

 イランは広いですねぇ~!!知ってはいましたが、実際に6日間毎日走って、まだこんなところとは・・・。
 イランの東の端・サラグスから数えると、8日間走ってるわけですが、現在地は、真ん中よりも東寄りです・・・。

 あ!! んでも、嬉しいことがひとつ!!

 旅立ちからの総走行距離が、2万キロを突破しました!!

 赤道の長さのの半分です。旅は3分の1ぐらいが終わったところなので、この先、あと4万キロぐらい走ることになると思います。


 今後、サーリー、ラシュトと走ります。


R0163935.jpg
写真)4月6日、祝!! 走行2万キロ突破!!

去りがたいですけど・・・、マシャドを出ます! 

4月1日 あっ!エイプリルフールだ! 日本は新年度の始まりですね。新社会人には、緊張の初出社日だ!

 イランは、いつもと変わらぬ1日です。イラン正月『ノウ・ルーズ』のムードも冷め、マシャドは普段通りの空気が流れています。

 3月16日以来、17泊目となったマシャドですが、明日ここを発つことにしました。この17日間、ずっと、アジ・ムラディ家にお世話になっています。ノウ・ルーズを一緒に祝い、息子の結婚式にも参加させてもらい、私を家族同然に扱ってくれたムラディ家の人々。この親切で楽しい一家の話は、また追ってご紹介することにします。

 マシャド滞在、とても印象的な時間でした。

 去りがたいですけど・・・、そろそろ西に向かわないとね。私は地球を一周するんだから。

 今後、イランの北の国境線をなぞるように西に走ります。これまでのイラン滞在で訪れたことのないカスピ海南岸の地域と、東部山岳地帯のクルド人居住地域を走ります。4週間ほど、コンスタントな移動が続きますが、ウズベキスタンやトルクメニスタンの時のような厳しい移動ではありません。1日の走行距離も少なめの予定ですし、途中、素敵なところがあれば、2~3泊の連泊もするでしょう。
 ブログのアップは、ボチボチ進めます。イランは、大きな町にはネットカフェありますからね。4月中には、ブログの内容も、リアルタイムに近づくかな・・・?


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写真)聖地マシャドの目抜き通り、イマームレザー通りから、街の中心ハラム(宗教に関する巨大なな宗教施設郡)を望む。黄金のドームが、イマームレザー廟です。
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