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中国・武陵源の写真 

 2月上旬に訪れた、中国・湖南省、武陵源の写真です。
ずいぶんと時間が経過してしまっているので、とりあえず写真だけでも先に!エピソードなどは、追々、書き込みます。



写真1)散策初日。まずは、自転車で、自然公園内の車道を走り回りました。『十里画廊』にて


写真2)これも『十里画廊』にて


写真3)一般の観光客は、バスでの移動。



写真4)散策2日目。深い霧の中、テーブルマウンテンに上りました。『黄石塞』にて。
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珠江デルタ地帯・東岸 

 中国が、目覚しい発展の中にあるのは知っていました。しかし、珠江デルタを走るまでは、そこまで凄い発展ぶりだとは知りませんでした。


 2月16日、広東省の省都・広州市に到着。翌朝、広州を経ち、香港目指し、2日間で珠江デルタ地帯の新興都市郡を走り抜けました。

 まず、広州市の発展ぶりたるや!・・・う~ん、なんと言えば良いかわかりませんが、とにかく大きな街でした。近代的なガラス張りのピカピカのビルが立ち並び、街行く人の多いこと、多いこと・・・。自転車の私は、いつも、ピリピリしながら、走っていました。

 で、なんとか広州市を出た・・・、かと思うと、出ていない!?市街地が途切れません。国道の両脇には、オフィスや商店、工場が続いています。これまでの経験からすれば、大きな都市でも、ちょっと走れば、市街地がプツリと切れて、田園になったものです・・・。
 中国の都市は、歴史的な背景からか、つまり、城壁に囲まれた街が『都市』だった名残からか、中心部に商業施設と役所、その周りに住宅街があり、その外側には、田園という都市が多いのです。『外環道路』みたいな大きな道路の、内側には家がぎっしり建っているのに、外側には殆ど家がない!なんてことも。

 広州市中心部から続く、途切れない市街地は、真東に40km以上走った『東莞』まで続き、東莞の市街地も切れることなく続いています。東莞から、南に折れ、深川を目指します。さすがに、このあたりは、都市と呼べるものでもありませんでしたが、国道の両サイドに、ギッシリと商店、工場、住宅が並んでいることには、変わりありませんでした。

 2月17日に宿泊したのは、○○鎮の中心部。『鎮』というのは、行政区分上は、日本の『○○郡』と同じと思って下さい。つまり、日本風に言うなら、○○郡××町の中心部ってことです。驚いたのは、そんな小さな町に、マクドナルドがあったこと!!日本ならあってもおかしくないですけど、中国ですよ?他の地域では、人口100万の都市にでもないことがあるのに・・・、こんな小さな町に・・・。

 翌日、深川までの道のりも凄かった。大きな国道を更に大きくしているのか、各所で道路工事が行われており、自右衛門号は、泥まみれになり、私も埃まみれ。ようやく深川市に入ったかと思ったら、深川が1番凄かった!!あちこちに近代的な高層ビル群が立ち並び、道路や公園の整備も行き届いてる。『○○区』というのがいくつかあって、その中心部は、それぞれがひとつの『都市』と呼べるサイズでした。


 交通量が多く、2日間緊張しっぱなしの走行でした。珠江デルタの発展ぶりは凄い!! 


写真)広州は、2000年の歴史を持つ国際都市。中心部には、20世紀初頭の西欧建築も多い。

涙目の老人 

通りで、町の食堂で、市場で、私と接する人々の反応は、時として面白いモノもあります。

 1月22日、陜西省から、河南省、そして湖北省へ。複雑に省境が入り組んだ山道。1日で3つの省を走りました。その老人とは、河南省の田舎町で出会いました。

 正午、小さな市場が立つ町を通過。昼食には早かったので、何かおやつでも、と、焼き芋を1個(コブシ2個分ぐらいの大きなやつ)買いました。焼き芋屋のおじさんは、特に私に驚くでもなく、無口で焼き芋を袋に入れてくれました。

