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新年好!! 

 今日(1/29)は中国の元旦です!! 日本では『旧正月』と言いますが、中国では『春節』と言います。

 予定では、あと1日南に走って、揚子江のほとりの町で元旦を迎えるつもりでしたが、27日に到着した『宜城』という町で数日を過ごすことにしました。

 しばらく、体をごまかしながら走り続けてきましたので、ここで完全に回復させてから、南下します。 宿の一家とも仲良くなったので、 旧正月を満喫したいと思いまっす!!
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大晦日の晩ご飯 

『大晦日のお昼ご飯』の続きです。お昼ご飯を読んでない方はまずこちら→ http://whereiskokoro.blog34.fc2.com/blog-entry-104.html


 28日、大晦日のお昼ご飯を満腹になるまで頂いた上、お酒の影響もあってか、私は睡魔に襲われて、昼間っから部屋で爆睡...zzZZZ

 午後5時、ドン!ドン!ドン!! という大きな音に起こされました。跳び起きてドアを開けると、またもや宿のおかぁちゃん。「晩ご飯は、7時くらいになるからね!!」 「あっ、晩ご飯もいいの?? うん、7時ね、わかった。」

 寝起きでボーッとしたまま、近所の洗浴所に行きました。浴槽はありませんでしたが、のんびりシャワーを浴びて目も覚めました。帰り道に、雑貨屋でちょっと高級な打上げ花火(20連発の棒状花火などなど)を買って宿へ。宿の子供たちに渡すと、大喜び!! すぐに包装を破り始めました。「あっ!あっ! これはね、夜やろう! ね? 夜。」
 意外とすんなり諦めてくれた子供たち。どうしたのかと思ったら、お手伝いの最中でした。台所では、エンさんの奥さんが餃子を作っています。それぞれの家の娘/息子も、慣れない手付きで皮を綴じていきます。私も手伝おうかと、部屋に荷物を置いて、台所に戻ると...。「終わったよ」ありゃりゃ....、残念。

 7時まであと40分、しばらく部屋でゴロゴロしていたら、また寝ていました。起こされたのは、7時半、またドン!ドン!ドン!と。起き上がって、隣のエンさんちへ行こうとすると...あれ??なんか...変です。頭痛がします。寝過ぎか? 飲み過ぎか? 気のせいか??

 お昼ご飯は、みんな揃ってから食べ始めましたが....? エン夫婦の姿がありません。耳を澄ますと、奥の部屋から、麻雀のパイをジャラジャラやってる音が。あっ、もうやってるの?? 中国の正月といえば、これ『麻雀』です。中国人の友人が、「正月は、お酒を飲んで、麻雀をします。」と言っていたのを思い出しました。
 人一倍声の大きなおかぁちゃん(キュウ夫人)が2人の名前を呼びますが、なかなか部屋から出てこない。堪りかねてドアを開けると、ご近所さんが集まって雀卓を囲んでいます。見学していただけの旦那さん(エンさん)はすぐに出てきましたが、座っている奥さんは勝負に夢中なのか、こちらを見向きもしません。まぁ....、日本人も中国人も、麻雀好きな人は同じですね。ちなみに、私は麻雀できません。

 調理を担当したエンさんの奥さん抜きで晩ご飯。水餃子がメインで、あとはお昼の残り。食べても食べても、次から次へに『おかわり』を渡されます。あっという間にお腹一杯!! お腹が満たされるとともに、頭の痛みも増してきました。気のせいではなかったか....。また白酒を勧められましたが、頭痛がする旨を説明して、温かいお茶を頂きました。
 どうやら、昼間の酒の影響のようです。風邪が完治していないのに、飲み慣れないお酒を飲んだからでしょうか....。せっかくの大晦日の晩餐を途中退席してしまいました。

 部屋で横になっていたら、子供たちが「花火やろうよ!!」と誘いに来ました。外に出ると、私が買ってきたのとは別の花火で盛り上がっていました。あれ?? 俺のは?? 「終わったよ」って、えぇ...!? 楽しみにしてたのに...。

 最後にまた、長い爆竹を鳴らして、午後10時には花火もお開きに。大人たちは麻雀部屋へ、子供たちは寝室で映画を見始めました。私は頭が痛いので、早めに床に就きました。

 頭が痛かったけど、楽しい1日でした。

大晦日のお昼ご飯 

 27日の晩、時間をかけたわりに大事な通信の半分も済ませられなかったネットカフェから宿に戻ると、宿のおかぁちゃんが「明日はうちでお昼ご飯食べてから出たら?? 明日はほら、大晦日だから!」と・・・。「OK!! んじゃ、ごちそうになります。で、出発は30日にします。」

 で、28日『大晦日』です。

 お宿[紅星旅社]は、客室数4部屋の小さな旅館。洗面台やトイレはここの経営者の一家と供用です。私の部屋は、台所のすぐ隣。薄い壁の向こうでは、朝早くから、おかぁちゃんが忙しく料理に追われている様子。
 ちょっと、顔を出してみると、すんごい勢いで12才の娘を怒鳴りつけてます。娘は泣きながら家を飛び出して行ってしまいました。どうやら、手伝いをしないことに怒っていたようです。しばらくブツブツと小言を言っていたおかぁちゃんですが、手は休みません。どんどんと料理が出来上がっていきます。

 私は表で自転車のメンテナンスをしながら、声がかかるのを待っていたのですが、表は凄い騒ぎになっていました。10時頃から、町の至るところでけたたましい爆竹の炸裂音が響いています。この10日間ほど、散発的に炸裂音が聞こえることはありましたが、これはレベルが違います!! あの2-3mある爆竹の帯が各家庭で鳴らされているのです。
 [紅星旅社]は、[コの字型]の6階建てアパートの1階にあります。時折、上階の住人がやってる爆竹の紙屑や燃えカスが飛んできます。もちろん、紙屑だけではありませんよ、[コの字型]の中庭に炸裂音が反響します。せっかく洗った自転車にも、爆竹の燃えカスが積もっていました。

 泣いて飛び出した娘がニコニコしながら帰ってきました。手には帯状の爆竹とロケット花火、打ち上げ花火、ETC。おかぁちゃんのご機嫌がまた斜めになっちゃいました「買い過ぎなのよ!!まったくもう!」

 10数種の手料理がお隣さんちの食卓に運ばれました。どうやらお隣さんは親戚だったようです。食事の前に、旅館のキュウ家と隣のエン家、それぞれの玄関飾の貼り換え。赤地に金文字の大きな札、『五福臨門』とか『財運享通歩歩高』とか、いろいろと新年らしいおめでたい文字が並んでいます。

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写真1)貼替え作業。赤いジャケットが[おかぁちゃん]こと、キュウ夫人。その奥が妹のエン夫人。

 さ、貼り換えが終わったところで、爆竹の登場です!! 軒先の物干し紐に爆竹を吊し、点火炸裂音は、朝から沢山聞いてきたので、もう驚きはしませんが・・・。 爆竹から3-4mのところに停めっぱなしだった自転車に気がついて、もう気が気じゃありませんでした。

写真2)あっ...自転車が!?

