スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

なんか苦しい・・・よね?? 

ずいぶんと古いエピソードですが、アップするのを忘れていたので・・・。2006年6月、中国雲南省での話です。


 6月25日 空は薄曇。のんびり朝食を取って、麗江の町を出発。体調はばっちり!!

 麗江を出て、真北に走ると玉龍雪山のすぐ東側を走ることになります。間近に5千m級の美しい峰々を見ることができるのです。が・・・、玉龍雪山は、雲の中。走っている内に雲が晴れることを期待してペダルを踏みます。

 麗江の市街地を抜けると、真北へ一直線に延びる二車線道路になりました。さすがは、観光地!立派な道です。時折、横を走り去る観光バスに手を振りつつ、快調に平らな道を走り続けます。お気楽サイクリングを楽しんでいると・・・、すぐ後ろを走るカリーナの様子がおかしい。酷く息が荒いのです。

心 「大丈夫?やけに呼吸が荒いけど。」
カ 「うん、大丈夫。きっと標高が高いからよ。」

 そう、ここはもう標高2000m以上の高原地帯。歩いている時は気がつきませんが、運動をすると息が切れるのです。とてもきつそうなカリーナですが、私には、空気の薄さは感じられません。すでに2000m以上の峠をいくつも越えていますし、彼女に比べると、走ってきた時間と距離の桁が違います。

 時速23kmから、時速18kmにペースを落としましたが、カリーナの呼吸はまだ荒い・・・。体調が悪いのかも?と心配し始めた頃、私にも異変が!?
 ハァー・・・ハァー・・・ハァー・・・、あれ?なんか苦しい・・・!?次第に息が荒くなり、10分ほどで、ハァハァぜーぜーの息切れ状態に陥りました。なんで?急に??ペースを更に落とし、時速15kmほどで走行。様子を見ます。

 ハァー・・・ハァー・・・ハァー・・・

 ふと、腕時計の高度表示を見ると、『標高2540m』。特別に標高が高いと言うわけではありません・・・。頭を傾げて、再びペダルを踏み込む。そして、しばらくして、また高度表示を見ると『標高2580m』えっ??40m上がってる!?腕時計をよくよく見てみると、この10分間で、100m近く標高が上がっています。 道は緩やかに上っていたのです!!

 私たちは、真っ平らな道だとばかり思っていました。上り坂は、平地に比べ、体にかかる負荷が違います。なのに、平地のつもりで上ってるんですから・・・、息が切れるのも当たり前です。

心 「カリーナ!わかったよ。この道、平らなようで、実は上ってるんだよ!」
カ 「えっ?上り?知らなかった。私はてっきり、今日はよっぽど体調が悪いんだと思ってた。」
 
 というわけで、上り坂と解ってからは、呼吸が元に戻りました。不思議なもんですね、人間の体って。その後、3200mの峠を越えましたが、息は切れませんでした。

RIMG0497.jpg
写真1)10kmの直線道路。坂のような・・・。平坦なような・・・。

スポンサーサイト

独り旅・継続 

 さて、ラサに到着しましたが、ここで再合流するはずだったカリーナの姿はありません。

 彼女は、私から先行すること3週間、7月2日に飛行機でラサに到着しました。そして、7月20日に、ラサを出発してしまったのです。
 彼女は、彼女自身が抱える大きな問題のため、私とドイツまで走れなくなったばかりか、ラサで私を待つこともできず、かと言って、独りでラサからネパール・カトマンズまで走ることもできず・・・、自転車を降りて車でカトマンズに向かったのかな?もしかしたら、自転車で走ってるのかも知れません・・・

 彼女の問題は、私にはどうすることもできません。彼女自身にも問題解決の方法が判らないのですから・・・。独りでカトマンズまで走ってやしないか、心配です・・・

 6月初めに出会ってから、お互いに強く好意を覚え、二人で旅をすることを決めました。スタートして僅か6週間、しかし、実際に一緒に過ごしたのは4週間未満でした。7月18日付けで届いたメールを以って、二人旅は終了しました。

 私は今後も2ヶ月間はチベットを走ります。チベットでは、筆舌に尽くし難いほどの大自然の中を走るので、たまには孤独を感じることもあります。が、これまで半年以上独りで走ってきた私には、それほど苦ではありません。何より、圧倒的な大自然に、まさしく『圧倒』されている内に、1日が終わってしまうのですから。

 ただ・・・、この素晴らしい景色、星空、地元の人々との交流、それら諸々を一緒に共有できる人がいなくなったということは、勿体ないことだと思います。

 さぁて、独り旅・継続です。

ラサ到着!! 

