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ヒゲ男 

これも古いエピソードです。2006年9月初旬に作成しましたが、内容的にアップするのを躊躇ってました。もう自分のヒゲ面にも慣れてきましたので、公開します。


9月1日 私がヒゲ面に憧れてきたことは以前紹介しましたよね・・・。知らない方は、コチラをご覧下さい。
→ http://whereiskokoro.blog34.fc2.com/blog-entry-313.html

 10代後半・学生時代から旅を始め、20代後半の現在でも、私は学生に見られることがある・・・。会社員だった頃は、イスラーム地域を担当。出張先では、いつもヒゲ面の中で仕事をしていました。

 多分そんな訳で、ヒゲが欲しいと思うようになったんでしょうね。もともとあまりヒゲが濃くないので、無いものネダリなのかも知れません。


 でも、そんな私も、頑張ればなんとなくヒゲ面になることが判明しました!!

 2ヶ月以上根気強く伸ばし続けてみたのです。そしたら、写真にもはっきりと写る程度に濃くなりました。

  ホラ!

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写真)日焼けで肌は痛み気味。更に、ヒゲがあるとチベタンと間違われ易いので、何かとお得。


ハイ、ハイ、ご意見は不要です。解ってます、カッチョ悪いですよね。

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カシュガル到着!! 

11月7日 日の出の30分以上前に目覚めました。尿意で起きたわけではありません。目覚まし時計(9時半に設定)もまだ鳴っていません。

 まだ暗いのに・・・、なんで起きちゃったんだろう? 再び目を閉じ、寝ようとしますが、すぐには眠れません・・・。なんか変な胸騒ぎがあるので、状態を起こしてみると・・・

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写真1)日の出直前の東の空!!

 朝焼けなんて、久しぶりに見ます。やはり、昨日の月と一緒で、東の空は光を赤く変える、適度な霞があるんでしょう・・・。なんかドキドキしてきた!!寝袋を飛び出して、カメラ片手に光を増す地平線を見つめます。

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写真2)うわぁ~・・・・

 凄いのを見ちゃいました・・・。 今のところ、この旅で最も美しく印象的な朝焼け。野宿した場所も良かった!小高い丘の隣に湖があり、湖の向こうには荒野だけ。今朝の不思議なドキドキは、この予兆だったのでしょうか?私って、何かそういうのを感知する能力があるんでしょうか?1年間、地球と仲良くしているからかな・・・?んなわけないか。しかし、良いものを見せてもらいました!!ありがとう、ウイグルの大地よ!ありがとう、太陽よ!!

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写真3)こんな感じで野宿してました。

 テントの撤収作業がないので、すぐに走り始められました。9時45分、走行開始。今日の走行は、カシュガルまでのラストラン、70kmぐらい。朝食は6km先のインジサールで取ります。走り出して程なく、インジサール到着。朝日を浴びたインジサールの町並みも美しかった!朝からテンション最高で、町の中心部に入り、開店したばかりの中華食堂で、ポウズ(小さい肉まん)とお粥の朝食。久しぶりにこの『定番朝食メニュー』を食べました。
 食後、すぐに走り始めます。この町は早く出た方が良いと思ったんです・・・。だって、物欲が湧いてきて、危ういんです。 どういうことかと言いますと、このインジサールは、新疆ウイグル自治区内でも有名な刃物の町。ウイグル伝統のナイフが生産され、町のあちこちにナイフ工房直営のナイフ屋さんがあるんです。

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写真4)こんなの。

 数日前から、このインジサールのナイフのことは知っていました。カールギリック(イエチョン)の町にも、インジサールのナイフ工房直営の店が数軒あったし、ヤルカントにはもっとあった。ナイフ・・・、今持ってるナイフ、最近切れないんですよね・・・。それに、もうちょっと刃が長い方が料理しやすい。それにそれに、私、イスラームの伝統工芸好きなんですよね・・・。
 頭の中で、悪魔と天使じゃありませんが、「買っちゃえよ!どうせ買うんだろ?だったら産地が安いに決まってるだろ?」という私と、 「ここは我慢!!だいたい今お金持ってないじゃん!」という私・・・

 ん!?お金持ってない??

 そうでした、私今お金持ってません。財布の中には、50元しかない。カシュガルに行かないことには、ATMもないし、ここは買う買わないで迷うところじゃなくて、買えないんです。とはえい、後ろ髪引かれる思いで、仕事が始まったばかりの工房を遠めに眺めつつ、町を出ました。

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写真5)今日は砂漠の道じゃなくて、畑の道。

 昨日は大半が砂漠の中でしたが、今日は畑が広がる光景の中を走ります。左手の畑の向こうには、雪を頂いた山も見える。のどかなウイグルの田舎の風景を楽しみながら、走っていますが・・・、ちょっと不思議に思ったのが・・・

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写真6)ラクダ車!

 ラクダ車が不思議なのではなくて、やたらとロバ車が多いんです。私と同じ方向にばかり、何台も何台も何台も走っています。ロバよりも私の方が早いので、何台も何台も何台も、ロバ車を追い抜きます。徐々にロバ車の車間も狭くなり、ロバ車の列になりました。こうなれば明確です。日は、どこかで市場が立つのでしょう!!そうに決まってる。
 ロバ車の荷台には大抵数人の人が乗っていますが、中には、羊が乗ってるのもあれば、大きなズタ袋が積んであるのもある。これらは商品でしょう。5kmほど、ロバ車を追い抜きながら走ったところで、小さな町に到着。中心部の混雑ぶりは凄いものでした。今日は月曜日なので、『月曜市』ですね。カシュガルでは『日曜市』が有名です。

 人ごみの中をゆっくり走り、市場らしきところに到着。自転車を押して、市の人ごみの中へ。食べ物の屋台、衣料品、肉屋、野菜屋、金物屋、乾物屋、日用雑貨屋、薬屋、お菓子屋、なんでもあります。全部露店です。『いやぁ~、良いなぁ~★ これぞ!シルクロード!!』 私が長く抱いていたカシュガルの日曜市のイメージにぴったり合致!!ここ数年で、カシュガルの日曜市はすっかり様変わりしたとの噂なので、この町で『月曜市』を見れて良かった!!求めていたものに、7分の1の確立で遭遇するなんて、運良すぎです、私★
 ただ・・・、ちょっと運が悪いのが、またデジカメの調子が悪くて、デジ写真が撮れなかったこと・・・。フィルムカメラでは何枚か撮っています。30分ほどで市を歩き、30分ほどで色々なものを試し食い。ウイグルの庶民食を6~7種類食べてお腹も一杯。ちなみに、牛ケバブ、羊シチュー、焼きたてパン、蒸しジャガイモ、蒸しカボチャ、ソフトクリーム、クラゲみたいな食感の不思議な麺(?)料理。もっと見て歩きたかったのですが、荷物満載の自転車と一緒では疲れます。かといって、どこかに置いとくと、すぐに自転車に人だかりだできてしまう・・・

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写真7)月曜市の町へ向かうロバ車の列。

 またまた後ろ髪引かれる思いで、走り始めました。カシュガルまではあと30kmほど。膨れたお腹でちょっと走りにくいけど、3時前には、カシュガル手前の『?勒』(発音も読み方もわかりません)の市街地を抜け、カシュガルが近付いてきました・・・。あと少し!!最後は、テンションに任せてペダルを回す!回す!回す!!あと少し!!

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写真8)ようこそ!中華人民共和国の不可分の領土たる新疆ウイグル自治区の町・カシュガルへ!!

 『おぉ~!!これが噂の巨大な毛沢東像かぁ~!!』 カシュガル市の中心、人民広場前に立つ毛沢東像。これが噂の『ウイグル人に嫌われまくってるカシュガルの象徴』です。私も・・・、これを見ても感動はしません。チベット横断ステージのゴールにふさわしい場所ではありません。北京なら、天安門広場。ラサなら、ポタラ宮殿。カシュガルなら・・・

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写真9)カシュガルの象徴・イエティガール・モスク!! 雰囲気出す為、セピアで。

 『おぉ~!!カシュガルだぁ~!!着いたぞぉ~!!カシュガル着いたぞぉ~!!』 新疆ウイグル自治区最大のモスク(ってことは、中国最大?)の前に立ち、シルクロードの要衝の町にいる実感、7月から4ヶ月かかった『チベット横断ステージ』が終了したことの実感、この先に広がるシルクロードの旅への期待感、いろいろ溢れてきました。充実感で胸が一杯です。 

 長かった! 険しかった! きつかった!
 暑かった! 寒かった! 

