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 2006年05月 

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小雨のハノイ 

5月30日 日の出前、激しい雨の音で目が覚めました。あら・・・、今日は、ハノイを出る予定なのに・・・。

 二度寝して、起きたのは7時。いくらか雨も弱まってます。朝食済ませて、ネットカフェに寄って、午前9時半。

 ちょっと遅い出発ですが、これからハノイを出ます。北西に向かって走って、3日後には、中国と国境を接する町・ラオカイに到着すると思います。

 では、小雨の中、出発です。
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ハノイ目指して! 新しい1万キロへの道 

5月26日 ハノイまでのラスト・ラン!!

 ニンビンからハノイまでは90kmぐらい。ハノイは大都会なので、市内で余計に走るとしても、100km程度でしょう。そんなに慌てる必要もありません。午後8時半に宿を出発!

 交通量の多い、国道1号線を走ります。片側1車線の道路ですが、時々、車が横3列に並んでいることがあります。追い抜きをかけた車が、対向車を路肩ギリギリまで避けさせて、なんとか3台が通れるぐらいの道路です。危なっかしい、追い抜きを何度も見ます。追い抜きをかける車は、クラクションを鳴らし続けているので、常に、どかかからクラクションの音が聞こえる・・・。ウルサイ・・・。
 おまけに、大型車が路肩ギリギリまで迫ってくることや、バイクがギリギリのところを掠めていくことも多く、走行には、いつも以上に気を使います。

 交通事故にも気を使いますが、今日は、もうひとつ気になることが。それは、サイクルコンピュータの『総走行距離表示』。今日、走行距離が、1万kmを突破するのです。その瞬間を見逃す訳にはいきません。

 午前11時半、その時がやってきました。ふとメーターの表示を見ると、『99997.9km』おぉ、危ない!あと2kmじゃん!手元のメーターに視線を落としながらも、周囲の車に気を使いつつ・・・

 午後11時37分!!メーターが10000kmを示しました!!おぉ~・・・

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写真1)じゃん!!
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写真2)じゃじゃーん!!
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写真3)日本の自宅から、1万km先の風景。

 1万km突破しましたが、何が変わると言う訳ではありません。次なる1万kmへ向けて、道が続くだけです。しかし、まぁ、なんとも、感慨深いじゃないですか。


 更に10kmちょっと走ったところで、道路が片側2車線になりました。快適な道!路肩は広いし。交通量もそれほどない。牛車もいない。荷物を満載した自転車もない。歩行者もいない・・・

 ん!?ここって??高速道路??

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写真4)高速道路??だよね・・・
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写真5)高速道路??だね、やっぱり自転車ダメか・・・

 8km走って、次のインターで降りてました。警察に一度会いましたが、捕まりはしませんでした。良かった。インターチェンジを降りてすぐの露店カフェで、冷たいジュースを楽しんだ後、店のおばさんにハノイまでの道を聞くと、さっき降りてきたばかりの高速道路を指差す・・・。「おばちゃん、高速はね、自転車だめなんだよ。」
 一般道をひた走ります。バイクが徐々に増えてきて、排気ガスや土埃も酷くなってきた・・・。上手にバイクの流れに乗りながら、ハノイ市内に入りました。

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写真6)ハノイのバイクの渦!!

 ハノイ駅前に到着。3月14日にハノイ駅前で途切れていた『中国・秦皇島フェリーターミナルからの轍』と、この2ヶ月半で刻んできた『ホーチミン・シティからの轍』を結ぶことができました。

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写真7)ハノイ駅

 午後3時には、宿にチェックイン。今日は、1万キロ突破したし、自転車の轍を結べたし、何かと印象深い一日でした。

ハノイ目指して! また限界に挑戦!! 

5月25日 昨日は170km走りました。今日は、泥道なんてないはず・・・、筋肉痛などもないし、今日も限界に挑んでみようかな!

 単純に長距離走行記録を作るのであれば、日の出から走り始めて、日没後も走れば良いでしょう。多分、300kmぐらい走れるはずです。が、そんなに走る必要はありません。私が作った、私のルール『走るのは、日の出から、日没までの間だけ』この時間内で、どれだけ走れるのか?やってみました。

 7時半に宿を出発。ドォ・ルウオンの町で朝食を取り、のどかな田園地帯を走ります。どこまでも続く田んぼでは、ちょうど稲刈りの時期でした。早朝から、家族総出で稲刈りをしています。普段は、田畑でモシャモシャ草を食んでる牛や水牛も、今日は大忙し!

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写真)稲刈り風景。

 軽快にペダルが回ります。時速27km出ているけど、息は切れない。2週間程度でしたが、ラオスでの山岳トレーニングの成果でしょう。たった2週間で、胸板が厚くなった気さえします。登りでは、腕と胸の筋肉を使いますからね。
 天気も良し!山の方は、雲が多く雨ばかりでしたが、平地ではまだ雨は少ないようです。気温は徐々にあがり、10時半には、35℃を越しました。このまま気温が上がり続けたら、昼寝(真昼の長い休憩)なしには、とても走れたものではありません・・・。
 国道1号線に入り、交通量の増した道をひた走ります。気温は、グングンぐんぐん上がり続け・・・、腕時計を見ると、41℃!! えぇっ・・・、もうそんなになってんの?正午前です。あと1時間頑張ろうと決めて、走り続けました。が、30分後には、腕時計の温度計は、43.6℃にまで上がっていました・・・。ありぁあ・・・、こりゃヤバイ。気温が下がるまで休憩しよう・・・
 ちなみに、この腕時計の気温ですが、実際に天気予報とかで出る気温とは違います。私は、長時間、アスファルトの上を走り続けているのです。日差しと照り返しで、路上の気温は、周囲の空気よりも高くなっているというわけです。多分、普通でいうと、この日の気温は34~5℃でしょうね。

 お腹も空いたし、長居できそうな食堂で、昼食&昼寝をすることにしました。なんだか感じのよさそうな食堂を見つけて、ベトナム名物フォー・ボー(フォー:米の麺、ボー:牛肉)を食べて、冷たいファンタを2本飲んで、店のおばさんたちと談笑していたら・・・。
 俄かに空が掻き曇ったかと思うと、ゴロゴロゴロゴロ・・・・。スコールが来ます。店の人たちは、軒先で天火干ししていた落花生を慌てて取り込み始めました。周囲の家々でも同じです。このあたりは、落花生農家が多いようです。

 ッザー!!

 聞きなれたスコールの音。30分ほどで、小降りになったので、自転車に跨り、走り始めました。気温は、28℃にまで下がっています。こりゃぁ、走りやすい!!
 小降りの雨は、1時間近く降り続きました。それもそのはず、時速30kmで走る私が、北に流れる雲を追いかけ続けているのですから・・・。曇って、自転車よりも遅いんですね。たまに、雨粒が大きくなると、道路脇の商店で雨宿り。

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写真)雨宿り風景。私の後に飛び込んできた母子。

 雨が上がった頃、走行距離は、110kmに達していました。まだまだ余裕!!雨で気温が下がったおかげで、快適に走り続けられます。120km、130km、140km、と走り。当初宿泊を予定していたタンホアという町に到着。銀行のATMでベトナムドンを下ろし、冷たいアイスとコーラでカロリー補給して、更に走り続けます。
 150km、160km、170km、180km、190km!!さぁ、190km以上は、未知なる領域です。今回の旅、これまでの最長走行記録は、189kmだったと思います。191km、192km・・・、200kmを過ぎた頃、日没が迫っていました。あと5km走れば、ニンビンという大きな町です。今日は、そこまでにしましよう・・・。
 最後の気力を振り絞って、残りの5kmを走り、宿探しの為、市街地を2km流しました。この日の走行は、207km!!

 いつもなら、夕食がてら、宿の周りの歩きまわり、足腰のクールダウンを行うのですが、この日は、そのクールダウンすらしんどかった・・・。殆ど歩かずに、宿に戻りました。おかげで、翌日は、足に乳酸が溜まりまくっていて、久しぶりに筋肉の疲れを覚えました。

ハノイ目指して! 限界に挑戦!!  

5月24日 午前5時、激しい雨の音で起きました。あぁ・・・、今日もまた雨か・・・。

 6時半に目覚めると、雨は小降りになっていました。レインコートを着るまでもなさそうです。いそいそと準備して、ドォウさん調査チームの皆にお別れして、ムオン・センの食堂で朝食を済ませ、7時半には出発!!

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写真1)雨の朝。もう雨季なんですよね~・・・

 今日からしばらく、平坦な道が続きます。5月はずっと険しい山道を走ってきたので、平坦な道だったら、いつまでも快適に走れるに違いありません!!だったら・・・、今日は、1日で何キロ走れるか?限界に挑戦してみようじゃないですか!!気合十分で、ペダルを踏み始めました!

 道は、連日の雨で水嵩の増した川に沿って、東に向かっています。雨季とはいえ、かなりの降水量だったようです。川岸の畑の間際にまで水が来ています。中州に生えていた樹木は、大きな木以外は水没してしまっているようです。赤い水が轟々と勢いよく流れています・・・。
 そんな川岸に地元の人々の姿が!危ないなぁと思ったら、流木を集めているのです。川岸に引っ掛かった流木を拾い上げては、車道まで持って上がってきます。道路には、そうして集めた木々の山が至る所にありました。乾かして薪として使うのでしょう。

 気合十分で走り始めましたが・・・、わずか5km程で、打ち砕かれました!!