7月27日 チベットの首都・ラサに到着しました。

 7月11日に雲南省・徳欽を出発、その日に中国/チベット間の境界を跨ぎ、17日間で1516kmを走りました。途中、1日休養日を入れたので、実質16日間の走行。かなりのハイペースですが、体力的には、全く問題ありません。この7ヶ月半で鍛え上げた体は、期待以上にタフでした。

 ラサ市は、漢化(漢民族化)が激しく、漢民族の中国人観光客も多い・・・。チベットの都が中国に喰われていく様がありありと見て取れて、ちょっと悲しい気分を覚えました。

 この街には、10日間以上滞在することになると思います。明日、28日から、怒涛のブログエントリー開始します。お楽しみに。

RIMG0960.jpg
写真)ポタラ宮殿前にて。ガッツポーズ! この後、中国人観光客に囲まれ質問の嵐・・・。

ラサへの道!! / 17日目で到着だぁ!! 

7月27日 さぁ!ラサ入りの日です!!

 夜中、屋根を打つ雨の音が聞こえていたような・・・?目覚めると、7時半を回っていました。寝坊です。7時半には出るつもりだったのですが・・・
 私を起こしてくれたのは、ラサからやってきた巡礼者たち。6時にラサ市内を出発する始発の巡礼バスで到着した人々が、階下の食堂でワイワイと朝食を取っている音で起きました。慌てて身支度を整えて、自転車をセッティング。宿の外に出ると、先ほど到着した巡礼の人々は、食事を終え、リンコルを始めたところでした。歩いて回る人もいれば、五体投地で回る人も。昨晩の雨で湿った地面に体を投げ出し、石だらけのリンコル道を進んで行きます。凄いなぁ・・・。

20060831001537.jpg
写真1)五体投地でリンコルを進む巡礼者たち。

 8時15分、ガンデン寺を出発。ここからラサまでは、60kmほど。時速20kmで走ったとして、3時間、11時半ぐらいか・・・。予定では10時半ぐらいまでには宿に入っておきたかったのです。というのも、この夏のラサは異常な観光客の量で、人気の宿は午前中に全て部屋が埋まると聞いていたからです。7月の青蔵鉄道開通と近年の中国人の国内旅行ブームが重なり、とにかくラサは凄いことになっているらしい・・・。
 昨日2時間半かけて登ってきたジグザグ道を一気に下り、キチュ(ラサ川)沿いのなだらかな道を全力で漕ぎ続けます。時速は30km近くをキープ。ラサに到着してしまえば、明日からは休養の日々です。多少無理したって構いません。全力でとにかくペダルを踏む!踏む!踏む!!

20060831001914.jpg
写真2)羊の群れとすれ違う。いつもならノンビリ眺めるところですが、今日は素通り。

 チベット入りして17日目、途中休養日を1日入れましたが、ほぼ走りっぱなしの日々でした。しかし、体はそれ程疲れていません。ラサはもう目の前!その気持ちが踏み込むペダルにいつも以上の力を与えてくれます。片側1斜線の国道318号線(川蔵公路)を走る車は多く、久しぶりに排気ガスの臭いの中を走りました。

20060831002433.jpg
写真3)あれ!?あれって?ポタラ宮殿じゃん!!

 ラサ中心まであと10kmほどとなったところ、畑の向こうにラサの町並みが見えてきました。さらに、よ~く見てみると!?ポタラ宮殿が見えているじゃないですか!!おぉ!チベットのシンボルだぁ~!!俄然気合が入ります☆このペースで行けば、11時にはラサ入りです。
 午後11時、ラサ川に架かる橋を渡り、ラサ市内に入りました。やたらと興奮してしまって、「ヒュー!」とか「ワォー!」とか叫んでいたかも知れません。3週間かかると思っていた道のりを17日で走破しました。途中、警察や犬や高山病などの問題も一切なし!完全勝利ですよ。

 中国語の看板が沢山架かる通りをいくつか走り抜け、ラサ市中心部のチベタンエリアを通り抜け、目指すはポタラ宮殿!街の中心を東西に貫く北京路(北京東路・中路)を走ると、見えてきましたよ、ポタラ!!

 ポタラ宮殿前の歩道に自転車を停め、通りすがりの欧米人観光客を呼び止めて写真を撮ってもらいました。快く引き受けてくれたのはベルギー人カップル。記念写真の後、彼らからの質問を受けていると、私の周囲には10数人の中国人観光客・・・。私に何の断りもなく、バシバシ私の写真を撮っています。まぁ、こういうのには慣れてますけどね、その後に、投げかけられた言葉が良くなかった・・・。

「Welcome to China !!」

 と、にこやかに言葉を掛けてきたのは、北京から来たという中国人一家の奥さん。なんて、見当違いな言葉でしょう!感動のゴールだったのに、雰囲気ぶち壊しです。

「すみませんが、あのね、今日、俺はチベットの都・ラサに到着したの!確かにココは中国の一部かもしんないけど、俺が中国に到着したのはもう半年も前だし・・・。だいたい、あんたら、『ようこそ中国へ』って言葉、おかしいと思わないの?見当違いも好い加減にしてくれよ!」