 でも、楽しかった! 嬉しかった!
 幸せな時間だった!! 最高の4ヶ月だった!!


 これにて、チベット横断ステージ完結★

月夜のサイクリング再び 

 11月6日 もうちょっと走るか??

 シャーチャー(ヤルカント)からカシュガルまでは、190kmほど。2日の距離です。いや、1日でも走れちゃうかな?今のスーパーマンな私なら。 平坦な道だし、アスファルトだし、空気も濃いし・・・。でも、まぁ急ぐ理由もありませんし、のんびり走り始めることにしましょう・・・。
 チェックアウトの時間・12時ギリギリまで部屋でゴロゴロ過ごし、ブランチの後、午後2時までネットカフェ。自転車に跨ったのは、2時半過ぎでした。ヤルカントの中心部を走りぬけ、町外れに出ると・・・、 「おぉ~!やっぱり、町外れの方がいいなぁ~!!」
 町の中心部には、漢民族の姿があり、町並みもどこか漢族が作った町といった感じなんですが・・・、中心部を離れると、そこにはウイグル人の姿しかいない!!これこそ有るべきウイグル自治区の姿!! 新疆ウイグル自治区も、チベット自治区同様、都市の漢族化が進み、町の中心部は、中国本土(漢民族の省・都市)と大差はありません。

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写真1)ヤルカントの町外れ。いいなぁ~!!こういう光景。

 今日も天気は良好。ロバの糞に気をつけながら、ポプラ並木の国道をひた走ります。この並木道はどこまで続くんだろう・・・?一昨日走ったイエチョン(カールギリック)~シャーチャー(ヤルカント)の間は、ずっと並木と畑が続いていました。このままカシュガルまで、続いてるんだろうなぁ~・・・

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写真2)おっ!?砂漠になった!!

 並木がなくなり、視界が開けたかと思うと、何もない砂漠を、まぁ~っすぐ!伸びる道になりました。並木道も『これぞ!シルクロード』でしたが、この砂漠の道も『これこそ!シルクロード』です。俄然気合が入ります★ 左手の地平線には、かすんだ山々。3000mぐらいありそうです。今私は、タリム盆地の南の縁を走っているのです。右手を見ると、遠ぉ~くに木々が見えます。あのあたりは灌漑農業が行われてるみたい。正面を見ると、真っ直ぐに伸びた道だけ!!

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写真3)たまに看板もあります!

 これ、合成です。ごめんなさい。車は2分に1台程度。ロバ馬車や地元のウイグル人の姿がないのは、ちょっと残念ですが、いないならいないで走りに専念できます。グングン走って橋って走って、走り始めて3時間で65kmを越えました。走り始めが午後だったので、この程度ですが、朝一番で出発してたら、今日中にカシュガルに到着できたかも

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写真4)グングンぐんぐん走る!

 日が傾いてきたところで、考えた。 『こんな感じの道が続くようだったら、また夜中も走れるんじゃないか??』 3日前は月夜の砂漠サイクリングを満喫しました。満月は昨日だったので、今日も満月並みの明るい月が出ます・・・。どうせ今夜はキャンプの予定だったので、道の具合をみながら決める事に。

 もしも行けるようだったら、夜通し走って朝焼けのカシュガル到着ってのも良いかな★

 走行80kmほどで、小さな町というか大きな村を通過。日没まであと少しです。焼き立てパンを3つ買って暖かいうちに齧り付く!これが夜ご飯です。お菓子やジュースも買い込み、再び荒野へ!徐々に暗くなる砂漠の道には、昼間と変わらない車の量・・・、いや!?むしろ増えたかな??ライトを2つ付けて目立つようにして走ります。西にある山々の稜線が光を失うと、東の空から大きな月が上がりました。空気がかすんでいるからか?ちょっと赤みがかってて、・・・ちょっと不気味な月
 対向車とすれ違う度に、強烈なヘッドライトで一瞬視界を失います。 『こりゃ・・・良くないな・・・。』 車が減るかもしれないし、2時間ぐらい休憩することにしました。2時間もすれば、月ももっと高くなりますし、明るい夜になるでしょう・・・。道ばたにあった何かの露店、多分、果物の露店のイスに腰掛けます。道路から200~300mのところに民家が見えています。たぶん、あの家の人が果物の季節に、ここで露店をやってるんじゃないでしょうか・・・。木製の台、おそらく普段は果物や野菜が並んでいるであろう台に横になり、目を閉じました・・・。

 午後10時半。ピピピッ!ピピピッ!ピピピッ!!と腕時計のアラームで目を覚ますと、うぅ~ん・・・、ちょっとだけ車が減ってるかな??再び自転車に跨り、月夜のサイクリング開始!月は相変わらずオレンジの不気味な色。でも、登ってすぐの時よりも明りは増しています。これなら大丈夫。車も確かに少なくなっていて、走りやすい。どこまで走ろう??全然決めていませんが、きれいな砂漠の光景があれば、そこでテントを張れば良いし、なければ疲れるまで走ってテントを張れば良いし、疲れなければカシュガルまで走れば良い。

 徐々に光を増す月は、見上げるほどの高さになってようやく普通の色になりました 月が昇った東の方角は、タリム盆地の中心の方向。やはり、盆地の霞んだ空気がそうされるのでしょうか。ここは『タリム盆地』で、かつ、『タクラマカン砂漠』ですからね。しばらく何もない道が続いていましたが、走行120kmに迫ったころ、道路の両側が畑となりました。町が近い徴です。
 地図を見ると、『英吉沙』インジサールという町が印してある。このインジサールまで走って、宿を取るのも良いかも知れません・・・。が、もう少しこの月夜を楽しみたい気もする・・・。で、思いついたのが、野宿!!

 全然寒くないし、わざわざテントを張ることもない!!だったら、荒野の真ん中にシュラフマットだけ敷いて、月を夜見ながら眠ればいいじゃん ってね。 

 適当な場所はすぐに見つかりました。道路の右手にあった、小さな丘。あそこなら、国道を走るドライバーの目に、私の姿は入りません。周囲の景色も眺められそうだし、あの丘の上で野宿決定!!高さ15mほどの硬い土の丘。てっぺん付近まで自転車を押して上げ、頂上付近の平らなところにシュラフマットと寝袋を広げました。

 丘の横には湖があって、月の光を受けて、ぼんやり輝いています。きれいだなぁ~・・・1時間ほど、砂漠の月夜を楽しみ、眠りに落ちました。

うわぁ~!!シルクロードだぁ~!! 

11月4日 シルクロード・西域南道を走り出しました。

 中国新疆ウイグル自治区内を横切るシルクロードと言えば、天山山脈の北側を抜けカザフの草原に至る『天山北路』と、天山山脈の南側・タクラマカン砂漠北縁を横切り、山岳中央アジアやインド亜大陸に抜ける『天山南路』 、そして、タクラマカン砂漠南縁を横切り、山岳中央アジア・インド亜大陸へ抜ける『西域南路』が大きな交易路。シルクロードとは、1本の明確な交易路ではなく、無数の路の束で、東アジアと西アジアを結ぶ、交易路の総称と考えて下さい。

 11月に入り、(広い意味での)シルクロードに乗りました。そして、11月4日、西域南道を走り出したのです。昨晩の宿入りが深夜1時近かったので、朝はのんびり。正午のチェックアウトタイムギリギリに飛び出し、イエチョンの町に走り出しました。昨晩も沢山人が歩いていましたが、昼間は当然ながらもっと沢山人がいる!『でかい町だなぁ~!!』チベットの山奥から降りて来た私にとっては、大大都会! 都会と思っていたアリなんて、ありゃ町でした。町の食堂で、新疆名物・ラグ麺を食べ、焼きたてのパンと、1ヶ月半ぶりのバナナを買い込み、カシュガルへと伸びる国道へ!!

