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広東省の普通語教育 

これまた相当に古いエピソードですが、アップするのを忘れていたので・・・。2006年2月、中国・広東省での話です。


 広東省は、湖南省との境『南嶺山脈』から、広州、そして深川。香港、マカオを経て、再び広州から、西に西に走って、広西壮族自治区まで走りました。その間、私が使っていた中国語は、北京語、つまり普通語でした。『ありがとう』だけは、広東語の「多謝(トウチェ!)」を使っていましたが。

 様々な方言が存在する中国ですが、広東語は、ある意味、特別な方言なのではないでしょうか。現在、世界中に散らばっている中国系の移民、つまり華僑の人々は、その多くが広東語話者です。華僑の出身地は、広東省と福建省が大半を占めます。福建語は、また更に違った方言ですが。香港やマカオの人々も広東語話者です。

 広東省を旅していて、田舎の小さな町などで「普通語は解らない!」とあしらわれたことが何度もありました。私の拙い普通語(北京語)を聞くのが億劫でそう言った人もいるかも知れませんが、中には、本当に解らない人もいたことでしょう。

 3月中旬、広東省南部、南シナ海に近い『陽西』という町で、こんな学校を目にしました。


20061223045733.jpg
写真)校舎に掲げられた文字をご覧下さい。

 えぇっと、簡単に訳すと、『本校では、全国に通用する普通語で授業を行っています』ってな感じでしょうか。それが、売り文句になるんですね。ちょっと、意外に感じてしまいました。強力な中央集権国家たる中国ですが、各地方では、その土地土地の言葉が元気に活躍しているんですよね。まぁ、こんなに広い国ですから、国中で、画一的な普通語の教育を施そうというのも、無理な話かも知れません。

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あっ.... そうか!! 

この数日、熱が高かった理由が今、判りました!!

3月2日に、カジノで買ったお金を旅の生活費に使っていたからだ. . .

あぁ、やっぱり、泡銭は怖い. . .

妹と旅行 

 この数日、熱をおして走り続けています。雨が降っても走っています。

 なんで、急いでいるかというと、3月16日までにベトナム南部のホーチミンにいなきゃいけないからです。福岡で学生をしている妹が、春休みでベトナムに遊びに来るんですよ。1週間だけ、自転車を降りて、兄妹ふたり旅をするんです。

 家族と旅をするのは、これが初めてではありません。2000年春に兄とタイを10日間、2005年春に父とインドを7日間旅しています。

 兄は当時、大学院生。私はこの時大学生で、タイは2回目。知ってるところを案内しつつ、一緒に遊んできました。

 父は当時(も今も)会社員。私はこの時会社員で、インド3回目。休みを合わせて、初海外の父をカルチャーショック必至のインドへ. . . .。しかも、バックパッカースタイルで。これは、『息子が青春を傾けてきた世界を見て欲しかった。』という理由からですが、もう2度と行かないと言われました。

 で、今回ベトナムで合流する妹は、年の離れた末の妹で、現在大学生。私は、....無職? 旅ライター? 写真家? まぁ、いいです、何でも。数年前から旅行に誘っていましたが、ようやく今年実現しました。ベトナムは私も初めての国なので、一緒に迷いながら旅したいと思います。

 14日までにハノイに着いて、そこからホーチミンまでは列車か飛行機で移動します。

 家族と一緒に旅、楽しいですよ。だから、熱があっても、元気に走れるんです。

100日目!! 

 一作日だったかな? ふと. . . 『そろそろ日本を出て100日経つんじゃないか?』と気が付きました。自転車を走らせながら、暗算してみると、3月12日が『100日目』だということが、わかりました。100日目を過ぎてから気が付かなくて良かった. . . 。

