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 2006年11月 

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自右衛門号の進化☆ 

 自右衛門号が、さらに進化しました!!

 カシュガル到着後、愛情メンテナンスでキレイになった相棒☆自右衛門号! 11月末には、実家から転送して貰った『サイクルベースあさひ』さんからのサポート品も届き、痛んでいたパーツも新しくなりました!!

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写真)変更箇所、新たに加わったパーツです。

あさひさん提供の『クリプトナイト/ワイヤーロック』を加えました。中国も自転車泥棒の多い国ですが、今後、ヨーロッパにかけて、相棒の盗難の危険性が高まるので、見た目のゴツイ、そうそう簡単には切れないワイヤーロックにしました。2.2mと長いので、前輪・後輪・フレーム全てを通して、電柱などの柱に固定できます。

バーテープを変えました。まず、普通のバーテープを厚めに巻き、その上からテニスのラケット用の滑り止めが付いたテープを巻きました。自転車用手袋でなくとも、グリップが楽になりました。フリース製の手袋でも滑らない☆

ハンドル取り付けのボトルケージを2つにしました。あさひさん提供の『ミノウラ/ボトルケージホルダー』に、カシュガルの自転車屋で買ったボトルケージを付けました。

あさひさん提供の『三ヶ島/MT-LITEペダル』と『三ヶ島/スーパー鉄トゥークリップ』に交換し、つま先ウォーマーを自分で造りました。裁縫上手なんですよ、私。チベットでは登山靴でペダルを踏んでいましたが、夏まで使っていた普通のトレッキングシューズに戻しました。登山靴よりも薄いので、氷点下10℃以下の土地での、足指の凍傷対策。

ボトルケージを交換。6月に昆明で買ったアルミ製ボトルケージは、チベット走行中に接合部が割れてしまいました。まぁ、ボトルケージは消耗品ですから。新しいものはカシュガルで購入。ハンドルに付いてる2つと同じモデルです。

日本出発時から付けていたブレーキブースターを、あさひさん提供の『クロップス/ブースターUロック』に変えました。ブレーキブースターとU字ロックが一緒になったものです。これも、今後の盗難防止の為。

ワイヤー類を全て新品に交換しました。あさひさん提供の『SHIMANO/XTRシフトケーブル』のセットと、『SHIMANO/XTRブレーキケーブル』のセットに換え、ギアチェンジもブレーキングも軽ぅ~く!!なりました。自右衛門号購入直後よりも軽いです。

カシュガルで、リアキャリア用のゴム紐を探しましたが、丈夫で適当な長さのものがなかったので、チューブをゴム紐代わりに使うことに。このチューブは、カシュガルの宿で出会った英国人サイクリスト・グレンがくれたスペシャライズドの700cc用チューブ。中国製の3元のゴム紐より確実に丈夫で使いやすい!!

チェーンガードが痛んでいたので、自分で作りました。材料は、泥除けと同じく長靴の生地。私、工作も得意なんです。

 こんなとこでしょうか。

 旅立ち以降、私も進化していますが、自右衛門号は、もっと進化しています。頼りにしてるぞ!相棒!!


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『サイクルベースあさひ』からの支援品到着 

11月16日 この秋から、私を支援してくれている『株式会社あさひ/サイクルベースあさひ』様より、支援物資が届きました。

 一旦福岡の実家に送ってもらった物資を、カシュガルの郵便局に転送してもらって受け取りました。私の方からお願いしていた『空気入れ』、『ブレーキブースター』、『ワイヤーロック』、『ペダル』、『ブレーキケーブル』、『シフトケーブル』などなどに加え、あさひさんとプラストッドさん制作の『心の旅・オリジナルサイクルシャツ』なども入っていました。

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写真1)ジャン!!これがそう!黒・灰と青・白の2枚。バンダナも戴き物。

 これから数ヶ月は寒い地域の走行となるので、半袖のシャツはしばらく着ません。これらのサイクルシャツは、一旦日本に送り返し、来年の夏から使わせて頂く予定です。


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写真2)宣伝です。新疆ウイグル自治区の国道で見かけた看板!


サイクルベースあさひのホームページはこちら
 →http://www.cb-asahi.co.jp/

私のコラム『こころの自転車世界一周の基礎知識』はこちら
 →http://www.cb-asahi.co.jp/html/clm/kokoro/index.html

 ご提供頂いたパーツで、相棒・自右衛門号も更にパワーアップしました☆


 ありがとうございます。あさひさん☆

 


揚州は炒飯ですか? 

 一般に、中国人の英語能力は高くはありません。まぁ、日本人も偉そうなことは言えませんが、中国の英語には、時に驚かされることがあります。

 観光地の案内板、観光パンフレット、飲食店のメニューなどなど、外国人を意識して英語で印刷された文書をよく目にします。それらを注意深く読んでいると、時折、全く意味のわからないモノもあります。中国語を直訳して、間違った単語を使っているのみならず、単語の並びもチグハグなのです。

 カイラース山は、巡礼のチベット人・インド人のみならず、私たちのような外国人観光客も多く訪れます。基点となるタルチェンの町には、少ないながらも、外国人を意識した商店やホテルが並んでいます。そんなタルチェンで見つけた最高傑作☆

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写真1)馬記餃子手工面 / Young Ma Ji Du Mpling Hand Work Face

 中国語の看板を日本語に訳すと、『ギョウザ&手作り麺の店・馬記(Maji)』といった具合でしょう。それを英語に訳すと、『Young Ma Ji Du Mpling Hand Work Face』となるのかなぁ・・・?なりません。これは、漢字を一文字ずつ英訳していったからでしょう。上手く英訳するならば、『YoungMaJi Dumpling & Hand Made Noodles』といったところでしょうか。(Youngとあるのは・・・、意図が読み取れません)。

 この店のメニューも傑作でした。店内に張られている大きくて立派なメニューを注意深く見てみて下さい。

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写真2)朝食のメニュー

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写真3)麺料理・炒飯・野菜炒めのメニュー

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写真4)四川省名物の『砂鍋』という1人前サイズの鍋料理のメニュー

 さぁ、いくつ見つけましたか?意味不明な英訳や、意味が通っているけど料理名になっていないものもあります。ひとつだけ、紹介しましょう。写真③の下から2つ目の料理名を読み上げてみて下さい。ちなみに、『揚州炒飯』とは五目炒飯みたいな料理です。

 YangZhou is fried rice
 ・・・ 揚州は炒飯です。


 えぇ~!?知らなかった!!そうなの!?

仲間たちの、そして自分自身の安全な旅を願う 

11月27日 ネパール滞在中のスイス人サイクリスト夫妻・マイヤ&マルセルから驚きのメールが届きました。

 マイヤ&マルセルは、チベットで2週間ほど一緒に走ったサイクリスト仲間。

 ひと月ぶりの彼らからのメールによると、9月にネパールへと至った彼らの『2年間の自転車ユーラシア大陸横断新婚旅行』は、予期せぬアクシデントで中断を余儀なくされてしまったとのこと。ネパールで自転車をバスに載せて移動した際、バスが横転事故を起こしたというのです。死傷者が出る大きな事故だったようで、妻のマイヤと、ネパールに遊びに来ていたマイヤの兄は、軽症で済んだようですが、夫のマルセルの怪我が酷いらしい・・・。尾骶骨と腕の骨折(重度の怪我?)で長期間の入院が必要なんだそうです。
 旅の時間を共有した大切な仲間の事故。メールを読み進むにつれ、暗く沈んだ気持ちで心が押し潰されそうになりました・・・。しかし、文末の「今は治療に専念して、必ず旅に復帰する!」というマルセルの力強い言葉を見て、私の心にも力が戻ってきた。『俺が沈んどって、どぉ~するとか?俺がマイヤとマルセルを励ますんやろうもん!』 すぐにマルセル宛てにメールを返信しました。短い文章でしたが、彼らの励ましになれば・・・。

 サイクリストにとって、交通事故は常に近くにある危険です。仲間が事故に遭ったのは、マルセルたちが初めてではありません。このブログ上では紹介したことはありませんが、JACCメンバーで、頻繁にメール(メーリングリスト)のやりとりをしている西田責自さん(世界一周中、現在地ペルー。ホームページはこちら→)も、マルセルの事故の数週間前に大型トレーラに追突される大変な事故に遭っています。彼は全身打撲の重症。ペルーで治療の後、旅を再開する為に日本に一時帰国して治療を続けるとのこと。

 私は旅立ちから、1年が経過。この1年間、幸いにして事件や事故に遭ったことはありません。が、それは単なる偶然だったと言えるかも知れません。もちろん、日々安全運転には心掛けていますが、それでも防ぎようのない事故はあり得るのです。しかし、できることは日々の安全運転と注意以外にありません。事故に遭っていないからと、慢心することなく、これからも安全運転を常に心掛けて、旅を続けて行きたいと思います。

 旅の仲間たちの、そして自分自身の安全を願って・・・。全ての人々の安全な路上通行を願って・・・。

 皆さん、安全運転でいきましょう!!

さぁ!タルチェンへ 

 9月27日 カイラース山の南に位置するタルチェン(中国語では大金)へ向かいます。

 タルチェンは、カイラース巡礼の基点、巡礼者・観光客向けの宿や食堂が沢山ある小さな町です。今日は、タルチェンまで行って、明日からコルラ開始です。間近に迫った聖山に気が急きますが、タルチェンへ向かう前に行かなきゃならない場所が

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写真1)チュ・ゴンパから朝日を拝む。

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写真2)チュ・ゴンパと麓の村

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写真3)チュ・ゴンパのタルチョの間から、カイラースを望む。

 マナサロワール湖畔の小高い岩山の上に建つチュ・ゴンパ、その上で日の出を見るつもりだったのですが・・・、起きたのが8時。慌てて身支度をしますが、宿を出た8時10分には、地平線から今にも日が登りそうな気配。村から水路の向こう側の岩山に着いた時には、日の出の時刻を過ぎていました。岩山を登るのにも時間がかかり、チュ・ゴンパに着いた時には、チベットの力強い朝日がサンサンと照っていました。ちょっと遅かったけど、マナサロワールと朝日に手を合わせ、お寺を参観。マナサロワールとは反対側を見ると、カイラースの姿。もちろん、カイラースにも手を合わせます。「よっし!行くか!!」
 宿に戻って出発準備。昨日洗濯した衣類が何枚かがまだ微かに湿ってる・・・。荷造りと朝食の間、1時間程陽に当てると、あっという間に乾きました。午前11時出発!

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写真4)チュ・ゴンパの村を出ると、背後にナムナニ峰とマナサロワール湖。

 進行方向は北。マナサロワール湖と隣のラカス・タル湖の間の地峡、若干の起伏がある道を登って下って。目指すは、タルチェン!走行15kmほどで、国道219号線沿いの町・バルガが見えてきました。私が走っていた道は、バルガには向かわず町の西側で国道に合流してるみたい・・・。走りやすい轍に従って、適当に走っていくと、目の前に鉄の網!?国道は200mほど向こうに見えているのに・・・・。家畜の囲いでしょう。『ちょっと走れば、どこか切れ目があるだろう?』と思って囲いに沿って西に走りましたが、なかなか切れ目がない。泥濘や小川を乗り越え、2kmほどのところでようやく国道に乗ることができました。ふぅ、これでタルチェンまでは楽だろう。

 この2週間、毎日ガタガタの道を走ってきました。いまさら、『悪路!』などと驚くことはありませんが、西チベットの厳しい環境をご理解頂く為、敢えて書きます。『小麦粉のような細かい砂が舞うガタガタの悪路』を走り、徐々にカイラースが近付いてきました。タルチェンらしい町も見えています。タルチェンは国道から2kmぐらい北、カイラースのちょうど南。タルチェンの町並みが見え始めてから、国道の右手(北側)にいくつかの轍が走っていました。これを辿れば、タルチェンに着くに違いない。国道を逸れ、カイラース目指して真っ直ぐ草原へ。潅木と草の平原、『もしかしたら、またオオカミが見れたりして?』と草原をあちこち見回しながら走っていると、嫌なものを発見。

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写真5)冷たい川

 カイラース手前最後の渡渉でしょう。ラサからここまで、何本川を渡ったっけな・・・?靴を脱いで渡ったのは、5回かな?6回かな?以外に少ないな。雨季(6~8月)を避けて8月末に走り始めたからでしょう。もう9月も末です。川の水量が多くないのは良いことなのですが、水は冷たぁ~いぃ~!!あと1ヶ月もすれば、川が凍り始めることでしょう。
 川を渡り、靴を履いて再び走り始めると、右手の山麓に道が見えてきました。カイラースの巡礼道でしょう。正面を見るとタルチェンの建物の輪郭がはっきりと見えます。けっこう大きな町みたいだな。轍は、2~3kmで巡礼路に合流しました。時計は午後4時前、巡礼者の姿はポツポツ、3~4人追い抜いただけ。杖を突いたおじいさんを追い抜いた時、視界に見慣れぬ自転車が突如現れたもんだから、声を上げて驚いていました。卒倒しそうな驚き具合に、こちらも驚きました。おじいさんの心臓に負担をかけてしまった・・・。

 タルチェンに到着すると、まっすぐ『阿旺(アワン)旅館』に向かいました。チュ・ゴンパで会った友井さんから紹介してもらったチベット人経営の宿。中国語が流暢なおばさんに案内され部屋に入ると、日本人旅行者がひとりいました。考古学者の坂野さん。坂野さんが言うには、ここタルチェンには他にも数人日本人がいるとのこと。まったりとした夕方を過ごし、夕食は、坂野さんの呼びかけで、町の中華食堂・蘭州飯店に日本人旅行者5人が集まりました。

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写真7)阿旺旅館から、カイラースの山頂が少しだけ見える。西日を浴びたカイラースに手を合わせる。

 カイラース到着のお祝いでビールを飲み、午後12時には、気持ちよくベッドに入りました。が、なかなか寝付けない。憧れのカイラースに自分の脚力だけでたどり着いた充実感、明日から始めるコルラ、嬉しさと期待が溢れて眠れないのです。
日本から遥か1万5680km、ついにカイラースに到着☆ あぁ~、眠れないよう・・・

カイラース巡礼の地図です 

 さて、カイラース巡礼のエピソードを紹介する前に、巡礼のイメージが湧きやすいように、簡単な図を作成しました。

 今後、アップされるエピソードを読んでいて、位置関係が解からない時、イメージが湧かない時に、参照して下さい。


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図)カイラース巡礼の説明図

チュ・ゴンパの温泉☆ 

 1つ前のエントリー『一匹狼』の続きです。

 9月26日、オオカミを見た興奮が、いつもでも抜けません。あぁ~、もう1回見たいなぁ~!かっこよかったなぁ~・・・

 ゴロゴロ、トゲトゲの石の河原をようやく抜けると、湖畔の巡礼路に戻りました。水辺に下りてみると、『おっ!凄いキレイ!!』 透き通った水の底に白い石。まるで海みたい。マナサロワールの水際は、湖底の土質や風向きによって、キレイな透き通ったところと、土で濁ったところと様々。このあたりは、石ばかりなので、とても透き通っています。泳ぎ出したくなるような光景・・・。4月に行ったタイの島みたい。(その時のエピソードはこちらhttp://whereiskokoro.blog34.fc2.com/blog-entry-234.html) でも、水温は3℃ぐらいですけどね。

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写真1)美しいマナサロワール、向こうに見るのはカイラース。

 道は北に向かって伸びています。左手に崖、右手に湖。カイラースは北西方向にあるので、崖に隠れてしばらく見えません。路面は砂利の多い走りにくいものですが、オオカミの余韻と、この先にある温泉のことで、頭は一杯。路面など全く気になりません。『お・ん・せ・んっ♪お・ん・せ・んっ♪・・・』
 ヤクの骨が沢山積んであるマニ塚を通過し、3箇所目の僧院・ゴスル・ゴンパも通過した頃、再びカイラースが見えてきました。『いくらか近付いたかな?』 ペダルに乗る力も増します。目指すチュ・ゴンパ(の温泉)まではあと少し!