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写真1)イエチョンは、西域南道の要衝・ホータンと、カシュガルを結ぶ、ちょうど真ん中あたり。ウイグル語では、カールギリック。

 天気は晴れ!ですが、空はちょっと霞んでる・・・??これが普通の空の色だっけ?チベットの深い青空に見慣れてしまったので、普通の空の色を忘れかけてる・・・。イエチョンの郊外に出ると、国道の両脇には、色付いたポプラ並木が延々と続いていました! これぞ!シルクロードの光景!! 私が抱いてきた中国のシルクロードのイメージにぴったり合致する光景です。写真で見せたいんですけどねぇ・・・、昨晩からデジカメの調子がおかしくて、フィルムカメラでしか撮っていません。残念。ごめんなさい。

 道路は、片側1斜線で、路肩はあまり良くない。後ろから来る車に注意しつつ、路面に転がってるロバの糞に注意しつつ走ります。田舎のウイグル人の乗り物と言えば、ロバ馬車です。時折、ロバ馬車を追い抜き、荷台に座ってる人々に挨拶。「アッサラーム・アレイコム!」 しっかり聞き取れた時は、「ワ・アレイコム・サラーム」と返してくれます。私の声が聞き取れなかったときは、クスクスって笑ったり、目線をそらしたり・・・。シャイな人々です。
 ポプラ並木は、ちょうど紅葉の終わりかけぐらいかな。黄色く色付いた葉が、風に舞って路面に降り注ぎます。美しい光景です・・・。デジカメが調子よければ・・・、残念! どこまでこの並木は続くのか?もしかしたら、カシュガルまで繋がっているのか??と思うぐらい、ず~っと続きます。今日の目標は、65kmほど先のシャーチャー(ウイグル語ではヤルカント)です。午後2時から走り出したので、あまり休憩してる余裕はありません。時速10km台後半のペースで走って、4時間ぐらいですかね。シャーチャーも大きな町なので、明るい内に着いておきたい。

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写真2)国道の両脇には、綿花畑が広がる。今は、ちょうど綿花の収穫時。

 このあたりは海抜1300m台。5000mの高原を走っていた時よりも、酸素の濃度が1.5倍もある!!長くオフロードのj険しい上り下りを走ってきた私には、アスファルトの道路は、氷の上を滑っているようなもの! スイスイスイスイ走れてしまいます。試しに時速30kmまで加速して、走り続けてみましたが、息は切れない★ スーパーマンです。
 余り飛ばし過ぎては、この素晴らしい光景が台無し。のんびりと一定ペースで走り続けます。並木の向こうに広がる綿花畑では、村人総出でしょうか?何十人もの人々が綿花積みをしています。風に乗って飛んできた綿花が、道路にも沢山おちていて、それを拾いながら歩いている人も。かと思うと、綿花を満載したトラックが通って、荷台から綿花がポロポロ落ちていたり・・・、『俺も拾って走ろうかな?』 途中、ちょっとした村では、綿花を詰めた袋を大きな量りに乗せ、買い取り交渉をしている業者の姿。多分、今日50kmも走れば、45リットルゴミ袋一杯分ぐらいの綿花が拾えそうです。それくらい、道路脇には、綿花が転がってるんです。『でも・・・、わざわざ拾ってみたところで、どうしようもないな・・・』 当たり前のことですが、私には綿花も、それから得られる僅かな収入も必要ないことに気付き、更に西へと走り続けました。

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写真3)何やってんの?

 大きな橋が見えてきました。橋のたもとには、枯れた植物や枝を満載したロバ車の列。『なんだろう?』橋の中ほどから、河原を見下ろすと、100人ぐらいの男たちが、なにやら大規模な作業中。ロバ車で運んできた枝や草を川底に沈め、その上に河原の石を積んでいく。それを延々繰り返し、川の流れを堰き止めました。20分ほど観察していると、なんとなく判ってきました。下流には、ショベルカーとかダンプだとかが動いているのが小さく見えています。橋をかけているんでしょう。この男たちは、川の流れを変えてるんです。幅500mほどの河原には、幅30mほどの水の流れが3本。そのうちの一本を遮断して、2本にするつもりのようです。いやはや、原始的ですが、なんtも賢い方法です。

 午後5時、僅か4時間で65kmの道のりを走りきり、シャーチャーに到着。チベットでは、7~10時間走って、ようやく65kmってとこだったのに。シャーチャーの町は、イエチョンよりもち大きく、大大大都会!バスターミナルの傍の招待所に宿を取り、荷物を下ろして、シャワー屋へ向かいました。実は、昨日のイエチョンの宿はシャワーなしの部屋だったので浴びてないんです。今日の宿の部屋にはシャワーがありますが、夜9時以降じゃないとお湯がでないらしい。町のシャワー屋は、たったの2元!?ラサの半額、アリの4分の1、タルチェンの12分の1の価格です。しかもお湯の出は十分★ シャワーを浴びたのは、えぇ~っと・・・、ドマル以来?ってことは、10月23日以来、12日ぶりですか?新記録更新はなりませんでしたね。この先、普通にシャワーのある環境が続くので、西チベットで作った最長記録17日間というのは、この先そう簡単には破られないでしょう。有るとしたら、アフリカか?でもアフリカなら、水浴びできるだろうし・・・。まぁ、記録更新したいわけではないので、この記録を塗り替えないようにします。何度も言ってますが、私は静香ちゃんなみにシャワー・風呂が好きです。 

 久しぶりにネットカフェにも行き、夜は贅沢に、部屋で『五谷道場』を食べました。まだラーメン食べてんのかよ!?と自分に突っ込みましたが、今まで不味いラーメンばかり食べていたので、スーパーで『五谷道場』を見たときに、衝動買いしてしまったのです。

 宿は3人ドミトリー。貸切りかと思っていたら、深夜に漢族のおじさんが2人来ました。3人とも初めに軽く挨拶しただけで、その後会話なし・・・。ちょっと気まずい夜でしたが、すぐに眠りに落ちました・・・zzzZZZ

崑崙越え!タリム盆地へ!! 

11月3日 崑崙山脈最後の峠を超え、タリム盆地へ。昂る心のままに、一気に170km以上走っちゃいました。

10時、勢い良くクディを出発! 勢いのままに、写真で1日を紹介していきましょう。

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写真1)クディの朝。朝食は、昨日と全く同じ木耳定食でした。朝から、中華の炒め物は重い・・・

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写真2)今日も快適なアスファルトを走る!!

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写真3)クディから27kmで、再び道はオフロード。更に進み、海抜2650mのところで、峠越えの道に入る。海抜3350mのクディ峠頂上まで、標高差は700m

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写真4)上りって言ったって、そこ海抜は3000m前後。谷間の斜面を大きく蛇行して登る道を、快調に走る。

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写真5)ちょうど中ほどで、食事休憩。周囲の乾いた山々は、チベットの風景とは大違い。タリム盆地は近い!!

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写真6)峠の頂上に到着!向こう側にも、乾いた山並み。オフロードの長い下りに突入!!

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写真7)アクメキットという村を通過。シルクロード情緒漂う村の光景に、テンションMAX! 止まりませぇ~ん!! 緩やかな下りを走って、走って、道はアスファルトに! アスファルトだから、更にスピード加速!!止まりませぇ~ん・・・

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写真8)午後6時、90km走ってプシャという町に到着。子どもたちに囲まれる。ここで宿泊のつもりでしたが、10km先にもう少し大きな町があるらしい。プシャも通過!! ロバ馬車で家路に着く人々に、元気に挨拶しながら走ります。止まれませぇ~ん・・・

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写真9)日没前、宿やシャワー屋もある大きな町コキャールに着きましたが、まだテンションは高い・・・。行っちゃえ!!ということで、月夜の砂漠ライド開始! 俺を止めてくれぇ~・・・。
 途中、地平線の向こうに沢山の火柱。油田か天然ガス田でしょう。私には、見慣れた光景ですが、新疆のこんなところで油田開発をしているとは、意外でした。

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写真10)道は、緩やかぁ~な下り。50kmで、500mぐらい下ります。平均傾斜は1%だけですが、滑らかなアスファルトなので時速30kmキープが可能!月夜の砂漠は、ライトなしでも中央線や路肩の線が見えるくらい明るい!! まだまだ走ります!

