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明日は結婚パーティー 

3月29日 朝から雪混じりの雨が降り、寒かった一日・・・。雨が止んだ隙に、お買い物に行きました。買ったのは、小奇麗なお洋服☆

 明日30日は、マシャドで2週間お世話になっているホテルの経営者一家、ムラディ家の三男・モハンマッドの結婚パーティーです。

 新郎モハンマッドは23歳。
 新婦シャブナムは17歳。


 英語話者がいないムラディ家での滞在です・・・。当初、モハンマッドは、シャブナムを「嫁!」と紹介し、「結婚式は、1月10日!」と言っていたので、2ヶ月前に結婚したばかりの新婚夫婦だと思っていました。

 が、1月10日ってのは、ペルシャ暦での1月10日だったんです!

 新郎自らが、誘ってくれたので、参加しない訳にはいきません。断る理由もない!!

 ムラディ家の未婚の兄弟たちは、ここ数日、新しいスーツを着てみせたり、整髪料で髪の毛を整えてみたり、パーティーに浮かれ気味。私は、パーティーに着ていく服なんて持っていなかったので、今日、買って来ました。本格的なパーティー服を持っていたって、仕方がないので、ちょっと小奇麗なズボンとYシャツだけ。


 ネットカフェでPCを向き合ってる今、イランの時計は午前0時になりました。ムラディ家では、今日は朝からバタバタと忙しそうだったので、まだ何かやってることでしょう。そろそろ、寝床に帰ろうかな。


 明日が楽しみです☆
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マシュド10日目・・・ 

3月25日 まだ、イランは正月ムードです。

 イラン正月『ノウ・ルーズ』は、マシャド(マシュハド)到着時からお世話になっているアジ・ムラディさん一家のことろでお祝いしました。20日頃に、内装業者の家庭に移る予定でしたが、その話は、いつのまにやらなくなっていた・・・。

 ノウ・ルーズ、とても楽しい時間を過ごしています。ムラディ家の親戚回りにも連れて行ってもらい、30人以上いる親族の名前を片っ端から覚えさせられています。イランは大家族ばかりですから、大変です・・・。 

 で、気がつけば予定していた10日間が経っていました・・・。ブログのアップ作業も止まってしまっているので、ここ2日間は、夜な夜なパソコンと向き合って、お仕事しています。

 マシャドは、どんなに遅くとも27日までには出たいのですが、昨日、アジ家の三男・モハンマッドから、素敵な提案が!

モ 「1月10日は、俺の結婚式だぞ。参加するよね??」
心 「ペルシャ暦の1月10日ってことは・・・?3月末??」
モ 「あと6日後だよ。」


 って、どうしましょう??結婚式に参加してみたい!!


 マシャド滞在、もしかしたら、3週間近くになるかも知れません。それだけ時間があったら、ブログの作業も進むかな・・・?

イランです。イラ ・・・ン!! 

 私の現在地を見失っている方々と、私が滞在中の国を勘違いされている方々のために、ちょっと説明しときましょう。

 私が、現在滞在しているのは、イランです。

 イラクと勘違いしていませんか?

 イランは、今にもアメリカと攻撃されそうな国とお思いですか?
 
 イランは、核開発を中止しない危険極まりない国とお考えですか??


 イランが好きな私が、勘違いされ易いこの国について、力説します。

 まず、これは論じるまでもありませんが・・・。イラクとイランが全く別の国であることは、ご存知でしょう?もしも、イランで毎日自爆テロや自動車爆弾、武装勢力と米兵の戦闘が起きているという認識であれば、改めて下さい、それはイラクの話です。


 以下、本題です。

★★★イラン国内では、核開発問題は、騒がれていません★★★

 イランという国について、日本で取り上げられるニュースと言えば・・・、最近の『核開発問題』ばかりかと思います。それで、イランが危険な国という考えを持ち、それが全てであると誤解しないで頂きたい。