 で、今日が3月12日です。

 現在、広西壮(チョワン)族自治州の西の端っこ、ピンシェンという街に滞在しています。ここから西に20km程で、ベトナム国境です。明日は、ベトナムに入ります。

 というわけで、この100日間を『数字』で振り返ってみましょう. . .。思い付いたテーマから、適当に。

*走行距離 --- 6653.6km / 万里の長城は6350kmです。かなりのハイペース。
*パンク --- 29回 / ちょっと多い??
*消耗(交換)したタイヤ --- 2本 / 計画通りの交換です。
*消耗(交換)したブレーキシュー --- 6個(3セット) / 雨が続くと消耗が早い . . .
*テント泊 --- 3回 / 日本の対馬で2回、韓国で1回、中国無し。
*転倒 --- 4回 / 氷でスリップ!!
*[バカやろう!]と言われて、キレた --- 4回 / おい!! こら!! いい加減にせぇよ!!
*お腹が痛い!! --- 2回 / ラッパのマークの正露丸
*手袋紛失 --- 5個(2セットと右手) / 冬用のサイクルグローブ、高かったのに. . .
*散髪 --- 2回 / 散髪代合計で15元(230円)
*靴下紛失 --- 5足(2セットと片方) / どこに行ったんだい、帰っておいでよ. . .
*使ったフィルム 7本 / 少な過ぎる. . . 、写真家失格。
*独りでビール 0本 / 独りじゃ飲みません。
*誰かとビール 40本 / ぐらい、多分. . . 。15本目までは数えてた。
*タバコ 0本 / 吸えません。
*タバコ(間接喫煙) ???本分 / 3桁いくと思います。中国のネットカフェは目にしみるほど煙たい!!
*マクドナルドで軽食 4回 / 韓国1回、香港3回、中国本土では我慢!!
*実家に電話 2回 / 多分. . .
*発熱 2回 / 自己管理能力が低いですね。
*銀歯が取れた!! 1個 / きれいに処置してもらいました。
*消耗(交換)したチェーン 1本 / 計画通りの交換です。
*使った洗濯用洗剤 3袋 (300gx3) / 衣類は自分で洗うもんです。
*送った絵葉書 35通 / 書いたり書かなかったり、波があります。

うぅ. . . .ん、ん

 今はこれだけしか思い浮かびません。メモ張とかから集計すれば、いろいろ他にも細かい数字が出ると思いますが、面倒臭いのでしません。


 さぁ、明日から、新しい気持ちで!! 新しい国(ベトナム初めてです)を旅するぞぉ!!

日の丸、破られる!! / 結び 

さて、日の丸が破られた事件について、ついでに、中国人の反日感情について、真剣に考えてみました。


 まず、繰り返しになるかも知れませんが、『なぜ、日の丸を掲げていたのか?』ということから説明しますと。

 道行く人々に、私が日本人であることを示したかったからです。走行中、沢山の人々が私を見ています。見ていて、「ありゃぁ、なに人だろう?」と思っている人が多いはずです。中には、呼び止めて聴きに来る人もいますが、稀なケースです。大きな札でも書いて『私は日本人です!』と掲げておけば、日の丸でなくても良いのでしょうけど、そんな大きな札は邪魔です。
 「なに人だろう?」という疑問を抱いたまま私を眺めているよりも、「ありゃぁ、日本人だな。」と思って眺めてくれる方が、私は良いと考えました。


 『日の丸』=憎悪の対象 という認識について。

 中国人に、そのような感情があることは知っていました。知らずに旅をするような馬鹿ではありませんし、知らずに、日の丸を掲げるような大馬鹿ではありません。
 中国国旗と並べているとはいえ、当初は、『日の丸』を掲げることに躊躇いがありました。「もし、問題があるようなら、すぐに外そう」と思って取り付けました。治安の不安があるような所、例えば、日没後に到着した田舎町なんかでは、旗を丸めて輪ゴムでとめてました。


 50日間、問題が発生しなかった理由と、反日感情の実態。

 1月20日から、3月11日まで、大雑把に計算すると、50日間ぐらい、日の丸掲げて走ってきたわけです。3月11日に、トラブルが発生するまで、一度もそれらしい問題はありませんでした。

 いわゆる半日感情というモノの矛先は、旧・日本帝国であり、現・日本政府であり、一部の政治家(現在だと、小泉首相)にのみ向けられたものなのだと私は感じています。一般的に、中国人は、日本製の家電や自動車、アニメ、音楽、などなどを広く受け入れてます。

