スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

香港の夜景 

 今回の香港滞在、6年ぶりでした。そして、過去6回の滞在の中で、最長記録となる10泊でした。

 学生時代、福岡やバンコクを基点に旅行をしてきた私は、キャセイパシフィック航空(香港基点)や中華航空(台北&香港基点)を利用することが多く、香港を経由する時は、毎回ストップオーバーしていました。

 今回の香港滞在は、観光らしい観光もせず、のんびり(忙しく?)自転車の整備や、自分の体調回復に時間を費やしました。九龍半島から、香港島に渡ったのは、2回のみ。それも、行ったのは、図書館のみです。香港島・中環の図書館で、インターネットが無料で使えるから。

 『勝手知ったる街』なんて言ったら、顰蹙買うかもしれませんが、『ガイドブック見なくても困らない街』であることは確かです。2~3度目の訪問以来、香港でガイドブックを見た記憶はありませんでした。が、今回、日本から来ていた旅行者に、最新のガイドブックを見せて頂きました。

 いや~・・・、色々できてるんですねぇ~  ディズニーランドは知ってましたが、なにやら、新しいものが沢山載っていました。

 香港島からの帰り、ふと振り返った香港島の高層ビル群・・・。あれ!?なんか、高くなってない!?以前は、目立っていた『HSBC』とか『中国銀行』とかのビルが、すっかり埋もれてしまっています・・・。気のせい?かなぁ・・・。


写真)なんか、ビルが高くなってない・・・?
スポンサーサイト

今日も日が沈む・・・ 

 もうすぐ、旅立ちから90日が経ちます。12月3日に出発して、冬の短い太陽の下を走り続けてきました。

 12月22日の冬至の日、中国・秦皇島を出発。年間で一番せっかちな太陽は、16時45分には、地平線の霞の中に消えてました。あの頃は、17時半には真っ暗になってましたっけ・・・。

 あれから、50日が経過した、2月13日の夕暮れです。

20061222033642.jpg
写真)日没後の空

 この日は霞もなく、ほど良く雲が出ていたので、きっと素晴らしい夕景が見れるだろう、と期待していました。しかし、残念なことに、日没前後、道が深い谷間に入ってしまい、太陽を見送ることはできませんでした。

 ようやく西の空を眺められるところに出たら、夕焼けも終わりかけていました。この写真を撮ったのは、19時05分です。
 中国を走り始めた頃と比べると、1日の走行可能時間が2時間ぐらい増えたことになります。朝も早いわけですから。


 南下していることを差し引いても、日々太陽が力強くなっていることを感じます。この数年、いや、十数年、いや、もしかしたら、生まれて初めてかもしれませんね。こんなに太陽を身近に感じているのは。

 これから、ドンドン太陽が元気になりますねぇ~!!

 太陽さん、あんまり苛めないで下さいね

日中友好の旗 

おそらく、これから展開する文章には賛否両論あるでしょう。ちょっと長い文章になりますが、書かせて頂きます。


 今、私の自転車、自右衛門号は、『日の丸』を掲げて中国大陸を走っています。


写真)西安・西門前にて 1月20日

 西安滞在中、旗やワッペンを作っているお店に行って、日本の日の丸と、中国の国旗を買ってきました。小さなものですが、2枚合わせて10元(=150円)も取られました。内訳は、日の丸9元+中国国旗1元。本当ですよ。ふっかけられているのは、わかってましたが、買いもしない他国の国旗を沢山出してもらって、店内を荒らしまくった末の買い物だったので、10元払いました。

 『日の丸』は、中国人にとって、憎悪の対象でしょう。これを『反日感情』と言ってしまえば、それまでですが、この感覚はある意味、刷り込まれたモノだと私は思います。だって、毎日、抗日戦争期のドラマがテレビでやってて、日の丸掲げた極悪日本兵が、中国人と戦っているんですよ。日の丸=日本兵=悪者=日本人?

 旗を自転車に取り付ける際、日の丸だけを掲げて走るのには、さすがに抵抗がありました。だから、隣に中国の旗も付けたのです。『日中友好の旗』ってなわけです。

 旗を取り付けてから1ヶ月、2500km以上を走りました。毎日多くの地元民と接し、その何倍もの人々が、通り過ぎていく私を凝視しています。この1ヶ月、『日の丸』が原因と思われるトラブルは全くありませんでした。小泉首相が靖国に参拝してようとも、麻生外相が中国を刺激しようとも、私の周りには、何の変化もありません。

 『日の丸』なんか掲げてるから、「ばかやろう!」なんて言われるじゃないの?という意見もあるでしょう。確かに、そうかもしれませんね。でも、掲げていても掲げてなくても、私が日本人であることに変わりはないわけですから、「ばかやろう!」と言われることには変わりありません。彼らは、「日本人か?俺、日本語知ってるぜ!ばかやろう!だろ?」という風に思考を展開しているのです。「日本人か?俺はお前らが憎いんだ!出て行け!このバカヤロウ!」という感情ではないのですよ。だいたい、『バカヤロウ』という言葉の意味すら、よくわかってないのですから。漠然と、罵倒語だとは知ってますけど。