 アフマディネジャドという強硬な大統領が、米英を中心とする西側に挑発的な態度を取り続けているのは確かです。忙しい大統領は、頻繁に声明を出し、アメリカ批判を繰り返しています。
 が!! イラン国内が、核開発問題や、それに起因する制裁決議案で、ゴタゴタしている訳ではありません。一般市民は、全く興味ないのか?というぐらい、国際社会で騒がれていることと関係ない世界で暮らしています。
 これは、どこぞの将軍様の国みたく、情報が入ってこないからではありません。イラン国営放送では、毎日世界のニュースが流れていますし、インターネットカフェも各都市にあります。情報が入ってきているけど、興味がない、もしくは危機感がない、という状況。国のトップが、よその国のトップと何かやってるだけです。
 日本だってそうでしょう??テポドンの発射実験があった後、日本国内でどれくらいの騒ぎが起こりましたか? 庭に核シェルター掘りましたか??

 → イランの人々は、核開発問題に、なんら影響は受けていません。『核開発を断念しない=治安の悪い国』と考え方は、ナンセンス極まりません。


★★★イランは、治安のよい国です★★★

 イランでは、爆弾テロは滅多に起きません。外国人が拉致されることも滅多にありません。どこぞのカウボーイの国みたく、銃犯罪で毎年何万人も死んだりはしていません。
 イランは、非常に安定した強固な法治国家なのです。警察は、きちんと警察をしています。中央アジアのように、お金や物を盗む警察ではありません。
 もちろん、軽犯罪や外国人旅行者を狙った犯罪はあります。しかし、その発生率は、欧米や東南アジアの国々と同程度でしょう、きっと。

 → 安全とは言い切れませんが、比較的安全な国であることは確かです。


★★★イランは、抑圧された社会ではありません★★★

 欧米並みに自由な国であるという訳ではありませんが、思われている程、不自由な国ではないということを言いたいのです。
 この国では、女性は公共の場でのチャドル(体を覆う布)の着用を義務付けられています。一部の似非知識人の間では、このチャドルが女性抑圧の象徴のように考えられていますが・・・、これは極々極々小さな抑圧でしかありません。
 私は多くのイスラーム国家を旅してきましたが、この国ほど、女性が社会に出ている国は見たことがありません。女性が車を運転する。女性の公務員がたくさんいる。女性だけで買い物に行く。一部の国では、こういった風景を全く見ることができないんですよ?イランでは当たり前です。

 → もちろん、これらは、イスラームの戒律の範囲内なので、日本や欧米で言うような『男女平等』とは言えません。が、イスラーム国家としては、女性の社会進出が最も進んでいる国と言えます。

 また、情報や移動に関しては、かなりの自由があります。イラン人は、自由に自国内を旅行できますし、引越しもできます。
 先述の通り、厳しい情報管理は見られません。ニュースでは、日本や欧米のニュース、国内の雑多なニュース、海外のスポーツ情報、例えば、サッカー・スペインリーグの試合結果とか、とにかく色々やっています。
 イラン国営放送が扱う海外のニュースは、日本の放送局が扱うニュースの量と、同程度だと思います。質に関して言えば、欧米発の情報を翻訳しただけの日本のニュースと、自国の主張が入るイランとでは、全く別物なので、比較はできませんが・・・。


 なんだか、どこまでも長い文章になってしまいそうなので、ここらで区切ります。今後、私のブログ上で、素敵な国・イランの話を紹介することで、イランのイメージアップを図りたいと思います。

 最後に、日ハムのダルビッシュ優って投手が、イラン人と日本人のハーフって知ってました?私は、最近初めて知りました。なんとなく、変わった名前だなぁ~と思ってたんですけどね。

 以上です。

地球みちばた見聞録 / 第26回 

2007年1月23日掲載

オシュ ― ビシュケク (キルギス)