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写真1)なんじゃこりゃぁ~!! ドロドロどろどろ泥泥

 この道は、拡張工事の途中のようで、古い舗装と新しい舗装、全くの未舗装、それが連続して続くのです・・・。支流に架かる橋は、ことごとく工事中。鉄骨と鉄板の簡易橋を渡らねばなりません。削りっぱなしの山の斜面からは、土砂が流れ出し・・・、ドロドロドロドロ

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写真2)泥道を押して歩くので、靴もこのとおり・・・

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写真3)自右衛門号も、このとおり・・・

 上り下りが少なかったのが、せめてもの救いでした。泥と格闘すること30km、ようやく普通の舗装道路になりました。靴と自転車の泥を水溜りの水で流します。はぁ~・・・、しんどかった・・・。
 次に商店を見つけたら、自分へのご褒美に、コーラを2本買ってあげよう!と気を取り直して、ペダルを踏み込みます。すぐに小さな村が現れ、小さなカフェ(お茶屋)もあります。カフェでは、地元の男たちが私を見つけて、手を振っていました。

 「フュ~!!ハロ!ハロー!!」
 「ハロー!ワォー!!」
 「ハロー!!ファック・ユー!!」

 はぁ?ファック・ユー?? ・・・おいおい、誰だよ・・・、誰だよ!コラァ!! 我慢できませんでした。自転車を止めて、男たちの中に割って入ります。
  「おい?誰だ?今、ファック・ユーって言ったのは?意味解ってんのか?」
 自分が言ったと名乗り出たのは、推定40歳の男。確かに、この男の声でした。しかし・・・、10代のガキならまだしも、大人じゃないかよ・・・。なんとか、怒りを堪えつつ、でも大声で、英語で、一方的に、捲くし立てるように説教してきました。40歳のおじさんに。

 すっきりしませんでしたが・・・、私の苛々は長続きしません。すぐに落ち着きを取り戻し、再びサイクリング再開。泥との格闘の為、3時間で30kmしか進んでいません。これでは、走れても150km程度でしょう・・・。あぁ・・・、限界挑戦の日だったに。

 日が高くなるにつれ、雲はなくなり、日差しが出てきました。日差しがあるとはいえ、気温は35℃程度、昼寝なしでも走れる気温です。昼食の後も、元気に走りつづけ、午後2時半には走行100km突破。ちょこちょこ炭酸ジュースを飲みながら、夕方まで走り続けました。

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写真4)平らな土地と、丸い岩山。

 午後6時、ドォ・ルウオンという町に到着。走行距離は170kmでした。泥道がなければ・・・、多分200kmは漕げていたはず・・・。しかし、今日は、これが限界。体力的にも、精神的にも。

ベトナム入国!! 

 5月23日 国境で一悶着ありましたが、無事ベトナムに入国。 

 国境から、最寄の町・ムアンセンまで、標高差800m以上のダウンヒル。ここ数日の雨とダウンヒルの為、ブレーキの効きが悪くなってきていました。ブレーキシュー(ブレーキのゴム)が磨り減っているのです。調整すれば良いのですが・・・、面倒くさい。宿に着いてからやろう・・・。慎重に下れば、問題ないでしょう。

 途中、ベトナム国境で会ったラオス在住のフランス人男性とその仲間たち(ベトナム人の奥さん、仕事の助手のベトナム人・女性、ラオス人ドライバー)のトラックが私を追い抜いて行きました。「先に、ムアンセンで待ってるよ!夜はビールでも奢ろう!」

 おぉっ!ビールが待ってるの!?

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写真1)長~く、ウネウネと曲線の多いダウンヒル。

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写真2)坂を下り終えたら・・・、牛!! 危ないよ、君たち。

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写真3)谷の底に辿り着くと、赤い川が轟々と流れていました。

 どうやら、この道は地図に載っている道とは違うようです。真新しい道。つい最近出来た道でしょう。また一部の舗装が終わっておらず、削ったばかりの道路脇の斜面からは、落石が・・・。
 ウネウネ下って、落石を避けて、牛を避けて、赤い川を渡って、午後6時半、ムオン・センの町に到着!!

 国境から初めの町というだけあって、小さい町の割に、ホテルが数軒ありました。通りを流しながら、安そうな宿を探していると。あっ!あのビールの人!!

 フランス人のおじさんたちを見つけました。彼らもまだ宿を探している様子。彼らのあとに付いて、宿まで同行しました。彼らは、ベトナム語もできるので、宿泊交渉も不要。楽させてもらいました。宿代は、80,000ドン(約600円)。
 このフランス人とベトナム人とラオス人の不思議なパーティーは、ラオスで活動をしている民間調査会社の人々。何をしているかというと、HIVなどの拡大防止を目的とした活動をしているのだそうです。彼らの受け持ちは、ラオスとベトナムにまたがるこの地域。今回は1週間、ムオン・セン近郊で聞き取り調査と指導を行うんだそうです。

 夜は彼らと一緒に町の食堂へ。野菜スープ、野菜炒め、豚の角煮、魚の煮物、など等、を皆で突付きました。「遠慮するな!」ということなので、遠慮することなく、というか我慢できずに2人前以上平らげました。だって、昼ご飯は、もち米一握りだけだったんですもの。
 もちろんビールもいただきました!!ビールを飲みながら、フランス人のドォウさん「ベトナム人は、信用しちゃいけないよ!皆が君を騙していると思った方が良い。これは6年間ベトナムで暮らした僕の忠告だよ。」って・・・。奥さんベトナム人ですけど、そんなに言って、夫婦の仲は大丈夫なんですか・・・?

 確かに、外国人がベトナムで買い物をする時は、定価の何割増しかの金額を提示されることがしばしば。・・・いや、しばしばじゃないか、ほぼ毎回です。ドォウさんは、よっぽどベトナムで苦労したのでしょう・・・。

 ベトナムかぁ・・・、うん、まぁ、確かに、・・・確かに、ラオスから比べると、厳しい国だということは確かだな・・・。
 

ラオス~ベトナム国境 / 後編・文章長いよ~ 

5月23日 ベトナム行けないの~!?

続きです)

 慌てて係員を問いただします。ここの国境ポイントは、外国人にも開放されている国際国境です。日本人が通れない訳がない!!

心 「ちょっと!どういうことですか!?ココは外国人も通過できる国境だろう?」
係官「そう、ラオス側は問題がないんだけど・・・。ベトナム側がね・・・。いつも、ここを通る外国人はトラブルになるんだ。君、ベトナムビザを持ってないだろう?」
心 「ビザ?それだったら、日本人はベトナム滞在15日間までは、ビザなしで入国できるんだよ。問題なしだ!」
係官「それがね、ベトナム側ではトラブルなんだよ。こちらじゃ事情は良く解らないから、ベトナム側の施設に行って、彼らから入国の許可を貰っておいで。そしたら、ラオスの出国スタンプを押してあげる。」

 なんのことやら、解りません・・・。この国境は、外国人に解放されてまだ2年ぐらい。公共交通機関も発達してない地域だし、滅多に外国人が通過しないのかも知れません。だから、手続きが良く解っていないのでは・・・?
 まぁ、仕方ない。ラオスの出国スタンプを貰う為に、ベトナム側の施設に移動しました。国境は、谷間を流れる小さな川。そこに架かる橋の正面には、立派なベトナム側の施設が建っています。

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写真)ベトナム側国境ポイント。これはベトナム出国口、つまり、私が入ったのとは反対側の写真です。

 ベトナム側の施設では、自転車で現れた私を大歓迎!軍服姿の人々が私を囲みます。一通り旅の話をした後、本題です。

心 「実は、ラオス側で出国スタンプをまだ貰ってないんだ。彼らは、私がベトナムビザを持ってないからベトナム側の施設で許可を貰って来いっていうんだよ。おかしな話だよね。日本人は、ビザが不要だって知らないのかねぇ?」
係官「ビザがない?ちょっとパスポートを見せなさい・・・・。うん、確かに。・・・・で?チケットは??」
心 「チケット?飛行機のかい?そんなものはないよ。だって、自転車で旅してるんだもの。あんたたちだって、それは見て解るだろう?」
係官「チケットがない?だったら、ダメなんだよ・・・。ちょっと、これを見なさい。」

 あぁ・・・、そういうことか・・・。ベトナムの外務省からのお達し状を示され、ようやく理解できました。

『日本人、韓国人、スウェーデン人、ノルウェー人、○○人、□□人、△△人、は
 以下の用件を満たす場合のみ、ビザなしでの入国が認められる。
 ①入国時点で、パスポートの残存有効期間が、滞在日数+3ヶ月以上あること。
 ②滞在が15日以内であること。
 ③第三国へ出国する為の航空券を提示すること

 はいはいはいはい・・・。確かに、これは、どこの国にもあるルールです。旅行会社で勤めていた私は、このルールに関する情報をトコトン覚えました。あの国は、どうだ。この国は、どうだ。ここは、厳しい。あそこは、アバウト。などなど。
 でもね?ベトナムはそんなに厳しかったかい?そもそも、私は3月中旬に別の国境ポイントで、『第三国に出国する為の航空券』なしで、ベトナム入国を認められているのです・・・。

心 「あなたたちの言い分は、よ~く解ります。私は、航空券など持っていません。あなたたちが、職務に忠実であろうとする姿勢は、尊敬します。でもね?私は、この国境を越えなければならないのです。」
係官「それができないのだよ。君には、『ラオスに戻ってベトナムビザを取ってくる』か、『別の国境を越える』か、その2択しかない。君に入国を許可して、君が15日以内にこの国を出る証拠はないじゃないか?残念だけどね。」
心 「イヤイヤ、そりゃぁないでしょう?第一、私のラオスビザは、今日で切れるんですよ?今から戻っても、今度はラオスに滞在する許可がない。」
係官「それは、君とラオスの問題で、私たちの問題ではない。」
心 「素晴らしいプロ意識ですね・・・。確かに、あなたたちは、入国が許されない外国人を容易に入れる訳にはいかない・・・。よし!あなた方のボスと話をさせて下さい。」
係官「ボスは忙しい。私が伝えるから、言いなさい。どうしようとダメなものはダメだけどね。」

心 「まず、私がベトナムビザを持ってないことは確かです。私は旅行会社に勤めていたので、ビザのルールに関しても知っていました。が!が!が!今回は、特別に許可を頂きたいのです。私は、13日間でベトナムを出国します。次は中国に行くんですよ。中国のビザも持ってます。それと、ここに私の旅を紹介した日本の新聞記事が沢山あります。日本語は読めないでしょうけど、走行予定地図が載ってるから、これをボスに見せて下さい。」

 私と係官の冷静だけど、ギラギラしたせめぎ合い・・・。厳しい目つきの係官は、私のパスポートのみを持って、施設の脇にある小さな小屋に入って行きました。ボスとやらは、昼寝でもしてるのでしょうか?
 長らく待たされました・・・。すっかり体が冷えてしまった。雨は上がっていましたが、乾いているTシャツは、残り1枚しかありません。これを着て、また雨が降ったら・・・、明日着る服がありません。我慢して濡れた服を着続けました。

 待つこと30分!!パスポートを握り締めた係官は、こちらを見て、ニコッとしました。どういう意味?勝利の笑み??