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写真2)マニ塚、真言が掘られた石やヤクの頭蓋骨が積んである。

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写真3)カイラースに向かって走る。

 湖の西岸、ちょうど中間辺りで立ち止まり、湖を見渡すと・・・。右手に純白のナムナニ峰。正面若干左手方向が、昨日マナサロワールコルラを始めた地点。マナサロワール湖は一周すると110kmぐらいらしい。昨日今日の走行は60km、まだ半分かぁ~。きっちり一周するつもりでコルラを始めましたが・・・『チュ・ゴンパまでの3分の2周で終わりにするか?』 徐々に大きくなってきたカイラースの姿、1日でも早くカイラース山のコルラを始めたくなってきたのです。まぁ、マナサロワールのコルラを途中で終えるかどうかは、今夜温泉に入った後に考えましょう。 『お・ん・せ・んっ♪ カ・イ・ラー・スッ!お・ん・せ・んっ♪ カ・イ・ラー・スッ!・・・』

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写真4)前方を歩いていた臆病なチベット犬。お前もコルラ中かい?

 しばらく湖畔を走り続けてきましたが、チュ・ゴンパ手前で道は丘の上へ。温泉は近い!起伏のある丘陵地帯を快走!!午後4時、四箇所目の僧院チュ・ゴンパの麓の村に到着しました。このチュ・ゴンパはマナサロワール湖畔の5つの僧院の中で、最もカイラース山に最も近い僧院。カイラース巡礼ツアーの観光客も多く訪れるので、麓の村には沢山宿が並んでいます。その中の一軒にチェックイン。昼食抜きで走ってきたので、お腹ペコペコですが、宿の食堂は20人の欧米人グループ客で埋まっており、宿のおばさんも調理に大忙し。食事は後にするか・・・、となると!温泉だ!!

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写真5)険しい岩山の上にチュゴンパ。麓の谷間に温泉☆

 お風呂セットと、山のような洗濯物を持って、ウキウキしながら村とチュ・ゴンパの間に建つ温泉小屋へ。マナサロワール湖と隣のラカス・タル湖を結ぶ水路に湧く温泉。小屋の入り口の管理人(チベット語のみを解する青年)に20元を渡して、中に入ると・・・。2mほど壁で仕切られた小さな入浴室が4~5コ並んでいてました。各部屋には家庭用のバスタブが1つとコンクリ製のベッドが1つ。『こりゃぁ~のんびりできそうだ!』
 しかし、先客がいる様子・・・。空いてる部屋はないのかな?と思っていたら、入浴室のドアが開いて、中から旅行者風の人が出てきました。英語でお湯の具合などを質問してみると、あちらも英語で返してきました。『日本人ではないな・・・、中国人かな?チベット人??』と思っていたら、その男性が着ている服に『mont-bell』(日本の超有名アウトドア・メーカー、日本人しか着ない)のロゴ! あちらもあちらで、ほぼ同じ瞬間に私のジャケットの『mont-bell』のロゴを発見。同時に「日本人ですか!?」って(笑) お互いに、日本人には見え難い風貌なんです・・・。この男性、友井さんの話はまた別にしましょう。

 温泉の水温は、熱過ぎず温過ぎず、良い感じ☆ 源泉掛け流しの湯船にの~んびり浸かり、体を2度洗って、体重が減ってるんじゃないか?というぐらい沢山汚れが落ちました。体がキレイになったところで、今度は洗濯。一旦湯船のお湯を抜いて、3~4日分の衣類を湯船で踏み洗い。お湯で洗うと汚れが良く落ちますねぇ~。洗濯してる間に、体が冷えてきたので、最後にまたお湯を張って、のんびり入浴。

 いやぁ~・・・、温泉最高ぉ~!!

 ポカポカ温まった体と幸せな心で向かったのは、宿の食堂。ヤク肉と玉葱の炒め&白飯にガッツキながら、たまたま居合わせた友井さんたちと情報交換。迷っていたマナサロワール・コルラは、ここチュ・ゴンパで終了として、明日はカイラースに向かうことにしました。 『いよいよ、カイラースだ!』この数日、何度も口にした言葉ですが、明日ついにカイラースの麓に到着です。

中国の最後に北京ダック 

 カシュガルの宿・色満ホテルから徒歩3分のところにある高級中華料理店『全聚徳』。北京に本店がある創業100年だか150年だかの老舗レストランのカシュガル支店。ここは何が有名かというと、北京ダックです。マスコットはアヒルちゃん。

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写真)マスコットでぇ~す。

 北京ダックを食べずして、中国を去るわけには行きません!カシュガルは中国最後の都市です。北京ダックは安いものではありませんが、やはり食べておきたい・・・。

 この全聚徳には2度行きました。1回目は、上海出身の中国人バックパッカー・カオルちゃんに案内されて、日本人バックパッカーの和田さんと、フランス人トレッカーのステファンと私の4人。この時は、北京ダックは食べませんでしたが、4品のお上品な高級中華を一人50元程度(750円)で楽しめました。
 2回目は、私の案内で、ステファンと英国人サイクリストのグレン、仏人サイクリストのバートと、日本人バックパッカーの沙巴良(サハラ)君の5人。一羽68元の北京ダックと、料理を4品ほど。料理人がテーブルの横で、切り分けてくれたアヒル肉に、キュウリと葱と甘味噌を添え、餃子の皮(みたいなの)で包んで食べると・・・・

 「真好吃!!(うんめぇ~!!)」

 実は、北京ダックは、この旅で2回目。ちなみに、1回目は香港で、友人の関さんが連れて行ってくれた高級ちっくなお店で頂きました。

 あのカリカリッとした皮とその下の軟らかいお肉が美味しいんですよねぇ~・・・・

 中国最後となる都市で、北京ダック食べてることができて、大満足でした★

エイティガール寺院でお祈り 

11月24日 金曜日です。イスラームの大事な集団礼拝の日。

 カシュガルのエイティガール寺院(モスク)は、カシュガル観光の目玉のひとつ。17世紀の建築で、新疆ウイグル自治区最大のモスクとのこと。新疆で最大ってことは、中国で最大だということだと思われます。

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写真1)エイティガール寺院の正門

 黄色い正門から中に入ると、広い中庭があり、更に奥に広ぉ~い礼拝室があります。カシュガルに長居していた私ですが、実は、礼拝室まで行ったことはありません。中庭はタダで出入りできるんですが、そこから先はチケットを買わなければならない。また今度、また今度・・・と思っていたら、結局チケットを買って奥まで入らず仕舞いでした・・・。

 カシュガルに来て3回目の金曜日は、野口君と一緒に集団礼拝の見学に行きました。集団礼拝とは、金曜日の昼間の礼拝で、イスラーム神学者(指導者)のお説教を聞いた後、モスクに集った全員で礼拝を行うもの。1週間で最も大事なお祈りです。

 集団礼拝の際、異教徒はモスクからシャットアウトされます。当然、ムスリムでない私たちも外に出なきゃなりませんが・・・、ルール違反を承知で中庭の片隅から、礼拝の風景を見学させてもらったのです。“もらった”なんて言うと、誰かの許可を得たかのように聞こえますが、誰の許可も得ていません。礼拝をしている人々の邪魔にならないよう、最大限の注意と敬意を持って、自分で勝手に見学させて“もらった”んです。

 これに関しては、『失礼だ!』と言われても、弁解はできません・・・。ルール違反を犯したことは認めます。が!強いて言わせて頂くなら・・・、私は「自分はムスリムだ!」と偽って、集団礼拝に参加できる程の『礼拝に関する知識・作法』を心得た上で、“嘘をついてまで礼拝に参加するぐらいだったら、静かに見学していた方が失礼ではない”と考えてのことです。集団礼拝は、イスラームの真髄に触れるには絶好の場です。ウイグル自治区で、一度は大きな集団礼拝を見学したかったんです・・・。
 野口君を誘ったのは、彼が『人々が祈りを捧げる姿』に常々興味関心を持ち、彼なら礼拝者たちにとっても『失礼な見学者』ではないだろう、と考えたからです。それに、イスラーム世界初体験の彼に、イスラームの礼拝を一度見て欲しかった。

 午後3時(ウイグル時間午後1時)、数千人の男たちが、モスクに集まってきました。正門には係員がいるので、私たちは、脇の入り口から中へ。中庭の隅に腰掛け、目立たないように静かに座り込みました。お説教はすでに始まっており、スピーカーからウイグル語で何ちゃらかんちゃらと、高名な神学者の声が響いています。その間にも、どんどんと人々が集まり、私たちのすぐ目の前まで、人で埋まりました。人々は、自分用の絨毯や布、ビニールシートを持参しており、来た人から順に、空いてる場所にそれを敷いていくんです。
 午後3時半、礼拝を呼びかけるアザーンがスピーカーから流れ、集まった人々は、それぞれ個々人でお祈りを始めました。最後に駆け込んできた人々が、慌てて絨毯やシートを広げ、ちょっとテンポの速いお祈りを終えた頃・・・、集団礼拝が始まりました。
 神学者の声に合わせて、数千人が一斉にお祈りをします。上体を倒したり、膝を着いたり、おでこを着けたり、と動作の大きなイスラーム式のお祈り。数千人が一斉に動く時の布ずれの音は、森を吹きぬけた突風のような音がします・・・。

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写真2)この一枚だけ写真を撮らせてもらいました。礼拝者の集中を乱さないよう、隠して。

 礼拝の動作に関しては、またいつかご紹介することもあるでしょう。今回は、詳しいことまでは書きません。文章で書くと説明が難しいので。一連の動作に従った礼拝を終えると、そこで解散。一呼吸おいた後、一斉に人々が門へと向かって歩き始めました。3つの出入り口は大混雑です。私たちも、この混雑に乗じて外へ。

心 「ふぅ~・・・。良かったねぇ~。こんな厳かな礼拝は久しぶりに見たよ。」
野 「感動しました。いやぁ~祈りの風景って、良いもんですね。」


 何が良いかと聞かれると、難しいのですが・・・。人々が真剣に祈っている姿って、心の奥に響く『何か』があるんですよ。わかりますよね??

 エイティガール寺院は、地元のウイグル人たちの純粋な信仰心が集まる、素敵な素敵な場所でした★


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写真3)集団礼拝終了後、モスク周辺は、ウイグル人の男たちで溢れ返る。この写真は、12月第1金曜日に撮影。

一匹狼 

 9月26日 お互い、一匹狼でした。

 湖畔の朝はそれ程冷え込みませんでした。冷たぁ~いマナサロワール湖の水で洗顔。「うっ・・・、ちっべてぇ~!!」 雀の行水程度でしたが、まぁ、これで聖湖での清めは終わり。
 今日の走行予定距離は35~40kmほど、慌てて出発する必要もありません。のんびり朝食を取りつつ、夜露で湿ったキャンプ用品を朝日に当てて乾かします。朝日と言えども、登って1時間もすれば、強烈な日差しを発していますからね、1時間とかからずに大体のモノが乾きます。11時半に出発。

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写真1)乾燥中。手前のオレンジは寝袋(シュラフ)。その下はシュラフマット。テントの向こうのオレンジはフライシート。

 走り始めて2~3kmは砂と砂利の、まぁ、走りにくいけど何とか走れる道でした。この様子だと、平均時速8~9km、4時間半後には温泉のあるチュ・ゴンパだな・・・。『おっ♪んっ♪せんっ♪♪ おっ♪んっ♪せんっ♪♪』 この前シャワーを浴びたのは、9月13日のサガ・・・。今日が26日だから、「14、15、16・・・・」路面の良いところで、走りながら片手で指折り数えます。「21、22、23・・・、あれ?24、25、26!?」親指から順に折って、グーになって、小指から指を伸ばしていって、パーに戻って、また親指から折って・・・、あぁ、やっぱりか・・・。13日間シャワーを浴びていない!!新記録達成です。何の自慢にもならない記録ですが、西チベットの旅が如何に困難なものかを語る記録にはなるでしょう。念のため言っておきますが、「私は、ドラえもんの静香ちゃん並みにお風呂・シャワーが大好きです。」 

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写真2)3つ目の僧院、トゥゴ・ゴンパに到着。

 おっ♪んっ♪せんっ♪♪おっ♪んっ♪せんっ♪♪・・・、おっ!僧院だ!湖の南岸にある『トゥゴ・ゴンパ』に到着しました。時計は12時半。食堂か商店があったら、カップラーメンでも食べようかと覗いてみましたが、なさげ・・・。マナサロワール湖と、その向こうに見えるカイラース、なかなか絵になる僧院です。無人だった本堂を参拝し、再び自転車に跨りました。今日は昼食不要かな?あと3時間もすればチュ・ゴンパだろうから。チュ・ゴンパの隣には小さな村があって、宿や食堂もあるとの噂。村で遅い昼食を取って、その後は、温泉☆だな。

 ウキウキで走り始め・・・、10分後。んなぁ~んじゃ!?こりゃぁ~!!

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写真3)こぶし大、いや、それ以上の大きさの石がぎっしりと並ぶ道

 ゴロゴロと大きな石が転がってる道が、ずっと続きます・・・。時速4kmぐらいでゆっくり走りますが、石が多過ぎてバランスを崩す。「あぁ・・・、降りて押すしかないか・・・。」押してもなかなか進まないんですよね。こんな道は始めてです。南のナムナニ峰の谷から流れ出した石の河原。幅5kmほどの扇状地に丸い石が延々続き、そこに数本の川が流れています。「あ゛ぁ~!!っくしょ~!!・・・・お、ん、せ、ん・・・、お、ん、せ、ん・・・。」これほどの悪路には、温泉パワーも効きません・・・。
 それでも、頑張ってゴロゴロ悪路を進んでいると、どうも道がマナサロワールから遠ざかっていく。もしかしたら?道を間違っているのかも?巡礼道は、湖の淵をぐるりと回っています。そういえば、さっきトォゴ・ゴンパを出た後、分岐点があったような・・・?それが湖の淵の道への分岐点でしょう。でも・・・、あそこまで戻りたくはない。

 こんなゴロゴロの道なら、道じゃないとこ走っても同じやろぅ!?

 道を逸れて、湖に向かって真っ直ぐ走ることに。トゲのある背の低い潅木と草が茂る平原、足元は土か大きな石。20m乗っては30m押して進むといった具合ですが、さっきの道よりはマシかな・・・。時折、トゲにズボンの裾を引っ掛けながらも、少しずつ少しずつ進みます。石の河原に数本流れる川を、1本、2本と無難に渡り、3本目は川幅3~4mほど・・・。川底も大きな石がゴロゴロしているので、浅いけれども、自転車に乗って勢いをつけて渡ってしまう方法も取れない。水深は浅いので、50cm間隔ぐらいに大きな石を投げ込み、飛び石の足場を作りました。靴を脱がずに、自転車を押して川の向こうへ行く作戦☆ ゆっくり自転車を水に入れると・・・、石にタイヤを取られて進まない・・・。足場が悪く、踏ん張りが利かないので、押しても進まないし、挽いても動かない・・・。

 あ゛ぁ~!!もういいや!このまま行っちゃえ!!