20060831002606.jpg
写真4)記念写真

 とまぁ、英語で一気に抗議しましたが、理解してくれたのはベルギー人カップルだけでした。中国人ギャラリーを追い払い、しばらくポタラ宮殿を眺め、再び胸に熱いものがこみ上げてきたところで、宿探しに出発!
 ジョカン寺周辺の外国人向けの宿を10数件周りましたが、ほとんど「没有」 ないよ)の一言。空き部屋・空きベッド無しです。最後にたどり着いたのが、北京東路沿いの吉日旅館(キレーホテル)、ドミトリーで40元なり。この夏は、どこの宿も連日フルなので、価格設定はかなり強気です。「2~3週間連泊するから安くして!」とお願いしましたが、通りませんでした。 
 熱々のシャワーを浴び、部屋で荷物の整理をしていると、同室の旅行者が部屋に帰ってきました。中国系アメリカ人のティナ。夕食は、彼女を誘って、外国人向けのレストラン『タシレストラン』へ。標高の高い地域では深酒は禁物、ティナはビール一杯だけでしたが、私はラサ到着の祝杯でビール2本 部屋に戻ると頭がグルングルン回っていました。走った日に飲むビールは良く回りますね。まぁ、お祝いだから、良しとしましょう。


 が初めてチベットを旅したいと考え始めたのは、1998年、19歳の頃。大学2年目の夏に、どこに行こうかとれようと色々調べ始めた時、ふとチベットという場所が浮かびました。その頃は、パーミットやら手配旅行やらと、何かと制限が多い時代だったので、本格的に検討する前に諦めてしまいました。まだ私は旅の初心者だったんです。
 その3年後の2001年、インドのダラムサラで、ダライ・ラマ14世に初めて会って、いよいよ固まったラサ訪問の目標。彼は、外国人旅行者のチベット旅行は、「我々の国を知る良い機会。ぜひ訪れて下さい。」と言っていました。現在のチベットは、中国の一地方として、急激な漢民族化が進んでいます。青蔵鉄道の開通は、そういった流れの象徴的な出来事です。この夏、大きな変化の中にあるチベットを訪れることができたのは、ある意味で、良いタイミングなのかも知れません。

 チベット入り17日目、ラサ到着!!この先、3ヶ月はまだまだチベットの旅が続きます。チベットをとことん楽しむぞ!!

走行距離65km/最高地点:4300m/最低地点:3680m/宿泊地点:3680m

ラサへの道!! / 16日目 

7月26日 ラサまでは残り70kmちょっと。1日で走れる距離ですが、今日はまだラサまで走りません。

 メルドゴンカルの町から、ラサ方面に30km走り、そこから山道を10km登ったところにあるガンデン寺という大きな僧院に立ち寄ることにしました。朝一番で漕ぎ始めれば、ガンデン寺に寄ってからでもラサに辿り付けますが、そんなに慌てる必要もありません。ガンデン寺には宿坊があるので、今日はガンデンに泊まるつもりで、ゆっくり出発。

 朝8時、ラサまで真っ直ぐ走るという同宿の中国人サイクリスト2人を見送り、私は9時半までゴロゴロ。朝食後、10時過ぎにメルドゴンカルを出発。ラサまではキチュ(ラサ川)に沿った緩やかな道が続きます。下流に向かって走りますが、あまりに緩やかな流れなので、標高差はほとんどありません。
 メルドゴンカルを出て10kmほどのところで、前方から走ってくるサイクリストを発見!停まって待っていると、中国人サイクリスト。58歳、60歳のおじさん2人と20代の青年。ラサから走り始めた初日というだけあって、顔もまだ日焼けしてないし、自転車もピカピカ おじさんたちは雲南省へ。青年は四川省へ向かうそうです。

20060830235912.jpg
写真1)ラサから60km走ってきたサイクリストたち。まだまだピカピカ。

 更に10kmほど走ったところで、今度は、後方からサイクリストが!北京から2ヶ月かけて走ってきたという20代の3人組。英語が堪能で色々お喋りしながら走っていましたが、どうも話しながらの走行はきつい・・・。彼らの荷物も私の4~5分の1程度、ガンガンペダルを踏み込めるので、私よりも速いんです。「荷物の量が違うから、君らには着いていけないよ。」と告げると、「ちょっと君の自転車乗ってみてもいい?」と。試しに自転車を交換してみると、「なんじゃこりゃ~!?どうやってこんな重い自転車乗ってんの!?」と絶叫してました。どうやって?って・・・、慣れですよ、慣れ。

20060830235956.jpg
写真2)北京から2ヶ月でラサへ向かう彼ら。えらく早いなぁと思ったら、途中でバスとか電車とか乗ってきたらしい。

 3人組とのお喋りも尽きた頃、ガンデン寺へ向かう分岐点が近づいてきました。彼らに別れを告げ、国道を逸れ、未舗装道路に入りました。分岐点からガンデン寺までは10km、約600mの登りです。目の前の山肌には、ジグザグに険しく登る道が見えています・・・。時刻は12時、まぁ、2時には到着するでしょう。

20060831000111.jpg
写真3)ジグザグジグザグ半分ぐらい登ってきました。

 ガタガタの路面を時速5kmぐらいで登って行きます。数日間、快適なアスファルト舗装が続いていたので、久しぶりにオフロードを走るような気がします。快晴の空からは、強烈な太陽光。時折すれ違う車やバイクが巻き上げる土ぼこりが全身を覆います。ガンデン寺はすぐこそに見えてるのに・・・、遠いなぁ・・・。

20060831000227.jpg
写真4)放牧の羊たちも熱いんです。日陰を見つけて一休み。

20060831000703.jpg
写真5)ガンデン寺はすぐそこ!