 日本人だからといって、その反日感情が向けられることは稀です。いうなれば、『日本人≠日本政府』なのではなかろうか。私は、日本人だけど、日本政府ではない。それくらいのこと、誰だって知っています。中国の人々だって、誰だって。だから、日本政府に対する不満・敵意が、私に向くことはなかったのでは?
 仮に、日本人であることだけで、敵意を感じる人がいたとしましょう。私が接してきた人々の中にもいたかも知れません。普段は、「日本人なんか、見るだけでも反吐が出るぜ!」って言ってるような人だったとしても、目の前に現れた自転車に乗った青年が、日本人だったと知った途端に、反吐が出るでしょうか?多分、いや、絶対出ません。私を見て、敵意を覚えるような要素がないからでしょう。汗をカキカキ、大きな自転車によろめきながら、道を聞いてきた青年に憎しみを掻き立てられるでしょうか?そんなことありませんよね。「あっ、テレビで見る『鬼の子・日本兵』とは、ずいぶん違うもんだなぁ・・・」なんて思っているかも知れませんよ。

 だから、私は、50日間、問題なく走ってこれたんだと思います。


 さて、さて、それでもトラブルは起こったわけです。

 3月11日に起きた、地元の青年との衝突は、私が敵意を現してしまったことにも原因があると思います。後は、酔っ払いの青年がいたから。彼らがいなくて、私もノホホンといつもの調子で会話をしていれば、何も衝突は生まれなかったと思います。文字通り、アクシデントだと思います。突発的な事故だったのでは?

 ま、その底には、反日感情なるものがあるんですけど・・・


 今後はどうしよう・・・?

 現在、東南アジア走行中ですが、自転車に『日の丸』は掛かってません。破られたから。で、今後、新しい旗を買うのも癪なので、白いマジックで、荷物に大きく[JAPAN]と書いています。マジックといえども、砂埃が凄いので、徐々に薄くなっていってます。これから先、定期的に上書きしなければなりません。
 そこで! 中国でもやはり[JAPAN]を強調するのか?? ということですが. . . 。もちろんします。が、ある時期からそれを隠さねばなりません。チベット入りの前に、消してしまおうと思っています。理由は、反日感情とは別です。この理由については、またいつかお知らせします。

 というわけで、長くなりましたが、結論としましては。

 『日の丸』の旗は、もう引退しました。旅の思い出として、日本の実家に郵送します。

日の丸、破られる!! / 後編 

前編、読んでない人は、まず前編読みましょう。


 急転直下とは、正に、この状態を言うのでしょう・・・。


 3月11日に通過した、小さな小さな田舎の町。この日の走行が90kmに差し掛かったところでした。まだ日没まで1時間以上ありましたが、どうやら、この町を逃すと次の町まで30km、2時間近く掛かりそう。日没後の走行は避けたい場所です、この町で宿を探すことにしました。

 宿・・・、といっても、それらしいものはない。大抵、どんなに小さな町でも、一箇所ぐらい『旅館』なり『招待所』ってなもんがあるはずです。村ならまだしも・・・、ここは町とぎりぎり呼べる規模。売店のおばちゃんに聞いてみると、「あるよ。」とのこと。行き方の説明をしてもらいましたが、何を言っているのか解らず、結局、指差した方角に向かって走ることに。

 走り始めた私の後を、自転車に乗った3人の青年が着いて来ました。なにやら、大声で笑いながら・・・。ひとりが、北京語で、話し掛けてきました。「あんた、どっから来たんだ?」「日本人か?韓国人か?」「どこに行くんだ?」「旅館なら案内するぞ。」とまぁ、テンションの高いこと・・・、一気に捲くし立てるように話します。どうやら、昼真っから酒を飲んでおったようです。ゆっくりと走りながら、自己紹介。ま、いつものやつです。なんとなく、話もはずみつつ、町の中心を過ぎて、警察署の前まで来ました。
 ところで?旅館は??その青年に聞いてみると、看板も何も出ていない建物を指差し、これが旅館だという・・・。「おいおい、冗談は止めてくれよ。どこ?」「だから、これだって!」明らかに、からかわれています。酔っ払ってる彼らは、その冗談がおかしくて仕方ないらしく、ゲラゲラ笑っています・・・。

 こりゃ埒があかんな、と、周囲の人々に声をかけ、『今夜泊まる旅館を探してます。』と質問すると、あっという間に人垣ができました。ま、これも、いつものやつです。
 20人ぐらいの若者を中心とした、暇そうな連中に囲まれて、また自己紹介。例の酔っ払い君たちは、依然笑いながら、人垣の中心付近で楽しそうに周囲の人々に話し掛けています。
 あんまり良い空気ではありません。こういう時は、決まって・・・。『バカヤロウ!』・・・あっ、出た出た、いつものやつ。誰かが、知っている唯一の日本語を口にしました。周囲の連中も、嬉しそうに連呼してます・・・。な~んか・・・、良い空気ではないなぁ・・・。