 儀式が終わったところで、正午、大晦日の昼食です。なんだかいろいろ入った火鍋を中心に、野菜の煮物、そら豆の煮物、魚の煮物、小魚のてんぷら、豚の角煮、豚足、鳥足、などなどの小皿料理が並びます。キュウさん一家3人、エンさん一家3人(キュウ夫人の妹・夫婦と独り息子10才)、そして私の合計7人で食卓を囲みます。あれ食べろ!これ食べろ!と自分で取らずとも、私の取り皿はいつも山盛り。
 男3人で白酒を飲み、奥様方はワインのコーラ割り、こどもたちはコーラです。私は白酒2杯で、3杯目からはワインコーラに。お酒が入っていたためか、彼らの強い湖北なまりのためか、筆談主体の会話となりましたが、楽しい時間を過ごしました。

 こどもたちは、お腹一杯になったら、昼間っから花火で遊び始めました。おとなたちもお腹一杯になり、午後2時頃、お昼の会食はお開きに。いやはや、楽しい大晦日のお昼ご飯でした。

現在地のご報告 

今、湖北省です。漢水(川の名前ね)のほとりの、宜城ということろ。

さぁて、ひさびさの NET CAFE です。1週間ぶりのエントリーですが、この1週間けっこうしんどい移動を重ねていました。

西安を出て、雪の『泰嶺』という険しい山脈を越え、寒さから膝を痛めてしまい、回復に3日を要しました。

西安から喉痛を引きずっていたのですが、それが引き金で発熱、この旅初の風邪をひいていました。4-5日、体が重かったのですが、もう回復しました。

ただ今日は、足の筋肉痛がひどいです。これは、一昨日、雪の『武当山』(1650m)を登ったことからくるものですが・・・。2日経ってもまだ痛みがとれません。

なんだか、大変な日々を送っていたように感じるかもしれませんね。でも心配しないでください。むしろ、とても充実した日々でしたよ。いろいろエピソードをご紹介したいところですが、ネット環境がいまいちなので、後日とさせていただきます。

中国は、明後日がお正月 !! すでに正月ムードたっぷりです。

次のエントリーは、また数日先になります。ではでは。

またもや『修練』 

 一つ前の書き込み、「これは『修練』なんです!!」の続きです。

 1月25日、昨日あんなに無理したのに、すっきりと目覚めました。熱はまだあるようですが、それ程きつくはありません。

 午前中はのんびり過ごして、武当山特産の山菜をたっぷり使った昼食を、たっぷりと食べた後、いよいよ登山開始です。南岩の標高は、1,000mぐらい。目指す武当山最高峰・天柱山は、1612m。途中の参道には、古い宮観がたくさんあります。ひとつずつ覘いて行っても、往復5時間ぐらいで返って来れるでしょう。
 水とクッキー、飴を買い込んで出発!参道入り口の売店のおばちゃんたちは、カンジキ(寒敷?)を買って行け!と言いますが、私の靴は、軽トレッキングシューズ、多少の雪でも平気でしょう。
 ひとつずつ宮観を見ます。どうやら、この武当山というのは、太極拳の本家でもあるようです。それらしい絵や写真がたくさんありました。また、武当山式武術というのもあるらしい。残念なことに、冬のオフシーズンとあってか、私にそれらの説明をしてくれる人は殆どいませんでした。

 標高が上がるにつれ、次第に雪の量も増えてきました。数日前に降った雪らしいのですが、日の当たらない斜面には、降ったままの状態で積もっています。ところどころ、石段が凍っていて、しっかりと足を運ばないと、ツルツル滑ってとても危険です。売店でカンジキを勧められた意味が解りました。

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写真1)こんな中を登ります。

 半泣きになりながら、ようやく山頂に到着。その名の通り、天に向かって伸びる柱のような、天柱峰の壁面には、由緒正しき宮観がへばりつくように並んでいました。山頂には、15世紀初めに造られた、『金殿』と呼ばれる、重さ80トンもの銅製の社が載っています。
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写真2)金殿。風が強い山頂にある為か、雪で見事に覆われていました。

 登りには2時間かかりました。問題は下りです。凍結した石段を降りるのは、とても恐ろしい・・・。登りよりも、転倒の危険性が高いのです。少しずつ、一歩一歩、両足を揃えながら、歩き始めの幼児のように、慎重に歩きます。それでも、時折、スリップ!転倒はしませんでしたが、変に踏ん張るため、徐々に膝が痛くなってきました。

 私は、なんとか無事に下山できましたが、途中では派手に転倒する中国人観光客を沢山見ました。彼らは、靴底が真っ平らな、革靴で登ってくるので、カンジキなしでは、転倒必至です・・・。
 下山したところで、山々を振り向くと、夕日が山に懸かろうとしていました。下山に要した時間は、2時間半。山頂で過ごした時間を含めると、往復で5時間。かなりのハイペースのはずです。春~秋のシーズン中だったら、山頂で1泊しても良いと思いますが、風邪ひいた状態で、まだ雪のある山頂には宿泊したくありませんでした・・・。

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写真3)聖なる山々に日が沈む・・・

 翌26日、目覚めると足に強烈な痛みを覚えました。ここ数年味わったこともないような、激しい筋肉痛・・・。歩き慣れない雪道を、踏ん張って、堪えて、無理な足運びで歩いたからでしょう・・・。熱のせいもあるのかな?
 ともかく、充実した、厳しい修行となりました。この2日間の修行により、いくつかのことを学びました。まず、自転車進入禁止の道には、それなりの理由がある(今回は雪)。雪道を歩く時は、カンジキを履くべし! そして、『下手に修練なんて宗教的な言葉は使わない方が良い』ということ。

これは『修練』なんです!! 

 1月24日、湖北省西部の都市・十堰を出発。22日からの発熱は、どうやらピークに達している模様・・・。朝から体が重い しかし、目指す『武当山』までは、たったの25kmです。のんびり走っても、昼前には到着するはず。

 気だるい体も、たっぷり朝食摂って、薬を飲んで、無理せず休み休み走っているぶんには、問題ありませんでした。午前11時、武当山観光の拠点となる、武当山鎮の町に到着。この町のはずれに、武当山への登山口があります。
 『武当山』とは、道教最大の聖地であり、1,000m級の険しい山々のことを指し、そこに点在する宮観(道教のお寺)のことも指します。世界遺産にも登録されているところですが、おそらく、日本人には馴染みの薄いところでしょう。

 武当山の登山口に着くと、立派な料金所がありました。入山料は、80元(だったかな?)。チケットを買う前に、確認しておかねばならないのが、自転車のこと。私は、自転車で山に入りたいんです。
 武当山の最高峰・天柱峰(1,612m)へと伸びる参道、その始発点に『南岩』というホテル街(門前町)があり、そこまでは車道が延びているのです。道があるんだったら、走りたいですよね。

 入場券売り場のおねぇさんに、自転車で行きたい旨を伝えると、即座に止められました。「危ない!第一、行けっこない!」 周囲にいたタクシーのドライバーたちも、「行けっこないから、タクシーに乗りな。」と言っています。普通は、乗り合いタクシーで行くものなんですけど・・・。やっぱり、自分で行きたい!!
 無理を承知で、チケット売り場の係員、ひとりひとりに当たってみました。みんな、迷惑そうに「ルールだから、駄目!自転車での乗り入れは禁止なの!」と。
 朝飲んだ風邪薬の効果が切れてきたのか、だんだんボーっとしてきました・・・。でも、引き下がりません。かくなる上は!前日から考えておいた、決定的な言葉を試してみよう!これで駄目なら、引き下がるしかない・・・。

「ねぇ! 皆さん、聞いて下さいよ!これは、この自転車旅行は、私にとっての『修練』なんですよ!己の肉体と精神を高める為の修行なんですよ。ここは、修練の中心でしょう?修行者の集うところでしょう?」

 嘘は言ってません。私にとって、この自転車旅は、ある意味『修行』です。さて、皆さんの反応は・・・?