中央アジアで和風の年越し


 自転車をオシュに置き、純白の山道を車で12時間以上揺られて、キルギスの首都・ビシュケクに到着。氷点下10度のいてつく夜、ある場所を目指しました。
 「さくらゲストハウス」。市中心部の住宅街に、こんな名前の宿があります。出迎えてくれたのは、オーナーの疋田良陽さん(34)。会うのは、これが二度目です。
 六年前。旅先のタイ・バンコクで食事をしていた屋台に現れたのが、疋田さんとキルギス人女性のトルクンさんでした。二人はビシュケクで出会い、中国やインドを旅してタイに来てい
ました。
 何より印象的だったのはトルクンさん。私が初めて出会ったキルギス人はどこか日本人のような顔立ちで、この国への興味が深まりました。
 あの後の二人は・・・聞いてビックリ! 旅の最後にキルギスで結婚式を挙げ、疋田さんの両親が住む福岡県福津市で五年間暮らし、半年前にキルギスに戻ってきたそうです。福津で
はスーパーで働いていたというトルクンさんの日本語はやや福岡なまり。キルギス語とロシア語が共通語のこの国で、この屋根の下だけはまるで日本です。
 数年ぶりに日本的な年末年始を過ごしました。年越しそばやお汁粉を楽しみながら、福岡弁で会話をしていると、地元で友人宅に遊びに来ているかのようです。
 「さくら、どうしたと?」。トルクンさんが話し掛けるのはまな娘・さくらちゃん(1つ)。ゲストハウスの名前の由来でもある彼女の姿に、ほおが緩んでしまいます。
 「今年は二階を増築してベッドを増やします。七月には二人目も生まれますし、大変でしょうね」と疋田さん。この時期、客はほとんどいませんが、夏には日本人だけではなく、各国の旅行客であふれ返るそうです。
 お姉ちゃんになったさくらちゃんが、笑顔でお客さんを迎える姿が目に浮かびます。

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掲載写真)ゲストハウスでくつろぐ疋田さん一家。冬場は宿泊客も少なく、一家水入らずの静かな時間が流れている

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関連写真1)大晦日、ロシア風にサウナで一年の垢を落とした後、日本風に年越し蕎麦!! 左から私、角南さん(疋田さんの同僚・日本語教師)、小田切さん(筑波大からの留学生)、さくら、疋田さん。

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関連写真2)新年のカウントダウンは、ビシュケク中心のアラトー広場に花火を見に行きました。

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関連写真3)トルクンさん作・元旦の料理。イスラム教徒の多いキルギスで、豚の角煮が食べれるなんて・・・、幸せ

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オシュ ― ビシュケク (キルギス)

イランはお正月です。 

3月19日 イランの1年は、3月21日のイラン正月『ノウ・ルーズ』から始まります。明日、20日は日本風に言うならば、大晦日です。

 大晦日、私はお引越しをします。3月16日からお世話になっている改装中のホテルから、その改装を請け負ってる内装業者のお宅に、引き取られることになりました。客人として厚くもてなしてくれている、ホテルの親父さん・アディーさんには申し訳ないのですが、改装工事も佳境に入ってきて、私と自転車の居場所が徐々になくなってきているので、良い機会だと思います。

 明日から、3~4日は、イラン人の一般家庭でお正月行事を満喫します。インターネットカフェに来れるかどうか判らないので、2~3日間、ブログのアップ作業が止まるかも知れません。

 ブログのアップ作業は着々と進んでいますので、正月のドンチャン騒ぎが終わる頃、ドカッ!とアップされます。

 今日も、マシャドの町は、巡礼者で大賑わいです☆

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写真1)シーア派3代目イマーム、ホセインの壮絶な殉死を悼むパレード。黒服の男たちが、鎖の鞭を背中や胸に打ちつけながら、音楽に合わせて行進します。

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写真2)朝早くから、夜遅くまで、街中で何十というグループがやってます。この鞭、さほど痛くはありませんが、一日で何千発も打ち込めば、痛いに決まってます!それに、腕も疲れる・・・。 

イラン、マシャド到着! 