係官「特別に、君に入国を認めよう!」
心 「えっ!?本当??いいの?(当然だろう、長いこと待たせやがって・・・)」

 周りにいた暇そうな係官数名が、一緒に喜んでいます。どうやら、彼らも私を通したかったようです。なんだ・・・、みんな石頭なのかと思ってたら、案外、良い奴らなのね。

 入国の許可を得ました。そうとなれば、まずは、ラオスの出国スタンプです。大急ぎでラオス側の施設に戻ります。許可を得たことを伝えると、出国スタンプをポン!「この前は、韓国人の女の子がヴィエンチャンまで追い返されたんだよ。君はラッキーだね。」とのこと。その韓国人の子は、自転車じゃなかったでしょう?自転車旅は、こういう『特別扱い』があるので、得します。
 再びベトナム側施設へ。慌てていた為、いつもの『国境線上での写真撮影』を忘れてしまいました。まぁ、いいか・・・。ベトナム側係官たちは、『良い奴ら』の顔になってました。税関申告書を書いて、パスポートに入国スタンプを貰いました。

 イェイ!!ベトナム再入国!!意気揚々と自転車で走り出そうとしたら・・・!?

係官「荷物検査するから、ちょっと待ってなさい。先に、このトラックを済ませるから。」
心 「悪いけどね、もう待てないんだよ。特に怪しいものは入ってないよ。麻薬犬も吠えなかっただろう?中に入ってるのは、濡れた衣類と自転車の予備パーツだけだよ!」
係官「決まりなんだよ。待ってなさい。」

 いやいや、待てませんって!!もう5時前ですよ。ここから最寄の町まで、20km以上あるのに、山の中で日が暮れたらどうすんの!?

 ・・・逃げちゃぇ!! 「バイバ~イ!!ありがとう!バイバ~イ!!」

 遠くで係官たちが手を振ってました。あの厳しい係官もいます。なんだ、やっぱり『良い奴ら』だったんだ。

 ベトナム入国!!

ラオス~ベトナム国境 / 前編 

5月23日 ベトナム入国拒否!?

 ラオスを出国する日は、激しい雨でした。前日の朝から降り続いていた雨は、一度も止むことなく振り続けていました。

 ひなびた温泉コテージの朝、朝食は例のレストラン。幸い、ヌードルスープを作ってくれました。2羽目の鶏が犠牲になることはなく、具は野菜のみ。ヌードルスープだけでは食べ足りないので、もち米も注文。もち米、ラオスでは『カオニャオ』と呼びます。普通のお米よりも食べられています(多分)。カオニャオを食べられるのも、これが最後・・・、と思ったら無性に切なくなったので、お弁当代わりにもう一皿頼んで、ビニール袋に入れてもらいました。

 さ、出発です。国道まで、砂利道を走ります。パトリックと走るのは、これが最後です。3kmの砂利道は、あっという間に終わりました。お別れです。

パ「元気でな!気をつけろよ!ポーランド行くなら、知らせてくれよ!」
心「そっちこそ、元気でな!君のアジアでの素晴らしい生活を祈ってるよ!次ぎ会う時も、アジアだな!4~5年後だ!」

パ・心「出会えて良かったよ。」Nice to meet you !


 私は東に。パトリックは西に。さて、3週間ぶりの独り旅です。止まない雨が、いつも以上に大きな音を立ててレインコートのフードを叩いていました。

 国境へは、長い上り坂が続きます。国境線は、川や山の尾根の上を走っていることが多いのです。山がちなラオスです、多分、国境ポイントは、山奥でしょう・・・。
 手持ちのラオス通貨(キップ)は、もうありません。米ドルの1ドル紙幣があったので、それで買い物をしました。水(1ℓ)が3本と瓶コーラ、パンケーキが4個買えます。とても物価の安い国です。
 昼ごはんは抜き。もう米ドルも20ドル紙幣しかありません。1ドル分の昼食を取ったとしても、お釣は、19ドル分のラオス・キップが返ってきます。もう、キップは必要ありません。

 午後3時、68km走り、ようやく国境に到着!まずは、ラオス側の施設で、出国手続きです。

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写真1)ラオスの国境ポスト

 パスポートを出して、ずぶ濡れの体が冷えないように、足踏みしたり、施設の中をウロウロ歩き回ったり・・・。すると、声がかかりました。

 「君は、ヴィエンチャンに戻らなければならないよ。」

 「えぇ~!?」

えっ!世界一周?? 

たまに、面白い返事を返してくれる人がいます


 『私は、自転車で世界を一周する旅をしています。

 こう言うと、95%の人は、励ましの言葉感嘆の言葉を返してくれます。
 「本当!そりゃぁ凄い!頑張ってね!」
 「へぇ~・・・、世界一周かぁ~、尊敬するよ。」
 「本当かい?どんな体してるんだい?おぉ!逞しい逞しい!これなら大丈夫!頑張れよ!」
  (足や腕をモミモミされる・・・)

 3%の人は、疑って更に質問をしてきます。
 「本当ぉ~?自転車でぇ~?」


 残りの2%が、なかなか面白い返事でした。いくつか紹介しましょう。

ラオス人ミュージシャンの男性(結構有名人らしい)
 決まり文句「自転車で世界を一周するんです。」
 彼の言葉 「ほぉ~、そりやぁ、いい運動になるねぇ~。俺もやってみようかな。最近太り気味でさぁ。」

ラオス在住・フランス人男性(奥さんはベトナム人)
 私の言葉 「自転車で世界を一周するんです。」
 彼の言葉 「世界を一周?そりゃぁ、大変だね。ところで、それは、刑罰か何かかい?君はよっぽど悪いことをしたんだなぁ~。恋人を傷つけたとか?」

北京の大学生・女性(英語が達者でお洒落なお嬢さん)
 達者な英語で「自転車で世界を一周するんです。」
 彼女の言葉 「一言だけ言わせてもらうわ。あなた頭おかしいでしょう?・・・・最高の誉め言葉よ。」

テキサス出身・アメリカ人男性(ブッシュ大統領のマネが上手!)
 いつも通りに「自転車で世界を一周するんです。」
 彼の言葉  「へぇ~・・・。風邪引かないようにね。」


 面白くないですか?前後の会話があってこそ、面白いのかも知れませんが・・・、私は、彼らのユーモアたっぷりの返しに、思わず声を出して笑ったものです。

ラオスで温泉 

5月22日、ラオス最後の夜に温泉に浸かるため、雨の中を走りました。

 ラオスビザは23日に切れます。ポーンサヴァンから国境までは、150kmぐらい。1日では走れません。途中の小さな町で1泊するか?と考えていた頃、相棒のパトリックから意外な情報が!

パ「ヘイ!ココロ!ここに温泉って書いてるぜ!?」
心「おぉん~せぇ~んん~!!??
パ「温泉好きなんだろ?」
心「心から!もう何ヶ月もお湯に浸かってないもん・・・」

 という訳で、決まりです。私は温泉でラオス最後の夜をしみじみと過ごし、ベトナムへ向かうことにしました。パトリックはというと・・・、これ以上東に走ってもUターンする距離が延びるだけの彼、初めは「行かない」と言ってましたが、出発前夜に急に行くと言い出しました。なんだかんだで、彼とは最後まで一緒にラオスを走ることになりました。

 22日は、朝から雨・・・。全く乾いていない洗濯物の山をビニール袋に入れ、重さの増した自転車を漕ぎ出します。レインコートは、完全防水ですが、熱が篭って、汗だか蒸気だか判らない水で、あっという間に内側もビショビショに・・・。でも、脱いで走るには、寒いんですよ。
 しばらく、緩い上り下りが続きましたが、30kmほどで、長いダウンヒルになりました。私は喜びの雄たけび!!Uターンするパトリックは、苦悶の雄たけび・・・。

 標高1000mの高原から400mの盆地に降りて来ました。さて、温泉とはどこにあるのでしょう?地図には、「HOT SPRING(温泉)」とのみ書いてあります。現地名は解りません・・・。距離は、ポーンサヴァンから60~70kmとホテルのおじさんに教えてもらいました。随分アバウトな情報です。地元民を捕まえては、温泉の情報を聞き出します。

パ「このあたりに、温泉があるだろう?どこかな?」
地元民「?? NO! NO!」
心「水!温かい!お風呂!お風呂!グッド!グッド!」
地元民「あぁ~!!10km!こっち!」

 とまぁ、上記の会話は、英語でなされている訳ですが・・・、英語を解する人が少ない地域では、極々簡単な単語を並べて、連想してもらった方が通じ易い場合があります。
 10kmという話ですが、多分、それもアバウトな情報です。とにかく走って、また地元民を捕まえては、少しずつ温泉に近づいて行きます。

 ポーンサヴァンから68km走ったところで、道路脇に「HOT SPRING」の標識を発見!!なんだ・・・、苦労して聞き回ることもなかったな・・・。
 国道から砂利道に入り、走ること3km。それらしいモノが見えてきました。森の中に建つコテージです。コテージが数軒と、レストランらしきモノも。ココだ!!・・・でも、温泉の匂いがしない・・・?