 「そうか・・・、修練なのか・・・。」

 なんと!?効果覿面!!始めは、タクシードライバーたちが、「頑張れよ」と肩を押してくれただけでしたが、ついには、係員も折れて、自転車での入山を許可してくれました。

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写真)武当山の山門

 意気揚々と、山門をくぐって、山道へと進みました。しかし、そこからの道が大変でした。正しく『修練』です。ワゴン車がギリギリ離合できる程度の細い山道、キツイ急坂が続きました。十堰から山門までの距離は25kmでしたが、山門から南岩までも25kmあるんです・・・。失敗したなぁ、と思っても、Uターンはできません。だって、修練なんだもの。早々に引き返しているのを見られては、笑い者です。

 一番軽いギアで、坂をゆっくりゆっくり上ります。上って登って昇って・・・、途中にある宮観を見学しつつ、また上って登って・・・。一度、長い下りがありましたが、下りは嬉しくありません。下った分、また登らなければならないのだから。

 25kmの登山道路、最後の5kmが大変でした。雪で路面が所々凍っているのです。最後の2kmは、車も走れないぐらい雪が残っていました。自転車を押して歩きますが、20~30m毎に休憩をしないと、進めません・・・。

 ついに、南岩に到着!!時計は、4時を回っていました。とても高い宿(100元=1500円。中国旅で最高額)に入るやいなや、すぐに寝込んでしまいました。厳しい修練だった・・・。

秦嶺越え / 後編 

1月20~21日初めての山脈越えに挑みました。

 1月21日、目覚めると眩い太陽の光が雪山を照らしていました。なんだ、思ってたより、周囲の山は高くないんだな。昨日は、霧で景色が見えませんでしたが、今日はよい天気! 景色が見えると気持ちも楽です。
 いつものように、自転車をセットして、準備体操をしていたら、膝の違和感に気がつきました。右膝のお皿の下が、時々痛みます. . . 。昨日の疲れでしょうか?? 今は進むしかありません。宿のおかぁさんに見送られて、再び雪上のサイクリングに出発。

 道は依然として上り。でも、平坦と言ってもよい程度の緩やかな上りです。周囲の山も低いし、このあたりが山脈の真ん中なのかも知れません。時折通過する集落に食堂らしきものはありません。走り始めて1時間でようやく発見!! 10時、遅い朝食。

 快晴の太陽が雪を溶かし始めたのか、もともと雪が少なかった地域なのか、徐々に路肩の雪は少なくなってきました。道路脇の川は、川幅2mぐらい。そろそろ分水嶺かと思っていたら、あっ!!


写真1)これより下り13km

 下り始めた道は、トンネルから始まりました。壊れている外灯が多く、薄暗いトンネルへ。長さ3km近いトンネルは、ずっと下り。トンネルを抜けても、ひたすら下りです。足を動かすことがないので、膝の痛みはありませんでしたが、冷やしてしまうのも嫌だったので、タオルを巻いて走っていました。


写真2)下り坂は危険です。

 雪が少ない下り坂でしたが、ところどころ、路面に氷が残っています。これが危ない!! 氷ってる区間に入る前に、十分に減速しておかないと、ブレーキかけられず、大変な目にあってしまいます。なんとか、かんとか、慎重に13kmの下りを終え、道が平坦になったきた頃、平野の向こうに商州の街並みが見えてきました。

 あぁ. . . 、終わったか. . . 。しんどい山越えでした。

 この秦嶺越えで、膝を痛め、それから4-5日間、右膝をかばった走りを強いられました。更に、21日の晩から体調が悪くなり始め、翌22日には発熱、やはり4-5日間風邪を引きずりました。

 移動のタイミングが悪かったですね。今回は。


秦嶺越え / 前編  

1月20~22日初めての山脈越えに挑みました。

 1月20日、まだ雪の残る西安を出発し、この旅で初めて、東へ向かって走り始めました。予定では、5日後には、道教の聖地/武当山に到着するつもりでした。が、秦嶺がそれを阻みました。

 溶けた雪の上を走るのは、神経をつかいます。雪にハンドルを取られないよう、雪で隠れた路面の凸凹にも注意を払いながらの走行。なかなか距離が延びません. . . 。
 霞の出ていた日でした。昼過ぎには、ほとんど雪の解けた、比較的平らな道を走っていました。が、が、午後3時、いきなり秦嶺が目の前に現れました。どぉーん!!って. . . 、本当に、どぉーん!!って。

 うっわ. . . 、おもいっきり、山脈じゃん. . . 。ルート選択誤ったかな. . . 。

 霞の奥にあったのは、険しい岩山が壁のように立ちはだかる秦嶺。思っていた以上に、険しい山脈です。山がボコボコと集まった緩やかな山脈を想像していました。しかし、まぁ、ここまで走ってきた以上、こいつを越えねばなりません. . . 。 意を決して、上り坂に突入!!

 大型トラックがひっきりなしに通りますが、路肩は雪で埋まっています。車道を走るしかありません。幸い、過積載気味のトラックたちは、自転車よりちょこっと早いだけなので、追い越される時の風圧などはありません。


 上る! 登る! 昇る! とにかく上へ上へ。道の両脇に迫る岩山は、ところどころ道路の上にまで覆い被さっています。とにかく、ペダルを回せ! 回せ! 回せ! 回せ . . .