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写真11)午後11時、アーバンの町に到着。アーバンは、巨大な軍事拠点、かつ交通の要衝。兵士向けの商店や怪しい床屋さんがずらりと並び、宿も沢山。ここでは泊まらず、イエチョン(叶城、ウイグル名・カールギリック)まで更に4km走ります。

 海抜3000mのクディから、3350mのクディ峠を越え、1400mのイエチョンまで、14時間で172kmを走りました。 イエチョンの宿に入ったのは、24時半。勢いに任せて、走りに走った1日でした。

 乾いた崑崙北縁の風景。美しい山間の村々。ロバ馬車の列。月夜の砂漠。怪しいアーバンの町。ゆっくり走れば2日かけて楽しめたところですが、今日の私は止まらなかった。さすがに、14時間走ったので疲れましたが、疲れてなかったら、一晩中でも走ってたかも・・・。




最後の青く深い空 

11月2日 この青い空もコレが見納めかなぁ・・・

 泊まっていたマザルの食堂宿の若夫婦は、なかなか起きませんでした・・・。私が起きたのは9時。昨晩の内に荷物はまとめていたので、朝食を採ったらすぐに出られるのですが・・・。
 仕方ないので、別の食堂へ。4軒隣、老夫婦がやってる食堂宿は、もう開店準備が済んでました。夫婦がお粥とピーナツ炒めを食べながら、テレビ見てます。やはり、年寄りの朝が早いのはどこでも同じ。一緒にお粥を頂きました。

 さぁ!出発準備OK。今日は、海抜4900mのチラグサルディ峠を越え、80km先のクディという村を目指します。10時半。寝ぼけ眼の宿の若夫婦に見送られ、冷たぁ~い空気の中へ走り出しました。

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写真1)マザル。T字路になっており、写真左側がチベット方面。右側がカラコロム山脈北川方面(K2が見えるらしい)、手前がタリム盆地方面。

 いきなり上り開始です。マザルの海抜は3800m、富士山ぐらい。峠の頂上までは、24kmで1100m上ります。進行方向は北。初めは日が射しませんでしたが、1時間ほどで谷にも日が射すようになりました。時速7kmぐらいでボチボチ上ります。途中、ちょこちょこ短い休憩を入れるので、平均時速は5kmぐらい。5時間で峠の頂上に立つペース。

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写真2)走行開始から3時間。ランチタイム。

 時計は1時50分、マザルで買った直径30cmの巨大な餅子(ビンズ、中国の平たいパン)に齧り付きます。けっこうな食べ応え・・・。3分の1も食べずに、満腹になりました。20分ほどですが、座ってる間に体が冷えてしまった。気温は0℃以上あるけど、谷の底から吹き上げる風が冷たい・・・。冷たい紅茶を飲みながら、更に上へ上へ。
 20分ほどで、峠最後の険しい上り坂が現れました。斜面を右に左に折れて登っていく道。いつ降ったんだか?雪が残る道を時速7kmでコンスタントに上り続けます。海抜は4800m・・・、4850m、4860m、4870m、4880m、4890m、あと10mですが、まだ頂上は先。

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写真3)この岩の間を抜けると、正面に九十九折の最後の上り坂。

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写真4)あと少し!!

 マザル出発から5時間40分、チラグサルディ峠の頂上到着!!走行資料には海抜4900m、地図には海抜4950mと載っていましたが、腕時計の高度表示は海抜4925m!5000mまでは届かない・・・。峠の頂上でしばし休憩。見上げる空には、うす雲。普通こういう雲は、高ぁ~いところに浮かんでいますが、海抜4925mにいるので、すぐ近くに感じられます。空は深くて青く透き通ってる・・・・。『この美しい空とも、今日でお別れだな。』 この先、標高は3000m以下まで一気に下がります。

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写真5)おっし!下るぞぉ~!! さようなら、高原の美しい空 

 目指すクディまでは55km。時計はすでに、午後4時を回っていましたが、時間の余裕はタップリ。日没までは3時間以上あります。クディまでは3時間もあれば余裕です。この先、ずっと!ずぅ~っと下りですから。しかも、途中でアスファルトになるらしいですから!!  初めの20kmほどは、石がゴロゴロで砂深い道が続きましたが、時速20km以上で快調に下ります。そして・・・、マザルから47km地点、峠の頂上から23km地点で・・・

 アスファルトォ~!!!!!!

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写真6)ここからアスファルトに!崖崩れでところどころ無くなってたけど、1kmほど先から、ずっと滑らかなアスファルト☆

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写真7)深い谷底の道を時速30~60kmで高速ダウンヒル!!

  荒々しい岩山が迫る深い谷間の道を一気に下ります。西日が射さない谷間ですが、気温は5℃以上ある。けど・・・、サドルに座ってるだけで、動いていないから、体がどんどん冷える・・・。タイツを履いていますが、膝を冷やさない心配です。まぁ、このペースで下れば、あと1時間もかからずにマザル到着でしょうから、平気かな・・・。
 下れど、下れど、下れど、周囲は険しい岩山。乾いた風景が続きます。方角としては、北北西に向かっています。この先、もうひとつ大きな峠がありますが、このあたりはもう崑崙山脈の北縁でしょう。タリム砂漠が近いことを感じさせる風景。この道は、かつて、タリム盆地とインド北部を結んだ、シルクロードの一部。今日私が走ってきた道を遡り、マザルの南で、カラコロム山脈を越える、カラコロム峠という峠に繋がっています。 

 『ついに、シルクロードに着たんだなぁ~・・・』と感慨に耽っていると!?

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写真8)おぉ!!シルクロードの象徴!!

 時速50kmから急ブレーキ!ラクダだぁ~!! ふたこぶラクダって、フサフサしてて、ちょっと変・・・。北アフリカ・中東で過ごした時間が長い私にとって、ラクダといえば、『ひとこぶラクダ』です。
 『あのコブの間に座るんかぁ~・・・、ひとこぶよか、楽そうやなぁ・・・。ん? 楽だ!? うっわ・・・、オヤジギャグ!?』 自分の独り言に寒さ倍増。独りで荒野を走り続ける私、独り言が多いんです。孤独なサイクリストだからって訳ではなく、大体、長期旅行者は独り言が多い人ばかりです。

 楽だ!を見た後、クディが近いことを匂わせるものが出現。時折、谷底のちょっとした平地に家があるんです。あのラクダたちは、この家の人のかな?野生のラクダってのもいるかもしれませんが、大抵は放牧されている、飼われているラクダです。
 家が出現して30分ほどで、クディに到着しました。背の高いポプラの木が生い茂る、谷間の小さな町。『ん~ん!!シルクロード!!』 町の北側の軍隊の検問所で、パスポートチェックを受けましたが、没問題!ノープロブレム。
 クディには、解放軍の基地と、数件、漢族の食堂宿がありますが、町の建物の多くは、現地人の家や商店!! 通りには、色白で鼻筋の通った人々が歩いています。ここの人もタジク人でしょうか?ウイグル人も混じってるかな? ちなみに、タジク人もウイグル人もカーコソイドです。
 宿は、漢族のおばちゃんがひとりで切り盛りしてる食堂宿へ。部屋に荷物を入れてると、「ご飯食べるんでしょ?」と台所で、ガチャガチャと料理しながら、おばちゃんの質問。お願いする前に、おばちゃん料理始めてるじゃん・・・。荷物を解き終わり、顔と手を洗うと、食事が出来上がっていました。まだ外は薄明るい。ガツガツと木耳(きくらげ)炒めとドンブリご飯を平らげ、夕暮れ時の村の散歩に出ました。

 色付いたポプラ並木。アラビア語みたいなウイグル文字の看板。クリクリっとしたお目目の可愛い子どもたち。スカーフを被ったキレイな女性。太鼓腹のおじさん。土地の言葉で話しかけてくる売店のおばちゃん。その娘(多分15歳ぐらい)が可愛いの何のって!! 可愛いというより、キレイかな。言っておきますが、私、変な趣味はありませんので。

 いやぁ~・・・、シルクロードの雰囲気、最高ぉ~!!