 九州育ちの私には、温泉というと濁っていて、硫黄臭の強いものをイメージします。源泉はまだまだ先なのかな・・・?

 いや、ここでした!


写真1)浴室で~す!!入浴料4000キップ(50円)なり。


写真2)閑散としたレストラン・・・


写真3)コテージは、ベッド8個のファミリー用。2人で8ドルなり。

 降りしきる雨の中、コテージにチェックイン。これが大変だった。滅多に客が来ないのか?手続きがうまく進まない・・・。管理人が誰なのか?近所の人も良くわかってないみたいで、何箇所か建物をたらいまわしにされました。
 なんとか、部屋に入ると、バスルームにも源泉からのお湯が来ているではないですか!?早速、湯船にお湯を張ってみました。初めは温いお湯しか出ませんでしたが、30分ぐらい出しっぱなしにしていたら、38℃ぐらいまで水温が上がりました。でも、これまで、日本の温泉のように熱々の湯船にはなりませんでした。

 
うっはぁ~・・・・・あぁ・・・・ 極楽!極楽!

 長風呂を楽しんで、夕食は雨の中、例の客がいないレストランへ。お客どころか、食材もなかったらしく・・・、庭先を走り回っていた鶏が一羽犠牲になりました。

パ「命を捧げてくれた鶏に感謝します。」
心「同じく。感謝します。」

 ラオス最後夜は、やはりラオスらしい空気の中で更けてゆきました。

ハノイ到着 

 5月26日、2ヶ月半ぶりにハノイに戻ってきました。

 23日夕方のベトナム再入国から、僅か72時間で500kmを走って来ました!!

 ☆平地って素敵☆

 ほんの数日でメールが山のように溜まっていたので、その整理が終わり次第、ブログの書き込み始めます。

 今回のハノイは、4泊の予定です。

ベトナムへ向かいます。 

5月21日、ポーンサヴァン2泊目。

 今日は、謎の巨石壷が転がる『ジャール平原』に行ってきました。もともと観光客の少ない遺跡の上、パトリックと2人、自転車で行った為、遺跡を独占することができました。標高1000mの高原に吹く風は、心地良く、風の音と蝉の声だけが響く、とても神秘的な遺跡でした。

 ジャール平原についての詳しい話は、また今度にしましょう。

 明日21日、この町を出て、ベトナム国境へと向かいます。国境までは、少し距離があるので、2日かけての走行。途中、温泉が湧いてるところがあるらしいので、そこでラオス最後の夜を過ごします。23日には、ベトナム再入国。

 次にネット環境が整っている街は、多分・・・、ハノイですね。ハノイに到着するまで、1週間ぐらいブログの書き込みが止まります。

 ラオス、とても良い国です。また数年後に来るとします。

ポーンサヴァン到着 

 5月20日、『ジャール平原』観光の拠点、ポーンサヴァンに無事到着しました。

 18日、ルアンパバーンから、バスで、ヴィエンチャン方面・ポーンサヴァン方面の分岐点にある・プークーンまで移動。あんなに苦しかった坂道をバスは元気に駆け上っていました。景色は目まぐるしく変わり・・・、思いました。『あぁ、やっぱり、自転車が良いな。』18日はプークーンに宿泊。

 19日、またもや寝坊しました。すっかり6時半起きの習慣がついてしまっています・・・(6時半でも早いといえば早いですけど)。7時半出発!目指すポーンサヴァンは140km先。今回は、あまり無理はせず、2日かけるつもりで、のんびり走りました。
 走り始めの40kmは標高1200~1500mの尾根伝い、短く険しい上り下りが続きました。40~70kmは、長~いダウンヒルと長ぁ~いヒルクライム・・・。下ったら、また上らねばなりません・・・。
 しんどかったのは、1ヶ所だけ。70km以降は、揺るかやな高原地帯に入りました。標高1100mの高原、牛の糞を上手に避けながらの走行。90kmを走り、ノンタン(NONGTANG)という小さな町に宿泊。街灯どころか、午後9時には全ての電気が消える田舎街です。星がきれいでしたよ~☆

 20日、今日です。久しぶりの晴れ。気持ちよいサイクリングでした。この1週間、曇りがちで、時折小雨が降るといった天気が続いていて、「もう雨季に入りかけてるんだなぁ」と思っていましたが、まだ太陽も頑張っているようです。50kmを走りました。

 ポーンサヴァンには、2泊のみの予定です。ここからベトナム国境までは150kmぐらい。2日の距離です。23日にラオスビザが切れてしまうので、22日にはここを出なければ。

 ラオスあと3日間かぁ・・・、もっとのんびりしたいなぁ・・・

バスに乗って・・・ 

 5月18日、ルアンパバーン出発です。これから、バスに自転車乗っけて、プークーンまで戻ります。

 プークーンは、5月10日に宿泊した町。プークーン~ルアンパバーンは、1日で激走してきましたが、同じ道をまた走る気力はありません・・・。厳しい意見には、「全部自転車で走るべきじゃないの?」といった方もいますが・・・、時間と体力の都合ですよ。今回はバスで戻ります。

 さて、今朝は、ルアンパバーン最後の朝でした。托鉢行儀を見ようと、目覚ましを5時にセットして・・・「ピピピッピピピッピピピッ・・・カチッ」って・・・。起きたら6時半!?

 あぁ・・・、結局今回も托鉢見れなかった・・・

 で、朝食を済ませて宿に戻ると・・・、この3日間姿が見えなかったパトリックがいた!
心「おぉ!どこ行ってたんだよ?自転車あるのに、姿がないから不思議に思ってたんだよ。」
パ「ちょっとね・・・、まぁ、その話また後で。ところで、お前今日出るの?」
心「あぁ、10時半か12時半のバスで、プークーンまで行くよ。」
パ「ジャール平原か?俺も行こうと思ってたんだ。また一緒に走ろう!」

 というわけで、また2人で2~3日走ります。プークーン~ポーンサヴァンの国道7号線も、かつては山賊街道と呼ばれたところ。今は取り締まりが厳しい為、問題ないようですが、2人ならばなお、安心!!

 ルアンパバーン、名残惜しいですが・・・。また数年後来ま~す。

ルアンパバーンを出ます/ 今後の予定 

明日、5月18日にルアンパバーンを出ます。

 私のラオスビザは、15日+延長5日の20日間、つまり5月23日までです。あまり時間的に余裕がないので、忙しく走り続けることになりそうです。20日には、ジャール平原『壷の平原』と呼ばれる謎の遺跡の観光拠点・ポーンサヴァンに到着予定。
 その後、真東に走って23日までにベトナム再入国。ベトナムは平らな土地なので、1日150㎞以上の超ペースで北上します。ハノイまで戻り、途切れていた『自転車の轍』を結び直し、さらに北上。6月初旬には、中国再入国の予定です。

 なんで、こんなに急いでいるのかと言うと・・・

1)まずラオスビザの問題。ルアンパバーンでのんびりし過ぎ。
2)中国で、日本から持ってきてもらうノートパソコンを受け取る為。

3)6月12日、18日、22日のワールドカップ、日本戦を日本人が沢山いる観光地で一緒に観戦する為!!

3番目の理由が、最も大事な理由です。中国の昆明、大理、麗江あたりだと、日本人も多いことでしょう。もしかしたら、衛星放送でリアルタイムで観戦できるかもしれない。

 というわけで、これから3週間、頑張って移動します!!

 ブログの書き込みペースが落ちるかも知れません・・・。なるべく頑張りますが。

世界遺産の町・ルアンパバーン 

 世界遺産の町・ルアンパバーンを写真でちょこっと紹介します。

 ルアンパバーンは、14世紀、ラーンサーン王国の首都(当時はシェントーン)として築かれ、その後、16世紀にヴィエンチャンに遷都以降も、王都としての地位を保ち続けてきた美しい町です。
 異民族の侵攻にさらされた回数が少ない為、今でも古いお寺が多く残ります。その数は80を超えるとか!

 人口5万人ぐらい。これでもラオス第4の都市というのだから・・・、驚き。町の北にメコン川が流れ、周囲は険しい山で囲まれています。

 さて、写真です。

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写真1)町の中心にある小高い丘『プーシーの丘』からの眺め。南側の町並み。


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写真2)メーンストリートに並ぶナイトマーケット(夜市)。
 ここは、ラオス最大の観光地です。観光客向けのナイトマーケット。毎日夕方になると、露天が並び始め、夜には観光客で賑わいます。商品は、周辺の山岳少数民族の織物や民芸品、Tシャツ、などなど。
 このナイトマーケットの特徴は、静かなこと。タイのナイトマーケットのように、CDショップなどが無い為か、音楽などは一切なく、静か~な空気が漂っています。店員さんも積極的な客引きはなく、静か・・・。買い物客は、博物館の陳列物を見るかの如く、落ち着いて買い物ができます。素晴らしい!!無駄な買い物ができないサイクリストの身分ではありますが、実家の家族にお土産を買って、郵便で送りました。


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写真3)お寺とメーンストリート。
 何てお寺かは知りません。お寺の横を歩いていると、10代の若い坊さん(小坊主)から話しかけられることがあります。もちろん英語で。英語を話す坊さんの多さには驚きます。さすが、観光地。学校で習っただけにしては、とても上手に話します。


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写真4)メコン川。貨物船の船積み作業。

 このあたりのメコン川は、川幅300m程でしょうか。けっこう流れは速いようです。水面を走る水の流れがよく見えます。海のないラオスでは、このメコンが最大の交易ルート。良い商品はタイから、安い商品は中国から、船に乗って運ばれてきます。ラオスの農産物も船で運ばれる。
 で、この船は、何か植物の束を沢山積み込んでいました。タバコの葉でもなく、サトウキビでもない、何でしょう?聞いたけど、解りませんでした。積み込みが終わった翌日、中国に向けて出航するそうです。


 ルアンパバーン良かとこ、一度はおいでませ~!