写真)岩山の間の細い谷間をひたすら上る。

 時折、トラックの渋滞があります。大型車がキリギリ離合できるかどうか?といった道幅の狭い国道です。ハンドル操作を誤ったトラックが道を塞いでいるのでしょう。渋滞している時は、私も休憩時間。

 日没まであと1時間となった午後4時半、次第に上り坂は緩やかになってきました。が、上りは上りです。道路脇を流れる川は、川幅5m以上ある. . . 、分水嶺は遠い。

 午後5時半、山あいの小さな集落に到着。村の旅館にチェックインし、くたくたの体を煉炭の炎で暖めます。腕時計で標高を確認すると、1200m前後。たいしたことない標高なのに、雪と大型車に神経を使い、疲労困憊してしまいました。宿のおかぁさんに、ニンニクたっぷりの野菜炒めを作ってもらい、早めに床に就きました。


西安出発 

1月20日

 これから西安を出発します。今日の天気は、曇り。昨日の日中溶けた雪が、夜のうちに固まって、なんだか凄い路面状況になっています・・・。でも、郊外に出れば、いくらか走りやすくなっているでしょう。


 次に、ネットカフェに行くのは、1月26日以降になります。

 では、西門をくぐって、Uターンして、東に向かって走ります。

黒い雪 

1つ前の『雪かき』の話に関連して。

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写真)真っ黒な雪

 これも1月19日の光景です。北の方の溶けない雪の上を走っていた頃は、ここまで真っ黒な雪は見ませんでした。
 なぜこんなに黒く汚れるのか?? それは、それだけ道路が汚れているから。西安のような、大都市は廃棄ガスも凄い、冬場に各家庭で使う練炭の煤も凄い、もともと乾燥地域なので埃っぽい。融雪剤が蒔かれた車道は、雪が解けるのが早いから、煤やら埃やら泥やらを集めて、真っ黒になるわけです。

 えっ. . . 、こんな車道を走らにゃならんの?? 走りたくないから、出発を翌日に延期しました。


 人民総動員の雪かきに期待して. . .。頑張ってね、みなさん。



雪かき 

1月19日のお話です。

 夜の内に雪が降り始め、朝には一面の銀世界となった西安。9時半、朝食に出ようとしたら、宿の玄関先でスタッフの女の子たちが雪掻きをしていました。

心 「おはよう。まだ止まないねぇ。」
女の子「おはよう。あれ、今日出るんだったっけ??」
心 「明日にするよ。この雪の中、走りたくないもん。」
女の子「明日も降るみたいよ?」
心 「えっ. . . 、多分、大丈夫だよ. . .。」

 朝食は、決まって近所の揚パン屋。揚パン屋のおねぇちゃんも店先で雪掻きをしています。ふと、顔を上げて、私をみとめると、「もう朝食の時間は終わったわよ。」 「えっ!? あっ. . . 、もう9時回ってるもんね. . . 」

 次なる候補は、揚パン屋から徒歩7-8分の包子(にくまん)屋さん。いつもは、揚パン食べた後に、包子食べてます。包子を2倍食べれば満たされるかな. . . 、なんて考えながら、通りを歩き始めると!?

  あれ!? あれれれ!!??  みんな雪掻きしてる!!

 通りに沢山人が出て、雪掻きしてるんですよ。店員さんは、店先だけじゃなく歩道まで!! 箒(ほうき)やスコップ、モップやベニヤ板なんかまで使って. . . 、通りは雪掻きをする人々で溢れています。


写真1)こんな子どもまでやってるんですよ!!

 包子屋に到着すると、笑顔がキュートなおねぇさんが、私をみとめて、『今日も来たか . . .』みたいな顔してます。おねぇさんが目当てじゃなくて、包子が美味しいからなんだよ。そんな変な顔しないで. . . 。

 いつもの2倍食べて、雪掻きをする人々を見ながら、しばらく街を歩きました。しっかし. . . 、凄い. . . 『人海戦術』という言葉が、最もよく似合う国ですよね、中国は。

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写真2)オレンジの服の人たちは、普段から道路清掃を仕事としている人々。

 集めた雪は、下水道のマンホールの蓋を開けて、その中に流します。ところどころ、雪を詰め込み過ぎて、蓋が閉まってないところとかありました。

 お昼過ぎには、目抜き通りの雪は、きれいサッパリなくなりました。いやはや、面白かった!!

しゃんしゃんシャンシャン 

1月19日

 昨晩から降り続いている雪は、今もしゃんしゃんシャンシャン降っています。町は、雪景色・・・。気温は0度をほんの少し、下回るぐらい。積もった雪は、少し湿気を帯びています。溶けてるんでしょうね。

 これまでも、雪の中の走行はありました、何日も・・・。でも、氷点下8~2℃だったので、さらさらした雪でした。今日、自転車で走ると、いつか韓国で苦しんだみたいに、泥シャーベットでぐちゃぐちゃになってしまいますね・・・。

 問題は明日。明日の夜には、ズボンの裾や靴は真っ黒になっていることでしょう。今日は、これから、長靴を買いに行ってきます。これから先1ヶ月ぐらい、雪ではなく冷たい雨が降る地域を走ることになります。熱帯の温かい雨なら、スポーツ用サンダルで問題ないんですが、冷たいのは嫌ですから。

 

うふふふふ・・・ 

そろそろ24時、宿のネットコーナーもそろそろ出ないとスタッフに迷惑かなと思いつつ、ちょっと外のトイレに行ったら・・・、あら素敵 !! 雪が積り始めてるじゃないですか・・・

明日も今日と同じ天気なんですよね。

決まり!! 明日も西安です。天気予報によると、明後日は曇です。

気分が乗らない時は、集中力が落ちますから。嫌々雪の中を走ると事故のもと!!

はい、言い訳は以上です。明日は、安部仲麻呂の石碑でも見に行きます。

初めての雨 

 明日、西安を出る予定です。しかし、それもこの雨次第です。

 今日1月18日は、この旅で初めて、雨の1日となりました。2005年12月4日、対馬を走り始めた時も降っていましたが、1時間もたたずに止みました。今日は、みぞれ混じりの雨がしとしとシトシトと、降り続いてます。
 雪ではなく、雨ということは、それだけ気温が高くなってきてるということでもあり、喜ばしいことだと思ってましたが・・・。そうでもないですね、実際は。雪の方が良かったです。

 明日も天気が悪そうです。朝起きてから、出る気が失せないように、今晩中に、万全の雨対策を整えておきたいと思います。

シルクロード 

 『シルクロード』、なんて素敵な響きなんでしょう・・・。 ちょっと、呟いてみてください!! 『シルクロード』、ゾクゾクしませんか??

 ここ西安は、大唐帝国の都/長安です。かつて、遥か彼方、西の果ての国々から、人や物が集まってきていたのです。シルクロードを通って・・・。あっ、西だけではないですね、日本からも遣唐使として多くの人々がこの地を訪れています。安部仲麻呂もこの地で学んだんです。

 集まるばかりでは、ありません。ここから西へ東へ多くの人・物が旅立って行ったのです。ちょっと、もう1度呟いてみて下さい、『シルクロード』、ゾクゾクしませんか??

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写真)1月13日、西安到着!! 西門の前にて。

 西安の中心部は、明代の城壁で囲まれています。東西南北に大きな門がありますが、1月13日の西安到着時、真っすぐ西門に向かいました。正式名称は『安定門』。この門こそが、シルクロードの出発点なのですよ・・・。

 もう1度呟いてみてみますか?? ・・・しつこい??