 日没後、宿で、ここ2~3日調子の悪かったブレーキを交換&メンテナンス。10時過ぎには、ベッドに入りましたが、なかなか眠れない。明日は、最後の峠を越えて、タリム盆地に入ります。シルクロードへの憧れが強い私、心ときめいて眠れないのです。横になってても、全然寝れる気がしないので、再び起き上がり、自転車のメンテナンスを2時間近くやり、ちょっと疲れたところで、ようやく眠気がきました。でも、ベッドで横になり、目を閉じると浮かんでくるのは、砂漠に延びるポプラ並木の道、私が抱く中国西域・シルクロードの光景。あぁ・・・、、またワクワクしてきちゃった・・・。

 眠りに落ちたのは、何時だったか?いつまでも、食堂で、宿のおばちゃんが近所の友達とやってる麻雀の音が耳に入っていました。

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写真9)クディの村。翌朝撮影。

まじゃる 

11月1日 やっぱり・・・、朝日はすぐには射しません・・・

 あっ!11月ですねぇ・・・、なんてこったい、11月ですよ・・・。目覚めると、日の出の時刻を回っていました。が、案の定、日はすぐには射さない。テントを張った河原の真東に大きな山があり、その向こうから上る朝日がテントに当たるのは、まだまだ2~3時間先のこと。
 今朝の冷え込みは、それ程ではありませんでした。多分、氷点下8~7℃といったところでしょう。今日の走行は、50km先のマザルという村までなので、のんびりした朝を過ごしました。オートミールの朝食を平らげた後、鍋を洗う為、スポンジを洗剤を持って、冷たい空気が漂う川縁へ。

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写真1)川には濁ったシャーベットが流れていた。

 シャーベットの氷水で鍋を洗いました。外気温は氷点下4℃。湿ったスポンジはすぐに凍りつき、鍋の表面の水も凍りつく。鍋を脇に抱えると、ジンジン痛痒い指を8本全部銜えて、慌ててテントに戻りました。早く日が射さないかなぁ~・・・。あと1時間はかかりそうなので、珍しく、朝食後に二度寝。1時間後にアラーム音で目覚めましたが、ようやくテントの上の方に日が射してる程度でした。その後、10分ほどでテント全体に光が当たりました。
 さあ!活動開始!テント内の荷物を全てパッキング。テントのフライシートを畳み、あとはテント本体だけ。テント本体はまだ少し湿っていたので、後回しにして、先に自転車とパッキング済みの荷物を道路に揚げることに。国道は河原から1~2m高いのです。先に、自転車を揚げ、道路脇に立てかけておきます。再びテントのところへ戻ると・・・。「ドッドッドッドッ・・・・ザザッ!」という音。バイク? 振り返ると、やはりバイク。私の自転車が気になるのか、ドライバーはわざわざUターンして、自転車の隣に。『まぁ、地元民には珍しいだろうから・・・』

 「サラーム!」大きな声で挨拶すると、男は河原に降りてきました。顔を覆っていたニット帽を脱ぐと、あれ?外国人?? 「凄いなぁ~!君、日本から来たの?」と英語で話しかけられました。彼は、イスラエル人旅行者でした。雲南省、四川省、青海省からチベット入りを目指し、ことごとく公安に捕まり、最後のルート(一番リスクの少ない)ウイグル自治区から、4度目の正直でチベット入りを目指しているところらしい。なんでそんなに頻繁に捕まっているんだろう?この夏の雲南省ルートの検問は、ザルだったけど・・・
 「君は同じアジア人だから、問題なくチベットに入れたんだよ。」と彼。 「確かにそれもあるけど、もうチベットは自由に旅ができると言ってもいいぐらい規制緩和されてるよ。よっぽど、運が悪かったんだよ、君は。」
 30分ほど、お互いの旅について話しました。これからアリ、更にラサへと向かう彼。もう冬を迎えてるチベットにバイクで向かうとは・・・、自転車の私が言うのもなんですけど、相当シンドイだろうなぁ・・・。バイクは座ってるだけで体が冷えますからねぇ。まぁ、1日の200km以上移動できるだろうから、キャンプの必要はないでしょうけど。

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写真2)四川省ルート失敗→バイクを購入し青海省ルートをトライ→やはり捕まって→今度は新疆から!寒いだろうけど頑張ってね☆

 彼の名前は、えぇっ・・・と、ア・・・ア・・・、アなんとか。イスラエル人の名前は子音の連続であることが多く、覚えにくいんです。ごめんね、ア・・・なんとかさん。
 さて、時計は午後1時半です。そろそろ出ないと! テントを畳んで、走行開始! 平坦な川沿いの道を、西に走ります。走り出して、2kmほどで、道班発見!昨晩あと少し頑張ってたら、道班に泊まれたかもな。残念。道班を通過した直後、後ろから、大きな音と共に、軍用トラックが来ました。通り過ぎると、あたり一体砂埃  砂埃が落ち着くのを待っていると、また後ろから軍用トラック! 2台目のトラックだ巻き上げた砂埃が治まりかけた時、3台目の軍用トラックが!?もしかして・・・・

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写真3)前を走るトラックの砂埃を浴びない程度の距離を空けて、走るトラックの列。

 トラック車間距離は、200~300mぐらい。普通車が離合できるぐらいの幅の国道ですが、軍用トラックが走ってる横を自転車で走るのは怖い・・・。通り過ぎるのを待ちますが、10台目、11台目、12台目・・・・、いつまでも車列は続きます。トラックの荷台の後ろには、大きく番号が書かれたシール。1台目は①、2台目は②、3台目は③、と順番通りに走っているみたい・・・。途切れる気配はありません。たまに、車列の間隔が開くことがあるので、その隙に少しずつ進んでは、トラックが来たら風上で停止を繰り返します。とうとう、荷台のナンバーは40番台になりました。

 『いつまで続くんだよぉ・・・・』

 幸い、50台目が最後でした。きっと三十里営房で演習や訓練を行っていた部隊が、普段の勤務地へ帰るところなのでしょう。50台のトラックが走っていた間、私が進めた距離は1km程度。遅れた分を取り戻そうと、その後はハイペースで走ります。海抜4000m以下のなだらかな川沿いの道です。1時間半で25kmを走り、午後3時半に遅い昼食。

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写真4)これは最近の昼食の定番メニュー。

 昼食は、硬いチャパティと、チョコレート味コンデンスミルク、干しヤク肉、味付きゆで卵、干し杏、というのが、このアリ以降の定番。炭水化物、糖分、動物性タンパク質、ビタミンを、きちんと考えていると思いません?今日は、三十里営房で購入したヨーグルトドリンクがあるので、更に健康的☆ アリで買ってきた大量のチャパティは、アリ出発後11日目でようやく食べ終わりました。チョコミルクと干し杏、干し肉も残り2日分ぐらい。

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写真5)道路を横切る小川を渡る。凍ってないのが、うれしい☆

 食後も快調に走り続け、凍っていない小川を渡り、凸凹だけど平坦な谷間の道をひた走りました。走行40kmを超えたところで、再び後方から、解放軍のトラック! 今度も長いのかなぁ・・・。5台が走り去り、10台、15台、20台、25台・・・『おいおい!また50台かぁ??』と思っていたら、30台目で終わりの気配。30台目のトラックは、私を見るなり急停車。助手席から若い兵士が顔を出して、私を呼びます。無視しようかと思っていましたが、思いがけないモノを手に持ってる!