ラオスのポスト 

ラオスのポストは黄色です。

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写真)ルアンパバーン中央郵便局前のポスト

しかし・・・、このポスト、ちょっと汚れてますね・・・。投函しても大丈夫なのだろうか・・・?

ここラオスでは、手紙を出す際、郵便局の窓口に直接持って行ってます。郵便事情が完璧でない国では、これが最善策です。

ちなみに、カンボジアのポストの写真はありません。いつも窓口に行っていたから、道端で発見できなかったのです・・・。

豆乳生活 

豆乳が止まりません・・・

 私は、豆乳ジャンキーです。この数年、豆乳を飲み続けているのです。東京で独り暮らしをしていた頃に始まったこの習慣。現在、ラオスで、大変なことになっています・・・。

 体が資本のサイクリストです。栄養補給は意識的に行わなければなりません。まず大事なのが、カロリーです。次はビタミンかな。私の場合、ビタミン補給源が豆乳なのです。

 カンボジア、タイ、ラオスでは、ほぼ同じ商品が売られています。お気に入りは以下の2つ。これらの1日3本くらい飲んでます。2ヶ月前は、1日1本だったのに・・・。

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写真1)パックタイプ、3,000キップ(35円)。商品名:LACTASOY

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写真2)瓶タイプ、同じく3,000キップ。商品名:VITA MILK『ヴァイタミルク』

 東南アジアの豆乳は、かなりの甘口です。日本で習慣的に飲んでいたのは、無糖タイプや微糖タイプ。口に含んだ瞬間、「あまっ!」と思いますが、それが癖になります。暑い国ですからね、甘過ぎるくらいが丁度良い。

 皆さん、インドシナにお越しの際は、豆乳を飲んでビタミン補給をしましょうね。

軽量化の鬼 

5月17日、とうとう、日本に荷物を送りました。

 私の荷物は、旅立ち以降、増える一方・・・。最近になって、その重さが体感できるようになってきました。厳しい坂道ばかりだから。
 平地を走っている時は、スピードに乗ってしまえば、大して重さを感じることはありませんでしたが、登りは違います!荷物が重いだけ、ペダルも重い・・・。

 5月3日、タイ・ノンカーイでベン&シーナに会った時、二人は私の自転車を見て、驚いていました。「何が入ってるの!?」何って・・・、いろいろです。
 彼らの荷物は、非常にコンパクト。重さも私の半分以下です。毎週一回、荷物を広げ、審査をしているそうです。『何か手放せるものはないか?』って。審査担当はベン、軽量化の鬼です。ロッククライミングの趣味があるベンは、とにかく軽量化が大好き!今使わないものは運ばない、いずれ必要になるものは必要になった時に買う、というのがモットーです。

 彼とは、対極にいる私・・・。私は、「あっ・・・、これ、この2ヶ月間全く使ってないけど・・・、あと2ヶ月もしたら必要だもんな・・・」って言って、沢山不要なものを運んでいます。

 しかし、確かに不要なモノはあります。使い終わったガイドブックや地図、集めたパンフレットやチケット半券、現像済みフィルム、などなど。そういったモノを日本の実家に送りました。

 送ったのは2kg分。この他に、捨てたモノが800g分あります。この町で買ったものが500gあるので、+-2.3kg減!! 少しはペダルが軽くなるかなぁ~・・・

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写真)航空便3kgで33ドル!高いけど・・・、船便は3ヶ月かかる・・・、ラオスには海がないので。

 ちなみに、日本に荷物を郵送したのは、これが初めてですが、ベトナムで妹に数キロ荷物を持って帰ってもらってますので、荷物を減らしたのは2回目です。

ラオス伝統・薬用サウナ 

5月17日、ルアンパバーン最後の日です。多分。

 実は、今日17日にルアンパバーンを出発する予定だったのですが、寝坊した為、出発延期になったのです。すっかり遅寝遅起きの習慣がついてしまって・・・、良くないです。

 ルアンパバーンで最後の一日です。何をしようかな~?と考えた末、サウナに行きました。これが3回目です。
 ラオス人に限らず、熱帯の国の人々は、お風呂(湯船)に入る習慣がありません。バスルームにはシャワーのみです。冬に冷え込む地域(山奥)では、お湯の出るシャワーですが、年中暑い地域では、水しか出ないことも。中流以上の家庭や、外国人が泊まる宿には、お湯が出るのがあります。

 お湯が出たってねぇ・・・、シャワーは所詮シャワーです。湯船に漬かりた~い!!・・・でも、湯船はない・・・。

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写真)赤十字のサウナ

 サウナです。ルアンパバーンで最も有名なサウナは、ラオス赤十字病院のサウナ。病院と言っても、サウナとマッサージがあるだけで、診療所、治療室はない。入浴料は10,000キップ(110円)。営業は夕方から。
 日本のサウナというと、温泉や銭湯とセットなので、素っ裸が基本ですが、ラオスでは裸は厳禁。男性は水着や腰巻(サロン)を巻いて入ります。女性は、大きなサロンを巻いて入ります。
 どういうところかというと・・・、写真を撮るわけにもいかないので、文章で説明します。サウナ室は、畳2枚分ぐらいの狭~い部屋です。4人掛けの長椅子が向かい合って置いてあります。つまり、定員8名。もちろん、男性用女性用別々ですが、サウナ室はすぐ隣り合ってます。
 ラオス式サウナの楽しみ方は、薬草入りの蒸気ムンムンのサウナ室に入り、我慢できなくなるまで蒸気浴。しっかり汗をかいた後、外(といっても室内です)の椅子に腰掛け、熱いお茶(これも薬草入り)を飲みながら、体を冷やす。汗が引いた頃、再びサウナ室へ。これを数回繰り返します。まぁ、こんな感じでイメージ湧きますでしょうか?

 薬草とやらが、何なのか?結局よく解りませんでした。どなたか、興味がある方は、自分で調べてみて下さい。
 サウナ室や外のお茶飲み場では、人々がお喋りをしたり、テレビを視たりしています。時折、私のような外国人が訪れるので、英語で私に話しかけてくる人も。いろいろ話してみた感じ・・・、やはり、サウナの利用者は、健康志向の高い「中流以上」の人が多いようです。

 今日は、平日とあってか、かなり空いていました。サウナ室も常に2~3人いるのみ。しかし、先週末行った時は多かった!!8人用のサウナ室に、10人入っていたこともありました!!土日に通っている人が多いらしく、週末の楽しみなんだとか。

 面白かったのが・・・、男性用サウナ室の湯気の奥に女性の姿が見えた時!!私は男性用サウナ室の一番奥に入り、下を向いたまましばらく蒸気に耐えていました。何人か人が入って来ていたのには、気がついていました。ふと、視線を上げると、蒸気の奥に女性が座っているではないですか!?・・・って、実は、女性ではないのです。オカマさんです。
 やはりというか、なんというか、ラオスのオカマさんも美容と健康に対する意識は高いようです。隣国タイ同様、男性として生まれていても女性として生きることに、理解が深いお国柄。しかし、女性として生きていても、女性用サウナ室には入れません・・・。外のお茶ゾーンでは、女性のコーナーにいますけどね。

 私は4回サウナに入るぐらいで、ちょうど良し!体に溜まっていた悪いエキスが全て流れ出した気がします。さて、サウナの後は・・・、実は、シャワーがない!!あれだけ汗を流したにも関わらず、その汗を流す場所がないのです!一応、トイレ(バスルーム)にシャワーがありますが、水シャワー。お湯シャワーで、体をゴシゴシできるのであれば、申し分ないんですけどねぇ・・・。

 何はともあれ、サウナ!気持ちよかったぁ~



ルアンパバーン6日目 

5月16日

 世界遺産にも登録されている、ラオスの古都・ルアンパバーン。とても静かな町に、古いお寺が沢山あります。そのルアンパバーンも、今日が6日目・・・。

 初日は、地獄の山越えの末に到着したので、焼肉でビールを飲んだ後、バタンキュー・・・。

 2日目は、さすがの私も体が重かったので、ラオス伝統サウナとラオ・マッサージに行きました。残りの時間は、ネットカフェ。で、夜は屋台でビール。

 3日目は、また伝統サウナ。夕方、通りで、2日遅れで到着したベン&シーナを発見!夜は、一緒に屋台でビール。

 4日目は、町をプラプラ歩いて、夜は屋台でビール。日本人バックパッカーと同席して、久々に日本語三昧。

 5日目は、自転車の整備して、夜は、ベンが捕まえてきたオランダ人サイクリストのカップルも交えて、サイクリスト5人で、焼肉&ビール。

 6日目、今日・・・。町をプラプラ歩いて、写真撮ってて・・・、違和感!「なんか、フィルムを巻く時の感覚がおかしい・・・」もしかして!?と空けてみたら、フィルムが入ってない!!あぁ・・・、この3時間の撮影散歩は何だったんだ・・・。がっくし。

 この6日間で、一度もお寺に行ってません。見所なのに。早朝には、各寺から大量のお坊さんが托鉢に出るため、町中で托鉢の列を見ることができるんですが、毎日寝坊してるから、まだ見てません。こりゃぁ、いけませんね・・・。

 ダラダラし過ぎ!!  ビール飲みすぎ!!