 午後2時半、ガンデン寺に到着。入り口の脇には、チケット売り場がありましたが、自転車で日本からやってきて、この坂道を登ってきた私に感動したチケット係りのお坊さんは、なんと!タダで入れてくれました。いやはや、ありがたい。40元得しました。
 敷地に入ると観光客の姿が。ラサ市内からランクルやバスでやってきた人々です。さきほど、私に土煙を浴びせた人々もこの中にいるのでしょう・・・。ガンデン寺の見物をする前に、先に宿にチェックイン。寺や僧院に併設の宿泊施設は、やはりお坊さんが管理しています。通りすがりのお坊さんを呼び止めて、宿坊まで案内してもらいました。宿は、入り口脇の大きな建物。ドミトリーで15元なり。他にチベタンの巡礼者などが部屋にいないかと期待しましたが、8人ドミに客は私だけ。他の部屋には、フランス人親子の旅行者がいました。

 部屋に荷物を運び込み、遅い昼食はインスタントラーメン。雲南~ラサの長期移動に備えて買い込んでいた食料は、半分近くが余っていました。結局、キャンプをしたのは2泊だけでしたからね。お腹が満たされ、ちょっと横になるとウトウト・・・。起きたら4時でした。たかだか30分程度の昼寝でしたが、気持ちが良いもんです。さぁ、そろそろお寺の見学をしないと、建物が閉まってしまいます。

20060831000812.jpg
写真6)ガンデン寺。標高4300m地点。

 午後4時を回り、歩き回る観光客の数は激減していました。歩いているのは、巡礼のチベタンとお坊さんだけ。観光客は、宿坊に泊まっている私とフランス人親子の3人だけ。貸切状態です。大きなお堂を3つ覗きました。誰もいないお堂の中は薄暗く、バター灯明の匂いが充満し、煌びやかな仏や菩薩、高僧たちの像が静かに並んでいました。
 一見古そうに見えるこれらの僧院・お堂ですが、実はまだ新しいものです。1960年代、中国に吹き荒れた文化大革命により、チベット中の僧院・お寺が破壊されました。この20年ほどで再建が進んでいますが、まだまだ在りし日の姿には程遠いところも多いのです。ここガンデン寺もまだ再建途中。

20060831001006.jpg
写真7)お堂の壁画を描く絵師たち。

 一通り建物を見学した後、ガンデン寺をリンコルしました。リンコルとは、お寺や僧院の周りにある巡礼道のことで、それを回ることを意味します。チベット仏教は全てが時計回り。お寺を巡る時も、聖地・聖山を回る時も、お経の入ったマニ車を回す時も、全て時計回り。宗教的なものに限らず、チベット人で混雑する街の市場やお祭りの会場ですら、自然と右回り(時計回り)に人の流れができています。もう体に染み付いているんでしょうね、右回りが。

 タルチョやマニ石で飾られたリンコル道を歩きます。他に人はいません。ガンデン寺は標高4300mの山頂付近にあるので、リンコル道からの景色は最高!600m下にはキチュ(ラサ川)とその周辺の田園地帯が見えています。目線を上げると、周囲には、標高4000~5000mの山々。天気が良かったので、遠くまで見渡せました。1時間半ほどかけて、ガンデン寺と山をぐるりと一周。

20060831001049.jpg

写真8)リンコル道より、眼下のキチュを望む。

 宿に帰ると、フランス人親子が宿を管理するチベタンと何やら揉めています。中国語で通訳に入ってあげると、食事のことでした。宿には食堂が併設されていますが、今夜はモモ(チベットの蒸し餃子)しかないとのこと。「今日は、ヤク肉のモモしかないんですって」親子に告げると、仕方なさそうにモモを注文していました。私もモモを注文し、3人でお皿に山積みにされたモモを平らげました。

 日が暮れた頃、ガンデン寺の山に問答の掛け声が響き始めました。チベット仏教の問答は、アクション込みのとても騒々しいものなのです。問答のことはまた今度紹介しましょう。
 真っ暗な空を見上げると、あれ?なにやら雨の予感。星が全く見えません。明日は、日の出と共に出発する予定です。屋明けまでに雨が上がってくれることを期待して、早めに床に就きました。

 チベット入りから16日目、明日にはラサ到着だ・・・。興奮して、なかなか寝付けませんでした。

走行距離:39km/最高地点:4300m/最低地点:3700m/宿泊地点:4300m

偽ペプシ 

 コーラはコーク(Coke)派ですか、ペプシ派ですか?