 まだ、この門は見学していませんし、くぐってもいません。それは、明朝、西安を出る前の儀式にしたいと思います。門をくぐった後、私の進路は東。残念ながら、シルクロードは辿りません。これから徐々に南下し、香港まで走ります。
 私がシルクロードの軌道に戻るのは、東南アジアと中国・雲南省、チベットを走ったあとのことになります。半年以上先のことです。

 シルクロード・・・、今すぐにでも走り出したい気持ちをグッと抑えて、今は、暖かい南を目指したいと思います。

柿子餅にハマっています。 

 しばらく、転々と移動を繰り返していたので、市場や商店街をぶらぶらすることは、あまりありませんでした。現在滞在中の西安では、自転車を宿に置いて、ぶらぶらフラフラと街歩きをしています。

 移動日ではないので、モリモリ食べる必要はないのですが・・・、大きくなった胃袋が「何か入れろ!何か入れろ!」と、うるさくて仕方ありません。街を歩きながら、買食いを楽しんでいます。

 西安のダウンタウンの一角に、イスラーム街があります。西の新ジャン(しんきょう)から移り住んできたウイグル系の人々の街。『清真風味』(しんきょう風味の意味)と看板を出した店が軒を連ねています。私は、この数年イスラーム地域ばかり訪れていたので、この街の雰囲気が何とも心地よくて好きです。

 いろいろ試して、美味しいものを発見しました。『柿子餅』というお菓子。小麦粉と干柿を練り合わせて、油で軽く揚げます。中には、甘~いシロップが少しだけ入ってます。ま、他にも色々隠し味があるんでしょうけど。甘すぎず、干柿の仄かな甘味が丁度良いのです。1つ0.5元(7-8円)。大きさはサイズは、何と言えば解り易いかなぁ、『うめがえ餅』ぐらいです。って言っても、福岡以外の土地の人には解らないか・・・。7-8cmで薄っぺらのお餅です。

 漢人(漢民族、いわゆる中国人と思って下さい。)にも人気です。何軒か試してみましたが、漢人の行列ができてる店は、確かにおいしかったですね。

写真1)この店です。北院門の北50mぐらい。

西安や更に西の地域にお越しの際は、ぜひ柿子餅を試してみてくださいな。


写真2)『柿子餅』!! これは、中身が[あんこ]のやつです。これもなかなか

滞在延長 

 今日、1/17、西安のビザオフィスに観光ビザの延長に行ってきました。

 私が日本で用意したビザは、30日間有効の観光ビザ。12/20に入国しているので、明日切れてしまうのです。1度のみですが、最大30日間の滞在延長ができます。

 英語の達者な窓口のおねぇさんに、「30日延長お願いします。受け取りはいつですか??」とにこやかに尋ねたら、厳しい顔で、「5営業日後!」と言われました。えぇ!?・・・、西安にはすでに5日滞在しています、更に1週間も居たくありません。「だったら、なんで早く来なかったの??」と言われましたが・・・、仮に16日に来てたとしても、受け取りは23日でした。

 困った・・・。こうなれば、拝み倒すしかありません。

「自転車旅なので、時間は無駄にできないんです。ここから香港までは頑張って走っても1カ月かかるんですよ! 頼みますよ・・・、ほんと・・・、頼みますよ~、なんとか2~3日で手続きして下さいよ~、上司に掛合ってみて下さいよ・・・」

 キリッとした顔立ちのおねぇさんは、一言「無理なものは無理です。」あぁ・・・、もう1週間待つしかないのか、と諦めようとした瞬間、「特急申請だと明日受け取れるわよ。料金は2倍だけど。」と。

 仕方なかったのです・・・、260元払って、滞在延長手続きしてきました。パスポートの受け取りは、明日18日の夕方です。

 というわけで、西安を出るのは、19日の朝になりました。

安全運転 

 日本で対馬、韓国で釜山~ソウル~仁川、中国で秦皇島~北京~石家荘~鄭州~西安を走り、総走行距離が2800kmになりました。ちょうど日本を縦断したら、このぐらいです。かかった日数は40日ぐらいですね。小学生が、夏休みの40日間で日本縦断しますからね、まぁ、ボチボチのペースでしょう。

 おかげ様で、これまで無傷で走ってきました。安全運転の意識も高いと思います。路面状況に応じて、無理せず走ってるつもりです。あと、イライラや焦りは事故の素となりますので、不条理や理不尽も心静かにやり過ごしています。もともと、あまりストレスとか溜まる方ではないので、苛々した感覚は長く続きませんし。

 しかし、自分がいくら注意してても、貰い事故というものはあるもんです。貰わないように注意する必要もありますが、こればかりは、完全には防げませんよね・・・

 これまで、目の前で人が車に轢かれる場面に2度遭遇しました。轢かれた人は、いずれも軽症でした。私にとっては人事ではありません。しばらく心臓がドキドキしてます。

 自動車の事故は、何度見たか、もう忘れました。かなり目撃しています。クラッシュの瞬間は1度だけでしたが、脱輪・横転・追突・正面衝突。雪が積もった朝は必ず事故現場を目撃します。
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写真)これは軽い事故。雪でスピンして脱輪しただけ。怪我人なし。

 かなりショッキングな現場もありました。死傷者が出てると思いますが、それが夜のニュースで流れるわけではありません。中国では、毎日全国でかなりの事故が起きていて、報じられることはありません。

 最近、自転車用のミラーが欲しくて探し回ってます。自転車用はありませんが、バイク用のものを何とか加工して使いたいと思います。

 これからも、安全運転で行きます!!  

健さんは、またもや不器用でした。 

 1月16日、西安の映画館に行きました。12月に封切りとなった日中合作の映画『千里走単騎』を見るためです。この1カ月、時折、新聞広告やテレビ番組での評論を見ては、見に行きたいなぁ、と思っていました。

 ぶらぶら街歩きをしていたら、裏通りで小さな映画館を発見! 『千里走単騎』もやってます! 2時間毎の上映。外の売店でコーラとポテチを買って、いざ映画館へ。チケットは25元(400円)でした。

 ホールが分らず、探していたら、上映開始時刻に。中国の映画は、長い宣伝や予告などなく、急に始まります。3分遅れで見始めました。お客は私を含めて10人、平日のお昼でしたからね。

 ちなみに、この『千里走単騎』、邦題は『単騎、千里を走る。』です。日本では、1月末に封切りだそうです。

 主演は高倉健。健さんはもちろん日本語で話しています。日本で撮影された部分(全体の1割もないと思います)と、中国で撮影された部分の健さんと通訳の女性の会話は、日本語です。それ以外は、全て中国語。幸い、中国語の部分も全て字幕が出ていたので、だいたいのセリフは理解できました。

 健さん、またもや不器用な父親の役です。中国/雲南省の麗江や周辺の山深い村々を舞台に、健さんが走り回ります。親子の絆を描いたもので、終盤、泪を誘うシーンになると、周囲から啜り泣く声が聞こえていました。私もジーンときてしまいました。

 見終わった後、後ろに座っていた若い女性2人に話しかけました。1人が片言の英語を話したので、感想を聞いてみました。「良いストーリー、感動しました」と・・・。 健さんと私は出身県が同じなんだよ、と言ったら、海がどうとかこうとか・・・??? あっ! はいはい!! 健さん、今回漁師さんなんですよ。