 のんびりしたルアンパバーンの空気がそうさせるんです。明日は、早起きして托鉢見に行こう!だから、今夜は休肝日。

探しています 

お知らせです。

旅先の私に、日本からの荷物を届けに来てくれる方を探しています。

 どういうことかと申しますと・・・

 日本で新しいノートパソコンを購入したのですが、海外にパソコンを郵送するのは、なかなか面倒なものなのです。近々、私の走行ルート付近に旅行を予定されている方がいらっしゃったら・・・、あの・・・、その・・・、パソコンを運んで来て欲しいなぁ・・・、と。

 ちなみに、私の走行ルートは、

 5/25~6/3、ベトナム北部、ハノイ、ハロン湾、サパ周辺。

 6/10~6/14、中国・雲南省、昆明市周辺

 6/18~7/5、中国・雲南省、大理、麗江周辺。

 です。雨季の雲南省に旅行をされる方は、あまりいないと思いますが、いらっしゃったらお知らせ下さい。

キュウさん一家への手紙 

5月15日

 ルアンパバーンではの~んびりと、ビールを飲んだり、手紙を書いたり、ビールを飲んだり、サウナに行ったり、ビールを飲んだりしています。

 手紙は、友人充てに絵葉書を5枚書きました。今日はこれから、お世話になった先生・先輩方に、報告の手紙を書くつもりです。

 それから、あと1枚、書きたい手紙が・・・

 もう4ヶ月前になりますか?1月末の旧正月(春節)を一緒に過ごした、中国・湖北省・宜城の『紅星旅社』のキュウさん一家に手紙を書きたいのです。
 スライドフィルムで撮っていた写真をバンコクで現像&プリントしました。中国に再入国してから送るつもりでしたが、それは、まだまだ1ヶ月も先のこと。早めに送った方が良いでしょう。

 しかし、彼らは英語をほとんど解さない。となると、私が中国語で頑張って書くしかない・・・。うぅ~ん・・・、ちょっと面倒。

 簡単な挨拶を添えて、写真を送ることにします。

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写真)キュウさんちの娘と、エンさんちの息子。

 キュウさん一家と過ごした春節のエピソードは、こちら
http://whereiskokoro.blog34.fc2.com/blog-entry-104.html
http://whereiskokoro.blog34.fc2.com/blog-entry-112.html

怪我の具合 

5月15日 ルアンパバーンに到着して5日目。

 11日のダウンヒルでの派手な転倒。奇跡的に擦り傷だけで済みましたが、心配している方もいるでしょう。その後の具合です。

 転倒して翌日に骨や筋の痛みがないか?入念に確認しましたが、全くありませんでした。問題なし!
 傷の方は、軽かった膝と肘は、すでに瘡蓋が取れかかっているぐらい早く治癒しています。一番大きな腰骨の傷も、乾ききっているので、問題はなさそうです。


 今後、雨のダウンヒルには、十分に気をつけます!!


写真)腰の傷の写真載せようと思ったけど、痛々しいから止めます。

目指せ!ルアンパバーン / 到着!! 

 5月11日、初めて体験する午前中のスコール・・・。雨はなかなか止みません・・・

 私が傷の消毒をしている間、パトリックは焚き火をおこそうと湿った枯葉と格闘しています。傷の処置が終わっても、まだ火は付いてない・・・。仕方ない、私の便利グッズを使おう!!MSRのガソリンバーナー(コンロ)を取り出して、セッティング!お湯を沸かして、コーヒータイムとなりました。
 雨は、1時間以上降り続き、12時頃、ようやく止みました。路面が乾くのまでは待っていられません。出発です。膝も肘も不思議なほど痛みませんが、腰骨の上の擦り傷は、サイクルパンツのゴム紐にあたる為、ちょっと痛みました。残りの3~4kmの下りは、慎重に、慎重に・・・

 標高差800m以上、長さにして23kmのダウンヒルを終えると、川が見えてきました。正しく、谷の底まで下ってきたわけです。川に掛かる端を渡ると、またすぐに上りになりました。これが3つ目の大きな峠でしょう。これを登り切れば!!・・・・あとは、ルアンパバーンまで上りはない!! はず・・・

 再び顔を出した太陽は、路面の水分を蒸発させ、むわ~っとした雨上がり独特の空気の中を走りました。

 のぼるのぼるのぼるのぼるのぼるのぼるのぼるのぼるのぼる
 まわすまわすまわすまわすまわすまわすまわすまわすまわす


 ただ・・・、坂を上る為に存在する生き物のようでした。何も考えず、ただ、上るのみ・・・。これを登り切れば・・・。もう大きな峠はない。

 再び標高が1000mを超えた頃、手元の水が底を付きました。朝、4ℓ買ってきたのに、なくなるのが早い。そういえば、傷の洗浄に沢山水を使いました。次の村で買うつもりでしたが、そういうときに限って、村が無い!!たまに集落を通過するものの、商店の影はない。こうなれば、相棒に分けてもらうしかありません。しかし、彼はずいぶん先を走っています。
 30分後、ようやく追いつきました。カラカラの喉で、「ミドゥをぐれぇ~」

 私がパトリックに追いついたのは、峠のてっぺんでした。ということは?これ以上登らなくて良いわけだ!!さぁ、今日3度目の長いダウンヒルです!!1回目と2回目は楽しかったダウンヒル・・・。転倒の恐怖から、3回目は、かなり慎重に下りました。時速は40kmぐらいに抑えて。
 下り初めて10分ほどで、再びスコールが降り始めました。大粒になる前に、急いで雨宿りできる場所を探そうとしましたが、いつまでも大粒にはならない。私たちは、雨雲の流れとは反対方向に進んでいたらしく、雲の薄い方へ薄い方へと走っていたのです。時速40kmで走り続け、雨雲を振り切りました。

 坂を下り終わると、見えてきましたよ~!!平らな大地!!

 大きな川に沿って、平らな土地が広がっています。川沿いのシェングーンの町で遅い昼食。町にはゲストハウスもあるようです。この時点での走行距離は、109km。地図の距離表示が間違っていたのです・・・。ということは、ルアンパバーンまでは、135kmってことです。

 パ「どうする?」
 心「あと25km・・・、山はもうないわけだろう?」
 パ「俺は行けるぞ!」
 心「よっし!!行きますか!!」

 行くとは言ったものの、さすがに疲れていたので、長めに休憩しました。ちょうど小雨が降っていたので、止むまで40~50分、のんびり休めました。さぁ!!ラスト・ラン!!

 最後の25kmは、ほぼ平らな道。時折、50mほどの坂がありましたが、800m登った後です、大したことありません。西日が強くなり、風景が赤く染まり始めた頃、『ルアンパバーン』の道路標識を見つけました。走りながら、ガッツポーズ!!更に5kmほどで、町の中心部に到着しました。

 パ「ヘイ!マ~ン!!俺たちゃ2日で走ったんだぜ!信じられるか!?」
 心「普通3~4日だよな?まさか、2日で走れるとはねぇ・・・」
 パ「ヴァンヴィエンにいたのが、何日も前のことに感じるよ。」
 心「確かに。この2日で1週間分ぐらい走った気がするよ。」

 日没前後、宿にチェックイン。熱々のシャワーを浴びて、ベッドに横になると、そのまま寝てしまいそうでした・・・。が、まだ寝る訳にはいきません。ビールを飲まなくては!!

 メコン川沿いの屋台で、鍋を突付きながらのビア・ラオ!

 ビールがうんま~い!!

目指せ!ルアンパバーン / 2日目の事故 

 5月11日、ヴァンヴィエン~ルアンパバーン山岳コース2日目。今日の目標は、90km地点のシェングーンという町。更に、行けるようなら、115km先のルアンパバーン!?

 無事、5時半に目覚まし時計に起こされました。昨日は、寝不足の上に厳しい走行だったので、簡単には目覚めないのではないかと心配でしたが・・・。隣の部屋のパトリックを起こす為、コンクリの壁をゴンゴン叩きます。壁の向こうで寝ぼけた声が聞こえる。OK、起きたらしい。

 6時15分ごろ、荷物のセッティングを終え、昨晩の食堂で朝食。メニューは全く同じスープ麺、でもこれが美味しいんです。腹ごしらえも終わり、水やバナナを買い込んで、いざ出発!!

 空は、どんより曇っています。空気も冷たい。このまま、気温が上がらず、かつ、雨も降らなかったら最高なのですが・・・、きっと雨は降るでしょう。
 宿を出て、100m程また上ると、長いダウンヒルに入りました。10km以上続く、長~い坂!!見通しの悪いところも多く、ある程度、スピードを抑えて下らねばなりません。とはいえ、簡単に時速50kmは出ます。上りは、パトリックが先行ですが、下りは私の方が早い。荷物が重いからです。

ウッヒャ~!!サァ~イコ~!!

 標高1300mから、800mまで下りました。下れば、次は上りです・・・。これから2つ目の大きな峠を上らねばなりません。昨日のドイツ人のおじさんの話によると、この2つ目の峠は、2番目に厳しい峠とのこと。しかし、その先に待っているダウンヒルは、この区間で最も楽しめる長い坂とのこと。それを期待して・・・

 上るんだ!昇るんだ!登るんだ!!
 回すんだ!回すんだ!回すんだ!!


 昨日、長い登りの苦しみを体が覚えたせいか、それほど辛い上りではありませんでした。2時間ぐらい苦しんだだけです。次第に、周囲の山々の頂が同じ高さに見え始め、標高も1100mまで戻ってきました。

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写真1)午前中は、体力も十分!快調に登る!