 私はペプシ派です。普段、日本ではコークを選びますが、旅行中は、ペプシばかりを飲んでいます。大した味の違いはないのですが・・・・、なぜか毎回ペプシ。

 さて、そんな具合でペプシマンの私です。ここ中国・チベットでもペプシを飲みます。走行中の飲み物は水が主ですが、商店に寄った時なんかは、ペプシで小休憩。7月25日、ラサまであと100kmを切ったあたり、みちばたの商店でコーラを購入。

「給我一瓶百事可楽!」 ペプシコーラ1本下さい!

商店のおばさんは、冷蔵庫からペプシコーラを取り出しました。

おぉ!スゲェ!!冷蔵庫だ!・・・おぉ~!冷えてる!! えぇ~っと、多少銭?(いくら?)」

「2元」

えっ?2元!?そんなに安くていいの? ハイ!2元!!」

 ペットボトルのコーラは大抵3~4元します。冷えたペプシコーラを2元で飲めるなんて!良い買い物をしました。飲み干してから出発しようと思っていましたが、自転車の周りに人だかりができていたので、冷えたコーラを背中のポケット(サイクルシャツには背中にポケットがあるんです)に入れて、早々に立ち去ることに。地元民との交流は大切ですが、今は、この冷えたコーラを楽しむことの方が大切です。

 走り始めて、片手でペットボトルのキャップを開ける。器用に開けるんですよ、私。さぁ、冷たいコーラ!飲んじゃう
もんねぇ~!!

 「グビッ!グビッ!ンゴクン・・・、 あぁ・・・またやられた・・・」

20060831003310.jpg
写真)2元のコーラ

 これペプシじゃねぇ~じゃん!!

 そうなんです。ペプシコーラの類似品でした。味はケミカル飲料であるコーラの中でも、トップレベルのケミカル味。冷えていても、不味いモノは不味いですよね。しかし、買ったものは飲まなきゃ勿体ないし・・・。常温になる前に飲んでしまわなきゃ、常温では飲めたものではない・・・、一気!!

 中国では、ペプシコーラやコカコーラの類似品が沢山あります。中国本土では、『非常可口』というコカコーラの類似品がありましたが、これはまぁなんとか飲めました。

 皆さん、類似品には気をつけましょうね。

ラサへの道!! / 15日目 

7月25日 ラサ手前最後の峠を越える日、目覚めはイマイチ・・・

 昨晩、早めに床に就いたのに、なかなか寝付けませんでした。宿は、『芒康兵館』という簡素な宿。兵館というと日本語では『ホテル』に相当する宿泊施設ですが、ここは広い部屋にベッドが並んでいるだけ・・・。夜中に到着したチベタン商人が、トラクターで運んでいた雑貨を部屋に運び込み、朝方に再びドカドカと大きな音を立てながら、積み込みを始めました・・・。私は、大抵どんなにうるさくても眠れるんですがね・・・、この夜はなぜか眠れませんでした。8時半、宿を出発。町の食堂でインスタントラーメンの朝食。

RIMG0812-1.jpg
写真1)芒康兵館の中。電気なし。水道なし。シャワーなし。トイレなし。

RIMG0813-2.jpg
写真2)芒康兵館

RIMG0815-3.jpg
写真3)松多の町に水道はなく、朝一でみんな山水を汲みに行く。

 なんだかまだボケーッとしていますが、松多の町を出発!走り始めてすぐ、中国人サイクリスト2人組に追い付きました。四川省から走ってきたという大学4年生。中国の学校は6月で終わるので、彼らは卒業したての卒業旅行中といったところでしょうか。英語もしゃべります。ぼちぼち話しながら一緒に走っていましたが、どうもペースが合わない。荷物が私の5分の1ほどしかない彼らは、加速が良いのです。峠の頂上で会うことを約束して、別々に走り始めました。

 緩やかな道は、徐々に標高を上げ、目の前に山が見えてきました。これがラサ手前最後の峠、ミラ峠か・・・。標高はちょうど5000m。えっちらほっちら走り続け、先を走っていた中国人サイクリスト君たちを追い付きました。「大丈夫かい?先行くよ。」ちょっと余裕を見せつけようかと、わざとらしく追い抜いたものの・・・、彼らも負けてはいません。すぐに抜き返されてしまいました。荷物が軽いからなぁ・・・。彼らは八一~松多間をバスで移動してきています。「そんな甘いサイクリストには負けたくない!!」けど・・・、追い付けない。

 標高4700mを超え、緑の河原に遊牧民のテントが見え始めました。視線を上げると、峠の頂上付近も見えているみたい。舗装道路の5000mは大したことなさそう。時速7km程度ですが、テンポ良く走り続けます。

RIMG0817-4.jpg
写真4)青空ビリヤード場。

RIMG0828-5.jpg
写真5)遊牧民のテント。転がっているのは、平たく伸ばしたヤクの糞。乾燥させて燃料としてつかう。

RIMG0832-7.jpg
写真6)遊牧民が飼っているチベット犬。獰猛極まりない!