3月16日 6日間の厳しい移動の末、ようやくイラン北東部の都市マシャドに到着しました。

トルクメニスタンは、5日間で慌しく、貧しく、厳しい移動が続きました。3月14日に国境が閉まる直前に、イランに入国を果たし、ホッと一安心・・・
 イランは、やはり落ち着きます☆ 人は優しい、物価は安いし、何度も来てるから勝手も解るし、インターネットも快適だし。

 現在、イランは、『ノウ・ルーズ』と呼ばれるペルシア2500年の歴史を通じてずっと祝われているお正月です。正確には3月21日が元旦ですが、すでに休暇に入っているようで、街はどこも賑やかです。
 特に、ここマシャドは、とんでもないお祭り騒ぎ。マシャドは、イランのシーア派最大の聖地です。休暇を利用して、巡礼に訪れる人が数十万人いるらしく、ホテルはどこも満室!空いていても、1泊25ドルとかの高い部屋しかない・・・。ノウ・ルーズのお祭り騒ぎを狙って、あえて飛び込んできましたが、これには参りました・・・。
 散々ホテルを周った末に辿り着いたのは、改装中のアパートメントホテル。休業中でしたが、オーナーとその友人たちのご好意で、従業員休憩所に泊めてもらっています。オーナー一家と、改装工事の作業員たちと、シンナーの臭い&土埃に囲まれて、楽しくやっています。

 マシャドのネットカフェは、通信も早いし、日本語もOKだし、24時間営業だし、言うことなしです。原稿などの通信が終わり次第、ブログのアップに取り掛かるとします。

 3月末~4月上旬まで、毎日、数件ずつのアップができそうです。お楽しみに☆

 ネットカフェの外では、どこぞの町からやってきた巡礼団が、宗教音楽を大演奏しています。凄い世界です。マシャド良いとこ、一度はおいでませ☆

怒涛のブログアップエントリー一時中断・・・ 

 3月8日、多大な苦労の末、ウズベキスタンの滞在延長ビザを受け取りました。これで、ようやく全ての面倒事が片付きました。

 ウズベキスタンを出国する用意は全て整いましたが、気合十分だったブログアップの作業は、思っていたほど進みませんでした。すでに20件ほどのエピソードをアップロード済みですが、これらは時系列がバラバラ。主に、2月のエピソードです。まだ1月のエピソードをアップしていないので、先に2月のモノを紹介してしまうと・・・、読む人も私自身も時間の流れや旅のルートが解らなくなってしまうと思います。

 この2ヶ月、エントリーがあったりなかったりで、ブログの訪問者が減ってやしないかと心配していますが・・・。


 3月15日のイラン・マシャド到着まで、ブログの更新は一時中断します。イランは私にとって、勝手知ったる国!落ち着ける環境で、じっくり作業に専念することにします。


 3月10~14日はトルクメニスタン大横断です。秘密に満ちた国を楽しみたいと思います。

地球みちばた見聞録 / 第25回 

2007年1月9日掲載

カシュガル(中国・新疆ウイグル自治区) ~ オシュ(キルギス)

トラック青年に救われた


 昨年12月末、7カ国目となるキルギスに入りました。国境の検問所で、とんでもないことになりました。詰め所でパスポートのチェックを受けている間に、外にとめた自転車から腕時計やスピードメーター、魔法瓶などを盗まれてしまったのです。まさか国境警備の兵士たちが・・・。
 厳冬期の山岳地帯を走るために必要な装備品を失った私に救いの手を差し伸べてくれたのは、トラックの運転手。中国で仕入れた化繊生地をキルギス第2の都市・オシュへ運ぶついでに乗せてもらうことになりました。
 運転手のマフムードと助手のクアールベクはとても気の良い青年でした。ただ雪道は凍りつき、見るからに滑りやすそうです。彼らの腕を信用するしかありません。ものすごい音をたてるロシア製のエンジンは快調ですが、ブレーキはイマイチ。道中に修理を重ねながらスピードアップ!
 バックミラーに燃えるような夕焼けを見ながら、西へとひた走ります。「きれいな夕焼けだ・・・」と言いかけたところで気が付きました。夕焼けなんかじゃない!ミラーに映っていたのは炎に包まれるトラック後部。あわてて飛び降り、3人で後輪周辺に手桶やバケツで雪をかけます。
 必死の消火活動が実り、30分後にようやく鎮火。炎にさらされたタイヤは問題なさそうでしたが、後輪のブレーキ系統がやられたようです。それでもなんとか30kmを走り、修理ができそうな小さな町に到着しました。
 「ごめんな、今日中にオシュには着けなかった」。マフムードはトラックよりも荷物よりも、私の都合を気にします。そしてすぐに、私と自転車をオシュまで運ぶ仲間を探してくれました。
 2台目は200kmを走り、翌早朝、無事オシュに到着。心優しい青年との出会いと交流が、手痛い思い出を温かいものにしてくれました。