 普段なら靴からサンダルに履き替えて、川に入りますが、もう靴のまま行っちゃいました。結果、左の靴の中まで水が入ってしまった。『嗚呼、温泉よ・・・、俺に来て欲しくないのかい?』 これはきっと、カイラース山が、温泉に心を支配されている未熟な私を試しているのでしょう・・・。そんなおバカなことを考えつつ、再び、トゲトゲとゴロゴロの道なき道を進んでいると・・・。急に視界に飛び込んできたのは、大きな犬の姿。前方150m程のところから、私を見ています。 「大きな犬やねぇ~・・・、何でこんなところにおるんやろう?」

 白っぽいグレーの毛並み。離れていても大きいことが判るその体。私を気にしながら、徐々に離れて行く立派な犬・・・・

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写真4)潅木の間、チラリチラリと姿が見える立派な犬。

 「ん?犬!?・・・あ~っ!!オオカミやんか!!」

 双眼鏡で見てビックリ!犬なんかではありません、立派なオオカミ!!時折振り返り私の方を見て、20~30mほど歩いては、振り返り。私から遠ざかって行きます。しばらく、双眼鏡でその様子を観察しました。仲間はいないみたい。一匹狼です。慎重に私を観察しながら、距離を取り、5分ほどで双眼鏡でも追えないぐらい遠くに行ってしまいました。

 「うわ~!!オオカミ見ちゃったよ~・・・。」 何て幸運でしょう☆ 嬉しさの余り、さっきまでの苦労は完全に忘れてしまいました。

 オオカミ、何て美しい生き物なんでしょう・・・。また見たいなぁ~!!

最近は、こんなの食べてます。 

 体は資本!サイクリストは食べてなんぼの職業(?)です。

 私たち旅行者が言う『西チベット』とは、チベット高原西部の『チャンタン高原』を指し、チベット古来の地名区分で言うと『ンガリ』地方を指します。この西チベットは、人口密度の薄いチベットの中でも、特に人口の少ない地域。このような地域を数週間走るとなると、問題は食事です。

 毎日、ガッタガタの悪路を8~10時間走っています。当然、エネルギーの消費は相当なもので、多分、最低でも4000Kcalは摂取してないと、体が持ちません。食事は、1日の最大の関心事であり、最大のイベントです。

 「西チベットでは、毎食インスタントラーメンが続いて、大変だったよ!」とは、途中ですれ違った欧米人サイクリストの談。『そうか・・・、西チベットでは、そんなに食事に困るのか・・・』と思いましたが、よくよく考えてみると・・・!?『ラーメンばっかり食べてないで、もっと美味いものを自分で作れば良いじゃん!』ということに気が付きました。欧米人サイクリストには、食事に拘らない人が多いのです。

 比較的料理が好きな私。車体重量が増すことも気にせず、沢山調味料を集めて、食材を買い込んで、無人の西チベットへと走り出しました。


 西チベットで、よく食べているものを紹介します。

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写真1)チベットの定番、ツァンパ。
 ツァンパは、チベタン経営の旅館やチベタン茶館で食べることができます。ツァンパ粉を自分で持ち運ぶ必要はありません。大麦を煎って粉にしただけのシンプルな食材。これをバター茶で溶いて団子状にするか、お粥状にするかして食べます。腹持ちは抜群!でも食べ過ぎると、お腹を下します・・・。9月11日の腹痛はツァンパの食べ過ぎが原因。


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写真2)朝食はお粥。
 テントで目覚める朝は、温かいものを食べたい!朝の冷え込みは日に日に厳しくなっていきます。朝食は、お粥を食べることが多いです。お米は、炊いたものではなく、スーパーで買い込んできた『お粥の素』を使っています。フリーズドライしたお米みたいなモノです。これを鰹だし入りのお湯で溶いたり、ワカメスープで溶いたりしています。この写真の時は、アジ玉(味つき卵)を入れました。


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写真3)昼はラーメン。
 朝食を9~10時頃に食べると、2時頃にはお腹が空いてきます。お腹が空いてくると、川探し。昼食は、川の水を沸かしてインスタントラーメンで済ませます。川がなかなか見つからない時は、昼食が4時近くになってしまうことも。お気に入りのラーメンは、『五谷道場』と『今麦郎』、全般に不味い中国のインスタントラーメンの中で、この2ブランドだけは美味しく食べることができます。1回の昼食で2~3袋を食べてます。


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写真4)日本の味を再現!
 夕食は、1日で最大の食事。正しく、ディナーです。長い時は、3時間ぐらいかけて調理&食事をしています。日本から送ってもらった『鰹だし』と、ラサで買ってきた『醤油』『干し椎茸』があれば、日本の味が再現できます。この写真は、椎茸ご飯。味付けはバッチリだったのですが、標高5200mでの炊飯だったため、米に芯が残ってしまい、イマイチの出来でした・・・。奥に写っているのは、人参&玉葱のコンソメスープ。エベレストベースキャンプにて。

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写真5)野菜スープ
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写真6)野菜シチュー
 夕食で最も頻繁に使う食材は、『人参』です。青野菜を持ち運ぶのは大変(入手も大変)ですが、人参だったら、簡単に運べます。常備の野菜は、人参・玉葱・ジャガイモの3種類。これだけでも、それなりの料理ができちゃう☆ 写真⑤は、野菜とソーセージを煮込んでコンソメで味付けした野菜スープ。炭水化物は大量に入れたジャガイモから摂取。写真⑥は、野菜とマカロニとソーセージをコンソメとミルクパウダーで味付けした野菜シチュー。この野菜シチューが一番のお気に入りです。人参タップリで栄養もありそう。

 食に困るという西チベットで、私は結構楽しく食事をしています。が、やはり、途中の町や村に滞在する時は、美味しい中華料理を食べに行っています。お金に糸目はつけません。食を楽しむことが、長く過酷な移動を楽しむ為の秘訣です。

マナサロワール湖・コルラ開始! 

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写真1)タルチョ群とカイラース。

9月25日 チベット仏教最高の聖地であり、ヒンドゥ―教の聖地でもあるカイラース山。ついに、その姿をこの眼で拝めるところまで来ました。でも、カイラース山に行くのは、まだ3日後。カイラースの前に、聖湖・マパム・ユムツォ(マナサロワールのチベット名)も巡礼しなくては!

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写真2)マナサロワール湖畔へと続く道。

 チベット仏教の巡礼は、時計回り。マナサロワール湖を一周ぐるりと回ると、110kmほどらしい。今日はすでに24km走っているので、今日30km、明日30km、明後日50kmってとこかな。マナサロワール湖畔には、5つの僧院の他、大きなマニ石(真言などを掘った石)や、マニ塚(マニ石の塚)などがあるらしい。そして、一番のハイライトは、チュ・ゴンパ(僧院)の隣にある『温泉』!!温泉なんて、何ヶ月ぶりでしょう?老定日の隣村・ツァムダの温泉は入り損ねたので、7月24日の松多温泉以来2ヶ月ぶりですね。そんなに久々ってほどでもないけど、シャワーすら浴びれない地域での温泉!ありがたみは、数十倍です。
 温泉に胸膨らませながら、マナサロワール湖畔の道へ。たどり着いたのは、湖の北東岸。時計回りなので、まずは南に向かって走ります。カイラースは右手後方に小さく見えてる。前方には、大きなナムナニ峰が。路面は、ガタガタ・・・。時折、振り返ってはカイラースを眺め、振り返っては、カイラースを眺め・・・

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写真3)1箇所目の僧院、セラルン・ゴンパに到着。向こうにはカイラースの姿。

 僧院の中には、入りませんでした。巡礼よりも、温泉の方が心を支配していました。深い砂や大きな砂利の悪路を走る時は、 「お・・・ん・・・せんっ!おぉ・・・ん・・・せんっ!!の掛け声で、ペダルを踏み込みます。僧院は、3箇所目のゴスル・ゴンパか、4箇所目のチュ・ゴンパを訪れることにします。各僧院には宿坊があり、巡礼者だけでなく、観光客も泊まれますが、私はテントがあるし、せっかく聖湖にいるんだから、湖畔でキャンプすることに。
 
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写真4)走るにつれ、ナムナニ峰がどんどん大きくなる。

 道はかなりの悪路・・・。国道219号線よりも酷いです。大きな石がゴロゴロしているところが何箇所があり、ガッコン!ガッコン!後輪が跳ねています。リムが傷まないか心配なほど。当然、速度も遅くなる。路面に加えて、厄介だったのが虫!蚊ぐらいの大きさの羽虫が、湖畔にうようよ飛んでいて、顔に当たるは、口に入るは・・・。再び「おんせん!」を念じながら、自分を鼓舞しますが、そういえば・・・、温泉は今日じゃないんですよね・・・。温泉があるチュ・ゴンパは明日着く予定です。目の前にあるならともかく、明日のことなので、イマイチ気合が入りません。

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写真5)だったら、カイラースを見て、気分を盛り上げる!

 湖畔の道は、南西に向かっています。カイラースは、マナサロワール湖の北西方向。ちょうど右手にカイラースが見えるようになりました。湖面は、午後の西風で波が立ち、波打ち際は湖底の土を巻き上げて、茶色く濁っています。今夜はマナサロワール湖の水で調理しようと思っていましたが、ちょっとあの水は嫌だな・・・。
 時折、止まってはカイラースを見て、止まってはカイラースを見て・・・。そうしているうちに、ふと感じたこと。 『あっ、紅葉してるんだぁ~!』 9月中旬以降、草原の植物は、枯れて黄金色になりました。ここマナサロワール湖畔の植物を見てみると、枯れて黄金色になっているものもあれば、赤く色付いているものも!水がある場所では、植生も多様です。短いチベットの秋、色付いた高山植物が、目を楽しませてくれます。

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写真6)湖の南東岸でキャンプ。

 午後7時、早めに走行を切り上げました。食事用の水は、湖に流れ込む川で調達。日が暮れる前に、湖の水で、靴下とサイクルパンツを洗濯。もちろん、汚れた水は、湖には流しません。夕食後、真っ暗な湖を眺めながら、しばしボォ~っとしました。

 日本から遥か1万5千km以上を走り、世界の屋根チベットの最深部にいる・・・。そう思うと、じわじわと感動が込み上げてきます。『ありがたい時間だなぁ~。』 聖地の神秘的な空気がそうさせるのか?疲れているのか?夜はぐっすりと幸せに寝ることができました。

カイラースだ!! 

9月25日 カイラースだ!!

 8時20分、日の出と共に起床。朝の冷え込みは日に日に厳しくなります。暖かい寝袋からなかなか出れません・・・。意を決して寝袋を飛び出し、朝食の準備。お湯が湧くのを待っている間に、気温を計ってみたら、『-1℃』あぁ、このまま冬になっていくんだろうなぁ~・・・。
 朝ごはんを済ませると、遠くから微かに蹄の音。道路までは300mぐらい離れています。チベタンが馬でどこかに行っているのかも?テントを空けて、道路を見渡しますが、馬の姿はない。気のせいだったのかな?と思った途端、また蹄の音。なんだか数頭いるようです。ドドド!ドドド!ドドド!っと、明らかに馬が走っている音。再びテントから出て、周囲を見渡します。すると、私がテントを張った場所から300mほどのところを流れる川に向かって、10数頭の馬の群れが走っていました。『こんな早朝から、放牧に出すんだなぁ~』 河原の草深いあたりで、止まったので、双眼鏡で馬の観察。見慣れぬ私のテントに警戒しているんでしょうか、あちらもあちらで、テントから出てきた怪しい人間の動きを観察しています。

「・・・あれ!?これって、馬かいな?」

 馬だと思って見ていましたが、双眼鏡で良く見ると、なんというか馬よりもズングリとした体型。どっちかというと、ロバに近い。頭もでっかいし。もしかして、これが『キャン』でしょうか?チベットには、キャンと呼ばれる野生のロバがいると聞いたことがあります。もっと近くで見たくて、河原へ歩き出すと、川向こうまで逃げてしまいました。この反応は、野生動物でしょう。となると、キャンでしょう。

 希少な野生動物を見れてしまう☆それが自転車旅の良いところ!

 お粥の朝食後、川で鍋を洗い、出発準備。10時15分、遠ぉ~くに逃げてしまったキャンの群れを見ながら、西に走り始めました。カイラース山まではあと少し、昼過ぎには、カイラースを拝めるでしょう。今日は、タルチェン(カイラース巡礼の拠点となる町)には向かわず、マナサロワール湖畔でキャンプの予定。(カイラースとマナサロワールの説明は、1つ前のエントリーを参照)。

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写真1)遠過ぎて見えませんが、川の向こう、丘の斜面にキャンの群れがいます。

 緩やかに起伏のある道が続きました。『この坂を上りきったら、カイラースが見えるかも!?』短い坂を勢い良く駆け上りますが、坂の上に着いてもカイラースは見えない。『あの丘を越えると、見えるはず!』と、期待に胸を膨らませながら走りますが・・・、まだ見えない。私は、山や特別な場所などを初めて見る瞬間は、感動を高める為の演出をします。添乗員をやってたからでしょうかね?お客さんに「まだですよ、まだですよ、まだ・・・、はい!目を上げて!!」みたいなことを良く言ってましたっけ。サイクリストの今は、自分独りでやってます。自転車の5mぐらい先を見て、それ以上は視線を上げずに、俯き加減で走ります。「あの石まで行ったら、顔を上げよう。」「あの線を越えたら、振り返ろう。」ってな具合です。
 3つ4つ小さな丘を越えましたが、カイラースは見えません。誰かが、言ってたんですけどねぇ・・・。マナサロワールの手前20kmぐらいから、もうカイラースが見えるって。まぁ、見えないものは仕方がない、どうせすぐに見えるようになるんだから良いか。自己演出はやめて、普通に走ることに。

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写真2)今日も、たまに鹿の群れに遭遇。この写真もまた見難いですけど・・・。

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写真3)地平線に雪山の頭が!もしかして、これカイラースの頭?

 一度、草原の向こうに、雪山の山頂付近が見えましたが、カイラースかどうかは判別がつきませんでした。もし仮にカイラースだったとしても、あんなちょこっとだけでは、ありがたくない。やはり、初対面の瞬間は、『ドォ~ン!!』と衝撃を受けたい・・・。走りに支障が出ない程度で、かつ、地平線を見ないように、10kmほどを走りました。道路の左手には西に向かって川が流れています。この川は、マナサロワール湖に注いでいるのでしょう。川の流れを目で追って、少し遠くを見ると、あっ!マナサロワール!

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写真4)マナサロワール湖が見え始めた。

 マナサロワールが見え始めたってことは、もうちょっと右手には、カイラースがある・・・。まだ!まだ!我慢だ・・・。更に2kmほど走ったところに、小さなガソリンスタンドがありました。周囲には、誰も住んでいないのに。長距離トラックやランクル向けでしょう。このガソリンスタンドの存在は、すれ違ったサイクリストに聞いていました。で、この先にマナサロワール湖畔の大きなタルチョ群があることも。

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写真5)この先には、タルチョ群!そして、カイラース!!

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写真6)見えたぁ!!カイラース山!

 マナサロワールを一周する道の傍に立てられた大きなタルチョの棒。そこにはためく大量のタルチョ。そして、その奥には、雪を被ったカイラースの頭が見えています。

 山まではまだ少し距離があるので、『どぉ~ん!』と、突風が体に吹き込むような衝撃はありませんでした。そよ風が体にあたる程度でしょうか。60km以上離れたところから、微かに、その神秘的なオーラが届いているようでした。

野生動物の世界 

9月24日 カイラース手前最後の峠マユム・ラを越えた後、遠くにカイラースが見え始めるらしい・・・。

 マユム・ラ、海抜5200m付近で迎えた朝はやはり冷え込みました。朝食用に濾過して鍋に入れておいた水に氷が張っていました。テントの中で氷が張るってことは・・・。あっ、やっぱり!?外に置いていた給水用のポリタンク(2.5リットル)は、半分以上凍っていました。蓋を開けて傾けても、口の周りが凍っているので、水が出ない・・・。ガン!ガン!ガン!と石や拳で、氷を割り、冷た~い氷水がチョロチョロと出てきました。この氷水は、濾過して昼食用に。

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写真1)マユム・ラ東側斜面。左に見えてる黄色とオレンジ色のは、私のテント。凍った結露を溶かす為、しばし日に当てる。

 出発の準備が整ったのは、10時30分。やはり、出発が遅くなります。まぁ、ここチベットの時計は、本来の時間から2時間ぐらいずれていますからね、本来あるべき時間は8時30分ぐらいかな。そう考えると、けっこうな早い出発です。どういうことかと説明しますと、中国は、こぉ~んなに広い国土の国なのに、標準時が1つしかなく、それは(もちろん)北京の時間なのです。アメリカ合衆国みたいに、複数の時間帯を設けるべきでしょう。まぁ、チベット人はあまり時間に左右されない生活を送っているので、必要ないかも知れませんが・・・。ちなみに、新疆ウイグル自治区では、非公認ですが『ウイグル時間』という北京時間マイナス2時間の時計が使われています。

 峠の頂上を越えると、お楽しみのダウンヒルですが、マユム・ラの西側斜面は、下っては少し上って、下ってはまた少し上るといった具合。大変と言う訳ではありませんが・・・、『あぁ~、一気に下りてぇ~!』 徐々に標高を下げ、開けた平原に出ました。遠くには、湖の湖面がキラキラと輝いています。

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写真2)あっ!湖だ!