 自転車の装備が気になっていた、酔っ払い君のひとりが、私の自転車の荷物について質問し始めました。「あっ?これ、これは、衣類が入ってるバッグ」「これ?これは、キャンプ道具が入ってるバッグ。」「あっ、それは、スペアのタイヤが入ってるバッグ。」「これ?は、中身は水だよ。」「これは・・・、食べるモンだよ!食い物が入ってるバッグ!!」
 しつこい男です。真っ直ぐ立てないぐらいに酔ってるみたいだから、いちいち返答しないことにしました。そうこうしている内に、その男が、日の丸の旗に気が付きました。旗は、旗棒にクルクルと巻いて、輪ゴムでとめていましたから、広げなければ日の丸とは解りません。

 おもむろに広げたかと思うと、力いっぱい引っ張りだしました!!が、簡単には取れません、棒にしっかりと縫い付けてありますから。男は、力いっぱいに引っ張って、「ビリビリ!」という音と共に、日の丸を破り取りました。で、その旗を私に差し出し、「これは要らない」と一言。
 カチン!ときた私は、博多弁で「おい!こら!なんしよ~とか!?要らんやなかろうが!!こら!元に戻せ!!」などと喚いてみせますが・・・。怒鳴られた男は、知らぬ顔して立ち去ろうとします。 「おい!!」と腕を掴んだところで、周囲の空気に気が付きました。

 これまで、土地の悪ガキと揉めた時、大抵周囲の大人たちは、私のサイドに立ち、悪ガキを諌めたりしてくれていたのですが・・・。ここの人々は、面白がって、笑っているばかり。むしろ、それを増徴するかのようなニタニタ顔・・・。ふと、誰かが、「日本人が泊まる旅館はない!」と言い始めました。気が付くと、数名が同じことを叫んでいます。

 ここで激昂しても仕方がありません。人ごみを掻き分けて、自転車を警察署に入れると、建物の脇にいた警官に「この町に旅館はありますか?」と聞く。警官は「あるけど、君はここに泊まらない方が良いだろう。」と一言。この警官は、群集に同調したのではなく、冷静な判断から、そう言ってくれているのだと思いました。確かに、地元の若者と揉めた後です、ここは立ち去るのが良い判断でしょう。

 まさに、集団心理というやつです。きっかけは、酔っ払いの挑発的な行動。私がそれに乗ってしまったから、騒ぎが大きくなりました。周囲にいた連中は、はじめは、目をキラキラさせて私の話を聞いていた若者でしたが、ほんの数分で、敵意に満ちた顔になっていました。

 
 この後、後ろをつけられていないことを頻繁に確認しながら、日没まで1時間を猛ダッシュで走りました。結局、この日は、日没後も走る羽目になり、この旅で、最も長い21時までのサイクリングとなりました。

日の丸、破られる!! / 前編 

 3月11日、中国・広西壮族自治区の田舎町。自転車に付けていた、日の丸の旗が毟り取られたのです。

 私の自転車に、日の丸と中国国旗が並んではためいていることは、以前紹介しました。読んでない方は、こちら→ http://whereiskokoro.blog34.fc2.com/blog-entry-138.html

 『日の丸』が、中国人にとって、憎悪の象徴であり、時として、破壊的衝動の引き金&対象になりうることは、重々承知していました。だから、日の丸を自転車に掲げて走ってはいても、絶えず、周囲の反応に目を配っていました。先の書き込み(2/27付『日中友好の旗』)の時点では、日の丸が起因と思われる問題は発生しておらず、発生しそうな気配も察せられなかったわけです。

 広西壮族自治区という地域をご存知だろうか?東に広東省、北に雲南省と貴州省、そして西に、ベトナムと接する、中国南部の自治区(ま、省と同じようなものだと思って下さい)です。壮族を中心に、多くの少数民族が暮らす山がちな地域です。区都は、南寧(ナンニン)。