 いよいよ峠に差し掛かり、標高は4900m。あと100mの登り。視線を上げると峠のタルチョが見えてきました。緩やかな登りをゆっくり登っていると、前方からマウンテンバイクの欧米人が5人駆け下りてきました。荷物は無し。おそらくラサ市内からサイクリングツアーでやってきた人たちでしょう。私が登ってきた坂道を「ヒュ~!!」と雄たけびを上げながら風のように下って行きました。唖然としましたが、これもラサが近い前兆だと思うと、気合が入ってきました。峠のてっぺんまで、一気!!

RIMG0847-8.jpg
写真7)標高4950m。てっぺんまであと少し。

RIMG0851-9.jpg
写真8)どぉ~ん!!ミラ(米拉)峠です。

 ミラ峠に到着すると、何やら人の気配。車が沢山停まってる・・・。車の列を抜けると!峠の展望台付近に、数十人、いや、100人近いかな?とにかく沢山の中国人観光客。マイクロバスとランクが何台も停まっていたので、ツアーか何かの客でしょう。当然のことながら、私に向かって色々と質問を浴びせてきます。目立つ形をしているので仕方がないのですが、なんだか答えるのが億劫・・・。中国人観光客が沢山いると、どうしても気が引けてしまうのです。『チベットに中国人が溢れてる・・・』って。
 私を囲むアマチュアカメラマンたちの輪を見つけて、今朝の中国人青年たちが寄ってきました。彼らは長いことここで待っていたようです。時間は13時、せっかく待っててくれたんだし、一緒に昼食を、ってことになりました。さぁ、下りは私の方が早いぞ!

RIMG0856-10.jpg
写真9)先に行くよ~!

 超重量の私の自転車は、下りは圧倒的な加速力を誇ります。見通しの良い下りでは、時速60kmもすぐに突破。中国人サイクリスト君たちを後に、一気に下る!!初めの町で待つという約束なので、スピードをあわせる必要はありません。天気は快晴!気持ちの良いダウンヒルです。時折、停車して写真撮影。しばらく下りっぱなしの道を軽快に走り、初めの町が出現!みちばたに自転車を停めて、彼らを待ちます。

 15分ほど待って、ようやく合流。どうやらブレーキの調子が悪いらしく、慎重に下ってきたようです。昼食はチベット人が経営する食堂へ。チベット人が中国人を嫌っていることを自覚している彼らは、当初、チベタン食堂で食事をすることを躊躇っていましたが、私が無理やり希望を通してしまいました。チベタン食堂にメニューはありません。2~3種類しか料理がないのです。この日あった料理は、ヤク肉のスープだけ。薄く平たいパンと一緒にヤクの肉を食べました。味付けは塩だけ。ヤクの独特なニオイがスープ全体に染み出していて・・・、『あぁ・・・、中華にすれば良かった。』と思いました。チベタン食堂の雰囲気は好きなんですがね。料理はイマイチかな・・・。

 食後もそれぞれ自分のペースで走行。宿泊する町は一緒なので、中国人サイクリスト君たちは先に行きました。私はのんびり田園を楽しみながらの走行。午後6時、メルドグンカルの町に到着。彼らが探しててくれた宿に、一緒にチェックイン。宿帳への記入も不要で、楽させてもらいました。夕食は、町の中華食堂へ。中国人がチベットに溢れていることには、時として嫌悪感を覚えてしまいますが、美味しい中華料理が食べられることは有り難いですね。

 ラサ手前最後の峠を突破!ラサまであと少しだ~!!

走行距離:115km/最高地点:5000m/最低地点:3800m/宿泊地点:3800m

ラサへの道の花 

7月21日~24日の4日間で撮影した、みちばたの野花の写真を紹介しましょう。

 ちょっとした気分転換で始めたフラワーウォッチングですが、やり始めてみると・・・、ハマッてしまいました。「あっ!あれ新種だ!」「おっ、こいつはキレイ!」「これは・・・、前に見たっけなぁ?」なんて言いながら、デジカメで可憐な野花たちを撮る!撮る!撮る!!

 4日間経って、デジカメの写真を確認してみると・・・・。なんと!?75種もあったのです!!