 湖が見え始めてから、湖畔に着くまでが意外と遠かった。湖畔と言っても、道路から300~400m離れていて、わざわざ自転車で水際まで行くのは面倒・・・。今朝濾過した水を使って、道路脇で、ラーメンを3袋調理。ラーメンの昼食にも飽きてきたなぁ・・・。食後、鍋を洗う為に湖まで行くかどうか?迷いましたが・・・、良いことに気がつきました。『今朝、ポリタンクの中で凍り付いていた氷が解けとっちゃやないと?』タンクを振って見ると、「ちゃぷん!」と水の音。そういえば、走ってる途中から、ガシャガシャと氷がタンクの中で撥ねる音が聞こえなくなったっけな。

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写真3)昼食のラーメンと湖。

 午後3時走行再開!すでに向かい風の時間。徐々に強くなる風の中を、西へ。パルヤン以降、のどかな草原地帯が続いていて、たまにチベット人の家が見えていましたが、マユム・ラを越えてからは、ほとんど人家を見なくなりました。代わりに、見る機会が増えたのが、鹿の群れ。草原に目を凝らしていると、遠ぉ~くに鹿の群れが。ガゼルのような小型の鹿と、奈良にいるような大きさの鹿、2種類見ました。私の姿を認めるなり、すぐに逃げ出してしまいます。草原を走る鹿の姿、写真に収めたかったのですが、あれを撮るには数百mmの望遠レンズが必要。

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写真4)こんなところ走ってまぁ~す。

 上の写真は、道路脇の平原を走っていた時のもの。地面が硬い場所では、ガタガタの道路を走るより、平らな平原を走った方が楽☆ こうした平原を走っていると、場所によって小さな穴がボコボコと空いてる場所があります。ネズミやマーモットの巣です。タイヤの音を聞いて、ネズミやマーモットが慌てて、穴に逃げ込む姿は可愛らしい。たまに、巣穴を陥没させてしますことがありますが、まぁ・・・、仕方ない「あっ!ごめん!頑張って、また掘ってね。」 私が道路を走れば良いんですけどね・・・、それは疲れる。

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写真5)これがマーモット(と誰かが言っていた)。大きなネズミみたいなの。チワワぐらいのサイズ。

 日が傾き始めた頃、地平線の向こうに、大きな山が見えてきました。 『もしかして、カイラース!?』と期待しましたが、あのシルエットは違うみたい。山頂付近が雲で隠れていましたが、カイラースでないことは確か。方角的に言うと、ナムナニ峰(7694m)でしょう、きっと。マナサロワール湖を挟んで、カイラースの反対側にある山です。右手(北西方向)の地平線に目を凝らしますが・・・、カイラースは見えない。まぁ、明日にはマナサロワールに着きますからね、明日からはカイラースが拝めます。

 きれいな川で給水の後、日没まで走り続け、川岸の草地にテントを張りました。オレンジに輝く西の地平線には、雲がとれたナムナニ峰。野菜スープの夕食の後は、満点の星空を堪能。
 今日は、野生動物を楽しむことができました。チベットは、不毛の大地のようでいて、多くの生命が息づく野生の楽園なのです。いや、『楽園でした』と言うべきかな・・・?近年、野生動物の生息数は激減しているんだそうです。

 この豊かな大自然をいつまでも保って欲しいものです・・・。 


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写真6)夕方に撮影したナムナニ峰。日没後、クッキリとシルエットが浮かんだ。

カイラース巡礼とは 

 さぁ、憧れの地・カイラースまで、あと少しです

 ここらで、ちょっとカイラース山とカイラース巡礼について説明しときましょう。

 カイラースという呼び名は、ヒンディー語から来たもの。世界的にはカイラース山の名が最もよく通りますが、ご当地チベットではカン・リンポチェと呼ばれています。意味は『尊い雪山』。
 カイラース山は、ヒンドゥー教の聖地であり、かつ、チベット仏教最高の聖地、ボン教(チベット古来の宗教)最高の聖地でもあり、ジャイナ教の聖地でもあります(ジャイナ教は現在のインドでもマイナーな宗教なので、ここでは取り上げません)。標高は6656mとさほど高くはありませんが、その威容は聖山に相応しいものです。
 ヒンドゥー教では、シヴァ神が住まう場所であり、シヴァ神の象徴・リンガ(男根)とも見なしています。ここを訪れるインド人(ヒンドゥー教徒)巡礼者は、夏場にネパール経由でやってきてます。
 チベット仏教では、仏教の世界観がそのまま地上に現れた立体曼荼羅とされ、カイラース山を仏、或いは大日如来、周囲を囲む山々を諸菩薩や神々と見なしています。チベットが中国に侵略されて以降、巡礼は禁止されていましたが、1980年代に解禁され、現在では多くのチベット人、外国人観光客が訪れるようになりました。チベット人の巡礼シーズンは、9~11月にかけてがピーク。
 カイラースの巡礼は、山をぐるりと回ること。このような周回巡礼をコルラといいます。至ってシンプルな巡礼ですが、そこは標高4680~5670mのチベット最深部!酸素の薄い高所で52kmの巡礼路を歩き切るのは、並大抵のことではありません。とはいえ、ここを目指す巡礼者・観光客は、すでに高所順応が出来ているはずなので、大抵の人は問題なく歩けます。チベット人は、52kmの巡礼路を早い人で1日、遅い人で2日で回ります。観光客の多くが3日かけて回りますが、2日でも回れます。
 インド人巡礼者やチベットのボン教徒は、カイラースを反時計回りに回りますが、チベット人(仏教徒)や観光客は、時計回りに回ります。チベット人のコルラの回数は、最も少ない人は1周、次が3周、その次は13周です。究極は108周!これらの数字は仏教的な数字です。108周するのはお坊さんや修行僧ぐらいです。13周でも十分にチベット人の尊敬を集めます。
 チベット人は、このカイラース巡礼(コルラ)を行うことで、カルマが流れ、新しい人生・生命を得るに等しいことだと考えています。悪いカルマが無くなれば、来世での幸せも得やすいというもの
 聖山・カイラース巡礼とあわせて、聖湖マナサロワール湖(チベット名、マパム・ユムツォ)巡礼をする人もいます。カイラース麓のタルチェンからマナサロワールまでは、30kmほど。湖を周回すると110kmほどの距離ですが、ここを歩くチベタンやインド人は稀です。インド人(ヒンドゥー教徒)は、カイラース巡礼前の清めとして、この湖で沐浴をする習慣があります。カイラース、マナサロワール、そしてもう一箇所『ティルタブリ』という霊場を巡れば、カイラース巡礼は完了。

 私は、これら一連の巡礼をやり遂げ、新しい旅(&人生)のステージに入りたいと考えています。


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写真)マナサロワール湖とカイラース山((9月26日撮影)

マユム・ラの急坂 

9月23日 昨日の日没は午後8時20分でした。今日の日の出は午前8時20分でした。

 秋分ですねぇ~。日本の秋分は、まだ秋の気配が漂い始めるぐらいですが、ここ西チベットでは、短い秋の真っ只中です。海抜3000m前後の地域では、まだ暖かいんでしょうけど、このあたりは4500mを越えていますからね。標高が1000m違うと5~6℃の気温差が出ます。理科の授業で習いませんでした?

 8時にテントを這い出しました。日の出を待ちながら、朝食の準備。お粥を平らげた後、テントの中で荷物の整理をしていたら、外で人の気配・・・。『こんな早朝から・・・』 テントから顔を出すと、チベタンのおじさんが立っていました。道路から30mほどのところにテントを張ったので、チベタンの訪問を受けるかも?と思っていましたが、案の定。そもそも、このあたりは、広ぉ~い平原なので、私のオレンジのテントは数km先からでも見つかってしまうでしょう

 「タシデレ!」と挨拶すると、小さく「タシデレ」と返ってきました。立ち去る気配がないので、「カレ・ペェ」(去る人に向かってつかう『さようなら』)と言って、テントの中に戻ると・・・、ザッザッ・・ザッ・・・ザッ、あっ!去ってった!これは使える手かも知れない!!

 10時半、出発です。今日の目標は60kmほど先にある『マユム・ラ峠』。海抜5200mほどのサガ~タルチェン(カイラースの麓の町)間では、一番大きな峠です。今朝テントを張ってたところが海抜4700mぐらいですから、500m高くなる。ってことは、気温が3℃ぐらい低くなるってこと。ちょっとだけ寒いですが、今夜はマユム・ラの頂上付近でテント泊にしましょう。

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写真1)さぁ、今日も悪路のサイクリング☆

 道路は、舗装工事の初期段階。平らと言えば平らなのですが、砂利が敷き詰められてあって、とぉ~っても走りにくい。道路脇の轍道を走りましたが、砂が深いところが多く、こちらも走りにくい。まぁ、焦らず、ゆっくり走ることに。
 走り始めて20kmほどで、小さな峠を通過。標高差は、200mほどなので、大したものでもありません。今年の1月は、中国本土のちょっとした、ほんとにちょっとした山道で、「キツイ」なんて言ってたっけなぁ~。あの頃は貧弱だったなぁ~・・・、恥ずかしい。・・・今がおかしいのかな?

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写真2)小さな峠を越えると、砂が深い地域になった・・・。小麦粉の道は、走りにくい。

 慣れとは恐ろしいものです。走りにくい西チベットの悪路にも、徐々に慣れてくるんですよね。石だらけ・砂利だらけの道をガタガタと走り、深い砂でタイヤを取られ、すれ違う車に土煙を浴びせられ・・・、でも元気に走っています。走行速度は遅いですが、今日もコンスタントに走り続けてゆきます。
 昨晩、濾過しておいた水で、昼食のラーメン。手元の水は、ボトル2本・合計1.2リットルになりました。午後3時半、走行再開。日没まであと4時間以上あるから・・・、どこかで飲料水を作らなきゃな。幸い、地図には大きな川が載っていました。この先のマユム・ラ峠の上り始めの地点で、給水ができそうです。

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写真3)検問所!?

 昼食後まもなく、検問所らしき建物が見えてきました。マユム・ラの東側には、検問所があるとの情報は知っていました。この数日ですれ違った数人のサイクリストの話だと、チェックされるのはパスポートだけとのこと。旅行許可証の提示は求められないらしい。そしらぬ顔をして通過しちゃおう!なるべく音を立てないように、静かに検問所のバーの脇を通ろうとしたら、「おい!」って・・・。「あら、やっぱりパスポート見せなきゃだめ??」軍人に呼び止められ、パスポートを提示。問題は一切ありませんでした。
 検問通過後、5分ほどのところで、サイクリストに遭遇。アメリカ人2人組。そういえば、アメリカ人サイクリストって、初めて会うかも?あっ、いや、ラサで会ったか。 「あれって、検問だろう?大丈夫だったかい?あっ、君は中国人だからOKなの?」「日本人だよ!何ジンでもパスポートを見せるだけで、問題なく通過できるよ。」 西から走って来るサイクリストの多くが、『検問所』や『公安(警察)』にやたらと警戒しています。私は、「この夏から劇的な規制緩和が進んでて、もうビクビクする必要はないよ。」と、すれ違うサイクリストたちに言いながら走っています。そう、チベットの旅は、もはや『潜入旅』ではなくなったのです。

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写真4)アメリカ人サイクリスト2人組。

 検問所の手前から、道路は川に平行しています。この先、急な登りが控えているので、給水はできるだけ待って、軽い自転車でグングン走っちゃう作戦。5kmを走り、10kmを走り、まだ川はすぐ隣を流れてる。水量の多い川。峠の頂上付近が水源になっていて、そこから流れ出している川ではないか?と思いましたが、この水量では、もっと遠くから流れてきているんでしょう。道と川が離れてしまう場所がどこか?なんとなく地形を見れば解かります。「あっ、あのあたりで、川がなくなるな・・・。」 ちょうど登りが始まるあたりで給水&食器の洗浄。数kg重量の増した自転車で、マユム・ラの登り開始です。

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写真5)比較的水量の多い川。冷たい水で、昼に使った鍋と箸を洗う。

 標高5000m付近を時速5~6kmでゆっくり登ります。まぁ、これくらいの坂だったら、この峠も大したことないかな?緩やかな坂を2kmほど登ると、前方の視界が拓けてきました。ながらかな谷が続いています。マユム・ラは5200mと標高こそ高いけど、大したことなさそう。「マユム・ラは、下りが大変だったよ。」と、さっきのアメリカ人サイクリストが言っていましたが、『下り』って、彼らにとっての下り(私の上り)なのかな?私にとっての下り(彼らの上り)なのかな?たぶん、後者でしょう。この具合だと、私の上りは問題なさそう・・・。

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写真6)えぇ~!?何!この急坂!!!!

 甘かった・・・。西日の中から、とんでもない急坂が出現しました・・・。西日の中で、土埃が付着したままのサングラスを付けているので、遠くを見ようにも、光が乱反射して見にくいのです。それに、路面が悪いから下ばかり見て走っています。
 さぁ、どうするか?一番軽いギアにして、立ち漕ぎで挑みました。時速は、4km以下。あまりに速度が遅いと、バランスを崩してしまいます。砂が深いところになった時、「ザシュ!」後輪が空転しました。もはやこれまでか・・・、降りて押すことに。ハンドルを力の限り、前に押します。重い・・・。進む速度は2kmぐらいでしょうね。腕時計は7時20分を示しています。日没まであと1時間。峠の頂上までは、あと2kmぐらいかな?なんとか、頂上までは行きたいもんです。
 傾斜がキツイところや、砂が深いところは押して、そうでないところは、軽いギアで立ち漕ぎ。40分ほどで、峠の頂上付近に到着しました。標高5200mの朝は冷え込むでしょうから、朝日が当たる場所にテントを張らないといけません。コンパスと、周辺の地形を見ながら、適当な場所を選びました。テントを張り終えた頃、峠の向こう側に日が沈みました。

 マユム・ラ峠、久しぶりに上り応えのある、峠らしい峠でした。さぁ、この峠を越えると、カイラースまではあと少しです。

湖南省人は気前が良い? 

 9月22日 パルヤンの町を出発。ここから、カイラース山(巡礼の基点はタルチェンという町)までは真っ直ぐ走ると4日で着きますが、その手前にある聖湖・マナサロワール湖にも訪れるので、6~7日かかるでしょう。間に、町はないので、1日60kmぐらいずつ走って、適当な場所でテント泊になります。

 パルヤンを9時半に出発。宿に泊まった翌日は、テント泊に比べると、1時間以上早く走り出すことができます。冷たい朝の空気の中、開けた平原を西へ。深い砂の道・ガタガタの砂利道にも徐々慣れてき始めのか、走りは快調☆ 昼過ぎから向い風になりまるので、それまでの4~5時間で走れるだけ走っちゃいましょう!