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写真2)午前10時の休憩。商品は、中国製とタイ製ばかり。冷えてないコーラと中国製ビスケットを食べる。

 坂を上り終えたところにある町で、ちょいと休憩。ここには、ゲストハウスもあり、観光客を乗せた長距離バスが休憩を取るようなカフェもある。しかし、敢えて、そのようなカフェには行きませんでした。一般の観光客の姿があったから・・・。たまに「頑張ってるねぇ!」とエールを送られるのは嬉しいのですが、バスの乗客数人、時には10人以上に、『自己紹介』『今日の走行』『旅の予定』などを話すのは疲れます・・・。町外れの商店の冷えてないコーラで我慢。

 山の尾根伝いに数km走ると、視界が開けてきました。どうやら、またダウンヒルが始まるようです!!20km以上続くという、この山岳コース最長のダウンヒルです!!

 曲がりくねった山道を下り始め、時速は30km、35km、40km、45km・・・、50km!!ちらちらと手元のサイクルコンピュータに目を落としつつ、前方の路面に神経を集中します。これだけスピードが出ていると、ちょっとした段差、小石でも転倒の原因にないますから。
 下り初めて2~3kmで、前方を走るパトリックが雄たけびを上げました。どうした?と思って、顔を上げると!!どこまでも続く山並みと、そこに刻まれた緩やかな長~い坂!!おぉ!!こりゃ長い!!

 ウワァ~オォ~!! ヒューッ!! ウォ~!! イェ~!!

 どこまでもどこまでも続く坂。見通しの良いところでは、ブレーキを入れず、時速58kmを記録。以前、時速60km以上を何度か記録していますが、60kmは出したくない、それは怖い。

 18km程下ったところで、ポツリポツリと顔を打つ水・・・。スコールです!ポツリポツリが、ポツポツとなり、あっという間に大粒の雨になりました・・・。やばい、減速しなければ・・・
 みるみる路面は水浸しになり、路肩に向かって流れる水が見てとれます。綺麗に舗装された道路は、水に濡れてツルツル光ってます。

 この時、時速は45km。急ブレーキを入れると、転倒は免れません・・・。少しずつ、少しずつ、ブレーキを入れながら、減速を試みました。後を走っていたパトリックは、上手いこと減速したようです。
 少しずつ、少しずつ・・・、と思っていたら、ぜんぜん減速していない!!むしろ、早くなってます。時速は50km!?

 で、気がつくと!?

 ガッシャ~!! ッズザザザザ~!!!

 あっ・・・、死んじゃう・・・。

 ・・・と思いましたが、不幸中の幸い!!ツルツルの路面を中央線に沿うように10mほど滑り、路肩に転げ出ることなく止まりました。
 慌てて立ち上がり、痛む箇所を確認。左ひざ、左の腰骨、左の肘。他は・・・、ない!奇跡的に、3ケ所を擦り剥いただけでした!

 パ「生きてるか?」
 心「あぁ、奇跡的に軽症だよ!」
 パ「危ないな・・・、どこか雨宿りしよう。」

 すでにずぶ濡れの私たちですが、危険な路面でのダウンヒルは一時中断して、雨宿りをすることにしました。1kmほど走ったところで、ちょうど良い小屋を発見!しばしの休憩。

 体と自転車を再度確認。やはり、擦り傷の他は、何も問題なしでした。不幸中の幸いです。

目指せ!ルアンパバーン / 初日の終わり 

 5月11日、昼の休憩以降、ひたすら続く上り坂と格闘していました。

 標高1100mを突破!しかし、先程すれ違ったサイクリストたちの話によると、この峠は1500m近いらしい・・・。実際、目の前の山を見上げてみれば、まだまだ先は長いことは一目瞭然。

 「しっかし・・・、パトリックのやつ、登るの早いなぁ・・・。俺が遅いのか??」

 私は、登りは苦手ではありません。どちらかと言うと好きなぐらいなんですが・・・。なにぶん!荷物が重すぎます!!この数日間で出会った6人のサイクリストたちと比べて、私は余計なモノを沢山運んでいるようです。

 あぁ・・・、不要なものは、バンコクにいる内に、日本に送っておけばよかった・・・。

 まぁ、今更言っても仕方ありません。考え方を変えてみました。これは、トレーニングなんだ! 標高5000mのチベットを走る為のトレーニング!!

 登って、上って、昇って、のぼって・・・

 午後5時!!ようやく峠の最高点が見えてきました。あと少し・・・。ちょうどその時、山道を下り降りてくる、沢山のバイク乗りとすれ違いました。1000cc以上の大型バイクばかり。日本人のような人も見えましたが、大半が欧米人。15人ぐらいの大きなグループでした。パトリックと、『バンコク在住の外国人ツーリング倶楽部みたいなものだろう』ということで落ち着きました。真相はわかりませんが。バイクは、楽そうだな・・・。でも、自転車の方が良いよな・・・。


 あと少し!!あと・・・、ん、あと!! ・・・ うぉっ・・・りゃ!!

 んあと~!! 3回!2回!1回、・・・もう1回!! もう1回!!

 ウォ~!!到着!! 

 一番高いところまで来ました。腕時計の標高は、1430m。正確かどうかは判りませんが、ヴァンヴィエンから1100m以上上ったことは確かです。

 さて、下りです。すでに、走行距離は100kmに迫ろうとしています。あと10kmぐらいで、今夜の宿泊予定地プークーンに到着するはずなんですが・・・? ちょっと空模様が気になります。真っ黒な雲が、近づいて来ていました。スコールが来ます。早く宿に着かなくては!

 下り初めてすぐに、家がポツポツと見え始めました。小さな商店も。もしかして、これがプークーン・・・?

 パ「ココロ!プークーンにゲストハウスがあるってのは、確かなのか?」
 心「えっ?多分だよ、多分!昔、聞いたことがあるだけだよ。」

 もしかして、宿もないような小さな町だったりして・・・。不安が頭印過ぎり始めた時、沢山の家々が見え始めました!!久々に見る、コンクリ性の建物も!こりゃ問題なく宿は見つかるはず。

 更に下り、国道13号線と国道7号線の分岐点に到着。ここが町の中心かな?ふと、肌に雨粒を感じました。あっ、降ってきた!!さぁ、急がなければ、すぐにでもバケツがひっくり返されます。
 自転車を停めて、キョロキョロしてたら、目の前にゲストハウスの看板を見つけました。良かった、すぐ見つかった。

 自転車を商店の奥に入れた途端!! ドッ!シャー!!

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写真)ギリギリセーフ!

 宿は、ベッドだけの簡素なつくり。共同トイレには、お湯シャワーはない。水浴びしようにも、水が冷たくって、浴びられない・・・。ここは、標高1200以上の山頂付近です。スコールの後は、気温も20℃近くまで下がりました。
 夕食は、近所の食堂で。疲れた顔した男が二人、食事にガッついていました・・・。今日は、ビールは要らないや、寒いから。

 パ「今日は、ラッキーだったなぁ・・・」
 心「あぁ、山賊さんも仕事しなかったし、スコールもギリギリセーフだった。」
 パ「明日はどうするよ?」
 心「朝・・・6時にメシ食って、用意出来次第出よう。」
 パ「どこまで走る?」
 心「そりゃぁ・・・、う~ん、ここまでかな?この90km地点にある町。ここに着いた時点で、まだ行けそうだったら、行ける所まで行こう。」
 パ「了解。今夜は良く眠れそうだ・・・。俺、目覚まし時計持ってないから、明日起こしてくれよな。」
 心「・・・がんばるよ。」


 はあぁ~・・・、長い、厳しい、一日でした。

目指せ!ルアンパバーン / 山賊!?とサイクリスト 

5月10日、午後1時15分。「日陰!日陰!ひぃかぁげぇ~!!」

 暑さの盛りです。昼食の村を出て、すぐに下りになりました。早く日陰に入って休みたいけど、せっかくダウンヒル(坂下り)になったんだし・・・、「谷底まで下ってから、休憩にしよう。」と相棒からの提案。勢い良く下り始めたと思ったら!僅か1km程でまた上りになりました・・・。「あぁ・・・木陰を探そう。」
 が、国道沿いの大きな樹木は、ほとんど伐採されていて、大きな日陰を作るものがありません。しかも、熱帯の太陽は、天空のど真ん中に昇っています。どの影も極端に短い。1kmほど走ると、大きな木が目に入りました。

 「パトリック!あれ!あそこで休もう!!」

 背も横幅も大きな木です。大きな影に喜んで入ったら!?先客が2人いる!!農作業中の地元民かな?まぁ、いいや、一緒に休ませてもらおう・・・、とにかくもう休みたい!!
 「サバィディー」と軽く挨拶を交わし、自転車を停め、木陰に倒れこみました。背中にあたる落ちた小枝や草のチクチクは、気にしてられません。今日は、ハンモックを張るのも面倒くさい。ふぁ~ぁ~・・・、しんどい!

 「へい・・・、ココロ?・・・あれ見たかい?」

 目を開けると、道路の真ん中に立っているパトリックが、向こうで座っている地元民をチラリと見ました。あれって?・・・あっ!!