 花弁や葉っぱの形、色などで勝手に判別して、75種類ってことです。全ての写真を掲載すると、大変なことになるので、スクラップ写真を作ってみました。

20060817163924.jpg

20060817164123.jpg

20060817164200.jpg

写真)7月の東チベットの花々です。

 今後も、9月くらいまでは花が見られることでしょう。100種突破目指して、フラワーウォッチングを続けていきたいと思います。

ラサへの道!! / 14日目 

7月24日 昨晩、遅くまで飲んでいたので朝がシンドイ・・・。

 午前4時半、同室のアヴィ(イスラエル人♂)が真っ暗な中を出発しました。ヒッチハイクでラサを目指す彼は、警察の目を盗みながら移動しなければならないのです。アヴィによると、ゴンポギャムダの町のはずれには検問所があるらしく、未明に突破しないと捕まる可能性があるとのこと。しかし・・・、あんなに堂々と街中を歩いていたんだから、検問も何ももう関係ないと思うんですけど・・・。欧米人は大変だなぁ・・・。

 アヴィを見送った後、再び床に就き、目覚めたら8時でした。窓の外を見ると、けっこうな雨・・・。のんびり準備して止むまで待とうと思っていましたが、9時を回っても全く弱まる気配なし。同宿の中国人サイクリスト・マーキュリーが、部屋にやってきて、今日は午後から走り始めるつもりとのこと。彼が数日前まで一緒に走っていたフランス人サイクリスト夫婦が、昼過ぎにはゴンポギャムダを通過するはずなので、その夫婦を待って、一緒に走らないか?との提案を受けました。どうしよう・・・?

 結局、ひとりで走り始めることにしました。例の夫婦がこの雨の中、予定通りゴンポギャムダに到着するという確証はないし・・・。レインウェアに身を包み、大粒の雨の中を出発!!出発時から雨が降っているのは、久しぶりです。ゴンポギャムダの町を抜けると、検問所らしき建物がありました。しかし、この検問所・・・、『木材検査駅』と看板が出ています。これは違法伐採による木材の積み出しを管理する検問所。警察ではなく、『森林局』みたいなところがやっている検問所です。アヴィは、漢字が読めないので「検問所」は全てが警察管理の検問所と思っているのかも知れません。この手の木材検査駅は、ほぼ機能していない(係官がいない)のですがね・・・

RIMG0721.jpg
写真1)新しいチベット人の村

 雨は徐々に弱まり、12時には上がりました。昨日に引き続き、川沿いの緩やかな道を走ります。時折、チベット人の村を通過しますが、なんとも味気ない村・・・。国道の両サイド、同じような造りの真新しい家々が並んでいます。これらの新しい集落は、この数年で建設された新しい村。大抵、村の中心には石碑があって『○○村』という名前と、『福建援助』『広東援助』といった文字が彫ってあります。中国南部の金持ち省、福建省と広東省、そこからの援助で建設された新しい村というわけです。

RIMG0754-2.jpg
写真2)アスファルトの平坦な道が続く

 雨は上がりましたが、天気はいまいち。たまに小さな雨粒を感じましたが、まぁ、レインウェアを着るほどでもない。緩やかな道が続きます。昨日の八一以降、車の量も増え、なんだか標高3000~5000mのチベット高原を走っているという気分が薄くなってきました・・・。気分転換に、21日から続くフラワーウォッチングに時間を割くようになりました。時折、自転車を停めて、周囲を散策、新しい花を探します。4日間続けているというのに、まだまだあるもんです。すでに何十種も撮影しているため、初めて見る花なのか、見たことある花なのか、よく判らない・・・。曖昧なものは全てカメラに収めることに。

RIMG0776-3.jpg
写真3)松多温泉!?

 のんびりと走ったつもりですが、午後7時には、目標としていた松多(ションドール)の集落に到着。町の手前2kmほどのところで、『松多温泉』という看板を発見!!温泉だぁ~!こりゃぁ、入らなければ!!
 松多の宿に荷物を下ろし、瓶ビール1本とお風呂セットを持って、自転車で温泉へUターン!河原に建つ木造の温泉小屋へ。勢い良く小屋のドアに手をかけると!?・・・あっ、鍵がかかってる

RIMG0810-6.jpg
写真4)河原の温泉小屋

RIMG0780-4.jpg
車輪5)鍵かかってるじゃん・・・

 隣に民家があります。どうやら、この民家の住人が管理人っぽい・・・。大きな声で騒いでいると、鍵を持ったおじさんが現れました。やはり☆管理人のおじさんに値段を聞いてみると、5元とのこと。鍵を開けてもらって、自転車ごと中に入り、内側から鍵を閉めると、外からおじさんの声。「貸切なら10元だよ。」 えっ・・・? 10元ってちょっと高い気もしますが、この温泉なら、10元出しても良いや!小屋には、直径7~8mの円形の湯船があり、お湯は湯船の底から湧いています。日本の温泉みたい

RIMG0802-5.jpg

写真6)特別公開☆私の入浴ショット

 豪快に飛び込むと、熱つっつつっつつつ!!お湯加減は、日本の温泉ぐらい。始めは熱く感じましたが、ゆっくり浸かっていると、心地良く感じてきました。10分ほどじっくり温まってから、一旦お湯からあがり、ビールを開封、乾いた喉に『ラサ・ビール』が染み込んでいきます。うんめぇ~!!
 髪と体を洗い、ビールを飲み干した後、再び湯船に。のんびり浸かるつもりでしたが、外から何やら人の気配・・・。どうやら、順番待ちをしている人がいるみたい。貸切って言ったって、1時間も貸してくれるわけはありませんよね。すでに30分が経過しています。そろそろ出なきゃな・・・。湯船の淵に足を掛け、お湯から上がろうとしたところ!?あれっ・・・