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写真1)草原には、馬やヤクの姿。遠くにはヒマラヤの山々。

 美しい光景です。このあたりは、小さな湖が多く、どこまでも草原が続いています。放牧のヤクは見慣れてますが、放牧の馬はこれまであまり見なかったな、そういえば。馬たちは、私が近付くと、ジッとこちらを見ています。ヤクたちを同じで、私の動きを慎重に観察しているのでしょう。ある一定の距離まで近付くと、ゆっくり歩き出し、遠ざかっていきます。ヤクは、急に走り出しますけど。草原を歩く馬の姿・・・・、優雅だなぁ~
 ボチボチ走って、走行が10kmを越えた頃、数台のランクルに追い抜かれました。パルヤンに泊まっていたカイラースツアーの観光客の車でしょう。最後の車が私を追い抜くとき、急に減速しました。『あぁ・・・、またか・・・』。助手席と後部座席に座っている中国人観光客が窓からカメラだけを出して、私を撮っています。『ったく・・・、ムカつくなぁ~!!』 最近、これが大嫌いな私。こんなことせず、車を止めて一言「撮ってもいい?」と聞いてくれれば、全く問題はありません。「OK?」とだけでも聞いてくれれば・・・、ポーズだって取ってあげるのに。

「無礼な奴やなぁ!!止まれよ!コラ!!」

 叫んでみても、聞こえないでしょうね。『止まる訳ないか・・・』この(プチ)ムカつきを持ったまま走っては、せっかくの風景が褪せてしまいます。深呼吸をして、平常心を取り戻すと・・・、あれ!?車が停まってる!!
 後部座席から出てきたのは、一眼デジカメを持った30代ぐらいの男性。私の方へ、駆け寄ってきましたが、20m手前で膝を突いて「カシャ!カシャ!」って・・・。『だから!俺に一言断わりを入れろよ!!』 近くに寄ってきた男に、「Hey! Don't take my picture!! At first!! Say “Hello”!! Say “OK?”!! Say “可以嗎?”!! (ヘイ!俺の写真撮んなよ!まず!ハローって言えよ!OK?って言えよ!良いですか?って言えよ!!)と強い口調で抗議。
 何のことやら解らない、といった顔の男は、「あんた日本人だろう?私たちは、同じ宿に泊まってたんだ。」 解ってないなら、もう一度中国語で言ってやろう、と思ったら・・・、私の顔の前に差し出された青リンゴ・・・。「これ!食べなよ!!あっ!お湯いるかい?ちょっと待ってな!」 青リンゴを私に渡すと、男は車まで走って戻り、大きな魔法瓶を持って、また走って戻ってきました。標高4600mの高所なのに・・・。ハァハァ言いながら、「ハァ、これも!ハァハァ、まだ、リンゴ、ハァ、あるぞ!お湯、必要な分だけ入れていきなよ!」
 「いいんですか?頂きます。謝謝。」 さっきまで煮えくり返っていた腹は、リンゴを欲して胃液の分泌が始まっています。嗚呼、食べ物に弱いサイクリストの悲しい性よ。リンゴ3つと、お湯を1リットルほど貰いました。「湖南省には来るか?」と笑顔のこの男。「いいえ。もう湖南省は走ってきましたからね。」「おぉ!そうかそうか!まぁ、頑張れよ!」また駆け足で、車に戻って行きました。

 湖南省人かぁ~・・・。中国を走って、6ヶ月以上が経ちますが、振り返ってみて気がついたこと。『湖南省人は気前が良い』。湖南省走行中は、食堂で「何でも好きなの頼みな、無料だよ。」とタダで食事をさせてもらったり、個人経営のスーパーで会計の際、「あんた自転車で旅してるの?代金はいらないよ、持って行きな。」なんてことも。道ばたで、飲み物やフルーツなどの差し入れをもらったことも何度か。
 他の省でも、飲み物やフルーツの差し入れはありましたが、食事代無料、買い物代金無料いうのは、湖南省だけでした。湖南省通過後に知りましたが、湖南省人が気前が良いというのは、中国人の間でも認知されていることのようです。毛沢東を始め、中華人民共和国建国当初の指導者を多く輩出した土地だからでしょうか?関係ないか??


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写真2)ヤクを追いながら西へ進むチベタンの遊牧民。

 リンゴを2つ食べて、すっかり機嫌も良くなりました。単純な私でスミマセン。再び気持ちよく草原(の中にあるガタガタ)の道を走っていると、右手にヤクの群れ。若い男が後ろから、ヤクの群れ追い、西へと向っています。前方には、別の群れ。こちらは馬に乗った男が追っていました。自転車の私とそれほど進むスピードが変わらないので、追い抜いたり、追いつかれたり、10km近く一緒でした。ヤクの群れが私を怖がって急に逃げ出し、群れがバラバラになることも。ヤク使いの若者には悪いことをしました。その度に、走り回ってヤクの群れを集めていましたから・・・。
 そろそろ昼食にしようと思って走っていたら、前方にスタックしたランクル。その脇に、欧米人のおばさん2人と中国人のおじさん1人、そしてテントが2つ。聞いてみると、昨夕パンクして、スペアタイヤもすでにパンクしていて、動くに動けず、救助待ちとのこと。「今朝通ったチベタンのランクルドライバーに、パンクしたタイヤを持って行ってもらってて、彼が町で修理して帰ってくるのを待ってるの。たまにはこういうハプニングも良いもんよ。ねぇ、Mr.Lee?」なんだか、申し訳なさそうなMr.Lee。 彼らのキャンピングチェアーを借りて、のんびり話しながら昼食。 「ラーメン2袋で足りる?」うれしいことに、干し杏、クッキー、チョコレートを貰いました!フロリダ人も気前が良いのかな?今度アメリカ人に聞いてみよう。

 昼食後、比較的硬い地面の平原になりました。ガタガタの道路を走るより、道路脇に沢山はしっている轍を走った方が楽です。向かい風が吹き始めていましたが、硬くて平らな土の道は、走りやすぅ~い!!時速15kmで快調に距離を伸ばします。

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写真3)道路には、着き煙を上げて走るランクル。私は平原を快調に走行☆

 午後4時を回ったところで、向こうから走ってくる欧米人サイクリストカップルが見えました。「ハロー!どこから走ってきたの?」「日本です。あなたたちはベルギーですね。ご主人の背中の具合はどうですか?」「何で知ってるの!?」「あなたたちを知ってるサイクリストに毎日のように会いますからね。」 サガ以降毎日、西からやって来るサイクリストに会っています。それぞれと20~30分立ち話をしてるので、前後にいるサイクリストの話は、必ず話題にあがるのです。ご主人の背中の痛みは、もう大丈夫とのこと。「じゃぁ!お気をつけて!」

 西日が強く私の顔に指します。真西に進んでいるので、仕方がない・・・。幸い轍の道は、走り易くにくくはなく、随分と距離が伸びました。立ち話や休憩など、いつもより停まっている時間は長かったけど、71kmを走りました。きれいな草原の風景、気前の良い湖南省人、自転車と並走するヤクの群れ、親切なフロリダ人、初めて会ったのに知ってるサイクリスト。今日は1日楽しいサイクリングとなりました

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写真4)午後7時、長い影が平らな平原に伸びる。

パルヤンの深い井戸 

9月21日 午前中だけ走って、午後はパルヤンでのんびりしました。

 8時に起きました。まだ日は登っていません。日の出までは、あと20分ぐらい。温かい寝袋を飛び出して、テントの外に出ると「サッブゥ!!」 9月以降、日に日に寒くなっています。日中はまだまだ暖かいのですが、朝方は一桁まで冷え込みます。氷点下まで冷えたのは、9月上旬のエベレストベースキャンプ(標高5170m)だけですが、氷点下の夜を過ごす日もそう遠くないでしょう。9月のチベットは短い秋。日本はまだ、『残暑』が云々かんぬん言ってるかもなぁ~・・・。

 朝食の後、のんびり出発準備。午後11時に出発準備完了。テント泊が続き、撤収作業に慣れいるのに、日に日に出発時間が遅くなっています。これも朝の冷え込みが原因。気温が上がるまで、動きたくないのです。
 走り始めて数kmは、昨日のような砂の多い箇所がありました。が、まぁ問題にはなりません。今日は20kmぐらいで目的地のパルヤンに到着しますからね。ペース配分は考えず、勢い良く砂に突っ込んで、力の限りペダルを踏み込めます。走行10kmほどで、向こうからやって来るサイクリストを発見!白いターバンを頭、顔、首まで巻いた怪しいいでたち。ミイラのような布で覆われた顔にサングラスだけが出ている・・・。

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写真1)顔のターバンを下ろしたら、こんな人。

 ドイツから走ってきたという男性。20分ほどの立ち話。情報交換とメール交換をして別れました。しかし、毎日サイクリストに会いますねぇ。彼が言うには、東へ向かう彼の後ろには、まだまだ何人も欧米人サイクリストが続いているとのこと。西に向かう私の前後には全然いないのですが・・・。
 その後、10km程で、パルヤンの町に到着。パルヤンは、宿と食堂と商店が数店ずつある小さな町。長距離トラックやカイラース方面へ向かうツアーのランクルが沢山停まっていました。適当な食堂に入り、とりあえず昼食。食事中、ランクルツアーのスイス人一家に色々と質問をされました。私も、最近気になっていたことを彼らに質問。

心 「チベットではよくスイス人旅行者に会うんですけど、何でチベットにはスイス人が多いんでしょうね?」
スイス人夫 「チベットは東洋で一番美しい山国だろう?スイスは西洋で一番の山国。どっちがより美しいか、見てやろうと思ってね。」
心 「へぇ~!みんなそうなんですかねぇ?」
スイス人妻 「そんなこと言ってるのは、この人だけよ。でも、スイス人は旅先も山国が好きなのかもね。」
心 「でしょうね。日本も山国ですから、なんとなく解ります。・・・で、どうですか?どっちの勝ち?」
スイス人妻 「引き分けよ。どちらも美しいわ。」
スイス人夫 「難しいねぇ。スイスって言いたいけど、やっぱり引き分けかな。どっちもキレイだから甲乙付け難い。」


 過去のヨーロッパ旅では、物価の高いスイスを避けていましたが、今回は必ず行きます。何人もスイス人の友達ができたし、キャンプもできるし、泊まる場所には困らないでしょう。チベット並みに美しい山国、楽しみです。

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写真2)パルヤンの中心部。道路という道路はなく、西部劇の町みたい。

 食後、食堂のすぐ裏の宿にチェックイン。時計はまだ2時。こんなに早い時間に走行を終えたのは久しぶりです。まぁ、走った距離は19kmだけですから。まだまだ日没まで6時間ある。・・・急いで洗濯したら、日没までに乾くかも!?決まりです、まずは、洗濯だ!
 宿の中庭(駐車場)の真ん中に、井戸がありました。部屋のたらいと、自分の折り畳みバケツを持って、井戸端へ。ポンプはなく、ロープが置いてありました。ロープの先には・・・、あれ?バケツが付いてない!?どうしましょう?これじゃぁ水を汲めません。宿の人を呼びに行こうと思ったら、さっきの食堂の若奥さんが、ロープと水汲み用のゴム袋(タイヤのチューブを加工したもの)を持って、水を汲みにきました。聞くと、この村では、みんな自分で水汲み用のロープ&バケツを持っているらしい。私はそんなもの持っていない・・・。
 でも、ロープは井戸端にありました。そのロープの先に、折り畳みバケツを括り付けて、私専用の水汲みロープ完成!!早速井戸に落としてみますが・・・、水まで届かない・・・。ロープは12mはあります。深い井戸だなぁ・・・。井戸の囲いの内側に入り、井戸に半分体を突っ込んで、伸ばせるだけ手を伸ばして、ロープを垂らしてみたところ、「ちゃぷん!」と小さな水の音。あっ!届いた!!届いたことには届いたのですが、ただ届いただけ。水を汲むには、バケツを水に沈めなければなりません。ロープをあと1m伸ばせばいけるな・・・

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写真3)救世主登場!!

 悪戦苦闘している私を見るに見かねてか?それとも偶然か?チベット人の女の子3人組が、大きなバケツと、2mほどのロープの切れ端を持ってやってきました。あっ、この子らも、この短いロープを継ぎ足して、水を汲みに来たのかな?どうやらそのようです。しかし、あの大きなバケツで水を汲み上げるのは、この子らの力では無理でしょう。10リットルは入りそうな大きなバケツです。しかたない、私の小さなバケツを提供しよう。
 彼女たちからロープの切れ端を貸してもらい、井戸の底まで届くロープになりました。まず私が水を汲み上げると、彼女たちは「私が!私が!」とやりたがります。良い助手を得まし☆
私は洗濯に専念し、水は彼女たちが、どんどん汲み上げてくれます。まだ洗剤でもみ洗いしているところなのに、上からジャージャーと冷たい井戸水を注ぐ・・・。まぁ、いいか。
 3日分の汚れた衣類をやっつけた後、汚れた食器も洗いました。彼女たちは3人順番に、水を汲んでは、たらいに注ぎ、汲んではたらいに注ぎ。1時間ほどで、洗濯も食器洗いも終了。彼女たちは、まだ水汲みをしたいようですが、私はもう水使わない。バケツを彼女たちが持ってきた大きなバケツに交換してあげました。洗濯物を干しながら、様子を見ていると、「あっ!やっぱり、あの大きさは難しいんだな・・・」 苦戦しながらも何とか、水を汲み上げて何にも使わず、地面に流して遊んでいました。それを2~3回やると、飽きたのかな?バケツもロープも置いて、どこかに行ってしまいました。

 私は洗濯物を干し終わった後、宿の母屋のソファーでのんびり。たまに外で子どもと遊んで、町の八百屋に買い物に行って、また母屋でのんびり。日が暮れる頃には、洗濯物も「おぉ~乾いてる!」。たまにはこうやって、過ごすのも良いものです。

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写真4)3輪自転車で遊ぶ子どもたち。チェーンがなく、押さないと進まない。私がグイグイ押しまくって、30分ぐらい一緒に遊びました。

海抜4600mの砂丘と満点の星空 

 9月20日、2泊したニュー・ドンバを出発。2日走って、パルヤンという町に向かいます

 ニュー・ドンバの食堂で遅い朝食の後、真新しいアスファルトの道を軽快に走り、国道219号線に戻りました。分岐点のガソリンスタンドで、コンロ用のガソリンを900ml購入。給油機は稼動しておらず、ドラム缶から普通のホースで給油。スタンドのおじさんは給油量など見ていないので、適当に「10元!」と・・・。「おじさん!リッター5.9元なんだろう?俺のこのボトルは900mlだから、5.9元以下のはずだよ。」何だか不満そうなおじさんに、6元渡して、逃げるように出発。西に走り始めてすぐに、ガタガタの未舗装道路に戻りました。

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写真1)あぁ・・・、アスファルトさん、さようなら。

 ガタガタの悪路を走り始めてすぐ、左手の草原にテントを見つけました。外国人であることは確実です。サイクリストでしょうけど、自転車が見当たらない・・・。テントを見ながら、ゆっくり走っていると、テントから人が出てきました。「あっ!マリアだ!!」
 知り合いではありませんが、彼女のことは、サガ以降、路上で出会ったサイクリストたちから聞いています。スロベニアから独りで走ってきた女性。なんとも逞しい女性です。興味あるなぁ~・・・、「ピューィ!!(口笛です) ハローォ!!」大声で呼びかけますが、テントまでは200mぐらいの距離。彼女は、軽く手を振っただけで、答えてくれません・・・。仕方ないので、道路を逸れて、草原を走り出すと、慌てて彼女が自転車に跨り、こちらに走ってくるではないですか。自転車はテントの向こう側に置いてたんですね、見えない訳だ。