 中国人の反日感情というものは、正直なところ、私にはあまり感じることができません。自転車で現れるおかしな日本人に、土地の人は皆、優しく接してくれます。反日感情には、歴史的な深い根がありますが、普段の暮らしの中で、それが表出することはあまりないのだと思います。
 昨年でしたっけ?日本のメディアでは、中国での反日デモが大きく取り上げられましたよね。あの時期、多くの旅行者が中国行きを取りやめました。もし、私があの時に今のような旅行をしていたら?どうだったでしょう。デモ隊の前を通ったら、殴られるでしょうけど、田舎を走っている分には、問題なかったんじゃないでしょうか。

 中央政府の政策とリンクしている(のであろう)『反日感情を刷り込むマスメディア』と、情報化社会によって『一気に広まる扇動』が、昨年のような大きな反日デモの原因なんじゃないですかね。

 一概に、『反日感情』という言葉で片付けてしまうのは、私はあまり賛成できません。もっと、中国の人々と接してみて、実際どのような感情を持っているのかを知りたいなぁ、と思う今日この頃です。


 最後に、また言っておきますが、私は日中戦争前後の両国の歴史について、知識を蓄えた上でこんな文章を書いているつもりです。

丹江湖の怪物 

 中国には、きっと、『ネッシー』みたいな未確認生物がいると思うんです。険しい山岳地帯や、仙人が住んでいそうな霧深い山里が沢山ありますから・・・

1月22日、湖北省西部の人口湖、丹江湖の湖岸を走行していると、湖面の怪しい影を捉えました!!


写真1)バチャバチャと水を跳ね上げています。魚?にしては、大きいぞ?なんだ?なんだ??

 土埃と汗で汚れたサングラスを拭き、もう一度目を凝らして見てみると・・・


    あっ!!


写真2)な~んだ・・・

 なんと!小さな箱のようなものに跨り、両手で水をかきながら、対岸へ渡ろうとしている『おじさん』でした。

 しっかし・・・、器用なもんですねぇ・・・。転覆しないのかなぁ・・・

これも、中国ですから 

2005年12月23日に見かけた道路標識です。


写真)北京まであと227km!!1日半~2日の距離です。

 中国の国道や省道では、たまにこのような標識が出ています。主要都市・町までの距離が出ていて、とても有難いものです。でも、これを鵜呑みにしていると、辛い思いをすることがあります。

 この日、私は、227kmの標識を目にして、「オッシャ!!北京は近いぞ!」と、まぁ、近くはないんですけど、明確な数字が出てると、気合が入るものです。ペダルにも力が入ります。
 標識を見たあと、ハイスピードをキープしたまま、20km程を走りました。北京まではあと207kmぐらいのはずです。しかし、その207km地点で目にした標識には、『北京215km』と出ています。

 えっ??真っ直ぐ20km走ってきたのに、12kmしか進んでないと!?

 こんなことはよくあります。中国ですから。中国では、あまり正確な距離を出さなくても、大した問題ではありません。広大な国ですからね。

 夕方、『○○町まで20km』みたいな標識を目にして、「あと20kmか・・・、いける!頑張るぞ!」と、疲れた体に鞭打って走ることがあります。でも、20km走っても町なんてないんですよね・・・。更に5~6km走ってようやく町に到着・・・。元気なときは、数キロの誤差なんて気にならないんですけど、疲労困憊している時は、しんどいです・・・。

 ま、これが中国のおおらかなところです。別に、気にしなければ気にしなくても良いのです。最近の私、徐々に中国的距離感覚になりつつあります。

 

中国ですから 

1月25日、道教の聖地・武当山で見かけた標識です。


写真)東天門

 聖山の参道にある東天門の案内標識。この標識を見て、とてもこの東天門に興味が湧きました!!だって・・・

 『東』なのに、Northern Hevenly Gate (北の天国の門)なんですよ・・・

 険しい山道を登り続けてきたので、体はクタクタ、膝も笑ってます。顔もちょっぴり笑ってしまいました。そうか、これは、疲れている巡礼者に笑顔を与える為の演出なのかも・・・?

 そんなわけないですよね。何も意図はありません。理由は、「中国だから。」中国では、あちこちで間違った英語の案内を目にします。

そりゃぁ、やりすぎでしょう・・・  

 この旧正月は、各地でけたたましい爆竹が鳴らされていました。

 近年、爆竹は規制傾向にあったとのことですが、爆竹の消費量は増える一方なのだそうです。都市化が進む都会では、安全上の理由から、爆竹を鳴らしてはいけないエリアがあったりしますが、田舎は凄いことになっています・・・。

 都市部と農村の経済格差は大きなものがありますが、それでも農村もボチボチ豊かになっているのです。

 2月2日、田舎の村に似つかわしくない今風の邸宅の前を通過しました。

写真1)これ、何やってるんだと思いますか??