 詳しいストーリーを知りたい方は、映画館に行ってください。感動のストーリーと麗江の美しい風景を楽しめますよ。

 この旅で、麗江を訪れる予定です。6月ぐらいでしょうかね。楽しみです。


写真)映画館前のポスターや新聞の評論

歯医者に行きました。 

 銀歯が外れてしまった件は、お伝えしてましたが、その後の話をしてなかったですね。

 実は、北京では歯医者に行かず、西安に到着してから行きました。外れてから3週間ぐらい、食事の度に、奥歯の穴に何か引っかかってました。ネギとか、お肉のスジとか。旅の途中に虫歯の治療なんてしたくないので、毎日念入りに歯磨きしてました。

 北京も含め、大都市では、立派な医科医院を見つけては、外から覗いていました。でも、なかなか入れないんですよね・・・。でも、もう3週間も経つので、急いで処置をしなければなりません。歯って、動くんですよ。知ってました?? 銀歯とか差歯とかが外れて、噛み合わせのバランスが悪くなった状態で放っておくと、周りの歯が少しずつ動いてバランスを取るんです。以前、1年間旅してた時に、やっぱり銀歯が外れて、半年放っておいたら、ずいぶん歯が動いていました。

 西安では、外れた銀歯と歯ブラシを常に携帯して、街歩きしてました。立派な医科医院を見つけたら、いつでも入れるように、と。滞在しているホステルのスタッフにも、通っているところを教えてもらいましたが、1月16日、結局自分で探したところに飛び込みました。

 その医科医院は、『英国式なんちゃら』と看板が出ていたし、受け付けには、ここの歯科医が、何やら偉そうな白人の老医師と握手している写真も飾ってあります。きっと英国で歯科医療を学んだに違いありません!!

 入って、「Hi ! ah... I am Japanese Tourist. Can someone here speak English? 」(どうも、えぇーと、私は日本人観光客なんですけど、こちらに英語を話す方はいませんか?)

 白衣を着た先生も、助手も、皆、びっくりした感じ・・・。あれ? 少し間があって、ボソボソっと「不会」(できません) あれ? あれれれ???あの看板と写真は何??

 どうしたものかと頭を抱えていると、天の助けが!! 治療を受けている女性が「I speak ...but, Can I help you?」(話せますけど、何かお手伝いしましょうか?) あぁ!!ありがたい!
 その女性の治療は一時中断となり、通訳してもらいながら、先生方に「3週間前に外れたこの銀歯を固定して下さい。別にどこも削らなくても、ぴったり填るはずです。」と伝えると、「そんなの簡単だよ、OK! OK! そこに座って!」と。え? ここって、通訳してくれてる女性がまだ治療中の診察台でしょう・・・。女性の治療が終わるのを待つことに。

 待ってる間に、中国語で自己紹介。助手の女性たちが大騒ぎしてました。通訳してくれた方にお礼を述べて、さぁ、私の番です。診察台は日本と同じ。使用する道具も同じです。薬品も多分・・・。同じです(匂いが同じでした)。処置はものの5分ほどで完了。2時間何も食べちゃダメとのこと。代金は50元(750円)でした。これで、硬いものもバリバリ噛めます!!硬いもの大好き!!

 私の歯は、虫歯になりにくいようで、思春期以降、虫歯はありません。旅行中に虫歯が見つかった場合、歯科医療の進んでいない国で治療すると、取り返しのつかない事態になることがあります。皆さん、気をつけてくださいね。


写真)英語は話せなくても、立派な設備の歯医者さんでした。

坊主 

 やはり、というか・・・

 とうとう、というか・・・

 やっちゃいました。まだまだ寒い日が続きますが、頭を丸めちゃいました。

 旅行中、私は、だいたい丸坊主です。いや、旅行中に限ったことでもないですね、大学に通ってる時も、会社員の時も、たまに坊主にしてました。これが楽なんです。それに、けっこう似合ってると自分では思ってます。

 1月15日、朝ごはんを食べに出かけたのに、2時間後、宿に戻ると丸坊主でした。朝食を食べたお店の隣が床屋さんだったんです。朝9時だというのに、もう数人のお客さんが順番待ちをしています。外から店の様子を見ていたら、おばちゃんが出てきて、何か言ってます。呼ばれたものだと思って、中に入ると驚いています。あっ、『今混んでるから出直して来い』と言ってたんですね。勘違いで入ったものの、まぁ、良い機会だから、ということで、刈ってもらうことにしました。

 おじさんたちが髪を切られる姿を観察しながら、順番を待ちます。白髪染めをしてもらってる人、毛先を揃えるだけの人、どこを切るの?という人・・・。


写真)この次が私の番

 さぁ,私の番です。手の平に大きく『僧』と書いて、おばちゃんに見せます。ちょっと驚いて、何か呟いたあと、カミソリを手にしました。違う!!違う!!粗らなくても良いよ!!
 以前の旅では、スキンヘッドの時期もありましたが、今回はそこまではしません。またいつかするかもしれませんが。

 バリカンでヴィーンヴィーン・・・とやったら、もう出来上がり。続いて洗髪。といっても、髪はないので頭皮を石鹸で洗います。

 顔は粗ってもらいませんでした。最近、乾燥して肌が荒れているので。最後に、耳の周りや首筋の刈り残しをチェックして、10分もかからずに全て終了。

 お代は、5元(75円)でした。

 坊主頭の写真をブログ上に載せるまでもないでしょう。右のプロフィールの写真と大差ありませんよ。

プチトラブル #03 

旅立ちから、今日1月14日で、6週間が経過しました。

 最近、困っていることがあります・・・

 ズボンの腰周りが緩々なんです。ベルトをきつく絞めないと、すぐに下に下がってきてしまいます。そう!それだけお腹の贅肉がなくなったということです。

 いつもサイクリング用のロングパンツを履いています。旅行に出発する2~3週間前に購入しました。買う時に、Sサイズにするか、Mサイズにするか迷った末、『M』にしました。多分、今の私のお腹周りはSサイズです。かといって、『S』を買っておけば良かったのか?というと、そうでもありません。今度は、太股のサイズが合わなくなってしまいます・・・。

 この6週間で、ずいぶんと体系に変化が出てきました。出発前は、かなり太っていましたからね・・・、自分でも自覚していました。
 出発時の体重は73㎏!!2005年春の体重が64㎏ですから、どれだけ無駄な肉が付いていたことか・・・。で、現在の体重は65㎏。ちょっと減り方が早いですけど、体が出来上がると、ある程度のところで体重減は止まると思います。

 サイクリストの筋肉は、かなり偏った付き方をします。著しく発達する筋肉は、太股と背筋(肩に近いとこ)。腹筋は、全くといって良いほど絞まりません。私のお腹がしぼんだのは、脂肪が燃えたから。

 ま、このズボンを3年間履き続ける訳でもないですし、今のところは、ベルトで対応できてますので、問題はなさそうです。

 以上、体についてのご報告でした。

 

西安到着!! 