マ 「ハァイ!ごめんね、メガネかけてなかったから通りすがりのチベット人だと思ったの。あなたが動き始めたら、サイクリストって判って!」
心 「そうなんだ。僕は、日本から走ってきたCOCO。君はマリアだろう?」
マ 「何で知ってるの?」
心 「一昨日会ったサイクリストに聞いた。スロベニアからだっけ?」
マ 「そう!スロベニア知ってるのね!チベット人中国人は知らないから、私いつも『ヨーロッパから来た』としか言わないの。」
心 「日本人だったら、知ってる人多いよ。それに、僕はこの旅でスロベニア走るつもりだしね。」
マ 「スロベニアに!?それは良いわね。ぜひ来てちょうだい! ところで、ラサからここまでの道はどうだった?」
心 「ラツェまではピカピカのアスファルト。ラツェ以降は、そうだね、最高に最悪だよ。 カイラースからここまではどう?」
マ 「カイラースは良かったわよ!道はね、そうねぇ、最高に最悪だった。

 しばらく、草原の真ん中で立ち話。もっとのんびり話したかったけど、走ってる方向が全く逆なので、30分ほど話して、メールアドレスを交換して、草原の真ん中でバイバイ。

 観光業の勉強をして、スロベニア国内のホテルで働いていたという彼女。見た目はどこにでもいそうな普通の人ですが、中身はかなりのタフな旅人です。6ヶ月で1万3千km走って(私よりハイペース)、イラン北部を横断し(イランを女性サイクリストが単独で走るのは難しい)、パミール高原を走り(タジキスタン東部の山岳地帯、チベットみたいなところ)、チベットを独りで走行中、今後中国~ネパール~インド~パキスタン(鉄道利用)~イラン~トルコ(フェリー利用)~バルカン諸国~スロベニアと、走って帰るそうです。ここまで走って来てるのに、帰りも走るって・・・。
 もしかしたら、彼女とは、イランあたりで一緒に走るかも知れません。やはり、イランの女性単独走行は大変だったらしく、同じ時期にイランを走るサイクリストを探しているとのこと。私も彼女も、3月22日のノウルーズ(イラン正月)をイランで過ごす予定なので、ルートが合えば、一緒に走っても良いか。

 再び走り出すと、程なく小さな峠に差し掛かりました。峠とは言えないかな。50mほどの起伏がある川沿いの道です。昨晩1時間ほど激しい雨が降ったので、ところどころ酷い泥濘があり、自転車を押して、靴をドロドロにして進みました。確かに、最高に最悪だ・・・。

 ニュー・ドンバを出たのが10時半で、マリアと立ち話もしてたので、3時間半経っても20kmしか走っていません。徐々に路面の砂が深くなり、スピードが上がらないというのも原因でしょう。ちょっと早いですが、2時にラーメンの昼食。この先、しばらく水がない地域が続くらしいのです。道路脇の小川の水で調理して、食後は鍋を洗って、ボトル2本分の水を濾過しました。さぁ、乾燥した砂丘地帯へと突入です。

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写真2)おっ!砂丘が見えてきた!

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写真3)足元はこんな具合。

 サイクリングガイドには、「砂丘地帯」と表現されています。砂丘好きの私。サハラ砂漠(モロッコ、アルジェリア、リビア、エジプト、スーダンでそれぞれ)、シリア砂漠(シリアで)、カヴィール砂漠(イランで)、などの砂丘地帯を見てきましたが、ここチベットで見れるとは!ここは海抜4600m。この真っ青なチベットの空の下で見る砂丘はさぞかしキレイでしょう☆
 砂丘が見え初めて5kmほどで、小さな村を通過。さっき昼食の時に確保した水だけでは、足りないので、村の井戸で給水することに。普段外国人が訪れない小さな小さな村、村人は私の姿をみて驚いた様子。ポリタンクを見せて、井戸のポンプを上下するようなジェスチャーを見せると、村で唯一の井戸に案内してくれました。政府の援助で掘ったんであろう井戸は、コンクリ製の小屋の中にあり、ポンプも付いてるし、組み上げた水を外の家畜用の水桶に直接流せるような樋も付いていました。ポンプの使い方が下手な私。深ぁ~い井戸に降ろされた紐を引っ張ってみると、バケツが付いていたので、バケツで1杯分、合計5リットルの水を給水。

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写真4)こんな村。民家は10軒ほど。

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写真5)砂丘とヤク。あまり見ない光景ですよね。

 重い自転車で、砂にタイヤを取られながらも、元気に走り続けます。砂丘は、ポツポツと点在していてる程度。砂丘だけを見るなら、サハラの地平線まで続く砂丘を知っている私には、少し物足りない。しかし、真っ青な空と彼方に見える雪山、それらと併せて見る砂丘は、最高に美しいかったです。今日と明日で走る距離は、90kmほど。無理して沢山走らなくても、2日で余裕で走れます。『今夜はどこか素敵な砂丘があったら、そこにテントを張ろう!』

 ポツポツと砂丘が点在する『砂丘地帯』を抜けると、道は峠に差し掛かりました。4700mちょっとの低い峠。2つのピークが連続してあり、1つ目を登りきって、50m程下ると再び登りが始まります。2つ目を越えた時、強い西日を浴びました。『あっ!そういえば!』時計を見るともう7時。もうこんな時間か・・・。途中で、心惹かれるような砂丘はなかったもんなぁ・・・。キレイはキレイだったのですが、『ここで寝たい!』と思うような砂丘はありませんでした。今夜は、峠を下ったところでテントを張ることに。

 夕食後、テントの外に出て、満点の星空を楽しみました。私は、星には詳しくありませんが、美しい星空は誰にも負けないぐらい見ています。サハラで見ていた星空、そして、チベットで見ている星空・・・。
 今、私が毎日毎日毎日毎日走って、少ぉ~しずつ、4年かけてグルリと一周している地球。その巨大な地球が、宇宙の中のちっぽけな星のひとつに過ぎないと考えると・・・、不思議な気分になります。


 へへへへ 砂丘が好きな人は、サハラ最深部へ行ってみて下さい へへへへ
 ☆☆☆☆ 星好きな人は、ぜひチベット奥地へお越しください ☆☆☆

ナイフの叩き売り 

 バナナの叩き売りってのは見たことありますが、ここカシュガルでは、ナイフの叩き売りってのを何度も見ました。

 インジサールナイフを買うかどうか迷っていた時、本気で買う気はまだなく、なんとなぁ~くナイフ屋を覗いて、置いてあるナイフを手に取って見ていると・・・。店員が、「貸してみろ!」と私の手からナイフを取り上げ、何をするかと思っていると、大きく振りかぶり!?

 ガン!!ガン!!ガン!!  パイプイスのパイプをナイフで殴りました!! もちろん刃で!

 で、再び私にナイフを渡し、「どうだい?丈夫だろう?」と言うのです。スチール製のパイプを『切りつける』というより、『殴りつけて』、刃こぼれしないというのは、確かに丈夫なことを示すには良いパフォーマンスですが・・・

 もともと、そのナイフは、刃の研磨が甘く、毀れるような繊細な刃ではないんですよね・・・。

 極端に言えば、バットで鉄パイプを殴って、「どうだい?刃毀れしないだろう?」って言ってるようなもの。中国製の安っぽいパイプイスよりも、鍛冶屋が打った鋼の方が、丈夫は丈夫でしょう。こんな考え方をしてしまうのは私だけでしょうか・・・?

 またある日は、別のナイフ屋で、やはり店主が鉄製の棚の角を殴りつけて、「どうだ?」と自信満々の顔・・・。確かにそのナイフは毀れていませんでしたが、売り場に並んでいたが、そのナイフと同じデザインのナイフを手にとってみると!?刃の真ん中あたりに、5ミリぐらいの不自然な歪みがありました。『こりゃきっと、あの棚の角で刃毀れしたんだな・・・』 刃毀れという表現は的確ではないですね、刃そのものが歪んでいるんです(笑)

 結局、230元で最高級の調理用ナイフを購入しましたが、あんな叩き売りを見せ付けられていたから、いつまでも購買欲が湧かなかったのかも・・・。


 ウイグル人の刃物屋たちは良くわからん・・・。でもあれが、彼らのやり方です。中国料理の包丁も、『ぶった切る包丁』ですし、ここウイグル自治区でも『ぶった切れるナイフ』が好まれるのかも知れませんね。

カシュガルで出会った冒険仲間 

 3人のサイクリストと1人のトレッカー。4人の共通点は、『冒険者であること』そして
、『チベットに魅了されていること』


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写真1)左から、ステファン、バート、グレン、私。

 ステファンは、フランス人トレッカー。トレッカーというのは、歩き(トレッキング)を主体に旅をしている旅人のこと。陸路でフランスから中国までやって来た彼。普段は公共交通機関を使って移動していますが、時折、山に分け入り、自分の足で数十km~数百kmを歩いて旅をしているんだそうです。
 彼のような旅行者、山国ではたまに出会います。バックパッカーと何が違うのかと言うと・・・、私の勝手な解釈ですが、『より冒険色が強い』という点で違います。数十kgの装備品を背負って歩き回る、行動的な旅人です。
 ステファンとは、色満ホテルでの初めの1週間が同室、その後の1週間がお隣さんでした。クレジットカードの紛失し、フランスから送ってもらった新しいカードを受け取る為、カシュガルで4週間も足止めを食らった彼。私と会った時点で、すでに2週間が滞在2週間が経過していたようで、いつも退屈そうに部屋に篭っていました・・・。そんな彼の目に輝きが戻ったきっかけが私の『チベット情報』。ほんの数日前までチベット高原を走っていた私の荒々しい風貌と、充実の表情を見て、彼のチベットへの情熱が再燃!!

ス 「この街は素敵なところだけど、こんなに足止めされちゃって・・・。もうチベットは間に合わないと諦めてたんだ。でも、君の話を聞いてたら、是が非でも行きたくなってきたよ!!」


 グレンは、英国人サイクリスト。イギリスから陸路でオーストラリアへ向かっています。ある日、ホテルの中庭に停めていた私の自転車に小さなメモが貼り付けてありました。『私もサイクリストなんだけど、君はどちらに向かうのかな?ぜひとも情報交換をしよう!英国からオーストラリアへ向かうサイクリスト。グレン。100号室。』って書いてました。10月のアリ以降、長らくサイクリストと出会っていなかった私は、喜んで彼を訪ねました。
 初めて彼と対面した時、「ほんとにこの人、イギリスから走ってきたんだろうか?」と思ってしまいました。小奇麗で物腰の柔らかな人。私もよくそういう印象で捉えられることがありますが(本当ですよ!)、彼はもっとサッパリした雰囲気の持ち主。聞くと、長い旅はこれが初めてで、自転車のことも全く解らないような状態で旅立ってきたんだとか。この8ヶ月ほどで、すっかりサイクリストに変身した彼が目指すのも、やはりチベット!!

グ 「チベットから下りて来たばっかりの君に出会えたのは、奇跡的な出会いだよ!これはチベットに行けってことさ!」


 バートは、フランス人サイクリスト。フランスから、インドを目指して走っています。色満ホテルで、たまたま彼が滞在している6人ドミトリーを訪れた際に、出会いました。自己紹介をして、間近で彼の顔を見ると、透き通るブルーの瞳・・・。一度見つめると、視線を外せなくなるような、深く透明な、キレイな目をしています。チベットの青い空を思い出させる瞳を持つ彼が、目指すのも、チベットです。
 しかし、他の2人に比べると、彼はあまり積極的ではありませんでした。11月という時期は、チベットに入るには少々遅い・・・。私が氷点下10数度の雪原を越えてきたことを話すと、溜め息交じりで首を大きく左右に振りました。

バ 「3週間前で氷点下15℃だろう?だったら、今は氷点下20℃だろうね。
   そんな中サイクリングができるわけないよ・・・。」
心 「確かに、時期的には相当に厳しいね・・・。」
バ 「アリまでは3週間はかかるんだろう?そんな厳しい世界を独りで走るのは、
   危険だ。リスクが高すぎる。」
心 「でも、別の部屋に泊まってる英国人サイクリストは、行く気でいるよ?
   一緒に走ったらどうだろう??」
バ 「何!?他にもチベットへ向かうサイクリストがいるのか!?2人だと
   心強い!行けるかも?チベット行けるかも!?」


 というわけで、3人とも、チベットへ向かう事になった訳です。前述の通り、11月というのは、チベットを旅するには遅すぎるぐらいの時期。すでに厳しい冬が始まっています。町々を車で結んで旅するバックパッカーならまだしも、歩きや自転車では、少々リスクが高い・・・。そこで、彼らがチベット行きを決断して以降1週間、厳冬期対応の装備品補充に駆け回りました。4~5リットルの水を運ぶ為の魔法瓶(普通のボトルでは水は運べません。全て凍るから…)、氷点下20℃まで対応の寝袋、防寒着、大量の食料、等々…。
 夜は、ビールを飲みながら、私のチベット&中国レクチャーです。地図を広げ、宿泊可能な村や、食料補給が可能な場所を示します。真剣に耳を傾ける彼らは、氷点下20℃・海抜4千~5千mの世界に恐怖を抱きつつも、興奮の色が隠せない様子。一番、消極的だったバートが、一番テンションが高いのも面白い。

バ 「ここから、ここまで100km誰もいない無人の高原なんだろう?
   で、気温は氷点下20℃!海抜は5100m!!信じられるかい?
   俺たちゃ、こんな凄い世界を走るんだぜ!?

 11月19日、準備万端整った彼らが出発する日です。ホテル出発前に、彼ら全員にカタを渡しました。カタは、チベット人が平安を祈って捧げる純白の布です。私がラサを出発する時に、顔なじみのチベタンたちから貰った8枚の最後の1枚でした。他の7枚は、チベット各地で峠や僧院に残してきました。
 まず、ステファンがバスでチベット入りの出発点となるカールギリック(イエチョン)へと出発。イエチョンから、アリ方面のトラックをヒッチハイクし、アクサイチン高原で途中下車、5000mnの無人の高原を100km歩いて越えるつもりだそうです。
 グレンとバルトーは、その1時間後に出発。初めてサイクルパートナーを持つという彼らは、妙に興奮気味。お互いの走行スタイルを確認しあった後、意気揚々とカシュガルの街から南へと走り出しました。

 仲間たちよ!気をつけてな!!

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写真2)バルトー。彼の自転車は、マウンテンバイクより一回り大きなクロスバイク(タイヤサイズ700cc)。

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写真3)グレン。彼も同じくクロスバイク。ちょっと荷物多過ぎるけど・・・、重量は私の自転車と同じでしたから、大丈夫!!
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最高級・調理用インジサールナイフ 

 買っちゃいましたよ、インジサール(英吉沙)ナイフ。
 しかも、最高級品を!! 

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写真1)最高級・調理用インジサールナイフ

 カシュガルまでラストランとなった11月7日、刃物の町・インジサールを通過しましたが、その時は手持ちのお金が50元だけだったので、刃物工房を遠くから眺めただけで、店には入りませんでした。『産地で買う方が安いにきまってるけど、カシュガルで買えるだろうし・・・』ちょっと惜しい気もしましたが、なんとか物欲を抑えることができました。というか、お金ないからね

 で、カシュガルに到着して、ウイグル人街を歩いていると、あるわ!あるわ!ナイフ屋さん。ちょこっと覗いてみましたが、30元だの200元だのと、値段に幅があり、どうも信用できない。ボラれてるのか?本当に良い物なのか?がわからないんですよね・・・。

 で、2週間ほどが過ぎ、野口くんがカシュガルにやってきました。野口君と一緒に久々に夕食にでかけると、彼もナイフに興味があるとのこと。だったら、行きましょうか?と夕食の前に、ナイフ屋に入りました。初めて、買うつもりで商品を見始めると、なんとなくモノの良し悪しが判ってきました。確かに、安いものは、安っぽい。
 店番をしていた少年に値段を聞きますが、なんだか適当に値段を決めている気がしたので、躊躇っていると、父親が店に戻ってきました。強気な父親に『料理用の良いナイフが欲しい』というと、出してくれたのが、このナイフでした。手に持って見ると、「おぉ~!確かに良い!!」なんというか、芯が通っているというか、納まりが良いと言いというか・・・、刃の艶や光沢も良いし・・・、

心 「おじさんこれいくら?」
店主「280元!!」
心 「えぇ~っ!?そんなにするの??」

 日本円で4000円ちょっとです。これは高い・・・。しかし、手の中のナイフは、なんとも良い感じ・・・。お料理好きで、道具に拘る私・・・、次第に280元が高くないような気がしてきました・・・・。

心  「200元じゃだめ?」
店主「ダメ!仕方ない270元にしてあげよう!これはそうそう値引きできるもんじゃないんだ!」
心  「ん~・・・・ん、でも、そんなに出せないよ。200元じゃだめ?
店主「ダメ!270元!!