 このお屋敷の主は、成金さんなのでしょうね。ド派手に爆竹を鳴らしていました。彼が用意した爆竹は、なんと!!50メートル!!
 写真を見て下さい。手前、道路の脇を左右に走る赤い線が爆竹の束です。実は、右側の画面の外におじさんがいて、火を付けようとしています。長~く延びた爆竹の束は、写真左隅で、折り返し、蛇行させながら、玄関先まで続いています。

 おいおい・・・、そりゃぁ、やりすぎでしょう・・・

 点火!!パパパパパパパパッパン!パンッ!!と聞きなれた爆竹の炸裂音が。こんなに大量に用意したのに、一列に繋げてあるから、音はそんなに大したことない・・・。ただ、いつまで経っても鳴り止みませんが。2~3分して、やってる本人も飽きてきたのか、別のところにも火を付け始めました。3~4箇所で爆竹が炸裂し、『けたたましさ』が一気に増しました。これには屋敷の主もご満悦。

 ・・・うるさいよ。来年は30メートルぐらいにしといたら??


 通常の家庭では、2~3メートルぐらいが普通です。


写真2)爆竹屋さん。このように、ロール状で売られていることもあります。「2mちょうだい!」とか言って買います。

香港10日目 

2月27日

 気がつけば、もう香港10日目。日本の友人に電話したら、「えっ?まだ香港いたの?」って・・・。そうです、まだ香港なんです。

 ボケーッとしていた訳ではないですよ。バックパッカー用語で言うところの「沈没」でもありません。これでも忙しくしてたんです。

 自転車の整備には、3日間かかりました。一気にやれば、2日でできたのかもしれませんが、集中力が続かないので、これが限界です。1日8時間ぐらい作業してましたかね。すべてのパーツを取り外して、きれいに汚れを取って、油を差して、消耗しているパーツは自転車屋さんに買いに行って・・・。

 週末は、こちらの友達と遊んでいました。福岡に語学留学していた関さん(女性、バイト先の友達です)とその家族、友人たちと食事をしたり、買い物に付き合ってもらったり。

 宿では、日本から届いた書類に目を通したり、冬物の装備と夏物の装備を入れ替えたり、キャンプ用品の手入れをしたり、手紙を書いたり、連載の原稿書いたり。


 ほら、ね??忙しそうでしょう??もう何度も来ている街とはいえ、全く観光らしい観光はしていません・・・。私にとって、ここは『勝手知ったる街』、のんびりリラックスをするところです。体勢も整い、美味しいモノも沢山食べたので、明日には、香港を出て、マカオ、そして、中国本土に入ります。

 ブログのエントリーですが、あまり時間を取れませんでした。これからまた移動が増えるので、一気に沢山書き込むことはありませんが、ボチボチ書き込んでいきますので、あまり期待せずに、でも期待して見て下さい。


 今日の香港、ちょっと肌寒いけど、これから最後の町歩きに行ってきます!!

 

西日本新聞 『地球みちばた見聞録』 

これまた訂正です。

 西日本新聞で連載中の『地球みちばた見聞録』の連載日についてのお知らせです。

 2月と3月の掲載予定日を誤った日付でお伝えしていました。わざわざ新聞買いに行ってくれた方、申し訳ございませんでした。

 原稿書いてる本人も掲載日を勘違いしていて、今日になって、勘違いに気がつきました。日付感覚が麻痺し始めてますね、いかんいかん。

 第4回の掲載は、明日2月28日です。

 第5回は、3月14日。第6回は、3月28日。第7回は、4月11日です。面白い原稿書けるように頑張りまっす。

ワールドJOINT倶楽部ホームページ 

ひとつ前の書き込みの訂正です。

 『ワールドJOINT倶楽部』さんでの、私の連載『心の旅』ですが、冊子を手に入れることができない方は、ホームページから紙面を見れます。

 九州以外の地域にお住まいの方、九州だけど冊子が手に入らなかった方は、こちらから見て下さい。
→ http://www.worldjc.com/wjc/download/download.html

 
“伊東心の『心の旅』”です。次回は、4月20日です。

『ワールドジョイント倶楽部』読んで! 