 焼き芋のような、片手で食べれる物は、走りながら食べています。もちろん、片手運転できるような状態の良い道での話ですが。大雑把に皮を剥き、走りながらカブリつきます。喉が渇いていたため、なかなか呑み込めません・・・。一旦停車して、ボトルケージの水に手を伸ばそうとしていたら、隣におじぃさんが立っていました。

 右手に芋を持ったままハンドルを押さえ、左手で水を取ろうとしている私を見かねたのか、おじぃさんは、「芋を持っててやろう」ってな感じで、手を差し出してきました。言葉に甘えて、芋を渡し、喉に詰まりかけてた芋を水で流し込みます。
 すっきりしたところで、おじぃさんとの会話。拙い中国語で、自転車で世界一周することを告げ、おじぃさんからの質問をいくつか返しました。だいたい話すことも済んだかな?と、おじぃさんを見ると、その目には涙が溢れています。なに??何か悪いこと言ったかな・・・。

 いや、おじいさんは、私の話にいたく感動しているのです。

 握っていた芋を私に返し、袖で涙を拭うと、両手で握手を求めてきました。私は、返された芋を口に咥え、両手でおじいさんの握手を受けました。
 何か、励ましの言葉をたくさん頂きました。握っている手には、気持ちと同様、力がこもっています。ふと、お互いの顔を見合わせると、おじぃさんは相変わらずの涙目。私はというと、芋を咥えた間抜けな顔・・・。思わず、2人して吹き出してしまいました。私は、芋を落とさぬようにするのが大変でしたね。

 再び、ペダルを踏み出すと、おじぃさんは、私が見えなくなるまで、手を振っていました。

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写真)おじぃさんと別れて3時間ぐらい走った田舎道。

あんた、英俊だねぇ・・・ 

通りで、町の食堂で、市場で、私と接する人々の反応は、時として面白いモノもあります。

 2月16日 広州の民宿

 「あんた、英俊だねぇ・・・」

 いいえ、私は英俊ではありません。伊東心と申します。

 って・・・。ここで言う『英俊』っていうのは、広東語だったか?北京語だったか?忘れましたが、中国語のハンサムと言う意味です。

 広東省の省都・広州市、大大大都会とあって、宿はどこも料金が高い。比較的安い宿が沢山ある、バスターミナル周辺で、宿探しをしていると、宿の客引きのおばちゃんに捕まり、あれよあれよと安い宿に連れていかれました。

 マンションの一室に作られた、ゲストハウスに到着。宿のオーナーは、40代の気の良いおばさん。自転車の荷物を全て部屋に入れたあと、マンション1階の駐輪所まで自転車を置きに行きました。おばさんは、駐輪所の警備員に、特別私の自転車を厳重に保管するよう、口利きしてくれました。
 オーナーのおばさんは、中国語を話すのみで、会話はあまり弾みませんでしたが、しきりに私に構ってくれます。部屋にお茶を運んできてくれたり、シャワーを浴びようとすると浴びる前にお湯加減をチェックしたり、夕食に出ようとすると一緒に階下まで着いて行くとまで言います・・・。

 結局、夕食は、おばさんお勧めのバイキング形式の食堂まで案内してもらいました。私が食べている間、おばさんは、外で私を待ってくれてます。食後、宿に戻る時も一緒。なんて過保護な人なんだろう、と、ちょっと気後れしてしまいましたが・・・。宿に戻るなり、その理由が判りました。
 帰宅していた娘も交えて、3人で私の旅の予定を説明していた時です、ニコニコと私の顔を見ていたおばさんが、ポツリ「あんた、ハンサムだねぇ・・・」って・・・。えっ??慌ててその場を取り繕う私に、次のおばさんの言葉は、「どうだい?この子、嫁にどうだい?」驚いたのは、私だけではありませんでした。娘も驚いて、「何言ってんのよ!おかぁさん!」ってな感じで怒ってます。