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写真6)兵士がくれた飲み物3本。甘いお茶2種類とミネラルウォーター。

 笑顔で飲み物を差し出してくれた兵士に、お礼を告げると、また笑顔で「不要謝!」(いいよ、お例なんて!)と。なんて気前の良い人でしょう!!きっと湖南省人に違いない・・・。(湖南省人の話はこちら→)甘ぁ~い中国の緑茶を飲みながら、えっちらほっちら走っていると、前方に集落が見えてきました。自転車のメーターをみると、ちょうど50km。あれがマザルに違いありません。
 集落の入り口ですれ違ったタジク人らしき青年に、「ここはマザルだよね?」と聞くと、「そう、まじゃる!」と返って来ました。土地の発音では、マジャルらしい。可愛い響きなので、なんとなく平仮名を使ってみました。

 まじゃるには、ウイグル人とタジク人の商店が3件ほど、他は漢族の食堂宿が10軒ぐらい。ケバブよりも、野菜炒めが食べたかったので、漢族の食堂宿に泊まりました。

 11月に入りましたが、まだ崑崙山脈を越えきれていません。カイラースを出た時点では、11月1日にはカシュガルにいる予定だったんだけどなぁ・・・。

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写真7)まだこんな風景を走ってます。

闇へのダウンヒル 

10月31日 峠の向こうは、暗ぁ~く長ぁ~いダウンヒル・・・

 8時40分、日の出の直前に目覚めました。秋分からもう1ヶ月以上経っていますが、日の出の時間は9月22日と30分ほどしか変わりません。というのも、中国は、広大な国土に1つしか時刻がないから。この新疆ウイグル自治区西部の適性な時刻は、中国の標準時間から、-2時間ぐらいでしょうか。ということは、日の出は6時40分ぐらい。んっ?ちょっと早いか?じゃぁ時差は-1時間40分ぐらい??まぁいいか、どうでも。私は太陽と共に目覚め、太陽が沈むと1日の走行を終える生活をしていますから。

 食堂宿でお粥の朝食を済ませ、10時、人民解放軍の基地の町・三十里営房を出発!朝日を背中に受けながら、走ります。冷たい朝の空気の中、背中だけが温かい。走り始めて5kmほどで、川沿いの細い谷に入りました。今日は、峠越えの日。この先、川沿いの道を外れ、海抜4850mのケケアテ峠を目指します。峠の頂上までは、58kmか?68km? ・・・走行資料の情報が怪しいのです。多い方を採って、68km走るつもりですが、今日の標高差は1200mにもなる・・・。ちょっとシンドイかな。

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写真1)賽図拉遺跡を通過。

 走行10kmほどで、賽図拉(サイドゥーラ)という遺跡に着きました。ここは、中華民国時代の砦跡。100年ぐらい前の比較的新しいものです。まぁ・・・、見なくても良いかな。砦跡で左手に折れ、アクサイチン最後の峠キタイ・ラから並走してきた川とお別れ。さぁ、ここから緩やかに登り開始です!
 路面は硬いのですが、波打ってるところが多い。下りの波波路面は最悪ですが、上りのスローペースの時は、それほど気にならない。時速8~10kmほどでゆっくり、コンスタントに上り続けます。三十里営房~峠頂上が、68kmだと仮定すると、のんびりしている余裕はありません。峠へと続く谷は北西に伸びており、強い日差しを浴び続けることになります。日向の気温は、10℃前後。数日前まで氷点下を走っていた私には、暑い!!

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写真2)快晴の強い日差しの下を走る。

 峠道といっても道路の傾斜は、緩やかなものです。チベットで相当に鍛われた私、この程度の坂、なんてことありまえん! 走行距離は20km、25km、30km・・・、35km地点で昼食。購入から12日経過したチャパティに齧り付きます。硬いことは硬いのですが、購入5日目以降、硬さは変わらなくなった気がします。私が難いチャパティに慣れてきただけかな?
 時折、通る車の土煙を浴びながら、さらに上を目指します。標高は4100mまで回復しました。あと30kmちょっとで750mの登りか?大したことなさそう。 気合を入れなおし、徐々に悪くなる路面をひた走ります。標高が上がるにつれ、気温も下がってきた。0℃前後が走りやすいんですけどね・・・、午後4時の気温は5℃。あと25kmとなったところで、道班を通過。道路脇に現れた川はところどころ凍っていて、朝晩の冷え込みを物語っています。今日は、どうしようかなぁ・・・。4850mの峠の頂上付近でキャンプするとまた氷点下10℃以下になるんだろうなぁ・・・。あまり高いところではキャンプしたくありませんが、前に進まねばなりません。理想は、今日中に峠を越え、海抜4000m付近まで標高を下げてキャンプすること。それが最善策でしょう!となると、なんとしても峠を越えなければ!!

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写真3)やばい・・・、時間がない・・・。海抜4600m付近。

 海抜4500mを過ぎると、谷は更に狭くなります。西日が射さない谷間の空気は徐々に冷えてきます・・・。昼間は暑くて寒いのが恋しかったのですが、やはりキャンプは暖かく眠りたい・・・。海抜4600mを超え、4650mを超え・・・、ふと気がつきました。頂上まではあと15kmぐらいはずですが、標高差としたはあと200m程度。ってことは!?三十里営房~峠頂上は、58kmってこと!!

 おっしゃ!それなら行ける!! 日没30分前に峠の頂上に立つぞぉ!!

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写真4)あと200mの登りだ!!

 最後の200mの登りがけっこうシンドイ・・・。急に傾斜が強くなり、一番軽いギアで時速4kmぐらいでゆっくり登る・・・。このペースでは、峠頂上着が8時になってしまう!?峠の向こうは、13kmの急激な下りになっているらしく、1時間もあれば海抜4000mまで下れます。日没は8時頃、日没後も30分はライトなしで走れます。少しでも早く峠を越えるんだ!!立ち漕ぎでラストスパート!!

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写真5)午後7時47分、ケケアテ峠の頂上到着!!気温は氷点下4℃。

 さぁ、下りだ!! 汗ばんだ体を冷やさないように、ジャケット側面のベンチレーション(通気)ジッパーを閉め、度付きサングラスを普通のメガネに交換。日没まであと10分ほどですが、標高が高いところでは、日没後もけっこう長い間明るい。ライトなしで走れる時間は40分ってとこでしょう。13kmのダウンヒルなら十分な時間。

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写真6)うっわぁ~!? 凄いなぁ、この下り!!

 7月17日の東チベット、川蔵公路の難所 『77のヘアピンカーブ』 を髣髴とされるヘアピンが続いてます。(77のヘアピンカーブはこちら→http://whereiskokoro.blog34.fc2.com/blog-entry-361.html)路面は少し砂深いですが、臆せず時速25km以上で下ります。下って!下って!下って!今日は、海抜4000mの暖かい夜(=耐えられる寒さの夜)を過ごすんだ!! 薄暗い谷間へと続く道を下る!下る!下る!!
 狭く深い谷間の道は、予想以上に夜が訪れるのが早かった・・・。上を見ると、まだ薄っすら明るい空そらがあるのに・・・、谷底はもう暗い。しかし、止まる訳にはいきません。谷の底には、道路と凍った小さな川があるだけ。こんなところで走行を切り上げても、テントを張る場所がありません。それに、こぉ~んなに深い谷底で夜を明かしたら、寒いに決まってます・・・。自転車のライトを点け、スピードを落として、とにかく13kmのダウンヒルを下り切ることに。

 午後8時25分、35分間で13km下り終えましたが・・・。まだ道は谷の底。テントが張れるような平地があって、朝日が早く当たりそうな場所まで行かなきゃ・・・。暗い谷底をゆっくりゆっくり進む・・・。真上を見上げると、明るい半月が輝いています。その光は、谷間の道をボンヤリと浮かび上がらせてくれていました。

 さらに3kmほど進むと、少しだけ視界が開けました。どうやら大きな川が流れる谷に至ったようです。どこかにテントを張れる場所はないか?と、暗い夜道を走り続け、三十里営房から80km地点で適当な河原がありました。懐中電灯片手に荷物を解いて、テント設営。夕食はラーメンで簡単に済ませました。

 明るい半月を見ながら、自転車に付いてるコンパスで方位を確認。『ありゃ・・・、明日は、11時過ぎまで日が射さんかもな・・・。』 テントの真東に、高い山が聳えています。まぁ、いいか。海抜4000mまで下ったんだし、そんなに寒い朝でもないだろう!