お知らせです。

フリーペーパーの『ワールドJOINT倶楽部』さんで、私の連載が始まりました。連載タイトルは、『心の旅』です。このブログと同じタイトルですよ。私の写真展やスライドショーもいつもこのタイトル。お気に入りのタイトルで連載させて頂くこととなりました。

 さて、この『ワールドJOINT倶楽部』ですが、九州以外の地域にお住まいの方は、少し入手が困難かと思いますが・・・、九州にお住まいの方は、ぜひ手に入れて下さい。設置店は、こちら→http://www.worldjc.com/wjc/をご覧下さい。

 このフリーペーパーは、偶数月の20日発刊です。すでに、手に取られた方もいらっしゃるかも知れませんね。とても、素敵にページを作って頂いて、恐縮している私です。

 読んで下さいね~

 

雪上の走行 

 2月も下旬、香港まで南下したこともあり、今の私は、雪とは無縁の世界にいます。

 思い起こすと、この冬は、[雪の冬]でした。福岡育ちの私にとって、人生で一番雪の多かった冬だと思います。

 ところで、雪が積もっている中を自転車で走ったことってありますか?? 北国の人は、当たり前のように走っているのかもしれませんが、福岡人には、危険な行為です。年に1-2回雪が積もる福岡、無理して雪の上を走り、タイヤを取られ、スリップ!転倒!!あいたたた....。ってな人をよく目にします。

 さて、中国の私ですが。意外や意外!! 雪の上で転倒したのって、2回だけなんですよね。1000km以上、雪の路肩を走っていても、たった2回なんですよ!!(ちなみに、韓国でも2回転倒しているので、この冬で4回ってことですね。)
 転倒したのは、いずれも、路肩にできた氷のコブにハンドルを取られた時です。雪の上を走っている時は、走行に支障はあまりありません。中国北部の雪って、小麦粉みたいにサラサラ、パサパサしているんです。水気の多い日本の雪しか知らない私には、意外な発見でした。
 「へぇー!! 案外、快適に走れるったいね...」

 とはいえ、油断はできませんよ。急ハンドルを切れば、転倒しますし、急ブレーキを入れれば、スリップします。そのことを頭に入れて、無理なく走っていれば、転倒することはありません。

 2006年1月20日前後、西安で降った雪は、湿気が多く、シャーベット状のものでした。やはり、パウダースノーは、気温が低くて乾燥している北部だけのもののようです。

 2月9日、降るはずもないと思っていた湖南省で、夜の内に雪が積りこましたが、日の出と共に溶け始め、昼過ぎには全てなくなりました。これが今年最後の雪上走行となりました。


 次の冬には、どんな雪の上を走っているんでしょうね。楽しみです。


写真)1月4日、河南省/安陽にて。これは、転倒したわけではなくて、自転車にスタンドがないから、倒しているだけです。

英語が村にやってきた!! 

 中国の田舎では、かなり英語の通用度が低く、土地の人たちとのコミュニケーションには、私の拙い中国語を駆使するほか、方法はありません。

 ま、英語の通用度は、日本も同じようなものだと思いますが...。

 中国の子供たちが英語を学び始めるのは、日本よりも早く、小学校4年生からと聞きました。日本より1-2年早いわけです。一度、宿のオーナーの娘さん(13才)の英語の宿題を手伝ったことがありますが、問題のレベルは日本とあまり変わりませんでしたね。決して、英語教育が進んでいないわけではありません。

 では、英語はいったいどこで使われているのでしょう... ?

 この旧正月、思いがけない出来事が立て続けに起こりました。外国人なんて滅多に訪れないであろう、田舎の小さな町。いつも通り、私は怪しいオーラを出しながら、自転車を走らせています。たまに呼び止められても、土地の人は、いつも通り中国語で質問をしてきます。
 Q:「あんた、どっから来たんだい?」
 A:「私は日本人です。自転車で日本から来ました。」

 そう、これが[いつも通り]の会話。


 彼は、唐突に話しかけてきました。

Q:「Hi! where do you come from ? Are you Japanese??(やぁ! どっから来たんですか? 日本人ですか?)」
A:「Yes,I came from Japan ... Nnnnn?? You speak English!! Wow...(はい、日本からきました。...ん?? 君、英語話すんだ!! ワァォ...)」

A:「どこに行くんだい? 何か判らないことあったら、お手伝いしますよ。」
Q:「えぇっと、○○に行くんだけど、大丈夫です。道は解るよ、ありがとう。」

 とても流暢な英語。[いやぁー、こんな田舎にも英語が達者な人がいるんだなぁ...]、と感心してしまいました。

 でも、毎日のように、彼みたいな英語話者に出会うようになって、その理由がわかりました。彼らは、正月休みで都会から帰省中の人達だったのです。大学生や、都市部のサラリーマン、ビジネスマンといったことろでしょうか。そういえば、着ている服もどこか垢抜けています。