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掲載写真)標高3000m、気温は氷点下10℃。凍てついた高原地帯に、トラックのエンジン音だけが響く

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関連写真1)国境で。中国からの物資を満載したトラック。

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関連写真2)国境で。中国のトラックから、キルギスのトラックに荷物の積み替え。

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関連写真3)マフムードのトラックは、他のと比べても少しボロイ・・・。相棒・自右衛門号は屋根の上。

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関連写真4)運転中のマフムード。英語は全く通じませんが、心でなんとなく会話ができました。

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カシュガル(中国・新疆ウイグル自治区) ~ オシュ(キルギス)

中国終了 

 長い中国滞在でした。

 2005年12月20日、中国北東部・河北省・秦皇島より中国の旅は始まり・・・
 北京、鄭州、西安、長沙、広州を経て、香港に至ったのが、2月18日。初めの中国(本土)滞在は丸2ヶ月間でした。

 2006年3月3日、マカオより、中国(本土)の珠海へ。広東省と広西壮族自治区を西進し・・・
 友誼関からベトナムへ抜けたのが、3月13日。この2度目の滞在は、11日間でした。

 2006年6月2日、ベトナム北部のラオカイより、三度中国へ。
 雲南省の山々を越え、チベット高原を4ヶ月かけて大横断し、新疆ウイグル自治区・カシュガルでは47泊の大沈没!
 この3度目の滞在が、最も長く、約7ヶ月。


 合計3度の滞在で、10ヶ月以上の滞在となりました。


 とはいえ、中国人の中国、つまり漢民族の土地は、4ヶ月程しか滞在していません。残りは、チベット人の土地に4ヶ月間、ウイグル人の土地に2ヶ月間です。
 それぞれの土地は、異なる風土と歴史・文化を持っていますが、全く異なる世界ではありません。全てを中国という範囲に収めてしまえるのです。中国は、恐ろしく多様性に富んだ国であり、かつ、恐ろしく画一的な国。だから、面白いんですよね☆

 周囲の旅行者の声を聞いていると、中国を旅して、中国を『好きになった』、『嫌いになった』の大きく二分されます。これはインドなんかもそうですが、強烈なインパクトのある国なので、それが大好きになるか?大嫌いになるか?ってことでしょう。私は、大好きになりました。

 中国の良いところ) 食事が美味い! 宿に困らない! 言葉にあまり困らない! 山あり谷あり砂漠あり! インターネットが安い! モノが豊富! 中国人は優しい!
 中国の嫌なところ) バカヤロウはもう聞き飽きた・・・ トイレが不衛生・・・ 唾や痰を吐き過ぎ・・・ センスの悪い観光施設・・・ チベット問題&ウイグル問題・・・

 以上の諸々をミックスしても、好きと言うに十分な良さが残ります。また、中国を旅することがあったら、その時は、中国史について詳しく勉強してからにしようと思います。そうすれば、もっともっと楽しめることでしょう。

 中国良いとこ、恐れずにおいでませ☆

★怒涛のブログアップは3月15日ぐらいまで★ 

 現在地は、ウズベキスタン南部のブハラです。

 2月26日に申請を済ませたウズベキスタンのビザ延長ですが、新しいビザの受け取りは、まだ1週間も先なので、ブハラでのんびりすることにしました。
 忙しく移動すれば、北西部のヒヴァも訪れることができますが・・・、忙しいのは嫌なのでやめました。この1カ月、とにかく慌しく移動を続けてきました。連載関連や大事なメール連絡なども後回しになっていて、自転車のメンテナンスも長らくしていない・・・、体にもガタが出始めていたという
空中分解寸前の強行ランだったので、今回のビザ待ちは、良い休憩になります。4~5日は、ブハラでのんびりです。
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