 おばさん、よほど私を気に入ったのでしょう。いきなり、「娘を嫁に」なんて言われたのは、これが初めてでした。

 娘は、19歳。その気の母とは、対象的に、かなり怪訝な態度を取っていましたね。

そんなにジロジロ見ないで下さい・・・ 

 通りで、町の食堂で、市場で、私と接する人々の反応は、時として面白いモノもあります。

 2月7日 武陵源~慈利 走行中

 断崖絶壁にへばり付くように走る道路をひた走っていると・・・、何やら後ろからバイクの気配。振り向くと、やっぱり、バイクです。
 いつまで経っても、追い抜く気配がないので、休憩がてら、停車してバイクを先に走らせることに。停まって水を飲んでいたら、バイクが追い抜いていきました。が、20mぐらい先のところで、バイクも止まりました・・・。正体不明の私が気になっているようです。

 私が走り始めると、バイクも走り始めました。20mの距離は変わりません。付かず離れず、私の前を走っています。運転しているのは、おじさんかな?若そうではない男性です。片方だけのサイドミラーを覗き込み、ずっと私の姿を見ています・・・。そんなに気になるなら、声でも掛けてくれればいいのに。 
 いつまで経っても、そんな具合なので、思い切って、バイクに追いつくことにしました。ペダルを踏み込み、時速20kmから30kmに。おじさん、急に接近してきた私に驚いたのか、アクセル入れて、おじさんのバイクも急発進!!結局、距離は20mのまま・・・。

 相も変わらず、ミラーでこちらを伺っています。一度、大声で『私は日本人だ!!自転車旅行してるんだ!今日は、慈利まで走るんだ!!』と叫びましたが、聞こえてないのか?ミラーを覗き込むばかり・・・。

 そして、アクシデントが起こりました。おじさん、前見てないもんだから、溝に落っこちちゃったんです。転倒こそしませんでしたが、前輪が、路肩の窪みに落ち込んでいました。私は悪くないよ・・・、ね?

 ようやく追いついた私、おじさんに近づくと・・・。おじさん、ジロジロと私の顔をみて、自転車を見て、また顔を見て・・・。

 おい・・・、おっちゃん、いい加減にしてくれよ。

 なんだか気分が悪くなってきたので、おじさんには何も話しかけず、こちらもジロジロと見返して、走り去ってきました。その後、あのおじさんが追いついてくることはありませんでした。バイクが故障したのかも。

長江だ~!! 

 1月31日、長江を渡りました。

 1月5日に黄河を渡った時は、迷うことなく橋にたどり着きましたが. . . 、今回は少々迷いました。

 朝10時、遅目の出発。道路標識の『長江大橋』の矢印に従って、市街地を走っていきました。たどり着いたのは、料金所. . . 、あれ?? 長江大橋は、自動車専用の有料道路だったのです。

 困ったな. . . 自転車で渡ると捕まるよな? そもそも、料金所を突破することができないでしょうし. . . 一旦、河川敷に出て、周囲に橋がないかどう確認してみることに。小高い堤防に登ると、頭の上には、立派な長江大橋! 水面からの高さはかなりのもの。こりゃ自転車危ない!! 納得。

 見晴らしのよいところで、上流を見てみます. . . 、橋はない。少し下流に走ってみて. . . 、橋はない。仕方ないので、渡し船を探すことに。堤防を散歩してる人に、向こう岸を指さして、「あっちに行きたい」と言うと、渡船場を教えてくれました。更に、下流に走ると、あった!!渡船場。


写真1)遠くに『長江大橋』が。

 渡し船は、2元(30円)。船着き場で待っていると、あっという間に囲まれます。いつもの自己紹介をしたあとで、「本当は、走って渡りたかったんだけどね」と言うと、「橋ならあるじゃないか?」と指さしたのは、長江大橋。「おっちゃん、あれね、自転車じゃ渡れないんだよ. . . 。」そんな会話してたら、向こう岸から船が到着。2階建てで、1階が自転車&バイク&荷物置き場。2階が客席。出発したかと思ったら. . . 、5分もかからず向う岸。ま、渡し船ですからね、こんなもんです。