三十里営房 

10月30日 なるほど・・・、こりゃぁ相当な規模だ・・・。

 海抜4100mの朝はそれほどの冷え込みではありませんでした。乾ききった砂地の上にテントを張った為か、テントの結露も少ない。テキパキと出発準備を整え、11時前に走行開始!今日の目標は、『三十里営房』という町。この数日、集落の名前が間違っていたり、集落と思っていたところが基地だったり、村と思っていたところが廃墟だったり、毎日、走行資料と地図に騙されています。が、この三十里営房というところには、間違いなく食堂や宿があります。

 アクサイチン周辺の地図や資料が不正確なのは、仕方がないことだと思います。以前、中国製の地図を3冊見比べたことがありますが、アクサイチンの道や地名は、どれも違っていました。それだけ、情報が薄い地域だということです。中国政府が意図的に、情報を出さないようにしているのかも?軍事的にも秘密にしてた方が良いのでは? いずれにせよ、私は「この地図間違ってるよ!」とか「この資料おかしいじゃないか!」などとは言いません。保守的で、かつ変化の著しいこの中国で、何だかんだと言ってても仕方ないですし、旅とはそういうものだとも思います。正確で供給多寡な情報は、旅の冒険味を薄める効果がありますから・・・。情報とは上手に付き合わないとね☆ 

 さて、走り始めると、すぐに上り開始!標高差300mほどの小さな峠カンシワール・ラ。カンシワールの廃墟から、真っ直ぐ真西に伸びる緩やかな上り。一度もカーブすることなく、真っ直ぐ300m登ります。軽いギアでボチボチ進みますが、これが結構シンドイ・・・。なんというか、気を抜くタイミングが取りずらいんです。九十九折の上りだと、登ってきた道や周囲の景色を楽しめますが、ここは前方に続く長い坂しか目に入らない・・・。地面の凸凹だけを見つめて、ペダルを踏み続ける・・・

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写真1)カンシワール峠の上り。中ほどで振り返る。

 たった5kmの上り坂に1時間半かかりました。疲れが溜まってきているのでしょうか・・・?こんなにキツイとは・・・。峠の反対側は、いくらか傾斜のある下り坂。勢い良く下り、登りでかけた時間を取り戻します。アリ以降、10日間、食料の補給なしで走っています。左右それぞれ10kg以上の食料が入っていたフロントのサイドバッグも、半分ぐらいの重さまで、中身が減りました。ハンドリングも快適!一気に峠の下りを下り終えました。
 下り終えると、平らな谷間の道に。左手に昨日から並走している川。その更に左に山。右手にも山。路面は砂利が深いところや波打ってるところがあって、あまり走りやすいものではない・・・。でも、海抜4000m前後なので、多少オーバーペースで走っても疲れないかな?

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写真2)峠の向こうはこんな風景

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写真3)この路面は嫌い! ヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ

 黙々と悪路を走り続けていると、驚きのものを発見!  いや、驚くようなものではないのですが、心ときめくモノ! 人家です。チベット最後の村スムシ出発後、全く見なかった定住民の家が3つ!!! 川の向こうの小さな草原に建っていました。チベットで見ていた家々と同じ土造りの平屋ですが、チベット人の家屋とはちょっと違います。タジク人の家かな?確かめるには、家を訪ねるしかないでしょうけど、向こう岸に渡る橋はどこにもありません。人が出てきやしないかと、道路脇で昼食のチャパティを食べながら観察しますが、結局人影は確認できず。残念ですが、通過。
 新疆ウイグル自治区に入って初めて見た人家を過ぎ、5kmほど進むと、前方から馬が一頭やってきます馬上の人は、どうみてもチベット人ではない。すれ違いざま、「アッサラーム・アレイコム!!」と大きく挨拶すると、今まで見たこともない謎の乗り物にビクビクしていた馬が、驚いて飛び上がり、走り出してしまいました。乗ってたおじさんは大慌てで馬を治めようとします・・・。 『あぁ・・・、悪いことしちゃったなぁ・・・』

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写真4)人家だ!人家がある!!

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写真5)落ち着きを取り戻した馬とおじさんは、東に向かって行ってしまった。さっきの人家の住人だろうか?

 更に走り続けると、今度はちょっと警戒してしまうモノと遭遇・・・。人民解放軍の軍用トラックが10台ぐらい前に停まっています。停まっているのは、演習所のような場所の傍。トラックの荷台には、それぞれ10数人の兵士が乗っています。別に私がここを走っていても彼らには何の問題にはなりませんが、あんなに沢山の人に囲まれたり、質問されたりするのは、ちょっと・・・、嫌です。長らく、複数の漢民族と一同に接するということがなかったので、気が引けてしまう。
 そ知らぬ顔して、軍用トラックの列を通り過ぎます。口笛を吹いたり、声をかけて、私の注意を引こうとしている兵士もいますが、無視!ごめんね、今日は話したくないんだよ。漢民族のパワーに慣れるよう、徐々にリハビリが必要です(笑) 車列を通り過ぎた後も前方から、10台ほどのトラックがやってきました。すれ違う時は、砂煙を浴びないように風上へ退避。あまり風が強くなかったので、風上といっても砂煙を浴びてしまいました。
 軍用車の列が過ぎたところで、前方からロバ車に乗った一家とすれ違いました。ロバは我慢強い動物なので、私の自転車を見てオドオドしてるんでしょうけど、逃げ出したりはしません。「アッサラーム・アレイコム!」イスラームの挨拶です。「ワ・アレイコム・サラーム」荷台のおばあさんが返してくれました。「タジク?」と聞くと、イエスなんだかノーなんだか、何か返してくれましたが、良く解かりませんでした・・・。
 青い瞳の彼らは、おそらくタジク人。しかし、このタジク人という呼び方は中国政府がつけた呼び名で、実際に彼らがタジク人と自認しているかは不明。ここらの山岳地帯に住む人々は、パミール系の民族のワハン人かサリコーリー人とのこと。どういうことか解からないでしょ?つまり、アフガンとタジキスタンに跨るワハン回廊から、西に連なるカラコロム山脈北部一帯(中国・パキスタン)に昔から住んでる人々のグループです。

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写真6)標高に注目!

 また地元の人とすれ違わないかなぁ~と走っていると・・・、ふと。 「あっ!富士山まだあと少し!!」 腕時計の高度表示を見ると、3805mまで標高が下がっていました。富士山山頂はすぐそこです。更に5kmほど走ると、標高が3770mを切りました。こんなに低い場所に下りてきたのは、8月末以降2ヶ月ぶりです。いやぁ~、空気が濃いはずだ☆

 ボチボチ走ってきましたが、走行距離は65kmを超えていました。そんなに走ったつもりもないんですけどね、やはり、標高が低いから?更に12kmを走り、午後7時半、三十里営房に到着しました。三十里営房は、大きな人民解放軍の基地です。国境線から30里離れたところに設けられた軍営地なので、三十里営房なのでしょう。これまで見てきたどの解放軍基地よりも巨大で、1万人ぐらい兵士が居てもおかしくない規模です。おそらく、ここに常駐している部隊はそれ程多くないと思いますが、演習や訓練でここを訪れる兵士は多いのではないでしょうか。

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写真7)三十里営房。手前の黄色いのは、新しい基地施設。現在建設中。

 基地があれば、それに付随する飲食店街がある。チベットで学んだ知識。これだけ大きな基地ですから・・・、あっ、やっぱり!基地の向こう側には、30軒ほどの商店が並んでいました。食堂宿、商店、床屋さん、土産屋(訓練で訪れた兵士向けでしょう、扱ってるのはチベット土産)、などなど。
 食堂宿にチェックインし、自転車は部屋の中まで入れてしまいました。食堂に置いとくと、食事に来た兵士たちにヤンヤヤンヤと騒いで、色々聞いてきますから。漢民族のリハビリ中の私には、まだハードルが高い。私が食堂の主人とポツポツ話しながら食事を済ませた後、10数人の大きな団体(もちろん兵士)がやってきて、大宴会が始まりました。