 この広西壮族自治区は、現在、中国内で最も薬物汚染と、それに起因するHIV感染の拡大が問題とされている地域です。それについては、日本出立以前から知っていましたが、実際に自治区内に入り、道路脇に立つ政府の広告が、薬物使用の禁止、HIV感染への正しい理解などについてを謳っているのを目にして、問題の深刻さを再認識しました。
 私が泊まるような地方の小さな町は、これまでも大抵がそうでしたが、この自治区内の町は、殊更に・・・、夜が暗い。街頭が少ないのです。なんか、余計に怖く感じる・・・。
 猜疑心を持って、見るからか?たまに、目つきの怪しい男を見ることがありました。これでも、私は、過去に色々と危ない橋を渡って来ているので、『麻薬中毒』『薬物中毒』の人間の目つきぐらいは、見分けられます。確かに、そういう輩もいるんだろうな、という感じがしました。

 『どうやら、この土地では、外国人であることをオープンに示さない方が良さそうだ』と思い始めていました。少なくとも、日の丸は隠した方が良い・・・。


 昼間の走行には、何の支障もなさそうでした。遠回りになる国道は避け、真っ直ぐベトナム国境方面へ伸びる、田舎道を選んで走っていました。省道XX号線でもない、番号も付いてない、小さな田舎道です。
 穴ぼこの路面ですが、交通量は少なく、のどかな田園風景を楽しみながら、心地よいサイクリングが続きます。途中、私と接する土地の人々は、どこか東南アジアチック。この感じをなんと表現したら良いか・・・、難しいところですが、『距離のとり方』が東南アジアチックなんです。いわゆる中国人、これまで私が接してきた中国人よりも、半歩、近いというか、何と言うか。
 牛車に乗った少年は、通り過ぎる私に手を振っていました。サトウキビの束を担いだおじさんは、通り過ぎる私に口笛を吹きました。水牛は、驚いて仰け反りました。なんとも、のどかな田舎のサイクリング。

 でも・・・急転直下! その時は来ました!!

2度目の発熱 

 この旅、2度目の発熱。

 なんででしょうね. . . ?? 今朝から熱っぽい

 外相が、[台湾は国家だ!!]と言っているからでしょうか. . . 。関係ないか. . . 。

 今、中国のお偉いさんたちは、全国人民代表大会で忙しいみたいです。テレビも全人代の中継やってます。忙しいからでしょうか?? ニュースで「日本の外相がなんたらかんたら!!」ってのは、流れてないですね. . . 。今に流れると思いますけど。

 1月末に風邪引いたときは、長引きました。今回は、早めに対処したいと思います。

 ちなみに、私も台湾は国だと思います。中国では言いませんけど。

最長記録と最短記録 

 昨日(3/7)は、この旅の最長走行記録を出しました187.5km!!
 自転車乗る人の中には、[大したことないじゃん!]と思われる方もいそうですが、10:30にしか出発できない『寝ぼ助』の私には、かなりの走行距離です。

 そして、今日(3/8)は、この旅の最短走行記録を出しました。17.2km!!
 昨日の疲れではありませんよ(念の為、言っときますが)。昨晩は、久しぶりに環境の良い、ネットカフェを見つけたもんだから、深夜2時近くまで、カフェにいたんですよ。で、宿に帰ると. . . 、入口のシャッターが閉まってる. . .夜中に管理人のおばぁちゃん起こすの悪いので、カフェに戻り、朝5時までネットしてました。

 で、寝不足だったので、今日は、走り始めてすぐに走ることをやめました。隣町まで移動しただけです。早々に宿にチェックインして、2-3時間昼寝して、今またネットカフェです。
 中国のネットカフェは、世界でも最安! 1時間1-2元(15-30円)です。あと4日でベトナムに入るので、今のうちに、コツコツとネットで作業を。

あぁーるぅ 晴れたぁー 昼ぅ下がりぃー 

 湛江へ 続ぅーく道ぃー

 (中略)

 ドナ ドナ ドォナァ ドォナァー 子供を 乗せぇてぇー



写真)3月7日、国道325号線にて。

 この子にずっと、凝視されてました。

 今の私の走行スタイル。 派手なサイクルシャツ。サイクルメット。派手なサングラス。自転車レースの選手みたいです。おまけにこの自転車でしょう?? 子供は驚きますよね. . .。

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