ご報告です。さきほど、西安に到着しました。西安には4-5日滞在します。ぼちぼちエントリー増やしていきます。

心の!簡単中国語レッスン 

 1つ前のエントリーに関連して、ひとつ大事な中国語をご紹介します。

 私の脳ミソに冷凍保存されていた中国語の中で、一番初めに解凍された言葉です。これは、私が大学時代に中国語を習っていた時、教科書の1番最初のレッスン、第1回目の項目で出てきた言葉でもあります。

 『中国真大!!』 Zhongguo zhenda!!

 中国語会話の教科書だったと思います。中国に留学した日本人学生と中国人学生の会話の中で出てきたフレーズです。意味は、『中国はホント大きいね!!』

 なんて、深い言葉なんでしょう!!自転車で中国を旅していると、この言葉の真の意味が解ります。


 それと・・・。中国の人は、中国が広いとか、大きいとか、偉大だとか、そういう言葉が好きなんだと思います。地元の人との会話にも、時折この言葉を使います。

 「中国は本当に広いですからねぇ!3年旅の内、中国だけで半年も費やします。」って言うと、「うん、うん、そうだろうそうだろう。」ってな感じでニコニコ頷いています。

 ね?大事な言葉でしょう??

 覚えました?せぇ~の、はいっ! 『中国真大!!』

中国語、猛特訓中!! 

 公表していませんでしたが、私は大学時代、第二外国語で中国語を勉強していました。あっ、でも、勘違いしないで下さいね!話せる訳ではありません。こんなこと言ったら、大学でお世話になった先生に悪いかなぁ・・・。ごめんなさい、石川先生。

 そんな私ですが、中国に入国して、もう1ヶ月が経とうとしています。さすがに毎日毎日中国語だけの環境下に置かれると、眠っていた知識も目を覚まします。
 最近、地元の人々との会話もいくらか、キャッチボールができるようになってきました。当初は、会話に行き詰るとすぐに紙とペンを取り出して筆談をしていましたが、今は2度3度聞きなおして、音で理解するように努めています。

 私の中国語をお聞かせできないのが残念です。聞きたい方は、中国に来て下さい。って、冗談ですよ。

 さて、少し前の話ですが、1月2日の出来事。お昼ごはんで立ち寄った屋台のおじさんとのやりとりをご紹介します。

写真1)豆腐屋のおじさん

 このおじさんの屋台では、1杯0.5元のあんかけ豆腐を売っています。料理はそれだけ。隣に肉サンドイッチ屋(中国語の料理名忘れました)があって、どうやらその店の人と一緒に経営しているみたいです。
 湯気に誘われて、自転車を止めたら、「どうだい?食べてきな!食べてきな!」と凄い勢いで招き入れられました。とてもひょうきんなおじさんです。もちろん、英語は喋れません。料理を頼んで(といっても、一品だけですが)、待ってる間に中国語でお決まりの自己紹介。食べながら、質問を待ちます。おじさんは、かなり口数が多く、私に質問をしてるのか?仲間に話かけているのか?判らないくらいの勢いでした。
 「え?何?」「ん?・・え?」なんなんだ、このマシンガンは・・・、食べる暇ないじゃん!
 とうとう会話に困って、英語にチェンジ!!戦いから逃げてしまいました。たいてい、急に英語で話し始めると、相手が「え?何?何?わからない!」ってな具合になって、会話のトーンが落ちます。それを狙っていたのですが、このおじさんはお構いなし!!知ってる英語で返してきます。「OK!」「YES!」「OK!OK!」全く会話になってませんが・・・

 これが、2週間前の私でした。


 さて、1月13日の出来事。やはり、これもお昼ご飯で立ち寄ったお店での話です。

写真2)たまたま隣でごはんを食べていたお客さん

 いつものように、質問を受けて、長い自己紹介。その後も、いくつか質問を受けましたが、このおじさんは、とても口調が遅い、というか、ゆっくりしっかり話す方で、言ってることがかなり判りました。返答は、文法無視の拙い中国語ですが、なんとかおじさんも解ってくれているようです。おじさんから「中国語はチンプンカンプンって言ってる割に、話してるじゃないか」みたいなことを言われました。なんだか、妙に嬉しくて、中国語をもっとしっかり覚えようという気が湧いてきましたね。


 中国語、もっとしっかり覚えようと思います。予定では、この旅の中で最も長く滞在する国は中国です。2-3回に分けて滞在しますが、合計で6~7ヶ月はいることになりそうです。

 がんばりまっす!!

ある一日の食事 

 ここ最近、規則正しい生活を送っています。食事も1日3回きちんと決まった時間に食べるようになりました。

 どんなものを食べているのか、ちょっと紹介します。1月12日、106km走行した日の食事です。

 まず、朝食はこんなものを食べました。揚げパンに温かい豆乳、2元也。中国でポピュラーな朝食の1つだそうです。 油たっぷりの揚げパンですが、午前中の走行に必要なカロリーは賄えません。この後、包子(小さい肉まん)を6個食べました。2元也。


写真1)朝食 08:30

 朝食は『早餐』と看板を出してるお店で食べます。早朝はあまり店が開いてないので、選択の余地はあまりありません。


 さ、走行開始!!午前中はまだ気温も低いので、走行スピードも上がりません。たまに立ち止まっては、周囲の人に質問をされながら、エッチラホッチラ走ってます。
 空気が乾燥しているので、たまに飴玉を口に入れてます。1日で10個ぐらいでしょかね。ついつい、噛み砕いてしまうので、乾燥対策っていうよりも、糖分補給でしょうか・・・。

 お腹が空く頃になると、気温も高くなってきます。午後1時を目処にお昼ご飯です。屋台でチャンポン風味の打ル麺(打ち伸ばした麺)を食べました。

写真2)これは美味しかった!! 13:05

 お昼ご飯は、市場やバスターミナル周辺の屋台で食べることが多いです。田舎を走っていても、30分(10㎞)も走れば、何かしら人がたくさん集まるエリアがあります。昼ごはんには困りません。


 昼からの走りは快調!テンションもスピードも上がります。午後の授業に向かう子供たちを追い抜く時は大きな声で「ハロー!」「ニーメンハオ!(こんにちは皆さん)」 反対車線にいる人々には、手を振ります。みんな振り返してくれるから気持ちが良いです。

 おやつ代わりに、バナナを購入。4本で2元也。走りながら、食べます。バナナに限らず、食べたり飲んだりする為に停車することはあまりありません。交通量の多いところでは別ですが。

 日が暮れる頃、宿を探してチェックイン。部屋で汚れた体を拭いて、上着を着替えて、近所の食堂に出かけます。夜はなるべくきちんとしたものを食べます。この日は、炒飯とシイタケ&野菜炒め。12元也。

写真3)けっこうボリュームありますが、平らげてしまいます。

 夜ご飯は、野菜炒めとご飯という組み合わせが多いですね。炒飯よりも、白飯を食べることが多いです。田舎町の小さな食堂に入ると、20~30種類の料理がメニュー載っているのに、「今日はピーマンと白菜しかない」なんて言われることがあります。多分、中国で一番食べている料理はチンジャオロースです。