 とまぁ、強気な店主ですが、最終的には230元で落ち着きました。日本円で3500円ぐらいです。更に、店主はアレ買え!コレ買え!と出してきましたが、15元の小さなナイフだけ買い足しました。明らかに安物のナイフですが、果物ナイフと考えれば十分です。アウトドアにも使えるかな。

 さて・・・、230元の買い物は安かったのか?高かったのか??

 まぁ、自分で気に入った買ったんですから、値段のことはもう考えないようにしよう・・・。切れ味や使い勝手は、とても良いんですから、値段なんて関係ありません。
 すでに、磨がれているようでしたが、町の金物屋に磨ぎ直してもらうことに。ウイグル人街の職人街、釜や斧、包丁を磨いでいるお爺さんにナイフを差し出すと・・・・、まじまじとナイフを見つめてる・・・。 『きっと、これはいくらだった?そんなに出したのか!?なんて言うんだろうな・・・』と思っていると。何も言わず、静かに頷いて、親指を立てて、GOODと。その仕草で、本当に良い物であることを確信しました。おじいさんは、たまに刃先を見つめては、電動研磨機で、ギギギギギギギギギギ!!っと、激しく火花を飛ばして磨いでいきます。2~3分で磨ぎ終わり、私にナイフを返す時に、また親指を立てて、GOODと。この道数十年のお爺さんに、良いと言われたんですもの!!こりゃぁ、本物です。うれしいなぁ★

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写真2)私の自慢のナイフを磨いでくれたお爺さん。

 研ぎあがったナイフを携え、ハミクワを買ってから宿に戻りました。さっそく、その切れ味を試したかったのです。スッ・・・っと軽い感触で刃が入り、サクッと切れました。刃の表面は粗くギザギザの線が入っていたので気になっていましたが、切れ味は良かった。

 さぁ、コレで料理が更に面白くなるぞぉ~!!

チョコジャンキー 

 中国製のチョコレートは一般的に不味いです。

 もともと、私はチョコレートを食べる習慣がありません。あまり好きではないのです。バレンタインデーにチョコを貰えなかった年は、ちょっと悲しいですが、沢山貰った年は食べるのが面倒だったりします。

 そんな私ですが、カロリー命のサイクリストとして旅をする現在では、チョコを食します。どうせ食べるんだったら、美味しいチョコを食べたい・・・・。色々と試してみた結果、行き着いたのがこのチョコレート!

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写真1)徳芙(Dove)のダーク・オリジナル味。サガで大量購入!

 徳芙は、10cm×3cmぐらいの板チョコで、6~7元もします。日本円に換算すると、100円ぐらい。かなりの高級なチョコレートですが、これくらい出さないと、美味しいチョコは食べれません。安いチョコは、口の中にカカオの香りが広がらず、舌の上にドロドロとした不味い塊がいつまでも残ります。
 徳芙には、何種類か味がありますが、私は、ビターなダーク・オリジナルが一番好き☆ ビターなチョコだったら、徳芙に限らず、いくらか美味しく食べることができます。日本のポッキーは、ビターな『メンズポッキー』だったら食べます。

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写真2)徳芙の出番!

 さて、チョコをカロリー元として食べてるわけですから、食べるタイミングは考えなければなりません。甘いものは、疲れた時に食べるのが一番。徳芙は、頑張った日の夕方に食べるのがお決まりになりつつあります。悪路を何時間も走り、さすがの私も疲れを感じてくる頃、徳芙の上品な甘さが体に染み渡るのです。

「んんぁ~!美味い!!・・・よっしゃ!あと10km頑張れるぞ!!」ってね。

 これを機に、私はチョコ・ジャンキーに変わるかもしれませんね。来年夏に到着予定のヨーロッパには、美味しいチョコレートが溢れているらしいじゃぁないですか!?目指すは、ベルギー!ベルギー人がしきりに自慢しているので、ベルギーのチョコは美味しいのでしょう、きっと。楽しみです。

ドンバ県の県府ニュー・ドンバ 

 9月18日に到着したニュー・ドンバには、18日19日と、2泊しました。

 ニュー・ドンバのニューは、『NEW』です。漢字で書く方が解りやすいかな。『新仲巴』発音は、シンジョンバ。

 なんで、新仲巴とか老仲巴とか、新定日とか老定日とかがあるのか?ちょっと説明しときましょう。仲巴、定日、共に『県』の名前です。中国の行政区分は、『省』『自治区』の下に、『県』や『自治州』となります。ここで言う『県』は、日本の市町村にあたるものと思ってください。
 仲巴県、定日県の中心の町は、以前は、仲巴(現・老仲巴)、定日(現・老定日)だったようですが、ここ数年で、新しく別の町が『県府(県の中心)』と指定された為、新しい県府をそれぞれ、新仲巴、新定日と呼んでいるのです。で、古い方は、老仲巴、老定日、といった具合。

 中国全土に当てはまることだと思いますが、県府には、そこそこのモノが揃っています。一様に県府といっても、その規模は様々ですが、どんなに小さな所でも、そこそこの宿(旅館・ホテル)もあるし、スーパーもある。そして、必ずインターネットカフェがある。
 チベットでもそれは当てはまります。どんなに辺鄙なところ、例えばチベット高原の西の果ての町・ツァンダ(札達)や、ヒマラヤ山麓の町・キーロン(吉隆)にも光回線のインターネットカフェがあります。さすが、勢いのある中国!すでに、全国の県府に光回線埋設が終わっているようです。日本はどうなんでしょう?全国の市区町村の中心となっている地域に、光回線が届いているでしょうか?多分、そこまでは進んでないでしょう。

 サガの町には、(比較的大きな)スーパーや大きなホテル、立派なネットカフェ、沢山の食堂がありました。国道219号線を西に、カイラース方面に走る場合、サガが『最後の町』とサイクリングガイドには書いていました。注意書きに、「この先は食料の調達が難しいので、ここで買えるものは全て買っておくべし!」みたいな文句が・・・。そうなの?
 地図を見ると、サガ県の県府サガの西には、ドンバ県の県府ニュー・ドンバが記されているじゃぁないですか!?県府だったら、ここでもある程度の買い物はできるでしょうに・・・。一応、サガの町で10日間分の食料を買いこみましたが、おやつ類はほとんど買わず、ニュー・ドンバで買うつもりで走り出しました。

 で、ニュー・ドンバに到着。真新しいアスファルトの直線道路をウキウキで走り、町に着いてガッカリ・・・。

 「うっわ・・・、ここにまともなモノ売っとっちゃやろうか?」

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写真1)ニュー・ドンバのメーンストリート。

 ニュー・ドンバのメーンストリートは、県府と思えないくらい寂しい通り・・・。スーパーを覗いてみましたが、品揃えはイマイチ。最近嵌ってる高級なチョコレートはありません(良かった!サガで買い込んどいて!)。50元分ぐらいのお菓子やナッツを買いました。八百屋を覗いていましたが、ジャガイモがない!!キャンプ食に必須なのに・・・。仕方なく、さつま芋を1kg購入。さつま芋でどんな料理ができるかな・・・?まぁ、新しい料理を試みるのも楽しいか。
 宿は、食堂に併設された簡素なつくり。1泊30元なり。部屋は別にどんな造りでも文句は言いませんが、トイレがないのには困った・・・。部屋にないんじゃないですよ?宿にないんです。トイレは、宿の裏手の空き地の隅っこ。乾燥したチベットでは、排泄物はすぐに乾ききって、異臭がすることはありませんが、それでも若干匂う・・・。食堂のおねぇさんに「町に公衆トイレはないの?」と聞くと、「あるよ」とのこと。教えてもらった公衆トイレを2箇所覗きましたが、使用不能状態。これだったら、あの空き地がマシかな?まともなトイレが町にない!!
 食後、インターネットカフェに行きました。光回線なので、通信速度はそこそこ速い。でも、パソコン自体がかなり古いので、フリーズしたり、通信が途絶えたり・・・。通信しなきゃならない仕事があったのに、片付きませんでした。次にインターネットがある町は、カイラースの更に先、アリ。3~4週間後です。

 ちょっと、ここで一言。「光回線入れる前に、まずトイレだろトイレ!!」 インフラ整備の順番があべこべです。

 でもまぁ、仕方ないんですよ、もともとチベットの奥地の小さな町なんですから。私が求め過ぎているのが、良くないんです。ありのままの姿を楽しむことにします。

 翌19日、寂しいメーンストリートを歩いていたら、「あんた!劇団の人だろう?」と言われました。「劇団?いいえ。」何のことか解りませんでしたが、すぐに解りました。今、町にどこぞの劇団(歌謡団?)が来ているらしいのです。町で唯一の交差点(もちろん信号なし)の角にある、県大礼堂(集会所)の前に看板が出ていました。

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写真2)海情大型演唱会、本日9時30分より。

 どんな演唱会なんでしょう・・・?タイ人?タイ族?みたいなことを伺わせる文字もありました。雲南のタイ族の歌謡団でしょうか?こんなところまで来るのかなぁ~・・・?凄ぉ~く気になりますが、見には行きませんでした。
 その晩、シャワー屋に行きました。が、シャワー屋がない・・・?看板が通りにあり、裏通りに向かって矢印が記されている。でも、その矢印の先にあったのは、シャワー屋の廃墟。もう一箇所、町にシャワー屋があるとの情報でしたが、もういいや・・・、我慢します。宿で多めにお湯を貰い、部屋で洗髪。お湯を湿らせたタオルで体を拭いて、少しだけキレイになりました。この先、シャワーが浴びられるのは、マナサロワール湖の畔の村。シャワーではなく、温泉があるらしい。その温泉まで、多分1週間ぐらいかかります。サガ以降、すでに5日間シャワーを浴びてないので、12日間か・・・。『シャワーに浴びてない記録』を更新しちゃいそうです。今のところ、新定日(9/3)~サガ(9/13)の10日間。もちろん、タオルで体を拭いたり、たらいで髪を洗ったりはしてますよ。

 ニュー・ドンバ、立派なアスファルトの道路はありましたが、随分と寂しい県府でした。

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写真3)国道219号線、ニュー・ドンバ分岐点のガソリンスタンドにて。チベットはガソリンが高い!中国本土の2倍近い、リッター5.9元(90円)。ちょっと解りにくいけど、ガソリンスタンドの給油機の写真です。

悪路に乾杯/アスファルトに乾杯 

 9月18日、サガ→ニュー・ドンバの移動3日目。8時半に起きて、のんびり出発準備。目指すニュー・ドンバまでは、45kmぐらい。途中、オールド・ドンバ(老仲巴)の村を通るので、昼食はオールド・ドンバで取ろう。11時に走行開始!

 走行15km、1時間ちょっとで、オールド・ドンバに着いてしまいました。朝食は9時でしたが、すでにお腹は空いています。というか、私はいつもお腹が空いています。村の入り口の中華食堂で、五目炒飯をモリモリ。再び走り始め、村を抜けると広い平原に出ました。湖が点在する美しい草原に、ヤクたちの群れ。草原の向こう、南には雪を被ったヒマラヤの山々が見えています。美しい光景・・・、でも、路面はガタガタ。

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写真1)草原のヤクの群れ。向こうに見えてるのは、ヒマラヤ。

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写真2)静かな湖面に映る風景画美しかった☆

 時計はまだ2時を少し過ぎたくらい。西風が吹き始める前なので、静かな湖面に映る雲や山が美しく、時折止まっては、ボケェ~っと湖を眺めていました。ボケェ~っとしているからか?向こうからやってくるモノが、バイクなのか自転車なのかが解りません。二輪車であることは確かなのですが・・・。かなり近くまで来たところで、解りました。「あっ!リカンベント!!」
 リカンベントとは、自転車の種類なのですが、見たことない人も多いでしょう。通常自転車は、サドルに腰掛け、前傾姿勢で漕ぎますが、このリカンベントという自転車は、サドルに仰向けに腰掛けるというスタイル。ペダルは車体の一番前にあって、ハンドルは真ん中あたりにあって、サドルには広い背もたれがついています。さぁ、こういう自転車、イメージできますか?

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写真3)こういうことです。

 リカンベントのサイクリストは、ドイツから走ってきたという23歳の青年でした。30分ほど立ち話。お互いの旅の話や、チベットの道路状況について情報交換をしました。昨日も一昨日もサイクリストに会いましたが、彼が言うには「西に向かってるのは、君以外会ってないよ。」とのこと。西から東に走るサイクリストは多くても、東から西に走るサイクリストは少ないようです。
 彼と別れてから、1時間ほどで、ニュー・ドンバの町が見えてきました。ニュー・ドンバの町は、国道219号線から5kmほど北に入ったところにあります。少し走ると、分岐点らしきところにガソリンスタンドが見えてきました。立派なガソリンスタンドにも驚きましたが、もっと驚いたのは、舗装道路!!分岐点から、ニュー・ドンバまで、真新しいアスファルトの道が、真っ直ぐ伸びていたのです!!「おぉ~!!アスファルトやん!!」思わず叫んでしまいました。アスファルトの道って、走りやすぅ~い!!時速30kmで、一気にニュー・ドンバまで走りました。宿にチェックインしたのは、午後4時。

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写真4)アスファルトの直線道路。まるで氷を上を滑っているみたい、グングン加速します!

 この3日間で178kmの移動でした。平地でアスファルト舗装だったら、1日で走れちゃう距離です。でも西チベットでは、3日かかってしまいます。少々西チベットの悪路を甘くみていました。この先、1日60kmで走行スケジュールを組み直す必要がありそうです。




走行写真の種明かし 

 9月17日に、日本からの総走行距離が1万5千kmに達しました。

 丁度良い機会なので、ここらで、たまにブログに寄せられる質問にお答えします

 質問 『心さんが自転車で走っている風景は、誰が撮っているんですか?』

 いいえ、あれは誰かが撮っているわけではありません。セルフポートレートです。私のデジカメには、一定間隔毎に撮影し続ける『インターバル撮影機能』というのがあって、例えば5秒毎、1分22秒毎、1時間5分毎、など、自由に撮影間隔を設定できるのです。凄いでしょう!?
 電子機器の説明書を読む習慣がない私、
このインターバル撮影機能に気が付いたのは、旅立ちから半年ぐらい経ってからでした。
このカメラを買って1年後です。もっと早く気付いていれば良かった・・・、というか、説明書を読んでおけば良かった・・・。

 セフルタイマーだと、シャッターを押して10秒後に撮影しますよね?それだと、私の場合、レンズの前に立つ前に「カシャ!」って・・・。誰も写っていない、単なる風景写真になってしまう。三脚や道端の石の上にカメラを固定して、シャッターを押した後、大急ぎで自転車を押して(或いは、乗って)、ちょうど良い『立ち位置』に移動して、ポーズを取るのは不可能です。


 でも、5秒間隔のインターバル撮影だったら、簡単に撮れます☆ 以下の写真は、『1万5千km達成』の時に撮ったセルフポートレートです。こういう風に撮ってます。

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写真1)カメラを三脚に固定し、5秒毎のインターバルで、撮影開始!撮り始めの1~3枚は無人の風景写真になります。

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写真2)撮影開始3~4枚目から、私が写り始めます。丁度良い『立ち居地』へ向かうところ。

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写真3)ここらで良いかな?

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写真4)よっこらせ!Uターン。

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写真5)ここで良し!適当なポーズをとる。

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写真7)良いの撮れたかな?一応、もう1ポーズとっとくか?