写真2)客席で黄昏るおじぃさん。


写真3)南岸(下船ポイント)から、北岸(乗船ポイント)を望む。


 今回、有名な長江の『三峡狭下り』をするかどうか、かなり迷いましたが、結局行きませんでした。自転車の轍を途切れさせたくないので、川下りをする場合は、下流に自転車を置いて、車で上流まで行って、船で下流の自転車を置いてる町に戻らねばなりません。なんだか、大変そうなので. . . 、却下。

 『三峡』とは、長江が深く長い峡谷を流れているところのことです。3カ所そういった地域があるから、三峡。川の両岸に険しい山々が迫る風光名媚な観光地です。船に乗らないと訪れることはできません。
 この三峡は、あと数年で水没する運命にあります。三峡ダムってのを造ってるんです。深い峡谷なわけだから、かなりの水量を蓄えられる巨大なダムになるでしょう。三峡下り、次に長江流域を訪れる時には、なくなってますね. . . 。ちょっと残念です。

 中国の2大大河を渡りました。長江は、黄河に比べると、濁ってなかったですね。やはり黄河は黄色いんだなぁと、再認識。次に渡る大河は. . . 、メコン川かな?? 少し先のことですが、ベトナムかラオスか中国雲南省で渡ることになると思います。

今日も日が沈む・・・ 

 もうすぐ、旅立ちから90日が経ちます。12月3日に出発して、冬の短い太陽の下を走り続けてきました。

 12月22日の冬至の日、中国・秦皇島を出発。年間で一番せっかちな太陽は、16時45分には、地平線の霞の中に消えてました。あの頃は、17時半には真っ暗になってましたっけ・・・。

 あれから、50日が経過した、2月13日の夕暮れです。

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写真)日没後の空

 この日は霞もなく、ほど良く雲が出ていたので、きっと素晴らしい夕景が見れるだろう、と期待していました。しかし、残念なことに、日没前後、道が深い谷間に入ってしまい、太陽を見送ることはできませんでした。

 ようやく西の空を眺められるところに出たら、夕焼けも終わりかけていました。この写真を撮ったのは、19時05分です。
 中国を走り始めた頃と比べると、1日の走行可能時間が2時間ぐらい増えたことになります。朝も早いわけですから。


 南下していることを差し引いても、日々太陽が力強くなっていることを感じます。この数年、いや、十数年、いや、もしかしたら、生まれて初めてかもしれませんね。こんなに太陽を身近に感じているのは。

 これから、ドンドン太陽が元気になりますねぇ~!!

 太陽さん、あんまり苛めないで下さいね

日中友好の旗 

おそらく、これから展開する文章には賛否両論あるでしょう。ちょっと長い文章になりますが、書かせて頂きます。


 今、私の自転車、自右衛門号は、『日の丸』を掲げて中国大陸を走っています。


写真)西安・西門前にて 1月20日

 西安滞在中、旗やワッペンを作っているお店に行って、日本の日の丸と、中国の国旗を買ってきました。小さなものですが、2枚合わせて10元(=150円)も取られました。内訳は、日の丸9元+中国国旗1元。本当ですよ。ふっかけられているのは、わかってましたが、買いもしない他国の国旗を沢山出してもらって、店内を荒らしまくった末の買い物だったので、10元払いました。

 『日の丸』は、中国人にとって、憎悪の対象でしょう。これを『反日感情』と言ってしまえば、それまでですが、この感覚はある意味、刷り込まれたモノだと私は思います。だって、毎日、抗日戦争期のドラマがテレビでやってて、日の丸掲げた極悪日本兵が、中国人と戦っているんですよ。日の丸=日本兵=悪者=日本人?