「バチャ~ン!!」

 勢いよくお湯の中へ、ダイビング!のぼせてしまったのです・・・。久しぶりの温泉でアルコール、しかも、ここは標高4200m!通常、標高の高いところでの入浴は短時間で済ませるのが常識です。軽いめまいだけだったので、なんとかお湯から上がり、服を着て外に出ました。私の後に待っていたのは、中国人観光客らしき親子。もし、この親子が来ていなかったら、私はもっと長風呂をしていたかもしれません。あれ以上入っていたら、危険だったでしょう・・・。

 日が沈みかけ冷たい風が吹く4200mの河原を、松多まで帰りました。芯まで(脳みそまで)温まっていたので、体は冷えることなく宿に到着。電気のない宿で、インスタントラーメンの夕食を摂り、早めに就寝。

 教訓!!標高4000m以上の温泉でビールを飲むのはやめましょう☆

走行距離:106km/最高地点:4200m/最低地点:3400m/宿泊&入浴地点:4200m

中国人サイクリスト・マーキュリーとチベット問題 

さて、7月23日の夜の話です。

 宿の階下で発見した、中国人サイクリストの自転車。荷台には大きな札が掛かっていて、『Tell the people! Hope is alive! Hope is strong!!』というメッセージが書いてあります。数日前にも目撃したこの言葉・・・。直訳すると、『人々に教えるんだ!希望はまだ生きている!希望は強いんだ!』という意味。私は、この言葉が、チベットの独立運動を鼓舞するようなスローガンに思えてなりませんでした。

 中国人は一般に、「中国共産党が、チベットという独立国を武力で中国の一部にした」ということは知りません。「もともと中国の一部だったチベットという土地で、農民を支配していた封建領主たちを追い払って、チベット人民を解放した」と思っています。そのように教育されているのですから、まぁ、前者のような考え方はできないでしょう。では、このメッセージを書いた中国人って?チベットの独立を支持してるってこと???こりゃぁ、この中国人に直接聞いて確かめるしかありません!!

 宿のおじさんに、彼の部屋番号を聞いて、夕食後部屋を訪ねてみました。しかし、部屋は無人・・・。メモに私の部屋番号を書いて、ドアに貼り付け、彼から訪ねてくるのを待ちました。どんな中国人なんだろう・・・?いろいろ彼の意見を聞きたいな~!

 午後9時半、ドアをノックする音!彼です。招き入れると、カウボーイハットをかぶった、若い中国人青年。おぉ、彼がチベットの真実の現代史に目覚めた中国人かぁ~・・・。同室のアヴィも交えて、3人でビールを飲みながらのトーク。自己紹介や旅の軌跡・予定について語り合った後、私が一番聞きたかった質問。

 心「ところで、マーキュリー(彼の英名)、あのメッセージなんだけど・・・。君が自転車に掲げてている、あのメッセージ!意味を聞かせてくれないかい?」

 ワクワクしながら、返事を待ちます。比較的流暢に英語を操るマーキュリー青年、ちょっと考えた後、静かに説明を始めました。

 マ「あれは、僕の人生観を表したものなんだ。希望を持って、人生を楽しむことが大事だと思ってね。以前、英語の勉強をしている時に、たまたまインターネット上で見つけた言葉なんだ。」

 って・・・、あれ?チベット問題関係ないの??

 心「俺はてっきり・・・、君は中国政府のチベット政策を批判的に見ていて、あのメッセージは、チベット独立論者に向けた言葉なんだと思ってたよ。」
 マ「えっ?そんなんじゃないよ。かっこいいから気に入ってるんだ、あの言葉。」

 あぁ・・・、そうなんだ。中国人のチベット問題に対する意識を聞けると思って期待していましたが、どうやら私の思い違いだったようです。

 深夜まで旅の話で盛り上がった後、連絡先を交換して、彼は部屋に戻って行きました。「違ったね」アヴィが笑顔で話しかけてきました。うん、違いました。まぁ、違うなら違うで良いか・・・・。何も彼が間違った解釈をしているわけではありません。

 私は、チベットは武力によって中国に併合された国であると考えています。おそらく、世界的にみて、私と同じ考えの人が最大勢力、次が何も知らない・興味がない人たち、最小勢力は『チベットはもともと中国の一部だった』と考える人たちでしょう。中国国内に限ると、それらの順位は逆転しますけどね。
 私とマーキュリーの意見が違うからといって、彼に私の考えを押し付けようとは思いません。中国の若者も、いずれ真実の歴史に気が付くのではないでしょうか。そう期待しています。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。