 英語を話せるような優秀な人は、都会に出て帰ってこないという話を聞いたことがあります。なるほど、田舎で、いつまで経っても英語が通じないわけです。

 英語(話者)が村にやってきた!! 満足な会話ができて、私も嬉しい。都会で暮らす娘/息子が久しぶりに帰ってきて、家族も嬉しい。そんな中国のお正月でした。

傷だらけの侍 

2月21日

 今日は、一日、自転車の整備をして過ごしました。宿から外出したのは、食事を買いに行った時だけ。昼前から、8時間以上かけて自転車を解体してメンテナンスしていました。

 まだ、半分も終わっていませんが、思っていた以上に痛んでいるところが多く、香港で部品の交換が必要です。

 自右衛門・・・、ごめんね。もっとマメにメンテナンスしてれば、こんなに傷だらけになることはなかったのにね・・・

 明日もメンテナンスの一日になりそうです。

九龍に引っ越しました。 

 2月20日、香港・沙田にある友人宅から、九龍のホステルに引っ越してきました。

 沙田のある香港北部『新界』と呼ばれる地域は、緑も多く、比較的新しい高層マンションが立ち並ぶ、ベッドタウン。新界では、サイクリングトレイルがあったり、歩道が広かったりと、重い自転車でも快適に走れたのですが・・・、ネオン煌びやかな、この『九龍』はまともに走れたもんじゃありません!!

 歩道が途切れ途切れの、新界~九龍間の山道をなんとか越え、人と車でごった返す夕方の九龍をビクビクしながら走ってきました。宿に到着して、お世話になっていた友人・関さんに報告の電話「なんとか無事にホステルに着きました・・・。もう二度とあの道は走りたくないですね。」

 でも、九龍に来ると『おぉ!!香港に来たぞ!!』という感じがして、良いですね!!

元宵節のイベント 

 『元宵節』ですが、団子(元宵)を食べるだけのお祭りではありません。空を舞う精霊を精霊を見やすくする為に、ランタンを燈すので、『ランタン祭り』とも呼ばれています。

 2月11日(旧暦1月15日)『元宵節』自転車で通り過ぎた村々で見かけたイベントを一気に紹介します。


写真1)
 これは、午前10時頃に通過した、小さな村での光景。太鼓の音に合わせて、子供たちが籠の付いた竿を振り回しています・・・。何だろう?と近寄ってみると、あっ!『龍舞い』(?と呼ぶのかな?ドラゴンダンス?)の練習だ!
 籠と籠は、赤い紐で結ばれており、ひと繋ぎの「龍の体」になっています。本番では、本番用の龍が用意されるのでしょう。厳しい指導員のおじさんがギャーギャー言ってます。子供たちは、一生懸命、龍の体が縺れないように、右に寄ったり、左に寄ったり、ジャンプしたり、と忙しそう。私の存在が、彼らの集中力の妨げになっていたので、長いはせず、その場を去りました。


写真2)
 夕方4時頃に通過した村の光景。龍が一般の家庭を訪れ、厄払いというか、お祝いの舞いというか、とにかく派手に舞っています。
 太鼓やシンバル、笛などの楽器の演奏が龍を更に元気に躍らせていました。爆竹も鳴り響き、龍の訪問を受けた家庭では、龍の為(?)のお供え物も用意されていました。20分ぐらいだったでしょうか、一通りの儀式が終わると、龍と人々は、次の家に向かっていきました。


写真3)
 どうやら、すべての家庭を訪問するわけではなさそうです。おそらくお布施とかもあるのでしょう。訪問を受けるのは、比較的大きな家が多かったように感じました。



写真4)
 夕方5時に通過した村での光景。移動劇団の京劇を観劇する村人たちです。村の有志で、劇団を呼んだのだそうです。お祭りですからね。このような街角京劇は、以前にも何回か見ました。役者が何を言っているのか、さっぱりでしたが、楽しそうに見ている人々を見ていると、なんだか面白そうな劇に見えてきました。

20061222040031.jpg
写真5)
 観客です。なんだか、楽しそう。観劇の後は、奥様有志で作った鍋が振舞われる予定なんだとか。残念ながら、私は食事開始まで留まることができませんでした。


 ランタン祭り、肝心のランタンの写真がないんですよね・・・。2月10~15日ぐらいの間、各村・町・街で、ランタンが灯っていました。大都会に行けば、凄いランタン行列が見れたのかもしれませんが、田舎町では簡素なモノばかりでしたね。それもまた味があって良かったです。

元宵節 の団子 

 『元宵節』というのをご存知だろうか?『ランタン祭り』と言ったら、ピンとくるかな?

どんなものかと言うと・・・

「元宵節」は旧暦の1月15日で、天の精霊が空を飛ぶのを見ることができると信じられてきました。この夜、雲や霧がでていても精霊を見つけやすいように提灯(ランタン)をともして町を練り歩くお祭りが始まったといわれています。
 また、元宵節にはstrong>「元宵」と名づけた団子を食べる風習があり、この団子は一家団らん・一家の幸せを象徴するもので、元宵節には欠かせない食べ物です。


 以上、長崎市のホームページhttp://www.nagasaki-lantern.com/index_2.htmlからコピーしてきました。


今年の旧暦1月15日は、2月の11日でした。

 春節ムードが次第に薄くなり、人々の生活も日常に戻りつつあった2月9日、自転車で通り過ぎる町々で、奇妙なモノを見かけるようになりました。これまで全く見なかった『団子』を売る店が急に出現したのです。