 旗を自転車に取り付ける際、日の丸だけを掲げて走るのには、さすがに抵抗がありました。だから、隣に中国の旗も付けたのです。『日中友好の旗』ってなわけです。

 旗を取り付けてから1ヶ月、2500km以上を走りました。毎日多くの地元民と接し、その何倍もの人々が、通り過ぎていく私を凝視しています。この1ヶ月、『日の丸』が原因と思われるトラブルは全くありませんでした。小泉首相が靖国に参拝してようとも、麻生外相が中国を刺激しようとも、私の周りには、何の変化もありません。

 『日の丸』なんか掲げてるから、「ばかやろう!」なんて言われるじゃないの?という意見もあるでしょう。確かに、そうかもしれませんね。でも、掲げていても掲げてなくても、私が日本人であることに変わりはないわけですから、「ばかやろう!」と言われることには変わりありません。彼らは、「日本人か?俺、日本語知ってるぜ!ばかやろう!だろ?」という風に思考を展開しているのです。「日本人か?俺はお前らが憎いんだ!出て行け!このバカヤロウ!」という感情ではないのですよ。だいたい、『バカヤロウ』という言葉の意味すら、よくわかってないのですから。漠然と、罵倒語だとは知ってますけど。


 中国人の反日感情というものは、正直なところ、私にはあまり感じることができません。自転車で現れるおかしな日本人に、土地の人は皆、優しく接してくれます。反日感情には、歴史的な深い根がありますが、普段の暮らしの中で、それが表出することはあまりないのだと思います。
 昨年でしたっけ?日本のメディアでは、中国での反日デモが大きく取り上げられましたよね。あの時期、多くの旅行者が中国行きを取りやめました。もし、私があの時に今のような旅行をしていたら?どうだったでしょう。デモ隊の前を通ったら、殴られるでしょうけど、田舎を走っている分には、問題なかったんじゃないでしょうか。

 中央政府の政策とリンクしている(のであろう)『反日感情を刷り込むマスメディア』と、情報化社会によって『一気に広まる扇動』が、昨年のような大きな反日デモの原因なんじゃないですかね。

 一概に、『反日感情』という言葉で片付けてしまうのは、私はあまり賛成できません。もっと、中国の人々と接してみて、実際どのような感情を持っているのかを知りたいなぁ、と思う今日この頃です。


 最後に、また言っておきますが、私は日中戦争前後の両国の歴史について、知識を蓄えた上でこんな文章を書いているつもりです。

丹江湖の怪物 

 中国には、きっと、『ネッシー』みたいな未確認生物がいると思うんです。険しい山岳地帯や、仙人が住んでいそうな霧深い山里が沢山ありますから・・・

1月22日、湖北省西部の人口湖、丹江湖の湖岸を走行していると、湖面の怪しい影を捉えました!!


写真1)バチャバチャと水を跳ね上げています。魚?にしては、大きいぞ?なんだ?なんだ??

 土埃と汗で汚れたサングラスを拭き、もう一度目を凝らして見てみると・・・


    あっ!!


写真2)な~んだ・・・

 なんと!小さな箱のようなものに跨り、両手で水をかきながら、対岸へ渡ろうとしている『おじさん』でした。

 しっかし・・・、器用なもんですねぇ・・・。転覆しないのかなぁ・・・

中国ですから 

1月25日、道教の聖地・武当山で見かけた標識です。


写真)東天門

 聖山の参道にある東天門の案内標識。この標識を見て、とてもこの東天門に興味が湧きました!!だって・・・

 『東』なのに、Northern Hevenly Gate (北の天国の門)なんですよ・・・

 険しい山道を登り続けてきたので、体はクタクタ、膝も笑ってます。顔もちょっぴり笑ってしまいました。そうか、これは、疲れている巡礼者に笑顔を与える為の演出なのかも・・・?

 そんなわけないですよね。何も意図はありません。理由は、「中国だから。」中国では、あちこちで間違った英語の案内を目にします。
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