 とまぁ、こんな具合です。静かな場所や、カメラまでの距離が極端に近い時は、カメラの「ウィーン、ジジジジ・・・」というピント調節のモーター音が聞こえるので、シャッターのタイミングが解ります。「ウィーン」の音の後に、笑顔なり、変な顔なり、かっこよいポーズなりを取れば良いのです。しかし、大半の場合において、モーター音が聞こえません。自転車の走行風景を取る時は、カメラを設置した場所から、100mぐらいUターンして、カメラのところまで戻るので、心の中で、「1・2・3・4・5! 1・2・3・4・5!」と唱えながら走ってます。

 解りましたでしょうか?

1万5千km突破! 

 9月17日、サガ→ニュー・ドンバの移動2日目。8時に起きて、10時には出発準備を整えました。今日は、70km走れるでしょう。昨日より1時間半出発が早いし、今日はいつも以上に気合が入る理由があるし。今日、旅立ちからの総走行距離が1万5千kmを突破しそうなのです☆

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写真1)こんな風景の中を走ってます。路面はやはり砂が深い・・・。

 午後1時、3時間ほど走ったところで、ちょうど良い具合に大きな村がありました。国道219号線の両サイドに食堂と商店が数件ならんでいます。食堂でメンティヤオ(肉ラーメン)を食べた後、再び元気に出発!村を出てすぐのところで、今日も中国人サイクリストに遭遇!大学を卒業したばかりの青年2人。彼らによると、この先の道路は悪いらしい・・・。まあ、そうでしょうよ、覚悟はしてます。彼らと別れ、えっちらほっちら走っていると、メーターの表示が14995kmになっていました。1万5千kmまではあと少し。あと3km、あと2km、1km、500m、400m、300、200、100・・・、30、20、10、・・・やった!1万5千km!!

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写真2)ここが日本から1万5千km地点。背後に伸びるのは、2万km地点へと続く道。

 1万km突破の時のような感動はありませんが・・・、まぁ、やはり、なんとなく嬉しいです。記念の写真を撮った後、再び走行開始!走り始めてほどなく、深い砂の上り坂になりました。『なんなんだ!?この小麦粉は!?』 細かぁ~い砂は、まるで小麦粉のよう。硬い路面に小麦粉のような砂が厚く積もっているので、走りにくい・・・。小麦粉の道は、ここだけでなく、この以前にもたまにありました。この先、こういった道はいくらでもあるらしい。
 走行50kmほどで、ソン・ラ峠(4850m)に差し掛かりました。10km近い登りの始まり。標高4850mと言っても、登り初めの地点ですでに4500mあるので、大した峠ではなさそう。緩やか~な上り坂を7km走ると、目の前には急な上り坂が見えてきました。時計を見ると、午後6時を回っています。『念のために、ここで水を汲んどくか。』道路の脇を流れていた小さな川で水を汲み、5kg重くなった自転車で急坂に挑みます。大した登りじゃないのですが、やはり路面が悪いので、シンドイ・・・。砂や砂利が多いので、後輪が空回りしたり、ハンドルを取られたり・・・。峠の上にたどり着いたのは7時ちょうど。3kmの道に45分もかかったの!?歩きと変わらない速度です。
 峠の頂上で走行は60kmほど。『よっしゃ!今日は70km確実だな。』これから下りですからね、8時前には目標の70kmを突破するでしょう。西日に向かって、険しい下り坂を時速20km以下で下りました。いつもなら、時速20kmオーバーで下りますが、やはり、下りも路面が悪い・・・。路面整備の途中らしく、どこからか運んできた砂利が、5~20cmの深さで敷いてあるんです。

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写真3)小麦粉の上り坂。

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写真4)深い砂利の下り坂。

 下りなのに、全然進まない。砂利が深いところでは、自転車を押して進みます。たまに、押しても進まないぐらい砂利が深過ぎるところも。日没までの1時間で10kmを走り(内7kmは下りなのに!)、走行がちょうど70kmになったところで、テントを設営。ここからニュードンバまでは、50kmを切っています。明日は、早起きしなくても良いな。夜は、満点の星空を見ながら、のんびり夕食。

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写真5)こんなところでテント張りました。

西チベット、悪路の洗礼 

 9月13日に到着した国道219号線上の町・サガから西へ走ります。この国道219号線は、ラツェから始まり、このサガを通過し、聖地カイラースを経て、西チベットの中心都市・アリを抜け、無人のアクサイチン高原を越え、新疆ウイグル自治区のカールギリック(叶城・イエチョン)まで続いています。全長は2100m程(たしか)の内、チベット自治区内は1375kmで、その平均海抜は4500mをゆうに越えます。

 世界で最も標高の高い幹線道路であることは間違いありません。しかも、その大部分が未舗装道路。人口が希薄な西チベット、無人のアクサイチン、その後も人口希薄な崑崙山脈周辺を抜けます。世界で最も厳しいサイクリングルートです。


 9月16日、いよいよ西チベットの悪路へ漕ぎ出しました!!

 とりあえず、170km離れた新・仲巴(ニュー・ドンバ)という町まで3日(2日半)で走るつもりで、サガの町を出発。サガの町は500mほどのメーンストリートだけ舗装されていますが、町を出るとすぐに未舗装に。走り始めてすぐに小さな峠(4700m)があり、そこを越えると、なだらかな平原になりました。遠くに山が見えますが、万年雪を被ったような高峰は僅か。5000~6000m台の山が平原の北と南に連なっています。

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写真1)峠で出会った少年たち。サガに買い物に行くとこらしい。

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写真2)美しい湖を見ながら、西へとひた走る。

 路面は、ガタガタの悪路。場所により、深い砂、大きな石、砂&石のミックス、さまざまです。走りにくいと言えば走りにくいですが、想像していたよりも酷くはない。私は海抜4000mだろうが、5000mだろうが、空気の薄さは然程問題ではありません。路面がこの程度だったら、なんとかなるかも・・・。ラサで出会ったサイクリスや、マイヤ&マルセルは、「西チベットでは1日60kmが限界だったよ。」と口を揃えて言っていました。『よっし!俺は1日70kmペースで走ってやる!』
 「心はストイックな走りをしている」と他のサイクリストによく言われます。私はそんな自覚はありませんが、人が言うんですから、そうなのかも。ストイックなんだったら、そうじゃない人より多く走れるやろう!と思っていましたが、甘かった・・・
 サガ出発が遅かった為もありますが、午後6時、日没の2時間前ですが、まだ走行距離は45kmほど・・・。なかなか距離が伸びません。タラタラとゆっくり進んでいると、中国人サイクリストのおじさん(65歳!)とすれ違いました。中国全土をくまなく走り回っているんだとか。おじぃさんの話しによると、この先は道が酷いらしい・・・。日没までに、なんとか70km走ろうと気合いを入れ直しましたが、情報通り、50km地点で路面が大変なことに・・・。なんだよ!この石!!デカ過ぎだろう!!
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写真3)なぁ~んじゃ!こりゃぁ~!! 

 結局、初日は60km走ったところでタイムアウト。川で水を汲んで、道路脇にテントを張りました。道路から20mほどしか離れていませんが、道路より3~4m高くなっているので、車の運転手にも気付かれないでしょう。夕食は、ジャガイモ炒めとインスタントラーメン2袋で簡単に済ませました。満点の星空でしたが、星を楽しむのはまた今度にしよう・・・。「明日は、早起きして、70km走ってやる!」早めに床に就きました

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写真4)中国を走り続けて6年!65歳のサイクリスト。 


インド帰りのチベット人 

 8月のラサ滞在中に2人、そして9月の老定日で1人、サガで1人、合計4人のインド帰りのチベット人に出会いました。

 『インド帰り』とは?インドから帰って来たということです。私が出会った4人は、インドにあるチベット亡命政府の教育機関で勉強をして、中国に帰ってきた人々。彼らのような人々がいることは知っていましたが、実際に出会った時は、驚きました。

 チベット本国では、チベット文化が急激に廃れていっています。近年ではチベット語による授業を行う『民族学校』が増えていますが、それは小学校などの初等教育に限られているようです。チベットで高等教育を受けようと思うと、中国の学校に通うしかないのです。中国政府は、チベットは中国だと言っていますが、チベットの教育水準は、中国本土に比べると、かなりの低さ・・・。
 インドには、亡命政府が設立した、チベット文化の保存と復興、亡命チベット人の教育を目的にした学校があります。前述の通り、チベットでは満足なチベット語教育が受けられないので、子どもだけでも亡命させて、この学校で勉強させるチベット人が少なからずいます。
 私は、以前、亡命政府の町・ダラムサラで長居したことがありますが、そのとき、何度かこのような子どもたちと話をする機会がありました。英語を勉強する為に、外国人旅行者に積極的に話しかけてくる子ども(10代後半の若者でした)が多いのです。そんな子どもたちが学ぶ寄宿学校は、『チベット子ども村』と呼ばれ、本校はダラムサラ郊外、インド各地の亡命チベット人入植地にも分校があります。ダラムサラの本校に行きましたが、立派な教育施設でした。
 ダライラマ14世の実姉であるツェリン・ドルマ女史が創立したこの立派な学校。立派なのは、見た目だけでなく、教育内容も充実しています。チベット文化、チベット語はもちろんのこと、英語、ヒンディー語などの教育もかなりの高レベル。海外の多くの団体から援助もあり、仏語、ドイツ語、日本語、韓国語の授業まであるんだとか。

 私がチベットで出会った4人は、これらの学校で教育を受けてきて、チベット本土(中国チベット自治区)に帰って来た若者たちです。チベット問題に興味がある人なら、抱くであろう疑問。『亡命した人が帰って来て、問題はないの?』私もやはり気になりました。老定日で泊まった宿の従業員、とても流暢な英語を話す22歳の女性(名前は聞いたけど忘れました)に聞いてみました。

Q: 「チベットに帰って来る時、中国の公安(警察)とかに捕まったりしないの?」
A: 「昔は捕まって、長期間拘束されていたけど、今は調書を書かされて、『中国政府に不満があるわけではありません』という文書を書かされて終わりよ。」

 へぇ~・・・、そうなんですねぇ。中国政府もいくらか寛大になりましたねぇ。

 高等教育を受けてきた彼女は、とても商売上手☆(関連エピソードはこちら→http://whereiskokoro.blog34.fc2.com/#entry457)しかし、悲しいかな、インドのチベット亡命政府で教育を受けてきた人が、チベット自治区政府などで働くことは非常ぉ~に難しいようです。自治区政府で働けるのは、中国的高等教育を受けた中国に従順(なフリをできる)なエリートだけ。非常に優秀な頭脳の持ち主の彼女ですが、彼女の仕事は田舎町の食堂&宿の従業員。
 12年間両親と離れて暮らした彼女は、故郷の老定日で両親と共に暮らしています。家族の傍にいれることは幸せですが、どうも彼女にとって、ここ(中国チベット自治区)は退屈なようです。彼女の言葉の端々から、そのような雰囲気を感じました。

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写真)老定日の宿の前にて。左がインド帰りの女性従業員。右が、スイス人サイクリストのマイヤ。

マイヤ 「彼女、何ヶ月か前までダラムサラにいたんだって。」
心 「そうらしいね。俺も6年前にダラムサラ行ってるから、もしかしたら、彼女と通りやチベット子ども村で会ってるかもね。」
マルセル「あの子に会ったのかい?」
心 「いや、そうじゃなくて、同じタイミングでダラムサラに居たってことだよ。あの子は12年ダラムサラで暮らしたらしいからね。」
マイ 「彼女、インドのことは楽しそうに話すけど、この町での暮らしについては殆ど話さなかったわ。」
マルセル「インドからここに戻ってきたんなら、退屈だろうよ。高等教育を受けていても、それを生かせる場所じゃないよ、ここは。」

 彼女みたいなインド帰りのチベット人が、活躍できるチベットにならないかな・・・

サガで休養 

 9月13日に到着したサガ。この先、1ヶ月は町らしい町がありません。このサガで色々とやっておかねばならないことがあります。

 そのほとんどがネットでの通信。原稿の送受信や、サポートを頂いている各社への連絡、友人知人への連絡などなど。一気にやれば、1日で終わるのかも知れませんが、PCと睨めっこをするのは、1日3~4時間が限界!それ以上は集中力も体力ももちません。だから、このサガでは3泊して、コツコツやっつけることに。

 ネットカフェに行くのはいつも夜。日中の暖かい時間帯は、別のお仕事があります。自転車のメンテナンスとか、洗濯とか、食材の調達とか、アウトドア用品の整備とか。

 到着翌日のお昼、宿でタライを借りて、洗濯に取り掛かろうとしたら・・・、水道がない!?サガで泊まった郵政招待所には、水道がなく、ドラム缶に汲み置きしてある水で、お茶を沸かしたり、顔を洗ったりしているのです。ドラム缶の水で洗濯を始めたら、管理人のおばあさんから怒られてしまいました。「その水は買ってるんだよ!無駄遣いしないで!!」そう言うおばあさんに案内された『洗濯場所』は・・・

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写真1)えっ?川!?

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写真2)そう、川です。

 サガの町の真ん中を流れる、小汚い川で洗濯をしました。私の周りにも2人洗濯に来ている地元民がいたので、下水が流れ込んだりはしていないんでしょう、多分。キレイになったんだか、なってないんだか判りませんが、洗濯は完了!
 濡れた衣類を干した後、再び川に戻ってバケツ一杯の水を汲んで帰って、今度は自転車の洗浄。キレイになったんだか、なってないんだか判りませんが、相棒にこびり付いていた土埃は落ちました。

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写真3)作業をしつつも、宿の子どもたちと遊ぶ。

 夕方になると、管理人の娘さんたちおばあさん皆総出で、なにやら忙しそうに部屋の準備に追われています。何事かと尋ねてみると、「インド人のツアー客が57人来るの。」とのこと。57人!?そんなにこの宿にベッドあるの??57人もインド人が来たら、凄い騒ぎだろうなぁ・・・。多分、宿全体がスパイス臭くなる・・・

 その晩、思った通り、宿中にスパイスの香りが漂っていました。ランクル10数台を連ねてやってきたインド人グループは、ネパールの旅行会社の『カイラース巡礼ツアー』に参加した、巡礼者たち。流暢な(インド)英語を話すビジネスマン風の人もいれば、修行僧のそうな人もいる。同行のコック5人が作るのは、やはりインド料理。駐車場の隅のテントで、5~6種類の料理を作っていました。彼らは、巡礼を終え、明後日にはカトマンズに到着。カトマンズから、飛行機でインド各地へと帰っていくんだそうです。

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写真4)カイラース巡礼ツアーの同行トラック

写真5)インド人巡礼ツアー客のランクル、朝の出発前は騒がしかった・・・

 到着翌々日、3泊目の朝。サガの公会堂前の広場に何やら人だかりができていました。近寄ってみると、輪投げのような露店のゲームでした。『輪』は自転車のタイヤ。商品は、鍋やタライやミキサーやビール。タイヤを投げるのではなく、上手く転がして、商品がキレイにタイヤの中に納まったらOK!その商品を持って帰れるのです。少しでも引っかかっていたら、ダメらしく、人気のミキサーは皆チャレンジしてましたが、誰もゲットできていませんでした。あのミキサーの箱、タイヤの内径よりもデカイんじゅなかろうか・・・?

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写真6)タイヤ転がしゲーム。

 そんなこんなで、サガでは忙しくしていました。やるべきインターネットでのお仕事は、半分は片付きましたが、半分はできませんでした。せっかく打ちあがった文章が、回線断絶のために消えたり、見なきゃいけないサイトにブロックがかかっていたり・・・、チベットの田舎町でのネット作業はうまくいかないもんです。

 サガを出ると、いよいよ西チベットの旅が始まりです。明日からは、噂に聞く『世界で最も厳しい悪路』だ!
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