 無言で座り込んでいる男たちの腕には、大きながあるではないですか・・・

 心「ははっ・・・、ありゃぁ猟銃だよ。このあたりは獲物が多いいんだよ、きっと」
 パ「獲物?何を狩るんだ・・・??」
 心「う~ん・・・、サイクリスト?」
 パ「まさか・・・、今日の仕事は山賊業ではないみたいだぞ。手に鎌を持ってる。」
 心「そうだろうよ。とにかく、心配しないで休もう。3時に出発だ。」
 パ「だな。3時に無事目覚めると良いけどな。彼らが鎌を使わないことを祈ってよう。」

 まさか、山賊なわけないでしょう。お互い悪い冗談が過ぎます。でも、一昔前までは、この山道に山賊が出ていたことは、良く知られています。近年では、取締りが徹底されているのか?山賊業に手を出す村人も減ったようです。心配しなくて大丈夫、そう自分に言い聞かせて、再び目を閉じました。

 「ヘイ!ココロ!? あれ見ろよ!!」

 おいおい、少し寝かせてくれよ・・・。と目を開けると、国道の北側を指差すパトリックの姿。その指の先には、サイクリスト!!
 1ヶ月の休暇でタイ・ラオスを走りに来たというドイツ人のおじさん。北から来た彼に、これから先の道について色々と質問。嬉しくない情報でしたが、ありがたい。「ルアンパバーンからここまで、大きな峠が3つ!私が今下ってきたのが、3つ目で、もっとも険しいやつだよ。」なるほど、これから私たちが上る坂は、3つで一番厳しいらしい。
 5分ほどの立ち話。また、思いがけないものを見ました!またもやサイクリスト!! どうも、このラオスという国は、サイクリストに大人気のようです。こんなに山が険しい国なのに・・・。
 長身の“4人目の男”は、1年かけてアジアを回るというベルギー人青年。彼からの情報も、あまり嬉しくないものでした。とにかく、この先が大変らしい・・・。

 南へ下る2人には、「これから先は楽だよ」とだけ伝えました。話してる内に、すっかり眠気もなくなったので、3時を待たずに出発することにしました。

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写真)幸い、空は曇り空

 情報通り、長い長~い上り坂になりました。標高は700mを超え、800、900、1000・・・、まだ先は長い。20km上りが続くんだそうです。相棒の姿は、とうに見えなくなってる。

 登れ!登れ!登れ!登れぇ~!!
 回せ!回せ!回せ!回せぇ~!!

目指せ!ルアンパバーン / 丘の上の村 

 5月10日、11時を回っても、私たちは止まりません!!

パ「ヘイ!マン!! 行けるとこまで、行こうぜ!!」
心「おう!目指すはプークーンだ!行くぞ、相棒!」

 いつもなら、『相棒』と呼ぶのは愛車の自右衛門号ですが、ラオス山岳ルートでの『相棒』は、ポーランド人のパトリック。独りで走る時の彼は、「午前中で走り終えて、午後は走らない。」という走行スタイ。しかし、この日は、私の「暑い時間は、木陰で昼寝でもしてやり過ごす」というスタイルに合わせてくれました。目標は、ヴァンヴィエンから105km地点のプークーンという町。

 ベン&シーナと別れた、カーシーの町からが地獄の山岳コースです。一般の観光客、つまりバスを使う旅行者にとっては、雄大な景色が楽しめるコース。ルアンパバーンまでに、1200~1500mの峠を3つ越えねばなりません。
 午前中は、曇りがちで、走りやすかったのですが・・・、正午を回り一気に気温が高くなってきました。坂がきつくなり、汗が滝のように流れ落ちます・・・。んあぁ・・・、暑い・・・

 坂の上り方は、サイクリストそれぞれ。ヒルクライム(坂上り)の時、私は、ペダルの回転数を落とさないよう、軽いギア(つまり、前が小さくて、後が大きいギア)でコンスタントに上り続けます。一方、パトリックは、重いギア(前が大きくて、後が小さい)のまま、立ち漕ぎで力の続く限り一気に上ります。更に、彼の荷物は、私のそれの3分の1程度しかありません。ヒルクライム時の2人のスピードには大きな差が生じて当然です。数キロに及ぶ坂道が続くと、前を走る彼の姿が見えなくなることもしばしば。

 強い日差しの中、上り登り昇り・・・。腕時計の気温計を見ると40℃!?1時間前まで35℃だったのに。雲がなくなった空からは、強烈な陽光が降り注いでいます。相棒はずいぶん先を上っていて、見えない・・・「あぁ・・・、どっかで止まっててくれないかなぁ・・・、こりゃ休憩が必要だぞ。」700mぐらいの丘の上に到着すると村がありました。入り口付近で、彼は待ってました。
 パ「こころ!俺たちには休憩が必要だと思わないかい?」
 心「誰がそれを疑うんだよ。休もう、それに昼食も取らなきゃ・・・」

 さて、昼食といっても、この小さな村には食堂らしきものが見当たらない。国道沿いに並ぶ木造の家屋は皆同じに見えます。商店らしき家を2~3件覗きますが、空振り。売っているのは、お菓子と雑貨だけ。4件目でようやく食堂を発見!!ココナッツスープの素麺みたいな料理しかありませんが、幸いにして、私の大好物!「おばちゃん!大盛り2人前ちょうだい!」
 料理を待っている間に、村人に囲まれました。誰か質問をしてくるわけでもなく、ちょっと離れたところから、静かに私たちを見ています・・・。「サバィディー!!」と挨拶すると、小さな声で返ってくるだけ。

パ「変な村だなぁ。きっとここの村の人は外国人との接したことがないんだよ。」
心「そりゃないんじゃない?これだけ観光客(を乗せたバス)が通るんだぜ?中にはここで停まる連中もいるだろうよ。・・・んん、でも、確かに、今までの村とは雰囲気が違うねぇ・・・。」

 何が違うのかというろ、これまでの通過してきた村々に比べて、見るからに『貧しい』のです。彼らの家、身なりがそれを物語っています。何をするでもなく、じ~っと、時にはニコニコしながら、私たちを見ているばかり・・・。

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写真)村のこどもたち

 パ「貧しいところだなぁ・・・」
 心「そうだね。どんな生活してるんだろう・・・、やっぱり農業かな?」
 パ「そりゃそうだろう。山の斜面や谷底に畑を見なかったのか?」
 心「そういえば、あるね。凄い斜面に畑らしいのが。」

 疲れていなければ、こちらから友好的に話しかけて、交流を図るのですが、今日はその気力なし。多分、私たちの疲れた顔をしていたから、彼らも話しかけにくかったのでしょう。笑顔で接すれば、笑顔が返ってくる人々のはずです。

 パ「出よう。ここで昼寝するのは、なんとも居心地が悪い。」
 心「OK!どこか村はずれで休もう。」

 疲れてるんです。誰にも邪魔されないところで、休みたい。 午後1時、気温は38℃

目指せ!ルアンパバーン / 出発!! 

 5月10日、ヴァンヴィエンから、ラオスの古都・ルアンパバーンへ向けて出発!!

 ヴァンヴィエンには、4人のサイクリストがいました。私と、ベン&シーナ、そして、パトリック。一度4人で集まり、それぞれに持っている情報の交換をしました。ここから先の山道は『かなり険しい』というのが、全員が持っていた情報。

 険しい山道です。一昔前のような『山賊』の心配は少なくなりましたが、それでも独りは心細い・・・。そこで、パトリックと一緒に走ることにしました。ヴァンヴィエン手前から30km一緒に走ってきているので、彼の走行スタイルは知っています。良いタイミングでパートナーを見つけました。


 さて、出発の朝。『5時起床、5時半出発』の予定でしたが・・・。私が起きたのは6時10分!?「うっわ~・・・、やっちまった!」慌てて隣のバンガローのパトリックのところに行ったら、彼はまだ寝てる・・・。で、荷物をまとめて、前日に買っておいたフランスパン&バナナを食べ、7時20分に出発!!
 いつもより早い出発時間ですが、この日の目標は、107km先のプークーン。手前に大きな峠が1つあり、ぐずぐずしていたら、その峠の途中で日が暮れてしまいます。

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写真1)朝の清々しい空気の中を走る。

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写真2)ちょっと風が強いので・・・

 走り始めてすぐ、向かい風が強いことを知りました。しかし、2人で走っているので、大丈夫!風除けのシールド役を交互にこなしながら、風に体力を奪われないように走ることができます。途中、走行速度23~4kmのちょうど良いシールドを発見!!トラクターです。後ろにピッタリ付いて、5~6km走りました。

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写真3)山道開始!!

 午前9時頃には風は止みましたが、快適な走りはできません。徐々に上り下りが激しくなってきたのです・・・。私の腕時計には標高計&温度計が付いています。時折時計を見ながらの走行。標高差200~500mの坂を上っては下り、登っては降り・・・。気温は33℃まで上がりました。

 「ところで、ココロ? 他の2人はどうしてるんだろうな?」「ん?ベンとシーナのこと?彼らだったら、俺たちより先を走ってるはずだよ。彼らは寝坊しないだろうから。」なんて会話をしていたら・・・

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写真4)午前10時半、ベン&シーナに追いつく。

 国道沿いの食堂で、早い昼食を取っていたベン&シーナを見つけました。私たちも、ちょっと休憩。20分ほどして、4人揃って走り始めました。
 国道沿いの民家からは、いつものように「サバィディー!!」の声。老若男女問わず、多くの地元民が挨拶してくれます。特に子供たちにとって、たまに通る外国人は面白くて堪らないのでしょう。挨拶というより『叫び』です。4人で走っているので、子供たちの叫びっぷり(興奮ぶり)も殊更です。

 午前11時、55km程走ったところで、カーシーという町に到着。ゲストハウスもある比較的大きな町(といっても、村より少し大きいだけ)です。ベン&シーナの走行は、ここで終わり。ルアンパバーンで会う約束をして、2人と別れました。私とパトリックは、『行けるところまで行く!』と意志を確認し合い、暑い日中も走り続けることに。

○○の子 

ラオス北部、ヴァンヴィエン近くの市場で、○○の子が売られているのを見付けました。

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写真)○○の子

 たけの子 と はちの子

 竹の子、食べたいのですが・・・、あれを買っても灰汁抜きできないし・・・。

 蜂の子、日本では食べたことありますが、ここのはちょっと・・・。チャンスがあったら食べてみようとは思いますが・・・
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