 とまぁ、こんなものを食べてます。飲み物は、お店では『お湯』か『薄いお茶』。走行中は、お茶500mlとコーラ1.2L。あっ、そうそう、夜食に残りのバナナを2本食べました。

 どれくらいのカロリーを摂取しているのでしょね?多分、4000kcal以上はあるんじゃないですか??かなりの大食漢になっています。

ダウンヒルは苦手です。 

 上り坂って嫌いじゃないんですよね。嫌なことは嫌なのですが、いざ登り始めると、俄然気合が入ります。やはり『M』なのでしょうか??
 しんどい登り坂、軽いギアで何とか上って、噴き出す汗を拭いつつ、次第に目の前が開けてきたかと思うと・・・。峠のてっぺんです!!峠を登リきった時は、気分が良いもんです。

 峠越えの醍醐味は下りだ!! そう言うサイクリストも多いでしょう。しんどい登りの後の下りは気持ちが良いですよね。でも、私はダウンヒルが苦手なんです。スピードがグングン上がるのが怖いんです。それに、せっかくここまで登ってきたのに、下っちゃうのか・・・という感覚もあります。


写真1) 1/8 登封から長い登り、少林寺を過ぎてもまだ登り、走行15km過ぎ、急に視界が拓けたかと思うと、一気に下り!!

 1月11日、三門峡から西に走り、陜西省のトンカン(漢字が出ない)まで走りました。ちょうど、省境に差しかかったあたりからの坂道がとにかく大変でした・・・。1/6の鄭州~登封の谷間なんて、今思えば『谷』と呼べるようなものでもなかったですね。トンカン周辺は、標高700m(私の腕時計の高度計によると)ぐらいの台地が連なっています。台地と台地の間には深い谷があって、その谷の底は標高400mぐらいです。標高差300mというわけです。


写真)谷間はこんな感じ。向こうにうっすら次の台地が見えます。これがいくつも連なってました。

 走行していた310国道は、道幅も狭く、所々小石が転がってるし、坂道はウネウネ曲がりくねっています。この国道に併走して、高速道路が走ってます。高速道路は谷間に長い橋をかけているので、平坦でさぞかし走り易いことでしょう。いいなぁ・・・

 さて、『峠越え』ならぬ、『台地の谷間越え』です。登り坂はともかく、この坂を一気に下るのは危険です。しかし、スピードは出てしまうもの。ブレーキかけっぱなしで2-3kmも走りたくありませんし。幸いにして、この区間を走る車は、ほとんど高速道路を利用するため、交通量は少ない・・・。見通しのよい直線の下りでは、ノーブレーキで下ってました。

 この日の走行終了後、メーターの最高速度記録を見ると、62km/hと出ていました。初めて体験するスピードではありませんが、あの重い『自右衛門号』が60km/h以上出てたのかと思うとゾッとします・・・。

 チキンでけっこう!! スピードは控え目で行きたいと思います。


現在地の報告 

 久しぶりにエントリーします。

 現在、河南省の三門挟という街に滞在しています。ここは通過する都市、1泊のみのです。

 12/29にスタートした西安大移動、12/29-1/1までの4日間は快調に走っていたのですが、1/2の午後からお腹が痛くなってしまい・・・。翌1/3朝には回復してましたが、走る気が沸かなかったので、休養日としました。
 1/4から再び元気に走行開始!! 翌1/5には、河南省の省都/鄭州に到着。1/6-7を少林寺の観光に当て、1/9には洛陽の龍門石窟の見学に行きました。

 次第に上り下りが激しくなってきたこの数日、なかなか走行距離が伸びませんが、道路標識に[西安]の文字が現れる距離まできました。あと3日も走れば西安到着です。

 今いるネットカフェは、回線が途切れがちな上、写真のアップができないので、この1-2週間のエピソードは、後日西安で入力したいと思います。

石の仏様 

 1月9日、洛陽郊外の龍門石窟に行きました。

 中国の石窟と言えばが、私は敦煌の[莫高窟]を思い浮かべますが、ここは[莫高窟]、大同の[雲崗石窟]と並び有名なのだそうです。

 前日に龍門近くまで移動して宿を取り、この日は午後から走るつもりで朝早くから観光に出ました。開園の8時にゲートへ。朝靄の中、見学開始。伊河の東側の蟻の巣の様な石窟群を覗いて歩きます。

 しっかし...、有名な観光地だと言うのに誰もいません。観光客どころか係員まで。貸し切り状態です。一つ一つ見て行って、半分見終わった頃に係員たちが出勤して来ました。

 印象に残ったのは、15000尊もの小仏が壁一面に彫られた[万仏洞]です。他にも様々な石仏と対面しました。どれも古いものばかりです。


写真1)龍門石窟(伊河東岸)


写真2)[万仏洞]

 ところで、仏像がどこで生まれたか知ってますか??つまり、仏様の姿を彫るようになったのはどこの国か?って質問です。中国ではないですよ。もちろん日本でもない。仏教発祥のインドかと思いきや、パキスタンなんです。正確に言うとパキスタンとアフガニスタンにまたがる、ガンダーラ地方です。

[ガンダーラ]ゴダイゴの有名な歌でも出てきますよね??『そこぉ~に 行ぅけばぁ~ どんな夢もぉ~ 叶うとぉ~ 言うよぉ~』

 2000年12月5日、彼の地に残る巨大な石仏の前に、私は立っていました。2001年に破壊されたアフガニスタンのバーミャンの石仏です。凍てつく冬のバーミャン盆地に聳える、巨大な『顔のない仏像』と見つめ合いました...。あの瞬間が、私の人生で最も濃密な時間です。あの瞬間を越える経験がこの旅の中であることを願っています。ま、アフガンの話はまた今度するとします。

 この旅でも沢山の仏様と対面することでしょう。

 

少林寺 / 禅寺編 

 少林寺、言わずと知れた[小林拳]の総本山ですが、ここが中国禅宗始まりの地であることはあまり知られていないでしょう。

 この少林寺では、ある有名なお坊さんが修行をしています。インドからやってきた普提達磨、あの『だるまさん』です。527年、達磨がにこの地で開いたのが、禅宗というわけです。

 少林寺の裏手の山の山頂付近に、達磨が9年間誰にも会わずに修行したという洞があります。その名も達磨洞。夕方、汗ダクになってここまで登ってみましたが、管理人がすでに下山していたため、中は見ることができませんでした。達磨洞から少し登ると、もう山頂。頂きには、巨大な達磨像が座しています。しばし、達磨像とともに、少林寺とその周囲の険しい山々を眺めてから下山しました。

写真)純白の達磨像

 『禅』 旅行中、欧米人と長く語らっていると、必ずといっていい程、話題に挙がります。おそらく、欧米人に最も良く知られた宗派でしょう。私は、この禅について、知っているようで、何も知りません。簡単に、『理解してる』と言えるものでもないでしょう。でも、禅の何が欧米人を惹きつけるのか? 興味があります。いつかきちんと学んでみたいものです。

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