 チベット人の土地を遠く離れ、ウイグル人・タジク人の土地にやってきたウキウキワクワク感はありますが、初めに出会った大量の人民解放軍兵士たちには、ちょっと気が引けてしまいました。まぁ、ここは国境地帯だから、仕方ないのかも知れませんが・・・。 アクサイチン脱出後、現時点で出会ったのは・・・、タジク人5人、漢族の商店主20人ぐらい、人民解放軍兵士500人ぐらい。

 ウイグル自治区、シルクロードの世界に来たぞ!という感覚よりも、国境地帯を旅してるんだ・・・、という感覚の方が強いです。

崑崙南麓のカンシワール 

10月29日 そこにあったのは、無人の道班と廃墟でした。

 谷間でテントを張った夜、それほど冷え込まないだろうと予想してましたが・・・、寒くて寒くて、何度も起きました。 未明の気温は見ませんでしたが、気温が低かったからではなく、寝袋の肩口が開いていたり、シュラフマットから半身が落ちたりしていたからでしょう。日の出直後の8時40分に起きましたが、寝た気がしない・・・。起きた時のテント内の気温は氷点下6℃でした。これくらいなら、平気なはずなんですけどね。ボケーっとしたまま、寝袋から這い出し、朝食の準備。午後9時半には、テントに日が当たり始めました。
 朝食を済ませ、暖かくなったテントの中でゴロゴロしていたら、出発が11時半になってしまいました。今日の目標は、60kmほど先のカンシワールというところ。地図には◎の印が打ってあり、集落だということを匂わせています。走行資料には、宿や食堂があるとは書いてませんが・・・、何かあるのは確かでしょう。

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写真1)道路標識は、中国語とウイグル語表示。まだ山奥の山奥の山奥ですが、ここは新疆ウイグル自治区です。

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写真2)なだらかな谷間を走る。

 走り始めて12kmで、昨日辿り付くつもりだったダホンリュウタンに到着しました。国道の左側に10軒ぐらいの食堂宿がならび、右側に大きな兵站。大きなトラックストップです。時計は、1時・・・。ちょっと早いけど昼食にしますか。一番手前の食堂に飛び込んで、編み物をしていた店員のお姉さんに、メンティヤオを注文。

店員「メンティヤオかい?具は何にすんだい? 牛?鳥?豚?
心 「牛でも、鳥でも、豚でも、なんでもいいよ。

 この手の食堂には、必ず、洗面用のタライとお湯&水、石鹸が置いてます。タライにぬるま湯をタップリ張って、自分の石鹸を使って、久しぶりのお湯での洗顔☆ 赤黒くなっていた私の顔・・・、洗ってもやはり赤黒い。汚れが落ちなかったのではなく、皮膚が焦げてるんです・・・。 『こりゃ、美白を取り戻すには数年かかるな・・・』 この旅が終わる頃には、染みだらけになってるかも私、嫌だわぁ・・・。男の肌も20代後半が曲がり角??
 鏡を見ながら嘆いていると、ボリュームタップリのメンティヤオ(ラーメン)登場! 大きなどんぶりに箸を突っ込むと、鶏肉と牛肉と豚肉が入っていました!言い方が悪かったかな?どれでも良いと言ったのに、どれも入っていました。スープに口を付けると、 「うぅ~ん!!美味い!!」 3種類の肉のダシが出ていて、とっても美味しい☆ ガツガツ食べてる私をニコニコみている店のお姉さん。「ご飯入れたら美味しいよ。」と白飯を持ってきてくれました。それを余り汁に入れて、またガツガツ。美味しい雑炊で満腹満腹☆ 20元も取られましたが、十分払い応えのある料理でした。

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写真3)ダホンリュウタンのトラックストップ

 食後、すぐに走り始めました。が、休憩するべきでした・・・、膨れすぎたお腹が邪魔して、スピードが上がらない。「うっぷ・・・、食べ過ぎた・・・。」 2kmほどのところで小休止。20分ほど休んでお腹が少し落ち着いたところで走行再開!谷底を流れる大きな川を左手に見ながら、谷の右側斜面に沿った道をひた走ります。時折、20mほどの登りがありますが、何の問題にもなりません。標高は4200m台ですから、空気が濃い!! ・・・とまでは感じませんが、気温が0℃以上あるので、快適に走れます。音もなく流れる川の向こうには、険しい岩山。その山々の上に広がる空は、標高4000mのどこまでも深い青空。 

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写真4)こんなところを走ってま~す。向こうに崑崙の山々が見えてきた!

 ダホンリュウタンから、国道219号線は、徐々に西寄りに。タリム砂漠とチベット高原の境を東西に走る崑崙山脈の南縁を西に西に走ります。この先、400kmの間に、標高差1000m以上の4900mの峠2つ、標高差700mの3350mの峠1つ、その他小さな峠が1つがあります。それらは、崑崙山脈を越える峠道で、最後の峠を越えると、海抜1300m台のタリム盆地です。
 走行距離は50kmを越え、徐々に崑崙の山々が近付いてきました。ここまでの道のりも、すでに崑崙山脈の中だったのでしょうけど、横一列にならぶ雪山を見ると、『おぉ~!あれが崑崙かぁ~!』と思ってしまいます。午後、6時半、6000m急の山々のすぐ傍に至りました。

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写真5)この山々のすぐ南側の谷を西に走る。

 さぁ、目指すカンシワールまであと15kmほど。西日を正面に受けながら、進みます。いつもの西風はありません。このあたりは、チベット高原と風の吹き方が違うのかも?この先3日間は、真西に進み続けるので、西風は勘弁して欲しい・・・。右手には、西日を受けてオレンジに輝く山々。久しぶりにこのような地形を走りました。チベット高原とどう違うかというと説明が難しいのですが、『世界の屋根・チベット高原の縁を下ってる』と実感できる光景なんです。解かります?解かりませんよね。解かりたかったら、同じ道を走るしかありません。
 走行60kmを越え、そろそろカンシワールの村が見えてくるはず・・・。双眼鏡で覗いてみると、家が数件並んでいるように見えます。あれがカンシワールの集落に違いありません!ペダルを踏み込み、その集落まで一気!!午後8時、日没の少し前に、カンシワールの集落と思われる家並みの手前2kmほどのところにある『カンシワール道班』に到着。『たまには道班に泊まるか?』 自転車で建物の正面まで乗りつけ、大きく息を吸って・・・

「ヨォ~レンマァ!?」 (有人嗎?/人はいませんか?)

 返事はありません。ドアを見ると、大きな南京錠もかかってる。誰もいないのか?念の為、付随の建物数棟も確認。誰もいません。管理人が住んでいるはずですが、その管理人の姿がない。生活臭はあるので、きっと外出しているのでしょう。仕方なく、カンシワールの集落を目指すことに。日が沈みかけた薄暗い谷の底、国道を西に走り、集落へ向かいます・・・・、 が?国道は集落へと続いていませんでした。国道からの分岐する道も見つかりません・・・。見落としたか?
 ふと、気になって双眼鏡で集落を眺めました。食事時なのに、煙の上がっている家もないし、自家発電機の音もしない。ソーラー発電にしても、灯りが点いていない。暗いレンズを通して見えたのは、廃墟!! 壁と一部の屋根だけが残った廃墟です・・・。それ以外、何もありません。

 結局、今夜もキャンプとなりました。道班と廃墟の中ほどの平原にテントを設営。食事の水は、近くを流れる川で確保。昼食が豪勢だったので、夕食はラーメンで簡単に済ませました。海抜は、4100m以下まで下がりましたが、今夜もまた冷えるかもしれません。油断しないように、寝床をきっちり整えて、就寝。

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写真6)崑崙の山々。ヒマラヤの山々に比べると、ちょっと小柄。
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