RIMG0081.jpg
写真1)これがそう。

 なんとなく通り過ごしていましたが、翌10日、思い切って買ってみることにしました。よくよく見ると『元宵』と書いています。「あっ、元宵か!!」何かで聞いたことがありました。旧正月が終わると、団子を食べるお祭りがある、と。
 小麦粉で、髪の毛まで真っ白の店員さんに、お勧めの味を聞いて、『桂花元宵』なるものを買いました。1斤(=500g)で4元(約60円)。商店街にあった露天の前には、私の自転車を見つけた人々が早くも人垣を作っていました。
 地元の人々に自己紹介をして、いつもの質疑応答。ふと、話が私の手にある元宵に変わりました。「何味を買ったんだ?」みたいなことを聞かれ、「桂花元宵」と答えると、目の前のおじさんが、団子を口に運ぶ仕草をして「美味しいよ」みたいなことを言っています。2度3度と繰り返すので・・・・、『もしかして、今、食べてみろって言ってんのかな??』と。
 袋から出して、ヒョイっと口に投げ込むと。一同大爆笑!!20~30人の笑いの渦の中心にいる私は、口の中に広がる『小麦粉の味』に思わず、別のビニル袋に吐き出してしまいました。それで、更に大きな爆笑の渦!!

 当たり前です。この『元宵』は、茹でて食べる団子なのです。店で売っているのは、具(タネ)をたっぷりの小麦粉で包んだ、茹でる前のモノなのです。

 いやいや・・・、喜んでもらえて良かった・・・。体を張ったギャグがウケて良かった・・・。(負け惜しみ)


 その夜、宿で、ガソリンコンロと鍋を引っ張り出し、お料理に取り掛かりました。「白玉団子」の要領で、熱湯に入れた団子が浮いてきたら、それを鍋から出して、水に漬けます。

RIMG0094.jpg
写真2)夜の部屋に響く、ガソリンバーナーの音。シュゴゴゴゴゴー!!


写真3)これが茹でる前の団子。

 茹で上がった団子を20個並べて、一気に貪ります。中味は、甘いシロップと生姜を練りこんだ具でした。ちょっと、生姜辛い・・・。初めの5~6個は美味しかったのですが・・・、あとの15個は、時間を掛けてゆっくり(無理して)食べました。

 一家団欒を象徴するという『元宵節』の団子。やっぱり、独りで食べては、美味しくないんですかね。

青ぉコォーナー!! 

 青ぉコォーナー!! 168cm!140パァウンドォー!! イトォー!! コォコォロォー!!!


 プロレスって好きですか??

 私は、たまーに...、たまぁーに、テレビで視てました。視る度に、選手の体重を[パウンド]で言うのはなんでだろう?? そもそも、230パウンドって何キロ?? とか疑問に思っていましたが、結局今まで1度も、その疑問に答えを出してはいませんでした。

 2月19日、香港の友人/関(Kwan)さんとショッピングモールを歩いていたら、なぜか写真屋の店頭に体重計が...

「あっ!! 体重計りましょう!」

 体系や体重の変化を自分で把握しておかないとね、体が資本ですから。日本を出た時が、73kgでした。6週間後の1月14日には、65kgまで減っていましたが... ( 詳しくは、こちらを読んで下さい http://whereiskokoro.blog34.fc2.com/blog-entry-78.html)

 1ドルコイン2枚(2香港ドル=30円)を投入して、スタート!! 目盛りは...、145に届くか届かないかのところで止まりました。えっ!?145kg!!??

 そんな訳ありません。この体重計は、パウンド表示だったのです。
「関さん、これって何kgか解りますか??」
「2.2で割るといいですよ。」
「えぇーと?? 靴とか服もあるから、140から割りましょうか...。ん...ん?? 暗算できない(笑)」

 まぁ、だいたいですけど、今は63kgぐらいです。前回の測定から5週間で2kgの減量です。多分、見た目はもっと細いですけど、高密度の自転車筋が重たいのでしょう。過去の経験からも、これくらいの体重の時が、一番体が充実しています。体重減は、そろそろ止まるのではないでしょうか。

 健康体なので、皆さん心配しないで下さいね。

香港到着!! 

 2月18日。泥水を浴びたり、バスにおいていかれたり、白バイに止めたれたり、まぁ、いろいろありながらも、無事に香港入りしました。

 中国に比べると物価が高くて、セブンイレブンに入るのにも、ドキドキおどおどしていますが、何度も訪れている[勝手知ったる街]なので、落ち着きますね。今は、香港の友達の家にお世話になっています。

 ここでは1週間ぐらい、のんびりとブログのエントリーして、自転車の整備して、今後の旅の計画を練って、体勢を整えてから再び中国に戻ります。

 とりあえず、ご報告でした。

方言の境目 

 2月14日、中国・湖南省南部

 湖南省と広東省の間に横たわる『南嶺山脈』。谷間を縫うようにして、107国道が走っています。13日は、湖南省を南下し続け、夕方に広東省の小さな町に到着しました。14日に出発すると、またすぐに湖南省に。
 国道沿い、トラック運転手向けの小さな食堂街を発見。屋台風の小さな食堂で、少し早い昼食を摂っていたところ、あれよあれよ、と人が集まってきました。いつものことですが・・・。

 簡単自己紹介などをしながらの食事。彼らの言葉は、あまり耳に入ってきませんでした。訛りが強いのです。ちょっと質問をしてみました。

「ねぇ?皆はさぁ、広東語話せるの?」 一同、声を揃えて「不会!(できません)」

 彼らは、湖南省の住人です。へぇ~、そんなもんなんですね、中国の方言って。昨晩の宿では、気になりませんでしたが・・・、どこから、広東語圏になるのか?興味が湧いてきました。
 食事を済ませ、走り始めると、40分ほどで広東省に入りました。省境を跨いだところで、早速、地元民に質問!!・・・と思いましたが、・・・人がいない!!

 時折、道端でタイヤ交換などをしているトラックを見かけますが、運ちゃんは、どこか遠くから来ているはず・・・、地元民ではありません。

 きょろきょろしながら、走り続けましたが、とうとう、人に会わないまま、更に20km走りました。ようやく訪れた質問のチャンスは、国道の料金所の係官でした。

『Hello!! あなたは、ニィハオ(北京語)ですか?ネィホウ(広東語)ですか?』

 変てこな質問でしたが、おじさんは、ニコっとして、「ネィホウ!」と言ってくれました。おぉ!広東語だ・・・。

 続いて、ジュースを買った売店のおじさんに質問。『あなたは、ニィハオ(北京語)ですか?ネィホウ(広東語)ですか?』 開口一番こんなこと聞いても、「えっ?」って言われるだけです。通じてません。仕方なく、話を切り替えて拙い中国語(北京語)で自己紹介やら今日の走行予定やらを話していたら、「へぇ~、日本人ってぇのは、北京語が話せるのかい?」って・・・。まさか!たまたま私が(必要に迫られて)話しているだけです。「広東語は話せませんけどね。」と言うと、「俺は、北京語(普通語)が得意じゃないけどね。」とおじさん。なるほど、おじさんは広東語話者なんだ・・・。

 次は、パンクしたバイクを修理していた青年。「君は、広東語を話すのかい?」不思議そうな顔をして、「はい」と返事がきました。うんうん、彼も広東語話者だ。


 広東省に入ったら、地元の人々が広東語を話すようになりました。当たり前のことかも知れませんが、面白い発見です。
 残念なのは、質問をした場所は、省境を跨いで前後20kmずつの距離があるということ。もし、もっと沢山の人々に、質問しながら、ゆっくり移動していれば、もっと面白い結果が出たかも知れません・・・。


20061222035638.jpg
写真)昼食の食堂にて。「できっこないよ!私らは、湖南語を話すんだよ。」
 

ドナ ドナ ドォナァ ドォナー ...  

20061222035444.jpg
市場の子豚売り場にて。

特にコメントはありません。可愛かったので。

でも、この直後、食堂で頼んだラーメンに肉厚の豚の角煮が乗っていました。

アヒルの行進  


湖南省の田園にて

特にコメントはありません。可愛かったので。

でも、3日後には、アヒル肉の野菜炒めを食べていました。

モップ犬 

私はいつも眼鏡をかけています。サングラスも度の入ったレンズが付いています。

でも、たまにサングラスを外して走行することがあります。そんな時に見かけた生物。初め、モップか、風に転がるビニル袋かと思ってました。


写真) ????

近づいてみると、「ワンッ!!」って。あっ、犬だ!!

中国では、足の短い犬は皆、モップのようになっています...

世界風味?? 

 たまにスーパーマーケットを探険しています。大きなスーパーでは、入口で鞄を預けなければ入店できないというところもあります。肉売り場にグロテスクな[豚のお頭]があること以外、特に日本のスーパーと変わりはないように思います。

 お菓子売り場で、こんなものを見つけました。

写真)世界風...? [世界風味] ってこと??

 なんだか謎の[風味]に惹かれて、衝動的にカゴに入れました。

 さて、宿に戻り、ドキドキしながら、買い物袋から取り出してみると.... あれ?? [メキシカントマト味]って書いてあるじゃぁないですか!? あぁ、よく見て買えば良かった...

春が来た♪  

 今日(2/14)、広東省に入りました。

 この2日間、天気が良くて、気温もグングン上昇!! 5日前(2/8)は、雪の中を走っていたのに...。南下しているとはいえ、あまりにも急な気候の変化です。小春日和どころか、初夏を思わせる日差し。今日は、24℃ もありました。汗ダクで大変ですが、なんだか、春が来たみたいで、心はウキウキです。

 湖南省と広東省の境には、[南嶺]という大きな山脈が横たわっています。[山脈越えだ!]と覚悟していましたが、広い谷間や盆地を縫って国道が走っているので、上り下りは大したことありませんでした。景色を楽しみつつ、道行く人々に手を振りながら、のんびりペダルを踏む。ウキ♪ウキ♪


写真1)ほら、春の風景でしょう?


写真2)花なんかも咲いちゃって!! これは梅かな??


 ゆっくり115kmを走って、今夜は[連州]と言う町に宿泊しています。夕食前に、街を歩いて驚いた!!街角の果物屋に、スターフルーツやドリアンなどの南国のフルーツが並んでいるのです。 ちょっと贅沢して何か甘い果物を買って帰ろうかなぁ。

 NET CAFE でこの1カ月分の写真をアップロードしたので、これからどんどん書き込みしていきます。


 やはり、暖かいのは気持ちいいですね





言うの??... あぁ...やっぱり... 

 最近、太陽に嫌われているせいか...、腹を立ててしまうことが多くなってきました。修行が足りませんね。もっと、おおらかにならなくては...。

 さて、何に腹を立てているのかというと、『バカヤロウ!!』という言われることに、です。

 ご存知の方も多いことでしょう。おそらく、中国人が知ってる日本語のナンバーワンがこれです。[ありがとう][こんにちは]よりも確実に浸透しています。

 なぜ、こんな言葉が知れ渡っているのかというと、テレビの影響です。各地にテレビ局がある中国では、どこの家庭ででも10~30のチャンネルを視聴できます。試しに、チャンネルをまわしてみると...、あった!あった! 日中戦争(抗日戦争)期を舞台にしたドラマ。

 中国人の役者が演じる日本兵の上官が、部下を罵倒する言葉は決まってコレ。『バカヤロウ!!』
日本兵が支配地域の中国人を罵倒する言葉も決まってコレ。『バカヤロウ!!』


 走行中、休憩で売店に立ち寄ると、あっという間に囲まれます。交差点で地図を眺めていると、やはり、あっという間に囲まれます。5〜15人と2〜3分話していると、どこかで誰かが口にします。『バカヤロウ!!』 あっ...、また出たか...。

 別に、言った本人に悪気があるわけではありません。彼はただ、知っている日本語を口にしただけのことでしょう。反日感情なんて、これっぽっちもありません。そうと解ってはいても、たまに。『カチン!』ときてしまいます。

 「おい!!誰だ!?今言ったのは!? 出て来いよ!! 無礼なやつだなぁ!!
 意味を判って言っていんのか?おい!!誰だ!?出て来い!!」

 本気で怒った後は、笑顔を見せて、「ね? 解ったろう?? それは、人を
 罵倒する言葉なんだよ。失礼な言葉なんだよ。だから、ね? もう言わないでね。」

あぁ...、また、腹を立ててしまった...。


 もちろん、私は日中の歴史についての知識があった上で、このようなことを書いています。時間がある時に、また、この話題について取り上げましょう。

大移動中 

 7日に武陵源を出て以来、5日間走り続けています。雨に苦められながらも、コンスタントに距離を伸ばし、広州まであと6日(100km X6)の距離になりました。11日間の大移動です。

 また明日は雨になりそうです...

 がんばるぞぉ!!

ふたたび慈利 

2月2日に120km走った、慈利-武陵源区間ですが、今日、べつの道を走ってきたら、85kmでした...

げんざい、ふたたび慈利。

明日から怒涛の移動が始まります!!

20061222040812.jpg
写真)慈利から武陵源までは、山超え谷越えでしたが、戻りは、川沿いの平坦な道でした. . .

明日も雨 !? 

どうやら天気予報によると、明日(2/5)も武陵源は雨のようですね。。。。

明後日(2/6)からは、晴れるみたいです。思い切って、滞在を延長することにします。ここを出てからの移動がタイトになりますが、仕方がない。

自然公園を満喫しなきゃね!!

夢の話 

 寝ている時に見る夢の話です。日本を出て60日が経過しました。最近、ふと思ったのですが ...、『そう言えば...最近あの夢見ないよな...』

 旅の初めの方、12月下旬位までだったでしょうか? 毎晩のように、似たような夢を見ていました。細かいところまでは覚えていませんが、大体いつも同じ展開なんですよね。

 なぜか日本にいるんです...。旅先に自転車を置いて、日本に帰っているんです...。『出発早々に不都合が生じて、旅を中断して日本に帰っている』というのが共通の展開です。

『明日にはあの町まで戻らないと!!』『早く旅に復帰しないと!!』といった感じで焦っていると目が覚めるんです。

『あっ...、良かった! 旅先だ...』

 何だったんでしょうね? 何か...心の緊張のようなモノが表れていたのでしょうね。最近はもうこの様な夢は見ません。どうやら、心も旅モードに入ったようです。

 以上、心の心のお話でした。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。